宇宙屈指さをサラスBODY 10
城塞都市グランツでは真夏日が続いていた。
街は一週間の『夏休み』を控え、住民は和気藹々と予定を立てている。西のビーチでは数々のイベントが企画され、参加者を募っていた。
冒険者の少年カシュオンは大通りで偶然、女子の一団を見かける。
「お? ……イーニアさんだ!」
それは少年が焦がれてならない美少女イーニアと、取るに足らないオマケたち。考古学者の地味子やセリアス団の侍女モドキなど、カシュオンの眼中にはないのだ。
(やっぱりイーニアさんだよ……悪女っぽいメルメダさんも、イーニアさんの爪の垢を煎じて飲むべきだよね。……いや、イーニアさんの爪に垢なんてないけど)
一行がブティックに入るのを見て、少年は胸を躍らせる。
(……待てよ? 夏服を買うには遅いもんな。つまり……これはバカンスに備えて、みんなで水着を? イ、イーニアさんが……水着っ?)
ここは忍び足で追いかけ、聞き耳を立てることに。初心な少年にはストーカーなどという発想はなかった。
なお城塞都市グランツではストーカー禁止法も存在する。執拗につきまとうといった行為を繰り返した者には、かの巨漢にもれなく『上書き』されてしまうことだろう。
棚の向こうから彼女らの声が聞こえてくる。
「イーニアも出るんでしょ? あれ」
「はい。メルメダさんと一緒に出場します」
その一言にもカシュオンは大いに胸を躍らせた。
(出場って……ま、まさかミスコンに?)
ビーチではミス・コンテストが開催される。カシュオン団のメルメダ(二十一の悪女)も出場すると息巻いていた。
(ミスコンに水着……こ、これはボヤボヤしてられないぞっ!)
カシュオンはブティックを飛び出し、居候先のエドモンド邸へ急ぐ。
「ゾルバっ! 僕らもミスコンに行くぞ!」
「おお、ミスコンでございますか?」
召使いの老戦士ゾルバも目の色を変えた。
「是が非とも参りましょうぞ! このゾルバ、どこまでもお供致しまする!」
「頼りにしてるよ。僕らで一番いい席を確保するんだ」
暑い夏が始まる。
そのはずが、少年は砂浜で愕然とした。
「な、なんで……?」
懸命な読者諸君はとっくにお気付きだろう。ミスコンとはミス・コンテストではない。あろうことか『ミスター・コンテスト』の略だったのだ。
筋骨隆々とした男たちがビキニ姿で一堂に介する。
ゾルバが乗り気だったのも、カシュオンの活躍を期待してのこと。
「さあ参りましょう、カシュオン様! ガッハッハッハ!」
一方、イーニアたちはビーチバレーの大会で盛りあがっていた。イーニアはメルメダとともに出場し、夏の浜辺を満喫している。
カシュオンは膝をつき、大粒の涙を滲ませた。
「こんなの……こんなの、あんまりだぁあ~~~っ!」
その慟哭は顔芸で定評のある、かのエシディシのものではない。
いうなれば、野比のび太――ジャイアンに苛められ、スネ夫に馬鹿にされ、しずかちゃんに嫌われた時の、あの情けない鳴き声と同じ。
こうして少年の夏は終わった。
ミスター・コンテストという名のバトルロワイヤルが始まる。
出場者は頭の上にスイカを乗せ、それを守りながら戦うこと。割られたら退場し、そのスイカを平らげなくてはならない。
スイカはスタッフが美味しくいただきました、である。
一回戦は様子見として、出場を見合わせる戦士も多かった。カシュオンはゾルバとともに放り込まれ、早くもスイカを割られる。
「ワッハッハ! やりますなあ、ハイン殿!」
「まだまだ準備運動ですとも」
やがて面子も揃い、二回戦が始まろうとしていた。
そこへサラス=バディ子がやってくる。ビーチバレーの合間を縫って、ミスター・コンテストの観戦に来たのだ。
「男だけで楽しんじゃって、ずるいじゃないの。私も混ぜてもらえるかしら?」
魅惑のビキニスタイルは艶めかしい以上に、筋肉のラインが美々しかった。パートナーのテラス=アマ子も肉体美において引けを取らない。
「バレーだけでは、いささか物足りなくての。わしも参加させてもらうぞ」
「あらあら。暴れるのはほどほどになさい? ウフフッ」
もっとも大柄なモリーチは観戦にまわった。
男たちは美筋女の乱入を歓迎する。
「試合中にくんずほぐれつになっちまっても、知らねえぜ? グヘヘ」
「もちろんよ。私に勝てるのなら、ね!」
バディ子の踵落としが相手のスイカを砕いた。男どもは彼女のスイカに触れることもできず、次々と撃破されていく。
バディ子の恋人を自負するアラハムキも、彼女の強さには震えあがった。
「どんどんレベルアップしてやがるぜ、バディ子のやつ……新技を習得しても、次の話には『聖剣伝説4』ばりに初期設定に戻っちまうってのに」
宇宙屈指さをサラスBODYはRPGではない。いわゆるベルトスクロールアクションであり、『熱血硬派くにおくん』や『ファイナルファイト』に近いのだ。
スクリューパイルドライバーが、スイカもろとも男を沈める。
「張り合いがないわね。もっと強い男はいないわけ?」
バディ子は得意になり、カッツポーズを弾ませた。
そんな彼女の前に新たな刺客が現れる。
「フッフッフ……僕はね、ファイナルファイトは1より2のほうが好きでねぇ」
モリーチが驚きの声をあげた。
「あ、あいつは四天王の……間違いないわ。スイカーフェイス!」
バディ子は以前、四天王のひとり『紅のオシリス』を降している。それに続いて、ついにふたりめの四天王が登場した。実に七話ぶりの展開である。
スイカーフェイスはバディ子に誘惑的な誘いを掛けた。
「どうだい? 僕が勝ったら、ふたりで『ゴールデンアックス』でも」
普段はナンパなど歯牙にも掛けないバディ子も、自ずと胸をときめかせる。
「いいわね。そんなこと言ってくれる男は、初めてだわ」
すると、アラハムキが対抗心を燃えあがらせた。
「バ、バディ子ぉ! オレが勝ったら、そうだ、一緒にラスタンサーガ2を……」
「冗談を言うでないわ。ふん!」
しかしアマ子にスイカもろとも一蹴され、退場となる。
「やつとの勝負に集中せい、バディ子よ。ほかはわしが引き受けようて」
「ありがとう、アマ子。あとでかき氷でも奢るわ」
バディ子とスイカーフェイスは真正面から対峙した。
「あなたのスイカも随分と大きいわね」
「もちろんさ。小振りなスイカで勝利して、楽しいかい?」
「……ふふっ! ますます気に入ったわ。あなた」
ミスター・コンテストで優勝を狙うなら、なるべく小さなスイカを頭に乗せるほうがよい。だが、誉れ高き戦士はそれをよしとせず、あえて不利を美徳とした。かの土方十四郎もハンデと強がり、自ら大きな的を選んだではないか。
バディ子とスイカーフェイスの拳が交差する。
「ハアッ!」
「ふ……なんの!」
どちらの攻撃も頭上のスイカには届かなかった。しかし切れのよさが突風を起こし、ビーチの砂を巻きあげる。
「どんどん行くわよ! ヨッ、ハッ、ヤアッ!」
「なかなかやるじゃないか! フッ、フッ、ハーッ!」
二連撃に続いて、三連撃も拮抗した。
ほかの参加者たちは手を止め、バディ子とスイカーフェイスの激闘を見守る。
「ご、互角……あの野郎、バディ子と互角に渡りあってやがる!」
バディ子もまたスイカーフェイスの実力には驚かされた。
(かなりの使い手ね。面白くなってきたじゃないの)
同時に強敵の出現を喜び、より力も入る。
一方、モリーチは不安の色を浮かべた。
「乗せられちゃだめよ、バディ子! ちゃんとスイカを狙いなさい!」
「っと! そうだったわね」
これはあくまでスイカ割りのバトルロワイヤル。スイカの守りが疎かになっていたのを自覚し、上段の構えを取る。
その甲斐あって、スイカーフェイスの飛び蹴りを凌ぐことができた。
「あなたとはルール無用で思いっきりやりたいところだけど……」
「悪魔の便所より外の闘技場でってことかい? フフフ」
狙うべきは相手のスイカ。それを見据え、バディ子は虎視眈々とチャンスを待つ。
「ならば、そろそろ本気を出すとしようか」
ところが、スイカーフェイスは思いもよらない行動に出た。自らスイカに穴を空け、中身を吸いあげるように平らげたのだ。
そして、それをハロウィンのカボチャのように頭に被る。
口角から赤い汁を垂らしつつ、アラハムキは仰天した。
「スイカーフェイス……そ、そうか! わかったぜ、やつの通り名の意味が!」
顔に傷がある者のことを『スカーフェイス』と呼ぶ。だが、彼はスイカーフェイス――その名には無論、大きな意味が込められていた。
スイカが目と口の位置に穴を開ける。
「これこそが僕の真の姿だッ!」
「な……なんですって?」
さしものバディ子も戦慄せずにいられなかった。
顔面に砂をかけて……という作戦は読まれていたらしい。彼はスイカをヘルメットのように被り、頭部を守っている。
そのうえ、あれならスイカに重心を取られることもなかった。まさしくミスター・コンテストに勝つためにやってきた男――そこに油断や妥協は一切ない。
「落ち着け、バディ子! やつの視界は狭くなったはずじゃ」
「……そうね。勝負はこれからよ!」
アマ子の助言にバディ子は我を取り戻す。
しかしバディ子の攻撃は完全に見切られてしまった。頭の上のスイカが重いせいで、どうしても動きが鈍り、後手にまわる。
「君の不敗神話もこれまでだよ、バディ子!」
「ぐうっ?」
逆にスイカーフェイスの攻撃は何度もバディ子のスイカを掠めた。
このままでは、いずれ押しきられる。その予感は無意識のうちに焦りを生んだ。
(だったら、死角にまわり込んで……)
アマ子のアドバイスに従い、スイカーフェイスの側面、さらには背後にまわり込む。
相手はスイカのせいで視界が狭い。いかに反応が速くとも、視界の外からの攻撃には対応できないはずだった。
まんまと背後を取り、奇襲に打って出る。
「もらったわ!」
「……フ。それはどうかな?」
が、スイカーフェイスは後ろを向いたまま、あっさりとバディ子の攻撃を受け止めてしまった。間髪入れずにアッパーを放ち、バディ子のスイカに亀裂を走らせる。
「なっ? ど、どうして……まさか見えてるっていうの?」
「フッフッフ! これが僕の力さ」
いつの間にか、彼はスイカを前後逆に被っていた。にもかかわらず、バディ子の位置を正確に捉え、連続攻撃を繰り出してくる。
「僕は能力者なんだよ。果物の皮を透視する、ね!」
「の、能力者なのっ?」
かろうじてスイカは死守するも、バディ子は動揺を禁じえなかった。
観戦中のモリーチも青ざめる。
「とうとう能力者まで……異能バトルなんて引き出しはないでしょうに」
スイカーフェイスは自分を中心とし、半径十メートル以内の『果物の皮』を透視することができるのだ。つまりスイカを被っていようと、彼の視界は明るい。
「後ろを向いてるふりだなんて……梁山泊十六傑の副将に、そんなのがいたわね」
「大将はクズだったがな。やばいぜ、バディ子!」
バディ子のスイカから赤い汁が垂れる。
だが、ふとバディ子は勘付いた。
(果物……? 待って、ということは……)
光明を見い出し、モリーチの食べかけのデザートに目を付ける。
「モリーチ! そのオレンジをちょうだい!」
「これを? わかったわ」
その一瞬に男たちは目を見張った。なんとバディ子がビキニのトップを外し、オレンジの皮をブラジャーとして付け替えたのである。
スイカーフェイスも前のめりになった。
「うおおおっ!」
「うふふ……どうかしら?」
あえてバディ子は正面を開け、オレンジのビキニを見せびらかす。
スイカーフェイスは被り物のスイカを両手で抱え、苦悩した。
「な……なぜだ? 見えん……私の能力をもってしても! 透視できないっ?」
「今だわ! 青・龍・上・腕・筋!」
その隙にバディ子の虎の子が火を噴く。
強烈なラリアットがスイカを砕き、スイカーフェイスをも弾き飛ばした。
「ぐはあぁあ~ッ!」
バディ子の美乳を確かめるべく前のめりになっていたせいで、敵は顔面に直撃を受け、ついに砂浜に沈む。
かくしてバディ子はスイカーフェイスを降し、勝利を手にした。
「な、なぜ……私の能力が通用しなかったのだ……?」
まだ己の敗北を認めようとしない彼に、アマ子が意外な真実を突きつける。
「簡単なことよ。おぬしの能力は『野菜』の皮を透視するものなのじゃ。して、スイカは果物ではなく野菜……ミカンは透視できん。見誤ったようじゃの」
「……なん、だと……?」
スイカの汁まみれの男は、ブリーチの主人公みたいな言葉を残し、今度こそ倒れた。
強敵にしては虚しい敗北を、モリーチが哀れむ。
「己の能力に過信して、足元を掬われるなんてね……」
「スケベ心を出さなければよかったのじゃ。くだらん男よ」
アマ子は敗者に同情などせず、踵を返した。
「そろそろ戻るぞ、バディ子よ。次の対戦相手も決まったじゃろうて」
「ええ! 準備運動にはなったわね」
気丈な女丈夫たちはビーチバレーのコートへと赴く。
やがて陽も暮れ、夏の浜辺にも静寂が訪れた。
アラハムキは黙々とミスター・コンテストの会場を探しまわる。
「どこだ? あれは……おおっ、やっと見つけたぞ!」
それは彼にとってのタリスマンだった。バディ子が美乳に巻きつけた、あのオレンジの皮を発見し、丁寧に砂を払う。
「……ぬう?」
だが、もう片方の三角形はスイカーフェイスに奪われてしまった。彼もまたオレンジのブラジャーに魅了され、ずっと探していたのだ。
「やる気か? スイカーフェイスよ」
「ふ……いいや。君も僕も志を同じとする者……争うべきじゃない。だろう?」
ライバルとはいえ、お互いに通ずるものがあった。幸いにしてブラジャーのカップはふたつあり、均等に分けることができる。
期待に胸を高鳴らせながら、アラハムキとスイカーフェイスはオレンジの皮に鼻を擦りつけた。大きく息を吸って、バディ子の美乳の残り香を堪能する。
「ンンッフゥ~!」
「ま、待ってください!」
ところが、そこへひとりの少年が歩み寄ってきた。
すっぽんぽんで股間のミニマムを必死に隠す。
「それは僕のパンツですよ? 破れたから、オレンジの皮で代用を……」
アラハムキもスイカーフェイスも愕然とした。つまり三角形の片方は少年のお尻を、もう片方はR18を覆っていたものなのである。
「なっ、なな……なんだ、と……グハアぁアアア~ッ!」
「ゲボォオオオッ!」
バディ子の残り香などではなかった。男たちは倒れ、白目を剥く。
こうして真夏のバカンスは幕を閉じ――カシュオンは男杯の試練へ。フランドールの大穴では神秘の泉が挑戦者を待っていた。
その様子を遥か遠方のモニターで眺めている、ふたりの実力者がいた。
「紅のオシリスに続き、スイカーフェイスまでやられるとは、な……」
「四天王の恥晒しめ。ポ星首領様も、なぜあのような輩を」
モニターの映像がバディ子に切り替わる。
「アマゾネス星の王女か。フフフ、面白くなってきたではないか」
新たな戦いがサラス=バディ子を待っていた。
~宇宙屈指さをサラスBODY 10 END~
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