宇宙屈指さをサラスBODY 9

 ギャラクシーランドを憶えている者は幸せである。

 筋力豊かであろうから。

 

   ほうら腹筋 割れてきた   筋肉光り オレを打つ

   タンパク質を蓄えて   水に紛れて飲むヤツさ

   恐れるな カロリー摂取   悲しむな ウェイト増加

 重いバーベル マッチョになれと

 汗水跳ねて 男が走る

   素手でコンクリ 貫いた時

ほうら飲めよ プロテイン   ほうらグイッと プロテイン

   生える! 生える! 生える!

 それはギャランドゥ

 

 カテドラルビーチの後編はいずれ『時計仕掛けのDESTINY』の#4をご覧いただくとして、サラス=バディ子の婚活行脚は今日も続く。

 テラス=アマ子も仲間に加わり、アラハムキにとってはハーレム展開となった。

しかしバディ子はともかくとして、モヒカンの人妻モリーチに、スキンヘッドの女傑アマ子である。その攻略は命懸けとなるだろう。

仮に選択肢が出るとしたら、

 

  モヒカンを引っ張る

  スキンヘッドを撫でる

 

 といった危険極まりない選択を強いられるのである。

 せいぜい好きなほうを選ぶことだ。もしくは選んだあと、並行世界に跳べ。

 やがてバディ子たちは御仏の都シャガルアへと辿り着いた。近いうちにハイン編とやらの舞台になるそうだが、バディ子の目的は無論、強い男に出会うこと。

「あなたがアパカリョープスね」

「……来たか」

 すべての攻守を『アッパーカット』だけでこなす男――十賢者『猛虎のアパカリョープス』はバディ子を迎え、不敵にやにさがった。

「噂には聞いていた。屈強な男どもを次々と破る、アマゾネス星の王女のことを」

 百戦錬磨のバディ子も自信満々に微笑む。

「話が早いわね。だったら私の挑戦、受けてもらえるかしら?」

「いいだろう」

 バディ子とアパカリョープスの視線がぶつかり、ばちばちと火花を散らした。

 いつもはニブいアラハムキさえ、その毛深い巨体を震わせる。

「こいつはやばい気がするぜ。なあモリ……ん?」

 ところが今回はモリーチがバディ子を差し置き、先にリングへと上がってしまった。アマ子も続き、ふたりして猛虎のアパカリョープスと対峙する。

「イイ男じゃないのォ! うふふ……悪いけど、彼は私がいただくワ」

「何を言うか。こやつと力比べをするのは、わしぞ」

 アパカリョープスの美男子ぶりを前にして、居ても立ってもいられなくなったらしい。バディ子は肩を竦め、ふたりに勝負を譲った。

「しょうがないわね。私の分も残してもらえるといいんだけど」

「そこで指を咥えて見ておれ! ゆくぞっ、猛虎のアパカリョープス!」

 アマ子とモリーチがアパカリョープスへと同時に飛び掛かる。

「たっぷり可愛がってあげるワ!」

「……フ。笑止な」

 アパカリョープスの顔から笑みが消えた。

 それは一瞬の出来事。モリーチもアマ子もカウンターをもろに受け、棒高跳びのようなポーズで打ちあげられる。

たまらずアラハムキが声をあげた。

「く……車田飛びッ!」

 モリーチは頭から落下するも、モヒカンが地面に刺さり、致命傷を免れる。

「グハッ! な、何が起こったというの……?」

「見えんかった……このわしの目でも」

 アマ子はかろうじて着地できたが、スキンヘッドに玉の汗を浮かべていた。名うての女戦士だからこそ、アパカリョープスの実力を肌で感じ取ったのだろう。

「もう一度じゃ、モリーチ!」

「ええ!」

 ふたりはリングに戻り、再びアパカリョープスへ仕掛ける。

「迂闊に近づいてはだめよ! アマ子! モリーチ!」

 バディ子のアドバイスも血気盛んなふたりの耳には届かなかった。

まずはモリーチが巨体を活かし、フライング・ボディ・プレスでアパカリョープスの視界を封じる。その陰からアマ子が切り込む、絶妙なコンビネーションが決まった。

「残念だったな! ハアアアッ!」

「な……っ?」

 だが、またしてもアパカリョープスのカウンターに打ちのめされる。

「ぐはああああッ!」

 アマ子もモリーチもリング外に車田落ち、今度こそ失神してしまった。その瞬間を目撃し、アラハムキは戦慄する。

「ア、アッパーカットだ……本当にアッパーカットだけで……」

 右・下・右下+パンチ(コマンド入力は右向きのものです)。これを出せることが、当時の少年にとって何よりの強さの証明となった。

昇龍拳である。

 これは無敵時間を持ち、圧倒的な性能を誇る。波動拳で相手を牽制しつつ、飛び込んできたところを昇龍拳で迎撃――ぶっちゃけハメのような戦法でもあった。

 ザンギエフのフライング・ボディ・プレスなどは格好の餌食。モリーチは自らアッパーカットの切っ先に身を乗り出し、敗れたのだ。

(それだけじゃないわ……アパカリョープス、恐ろしい男ね)

 さらにバディ子は見た。

アパカリョープスは一瞬のうちにアマ子とモリーチのスピード差を見抜き、モリーチを逆に『自分の盾』としている。これによってアマ子の攻撃は阻まれてしまった。決してアッパーカット一辺倒ではない。アパカリョープスには類稀なバトルセンスがある。

「お前はどうするのだ? サラス=バディ子」

「もちろんやるわ!」

 当然、敵が強いからといって、おめおめと引きさがるバディ子ではなかった。むしろ強敵との出会いを喜び、胸が高鳴る。

「やつのアッパーカットに注意しろよ、バディ子。食らったらおしまいだぜ」

「わかってるってば。アラハムキ、あなたはモリーチたちをお願い」

 神聖なリングの上で今、アマゾネス星の王女と猛虎が睨みあった。レフェリーにはバッカス男爵が駆けつけ、ジャッジを務める。

「私を審判に選ぶとはお目が高いねえ、バディ子君」

「ジャッジは公平に、ね。行くわよ、アパカリョープス!」

 正方形のリングにて、バディ子とアパカリョープスは互いに間合いを読む。

 摺り足がリングを擦る音だけが続いた。ギャラリーは息を飲んで、ふたりの攻防を今か今かと待ち侘びる。

「ふふふ……どうした? 怖気づいたか」

「誘いには乗らないわよ。まだ……」

 よほど接近しない限り、アッパーカットは届かない。どちらも波動拳のような飛び道具は持っておらず、リーチにおいてバディ子はそう不利ではなかった。

アッパーカットを破るための策もある。

(……今だわ!)

 ステップの拍子をずらすとともに、バディ子はアパカリョープスの『足元』へと滑り込んだ。リングに片手をつき、可能な限りの低さで蹴りを放つ。

「これならどうっ?」

 アッパーカットは『上に向かって』撃つもの。この低さであれば、アッパーカットの下をくぐり抜けられるはず。

 が、足の裏に衝撃を感じた。

「ぬぅううん!」

 相手が身を屈め、アッパーカットの起点をリングすれすれまで下げたのだ。

「ウソでしょ? ……くうッ!」

 何とかバディ子はリングに両手をついて、蹴りの軌道をずらした。アッパーカットの風圧が小さな竜巻を生じ、ギャラリーを沸かせる。

「すげえぞ! あんな体勢で撃ったってのに、威力がまるで落ちてねえ!」

「さすが『アパカ』リョープスだけのことはあるよなあ」

 勢いに乗って、今度はアパカリョープスのほうから仕掛けてきた。

「カウンターだけと思ってもらっては困るな。食らえ、俺のアッパーカットを!」

 無敵時間ゆえに防御は不可能、この距離では回避も不可能。

(――ッ!)

 だが、アマゾネスの戦闘本能が無意識のうちにバディ子を突き動かす。

 アッパーカットはバディ子の美々しい『ねりちゃぎ』によって食い止められた。

「白虎大腿筋ッ!」

 たとえアラハムキの筋肉操作やモリーチの酔拳が忘れられようと、バディ子の『四神大筋星』は不滅なのである。

 そして『ねりちゃぎ』とは、垂直に近い蹴りあげのこと。バィ子の身体はさながらアルファベットの『I』を描き、足の裏が天を仰ぐ。

 その美しさにはアパカリョープスも目を見張った。

「まさか俺のアッパーカットに『攻撃』を重ねて防ごうとは……さっきのふたりとは格が違うようだな、お前は」

「あら? モリーチもアマ子も強いわよ。私ほどじゃないけどね」

 アッパーカットとねりちゃぎの応酬が始まる。

「アパカ! アパカ! アパカッ!」

「白虎大腿筋! 白虎大腿筋! 白虎大腿……ぐっ?」

 しかし徐々にバディ子のほうが押されてきた。失神中のモリーチに代わって、アラハムキがテリーマンばりに状況を察する。

「バディ子、お前の技は『名前が長い』んだッ!」

「そういうことだったのね……」

 ひとまずバディ子はアパカリョープスから離れ、呼吸を調えた。

 かの炎の転校生の『滝沢国電パンチ』も技名が長いために『殺虫パンチ』には苦戦を強いられている。言うまでもなく、技名を叫ばないことには力が入らない。

 ところがアパカリョープスは自慢のアッパーカットを『アパカ』と略し、パワーを瞬間的に充填及び爆発させることに成功していた。

 対し、バディ子の『白虎大腿筋』では長すぎる。

「技名を縮めるんだ! バディ子!」

「それは無理よ。私にだって意地があるもの」

バディ子は強がるものの、四神大筋星の思いもよらない弱点を突きつけられ、動揺してしまった。一方、アパカリョープスは意気揚々と突撃の体勢に入る。

「この勝負、もらった!」

 彼の身体が丸くなり、リングの上を転がってきた。

 これではサガットではなくバルログのローリングクラッシュ――だが、アッパーカットで『上昇』するための予備動作としては、理に適っている。

「とどめだ、バディ子! ア――」

「おっと! これはなんて動物かしら?」

 その瞬間、バディ子は己の直感に身を委ねた。ケモノの耳がついた帽子を被り、首の長い動物の真似をする。

 アルパカ。つぶらな瞳で多くのひとの心を癒してきた、あの可愛い動物である。

「アパッ、アルカ……パカッ!」

 俄かに『ル』の一文字が割り込んだせいで、アパカリョープスの得意技にも隙が生じた。すかさずバディ子は彼の手を取り、審判を呼ぶ。

「レフェリー! 合図を!」

 バディ子に引っ張られ、アパカリョープスもアームレスリングの位置についた。

「なっ……し、しまった!」

 これでは十八番のアッパーカットも放てず、純粋な力勝負で決着をつけるほかない。

「悪く思わないでね。せぇーのおっ!」

 しかもバディ子はアルパカの愛らしさまで武器とした。アパカリョープスは動物相手に力を出すに出せず、右手をマットへ叩きつけられる。

 レフェリーの声が響き渡った。

「ウィナー・イズ・サラス=バディ子ォ!」

 大きな歓声が沸き起こる。

 かくしてアパカリョープスは破れ、リングの上で仰向けとなった。しかし勝負に納得はしているようで、潔い笑みを綻ばせる。

「ふ……見事だ。技名で勝ったと思ったのが、オレの敗因か」

「あなたは強かったわ。アパカリョープス」

 敬意も込めて、バディ子は彼に手を差し伸べた。

「教えてちょうだい。どうして、あなたはそこまでアッパーカットに拘るの?」

 先ほどの戦い、彼がほかの技も使っていれば、敗北するのはバディ子のほうだった。それでも彼はアッパーカットのみを信じ、己の美学を貫いている。

「……教えてやろう」

 アパカリョープスは自嘲を浮かべつつ、ブーツも靴下も脱ぎ捨てた。

 目に染みるような、鼻の奥に刺さるような異臭が広がる。ギャラリーは目を閉じ、鼻を塞ぎ、一斉にリングから離れていった。

「げえええっ? な、なんだあ? このニオイは!」

「この通り、俺の足はガーゴイル水虫なのだ」

 コンプレックスを抱えているために、彼はあらゆる足技を使えなかったらしい。

「そんなら別に肘打ちや頭突きは使ってもいい気がするが……あれ?」

 いつの間にかバディ子の姿が消えている。

「……女とは正直だ」

 猛虎のアパカリョープス、敗れる。

 ギャラクシーランドの歴史にまたひとつの激闘が刻まれた。

 

 やがて陽も暮れ、野外のリングは橙色に染まる。

 暗黒の巨体に後ろを取られながらも、アパカリョープスは動じなかった。

「……来たな。嫉妬の魔人め」

「グフフフッ!」

 アラハムキが両目を真っ赤に光らせる。

「貴様はオレのバディ子と手を繋いだ。それだけでも万死に値する」

 バディ子の対戦相手が次々と闇討ちされることは噂になっていた。一時はモリーチとも囁かれたが、剛毛を擦りつけられた跡からして、アラハムキのほうが怪しい。

 むしろ彼と戦うべくアパカリョープスはバディ子の挑戦に応じた。

「俺のアッパーカットが魔人にどこまで通用するか、興味がある。……ゆくぞっ!」

「ワハハハハ! このオレとやるつもりだったか、貴様!」

 アパカリョープスのこぶしに力が漲る。

 しかしアラハムキは二メートル近くも距離を取り、アッパーカットの射程から逃れた。

「ふん。恐れをなしたか?」

「違うな。オレの攻撃は……これからだ!」

 アラハムキのギャランドゥが猛スピードで回転を始める。

 それは瞬く間に暴風を生じ、アパカリョープスを吸い寄せ、吸い込んだ。

「なんだとッ? この距離で俺を?」

 いかにアッパーカットに無敵時間があろうと、この吸い込みからは逃れられない。アラハムキはまんまとアパカリョープスを捕まえ、逆さまにロックした。

「食らうがいい! スクリュー・アラハムキ・ドライバー!」

「うおおおおおおおッ!」

 魔人の大技がリングに影だけ残し、跳躍する。

 だがアパカリョープスも抵抗をやめなかった。己にとっては禁じ手のガーゴイル水虫を、アラハムキの顔面に擦りつけ、強烈な異臭をお見舞いする。

「貴様にだけは、やられはせん!」

「おげぇえええっ?」

 しかしロックは外れず、スクリュー・アラハムキ・ドライバーが決まった。

 アラハムキとアパカリョープスでまさかの相打ち。たったひとりのギャラリーであったバッカス男爵はリングに上がり、カウントを取る。

「ワン! ツー! ……いや、無駄か……」

 戦士たちはすでに白目を剥いていた。

 

 その様子を遥か遠方のモニターで眺めている、九人の実力者がいた。

「……アパカリョープスがやられたか」

「所詮、やつはわれわれ十賢者の中でも、最弱……」

「何しろ十賢者になれたのが不思議なくらい、弱っちいヤツだからなあ~」

「フ……笑止な」

「笑ってやるんじゃない。相手が強すぎたのさ」

「美しい者が勝つ。それだけのコト」

「わしは寝る。次の試合が始まったら、起こしてくれ」

「俺の出番があるとは思えんが」

 モニターの映像がバディ子に切り替わる。

「アマゾネス星の王女か。フフフ、面白くなってきたではないか」

 新たな戦いがサラス=バディ子を待っていた。

 

~宇宙屈指さをサラスBODY 9 END~       

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