宇宙屈指さをサラスBODY 8

 かつて剛力の神タヂカラオによって粉砕された大地――ギャラクシーランドはバラバラになりながらも、美々しい銀河の一角に漂っていた。いわば『群島』である。

 ところが、バディ子の故郷はアマゾネス『星』だったり、アラハムキの出身地はバーバリアン『星」だったりする。

 ……これは『島』のほうが正確ではないのか? もしくは、アマゾネス星やバーバリアン星はギャラクシーランドとは別に存在している?

 考えてはいけない。

 そんなギャラクシーランドの東の果てに『あおによし星』はあった。

「どちらが上かハッキリさせる時が来たようじゃなァ、バディ子」

 因縁のライバルとの再会は近い。

 

 ギャラクシーランド随一の海水浴場、カテドラルビーチ。

 一時はロウとカオスの二大勢力が激突した場所のようだが、現在はリゾート地として人気を博している。かの浦島太郎よろしく亀に乗って遊泳もできるとか。

 ここの『祭り』には各地から強豪が集まった。その噂を聞きつけ、バディ子たち一行もバカンスがてら、カテドラルビーチへと降り立つ。

「やっとついたわね。途中の運試しでアラハムキがカエルになっちゃった時は、どうしようかと思ったけど……」

「ステータス異常の回復ってだけで結構、掛かっちまったなァ」

 眩しいほどの浜では、屈強な男たちがスイカ割りで熾烈な争いを繰り広げている。

「あれが噂の競技みたいねぇ。行くでしょ? バディ子」

「もちろんよ!」

 だが、逸るバディ子の前に立ちはだかる者がいた。

「久しぶりじゃのう、サラス=バディ子」

 艶やかな黒髪、白磁のように照り返る美肌。そして細身なりに鍛え抜かれたプロポーション。バディ子は驚きの声をあげた。

「あ、あなたは……!」

「この、あおによし星の姫を忘れたとは言わせぬぞ? フッフッフ」

 彼女の名はテラス=アマ子。

 天照大神(あまてらすおおみかみ)である!

 天津神族の首領にして太陽神、ご存知の諸兄も多いだろう。高天原(たかまがはら)に君臨し、美しくも神々しい輝きを放ち続けた、崇高なる古の女神がいた。

 バディ子とアマ子の間で火花が散る。

「こんなところまで何しに来たのよ、アマ子」

「ちやほやされて天狗になっておろう? ちと、わらわがお灸を据えてやろうとな」

 強豪が集うカテドラルビーチでは、こういった私闘も多い。そのために浜辺には特設リングが用意され、レフェリーが今か今かと試合を待ちわびていた。

「ここまで言われちゃったら、引くわけにはいかないわねえ? バディ子」

「ええ! テラス=アマ子、返り討ちにしてあげるわ!」

 バディ子とアマ子はリングへとあがり、バトルスタイルで睨みあう。

 ただならない両者の気迫に気圧され、アラハムキは息を飲んだ。この試合が壮絶なものとなることを肌で感じ取ったのだろう。

「そんなに急がなくても、先に腹ごしらえしてからでも……」

「あとよ、あと。アマ子に奢らせるのも面白いでしょ」

 それはバディ子も感じていた。しかし強敵の出現にむしろ胸は躍っている。

「誰と誰がやるって?」

「サラス=バディ子とテラス=アマ子だってよ!」

 ギャラリーも集まったところで、いよいよゴングが鳴った。

 バディ子とアマ子のハイキックが交差する。

「ほう? この高さについてきよるか」

「当たり前よ。これくらいでっ!」

 間髪入れずにバディ子のラッシュが唸りをあげた。

「甘いわッ!」

 対し、アマ子も怒涛のラッシュで切り返す。

 パンチのすべてが残像となり、観衆は誰もが驚愕した。モリーチの眼力をもっても数え切れず、アラハムキは慄然とする。

「只者じゃないようね。あれがテラス=アマ子……!」

「な、なんて速さだあっ?」

 バディ子とアマ子が間合いを取りなおすと、リングの中央がべこっと凹んだ。ふたりの激突はそれだけの衝撃を伴っていたのだ。

「ふうん……少しはやるじゃないの」

「それはわらわの台詞ぞ。ふ、腕を上げたものよ」

 バディ子が食らったのは二発、アマ子は三発。

 たった一発の違いとはいえ、この次元の戦いにおいては決定的な差となりうる。それはアマ子のほうもわかっているはずだった。

 にもかかわらず、テラス=アマ子の美貌に不敵な笑みが浮かぶ。

「さて……お遊びはここまでじゃ。バディ子よ、どこからでも掛かってくるがよい」

「当然っ! どっちが天狗か、思い知らせてあげるわ!」

 バディ子はフェイントも織り交ぜつつ、死角からの奇襲に打って出た。人間は『前後左右』の動きには対応できる一方で、『上下』には弱い。

 渾身のねりちゃぎ(蹴り上げ)が真下からテラス=アマ子の顎をかちあげた。

「……え?」

 かに見えたが、アマ子の顔は三十センチも右にずれている。バディ子のねりちゃぎが炸裂したものと見た観衆も、一様にきょとんとした。

「どうなってんだ? 今、当たったよな?」

 アマ子は構えもせず、バディ子に挑発を吹っかける。

「もう終いか? サラス=バディ子、噂ほどではなかったか」

「ま……まだまだ勝負はこれからよ!」

 続けざまにバディ子は肘鉄、延髄蹴り、さらにはヒップアタックを繰り出した。だが、そのどれもがアマ子を一度は捉えておきながら、外れてしまう。

 博識なモリーチがはっとした。

「太陽神、アマテラス……まさか! アマ子は光の力で?」

 ロマンシングサガ3の太陽術に『幻日』というものがある。それは光の力で分身を作り出し、回避率を跳ねあげるものだった。

 アマ子の姿が二重、三重となってぶれる。

「ほほほ! 気付いたところで、この術を破れるものか。バディ子、そなたの快進撃はもはやこれまで……次回からは『宇宙屈指さをテラスBODY』の始まりぞ!」

 同時に彼女のラッシュも二倍、三倍の数となり、バディ子を翻弄した。さしものバディ子でも捌ききれず、アッパーカットでかちあげられる。

「あううっ? な、なら……これで!」

 それを逆手に取って、アマ子の脳天にドロップキックを放つも、またかわされてしまった。逆に背後から掴まれ、バックドロップでリングに沈められる。

「そぉれ、お返しじゃ!」

「きゃあああッ!」

 なんとか立ちあがるものの、バディ子はテラス=アマ子の術中から逃れられずにいた。アマ子の姿が何重にもだぶって見える。

「降参するなら今のうちじゃぞ?」

「だ、誰が……」

 すでにギャラリーは勝負がついたものと思ったようで、あちこちで溜息が聞こえた。しかしモリーチはバディ子の逆転を信じ、声を張りあげる。

「光よ、バディ子! アマ子は太陽の光を利用して、術を掛けてるはず!」

 日中の太陽は今なおカテドラルビーチにぎらぎらと照りつけていた。

(……そうだわ! アマ子は確か……)

 ふと、先ほど彼女と再会した時に『驚いた』理由を思い出す。バディ子は腹を決め、再びテラス=アマ子と対峙した。

「まだやるのか? その心意気は認めてやろうて」

「ふふっ。なら、ついでに実力も認めてもらおうかしら」

 バディ子の右手がこぶしを解き、アマ子の黒髪を乱暴に掴みあげる。

「なっ……?」

 まさかのラフファイトに観衆は度肝を抜かれた。ヘアスタイルには余念のないバーバリアン星の王子・アラハムキも青ざめる。

「らしくないぜ、バディ子! いくら正攻法じゃ敵わねえからって……」

「黙って見てなさい。どうやらバディ子も気付いたようね」

「そういうこと! 分身の秘密はこれよ!」

 バディ子が力任せに引っ張ると、『それ』はアマ子の頭からすっぽ抜けた。アマ子の黒髪は精巧なウィッグだったのだ。

 テラス=アマ子は『尼』でもある。

「あなたが髪を伸ばしてるから、おかしいとは思ったの」

「ふ……見破られたか」

 彼女はこの坊主頭で陽光を反射させ、バディ子の視覚を騙していた。

 しかし術のタネを暴かれようと、テラス=アマ子に動揺はない。坊主頭を恥じらいもせず、清々しい顔つきでギャラリーの環視に応じていた。

 そのストイックな美々しさにはむしろバディ子のほうが動じる。

(な、なんだっていうの? アマ子のやつ……)

 髪は女の命というが、それは一般論に過ぎないのかもしれなかった。現にテラス=アマ子はスキンヘッドでありながら、麗しい『美貌』を保っている。

 それは気高さや崇高さとでも呼ぶべき、テラス=アマ子の美徳が成せる業。単なる見てくれの美しさではない。彼女の『美』はまさしく内側から溢れ出ていた。

 観衆の中にいた美の化身オフロディーテがくずおれる。

「こ……これこそ真の美しさ……! 私の美など、まるで茶番ではないか……」

 分身の術のタネを暴かれながらも、依然としてアマ子は観衆のリードを掴んでいた。バディ子にとってはアウェイの空気が続く。

「無論、種が割れたからといって、そなたは我が秘術を破ったわけではない。わらわの勝利は揺るがんようじゃのぉ」

「……どうかしら?」

 それでもサラス=バディ子は勝気にはにかんだ。指を三本立て、宣言する。

「これから三十秒以内に勝負を決めるわ」

 その言葉と同時に、空の太陽に大きな雲が掛かった。これでは分身の術を使えず、初めてアマ子が調子を乱す。

「な、なんじゃと? 天に愛されておるというのか、そなたは!」

 かの織田信長が桶狭間で今川軍を破った時は、大雨だったという。激しい雨は織田軍の進撃を包み隠し、今川軍の急所へと導いた。

 この土壇場で太陽が雲に隠れたのも、天がバディ子に味方したがため。

「いくわよ! 青龍上腕筋ッ!」

「ぐはあっ?」

 バディ子のラリアートがアマ子の首筋に食い込む。

 さらにロープで跳ね返ってきたところをボディプレスで潰し、抱えあげる。朱雀背筋を活かし、流れるようなスープレックスが決まった。

「これで三十秒……ええーいっ!」

「きゃああああ!」

 その冴えに歓声が巻き起こる。

「ウオオオオオオー!」

 技ひとつで観衆の心を掴む――これこそがサラス=バディ子のレスリングなのだ。

 レフェリーがカウントに入る。

「1、2、ス……」

「はあっ、はあ……まだよ。勝負はまだ」

 だがアマ子は2.7カウントで起きあがってきた。あおによし星の王女としての意地だろう。とはいえ立つだけで精一杯であり、脚が震えている。

「バディ子、あなたのどこにこれだけの力が残っていた、と……?」

「それがあなたの弱点なのよ、アマ子」

 その一方で、バディ子は持ち前のフットワークを維持していた。

「あなたはテクニックも判断力も一流だけど、パワーはそれほどでもないの」

 リングの脇でモリーチが相槌を打つ。

「その子はバディ子を充分に痛めつけたつもりだったんでしょうね。でもあの程度の攻撃じゃ、バディ子をダウンさせるには足りないわ」

「そうじゃったか……」

 アマ子は素直に己のパワー不足を認め、唇を噛んだ。しかしギブアップはせず、ふらつきながらも謎めいた構えを取る。

「どうやら……最大の奥義を披露せねばならんようじゃ」

 右手と左手がてのひらの根元を合わせた。

「この『たかまが波』をな」

 肝が据わっているはずのモリーチでさえ、俄かにたじろぐ。

「ま、まさか! かめは……あの子は気孔波まで使えるというの?」

「そいつはまずいぜ! バディ子にはできねえのに」

 テラス=アマ子の全身から輝くような『気』が溢れ出した。ギャラリーも息を飲み、たかまが波の発動を見守る。

「覚悟はいいな? バディ子よ。……よもや逃げはすまい?」

「くっ……」

 リングの外でやり過ごすことは簡単だった。だがリングに立った以上、バディ子は己の信念を懸け、筋を通さなくてはならない。

 隠れて逃げて、その勝利を皆は称えてくれるだろうか?

 自分は納得できるだろうか?

 否、断じて否。対戦相手が切り札を投入してきたのなら、こちらも全力で立ち向かう。それこそがサラス=バディ子の流儀なのだ。

「無理すんじゃねえ、バディ子! ここはさがれ!」

「女の勝負なのよ! 男は口を出さないで!」

 アラハムキの助言を一蹴し、バディ子はアマ子をねめつける。

「勝利を捨ててでも矜持を選ぶ、か。さらばじゃ、我が好敵手サラス=バディ子! た~か~ま~が~……波ーーーーーッ!」

 テラス=アマ子の両手から金色の波動が放たれた。

 あまりの眩しさに観衆の目も眩む。

「てやあああああっ!」

 バディ子は吼えるも、真正面からたかまが波に飲まれてしまった。

 そのはずが、バトルコスチュームを引き裂かれながらも、たかまが波を突破する。

「ば、ばかな! わらわのたかまが波を」

「残念だったわね、アマ子!」

 そのままアマ子の膝を駆けあがり、白虎大腿筋でニーキック。

「が、がはあ……ッ!」

 またの名をシャイニングウィザード。太陽神は鋭い閃光によって撃ち抜かれ、ついにリングへと崩れ落ちた。

「1、2、3! 勝者、サラス=バディ子!」

「バ・ディ・子! バ・ディ・子!」

 バディ子はこぶしを振りあげ、盛大な声援に応える。

「ありがとう、みんな!」

 そんな中、アラハムキは鼻血を堪えた。

「バディ子のやつ、あ、あんな格好で……それにしても、どうやってたかまが波をくぐり抜けたんだろうな? モリーチ」

「ウフフッ、見ての通りよ。バディ子は胸とコッカーンをガードに使ったわけ」

 いかなる攻撃を受けようと、エネルギー波の類で恥部の布地が破れることはない。見えない力が働き、戦う者の露出を抑えてくれるためだ。

 

 それを利用し、あえてバディ子は自分の胸とコッカーンを前にした。たかまが波はその箇所を攻めきれず、バディ子を直撃しなかったのである。

「さすがサラス=バディ子! 俺が惚れた女だけのことはあるぜ!」

「ほんと、どこまで強くなるのかしら。これからが楽しみだわ」

 かくして強敵テラス=アマ子を降した、バディ子。

「立てる? アマ子」

「……ふ。今日のところはわらわの完敗じゃ」

 しかしカテドラルビーチでのバカンスは始まったばかり。

 次の戦いはすぐそこまで迫っていた。

 

 その夜、アラハムキは浜辺のリングでアマ子のウィッグを見つける。

「ん? 戦いに夢中で忘れたようだな。届けてやるか」

 あれからバディ子はアマ子と夕食をともにし、再戦を約束していた。アラハムキもテラス=アマ子の麗しさと気丈さには感服している。

 だからウィッグを拾ったのも、決して邪念のためではなかった。しかし漆のように輝く黒髪に、ふと興味をかき立てられる。

「オレほどの美形がこいつを被ったら、すごいことになるんじゃないか……?」

 お試しとばかりにアラハムキはウィッグを被り、黒髪を靡かせた。

「何をしてるのよ、アラハムキ? 明日も早い、の……」

 その美麗でもなければ壮麗でもない有様を、偶然にしてモリーチが目の当たりにする。それきりアラハムキとモリーチの間で時間が凍りついた。

「……………」

「……………」

 静かな波が夜の浜へと打ちつける。

 モリーチは冷めた表情ですべてを察し、踵を返した。

「そんな趣味があったのねぇ、あなた。安心なさい、バディ子には黙っててあげるわ」

「ちっ違う! そんなつもりじゃなくってだな……げえっ?」

 アラハムキは慌てふためくも、ウィッグが自慢のギャランドゥに絡みつき、身動きできなくなる。そのうえスネ毛にも絡まり、足がもつれた。

「おやすみなさい、アラハムキ」

「あわわ、待ってくれ! これじゃ動けん……!」

 彼の運命は夜空の月のみぞ知る。

 

 

宇宙屈指さをサラスBODY 8 ~END~   

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