魔法少女ラブリーミルク 1
女子大生の若生美玖(わかおみく)は、十九歳にして一端の若奥様。
断続的に交流のあった、近所のお兄さんと結婚したのは、先々月のこと。晩婚化が進む昨今、『相手がいるなら早いほうがいい』と、とんとん拍子に進められてしまった。
旦那様のことは、決して嫌いではない。昔は『お兄ちゃん』と呼んで、勉強を教えてもらったりしたものだった。
彼も自分のことを『美玖ちゃん』と呼んでくれたはず。
「それじゃ、行ってくるよ。美玖さん」
「あ、はい……いってらっしゃい。あなた」
しかし結婚を急いだせいか、ぎこちない関係が続いていた。夫婦の夜も過度に遠慮されてしまい、新妻はすっかり自信を喪失している。
(ご近所さんに相談してみようかなあ?)
その日も美玖は溜息をつきながら、キッチンで夕飯の準備をしていた。ところが、冷蔵庫の横で見慣れないウサギのヌイグルミを見つけ、首を傾げる。
「こんなの持ってたかしら? ……ひょっとして、お兄ちゃんの?」
てっきりヌイグルミだと思ったものが、俄かに動き出した。
「違うヨ? 僕はラブリーランドからやってきた、ミルミルっていうんダー」
「ひゃあああっ!」
驚いた拍子に美玖は薄力粉をひっくり返す。
話を聞いてみたところ、このミルミルは恋愛の秩序を守るべく、ラブリーランドとやらから派遣されてきた、本物の妖精だった。
「間違った恋愛を正すために、僕はこの世界に来たんだヨ」
「え、ええと……?」
「ほら、痴情のもつれってやつで、大変なことになったりするじゃないカ。僕の使命は、そういう恋愛を見つけて、当事者たちを改心させることなんダ」
ミルミルの言っていることは、なんとなくわかる。現に恋人同士の痛ましい事件が世間を騒がせることもあった。
「でも、僕が直接この世界に干渉することは、禁止されてるんダ。だから、美玖ちゃん、君に手伝って欲しいってワケ」
「そんなこと言われても……私、何もできないわ」
「大丈夫! 恋愛の酸いも甘いも知ってる『奥様』なら、きっと変身できるサ!」
ミルミルが美玖の胸元へとブローチを投げつける。すると不思議な光が広がって、美玖の内気にしては豊満な身体を包み込んだ。
普段着も下着も剥がれて、ハイレグカットのバトルスーツがフィットする。同時に、両手にはガントレットが嵌まった。脚のほうでは具足がバーニアを噴かせる。
髪など、ピンク色に染まってしまった。鮮やかな変身ぶりに美玖は驚愕する。
「ど、どうなってるの? ひょっとして、コスプレ?」
「違うってば……ムムッ! この近くでダークマターの反応ダ!」
ミルミルは窓を開け、新米の人妻戦士を急かした。
「出撃だヨ、ラブリーミルク!」
「それ、私のこと?」
若生美玖、改めラブリーミルクはわけもわからないまま、出動することになった。とりあえず鍋の火を止めてから、夜の街へと飛び出す。
変身しているせいか、超人的なアクションが可能となっていた。建物の屋根や電信柱を飛び移り、一直線に目的地を目指す。むしろミルミルのほうが遅い。
「ねえ、ミルミル。この恰好、恥ずかしいんだけど……」
「安心しテ。変身してる間は、誰にも美玖ちゃんだってことは、わからないかラ」
ラブリーミルクたちが見つけたのは、歳の離れた男女のカップルだった。同じビルからスーツ姿で出てきたことからして、オフィスラブの関係と見て、間違いない。
「ええと……こうかしら?」
ラブリーミルクはバイザーを通し、彼らのスキャンを試みた。
男性は妻子持ちにもかかわらず、部下の女の子をディナーに誘ったらしい。不倫の現場を目撃し、美玖はもどかしさを募らせる。
「あんなの、だめよ! 早く止めなくっちゃ!」
「それでこそ、僕の見込んだ奥様だネ。ほら、見えるかイ?」
女性のほうには黒い影のようなものが憑依していた。あれこそが闇の恋愛エネルギー、ダークマター。ラブリーミルクが近づいたことで、闇の力は活性化してしまう。
「サ、サチコくん? どうしたんだ!」
「部長ぉ、おおお……奥さんと別れて、わたしのモノになってぇえ!」
「ひえええっ!」
ダークマターは彼女を取り込みつつ、異形のモンスターと化した。デートの相手を押し倒し、服を引き裂きに掛かる。
「ミルミル! あんなの、どうするのよ?」
「ヒトヅマターを練りまくって、ヒトヅマテリアル製の武器を製錬するんダ! ラブリーミルク、君ならできるはずだヨ!」
対抗するには『ヒトヅマター』とやらを使いこなすしかない。
「う、うん。やってみるわ」
ラブリーミルクの右手でヒトヅマターが収束した。それが鋭利な剣を作り出す。
その威圧感にミルミルが驚嘆した。
「すっ、すごいエネルギーだヨ! いっちゃえ、ラブリーミルク!」
ヒトヅマテリアル・ソードが聖なる輝きを放つ。
それをまっすぐに構え、ラブリーミルクはモンスターへと真っ向から突撃した。敵の吐き散らす炎をかいくぐり、脇腹に強烈な一撃を叩き込む。
「ラブリーミルク! 今ダ!」
「ええっ!」
さらにモンスターとすれ違うとともに、ムーンサルトで距離を取る。
「ヒトヅマの経験豊かな駆け引きが! 邪悪な恋を打ち砕く!」
ヒトヅマテリアル・ソードの刀身が左右に展開した。その間でヒトヅマターが収束を続け、爆発寸前までエネルギーをたわめる。
「ヒトヅマーブルスクリュー!」
「ヒトヅマックス~ッ!」
全開のエネルギーがモンスターに目掛けて、放たれた。
女性の身体からダークマターが剥がれ、消滅する。これで彼女が上司に不倫を無理強いし、その家庭を崩壊させることもない。憑きものが取れたように目を覚ます。
「あ、あれ? わたし……えっ、部長?」
彼女も、ミルミルも、ラブリーミルクも、その光景に目を点にした。部長のスーツは滅茶苦茶に破れ、身体の前面が露出してしまっているのだが。
どういうわけか、女性用のランジェリーを身に着けていたのである。妖艶な紫色のブラジャーとショーツが、彼の逞しい身体に食い込んでいた。
これを着て、部下の女の子をディナーに誘い、一体何をするつもりだったのか。
女性はがっくりと肩を落とす。
「百年の恋も冷めたわ。さようなら」
「……げ、元気出してね」
アクシデントはあったものの、ラブリーミルクは間違った恋愛を正すことができた。あとのことは当事者に任せて、人目に触れないうちにミルミルと退散する。
「そろそろお兄ちゃんが帰ってくるわ。急がないと」
「待ってヨ~! ラブリーミルク、飛ぶのが早いってバ」
家ではちょうど旦那様が帰ってきたところだった。新妻がいないのを不思議に思ったようで、キッチンの鍋を確かめたりしている。
「ごめんなさい! すぐお夕飯にするから、ちょっとだけ待ってて」
「え……美玖さんなの?」
ラブリーミルクは自分の恰好にはっとした。しかも正体はばれないはずなのに、旦那様には簡単に見破られてしまう。愛の力だろうか。
「その恰好は……」
「えぇと、こっ、これにはわけが……」
コスプレじみたスタイルを恥ずかしがって、美玖は初心な表情を赤らめた。ラブリーミルクのバトルスーツは水着と変わらず、魅惑のプロポーションもありのまま。
「もしかして、キュアキュア好きの僕のために、コスプレを?」
ラブリーミルクに変身したなどと言っても、信じてもらえそうになかった。美玖は旦那様の勘違いに乗って、おずおずと頷く。
「う、うん。お兄ちゃんに喜んでもらおうと、思って……」
新妻のコスプレに旦那様は感激。興奮気味に美玖を抱き締め、ベッドへと連れ込む。
「美玖ちゃんっ!」
「きゃあ? あ……待って、お兄ちゃ、あっあああ!」
甘い夜が始まった。
おかげでミルミルは家に入れず、屋根の上で朝まで待つ羽目に。
「お熱いねエ~。でも、これでヒトヅマターもたっぷり充填できそうダ」
夜空の月は満足そうに輝いていた。
魔法少女ラブリーミルク 2
今朝も旦那様は仕事に出掛け、奥様の美玖は午後から大学の予定。
「それじゃ、行ってくるよ。美玖」
「いってらっしゃい、あ・な・た。うふふっ!」
結婚の当初はぎこちない関係が続いたものの、美玖のコスプレが功を奏し、すっかり打ち解けてしまった。今では彼にもラブリーミルクの使命を応援してもらっている。
妖精のミルミルがにやついた。
「昨夜もお楽しみでしたネ! クフフ」
「お、お背中流してあげただけ、でしょ? 勘違いしないで」
「まったまタ~。前は寝室も別だったくせニ~」
いやらしい妖精など放って、美玖はてきぱきと洗濯を済ませる。
ベランダで布団を干していると、お隣の啄木鳥(きつつき)千夜と目が合った。美玖とは同い年で、あちらもすでに結婚している。
「おはようございます、ちよさん」
「……ん、オハヨ」
別段、仲がよいわけでも悪いわけでもなかった。もちろん美玖としては奥様同士、もっと親密になりたいと思っている。
「ちよさんもお昼からですか? 学校」
「そーよ。じゃ、急ぐから」
やがてお昼になり、必修講義の時間となった。ミニサイズとなったミルミルを鞄に放り込み、バスで大学に向かう。ところがその道中、ミルミルが鞄から飛び出してきた。
「ビビッときたゾ? 美玖、ダークマターの反応ダ!」
「ちょっと、静かにしてったら!」
慌てて美玖はミルミルを抱え、次のバス停でいそいそと降りる。路地裏でラブリーミルクに変身すると、野良猫が一目散に逃げていった。
「早く片付けちゃお」
「頼もしいなア! 僕の目に狂いはなかったヨ」
ミルミルとともにダークマターの反応を追いかけ、現場へと急行する。
今回のターゲットはデザイナーの専門学校にいた。ちょうど昼休みのようで、一組のカップルが庭でランチを食べている。しかし楽しそうな雰囲気ではない。
「やっぱり私、留学は断ろうと思うの。だって、ナオヤと離れたくないんだもん」
「そ、そうだよな? こっちでも勉強はできるんだし……」
ダークマターは女子生徒のほうに憑依していた。
「その子は危険よ! 離れて!」
ラブリーミルクがプレッシャーを与えると、闇の力が彼女を取り込みつつ、モンスターへと姿を変える。怪物は奇声をあげ、彼氏に襲い掛かろうとした。
「ずっと傍にいてえぇ、ナオヤぁ~ッ!」
「うわあっ? どうしちまったんだ、カナコ!」
凶暴なモンスターの出現によって、学校は大騒ぎに。
(しまったわ……!)
ラブリーミルクの失敗だった。しかも大勢の前で姿を晒してしまう。
「私、知ってる! あれって魔法少女……じゃなくって、魔法人妻ってやつでしょ?」
「あんなに若いのに、もう人妻だってのか? ごくり」
ラブリーミルクはうろたえ、ヒトヅマテリアル・ソードの生成さえ忘れた。
「ど、どうしよう? ミルミル」
「大丈夫だヨ。旦那さんは別として、君の正体は誰にもわからないはずだからサ」
その間にもダークモンスターは彼氏を追って、牙を剥く。
「たっ、助けてくれ!」
「……そうだわ! 早く止めなくっちゃ」
ヒトヅマテリアル・ソードを構え、ラブリーミルクはターゲットを睨みつけた。ところがラブリーミルクよりも先に、まったく別の戦士が二発の弾丸を撃ち込む。
「トロトロしてんじゃないわよ、ラブリーミルク!」
「あ……あなたは?」
時計塔の上に魔法人妻のシルエットがあった。セルリアンブルーの髪を靡かせながら、二丁の拳銃でモンスターに狙いをつける。
「このラブリーピースが来たからには、あなたの出番はないわ!」
ラブリーピースは時計塔から颯爽と飛び降り、宙返りも交えて着地した。ラブリーミルクと同系統のバトルスーツは青色を基調としている。
その脇から妖精がひょっこりと顔を出した。ミルミルが驚きの声をあげる。
「チョキオ? お前もこっちに来てたのカ!」
「ラブリーランドの女王様が、ミルミルだけには任せられないってサ」
ラブリーピースの銃口がぎらりと光った。
「あなたの戦い方はヌルいのよ。見てなさい? 魔法人妻の、本当の戦いぶりを」
「え? もしかして、あなたは……」
「こっちよ! ウスノロ!」
ラブリーミルクの言葉には耳を貸さず、威嚇射撃でモンスターの注意を引く。
「そっちの彼氏はあんたが思ってるほど、大した男じゃないわ。そいつの部屋を探してみたら、この通りよ。悪趣味なAVだらけだったんだからッ!」
ラブリーピースがばらまいたのは、いかがわしいDVDの数々だった。どれもが××××モノなどというアブノーマルな性癖で満たされている。
「ひ! ナオヤがこんなものを……?」
モンスターの動きが鈍った。AVの内容に動揺しているのは間違いない。
観衆もおっかなびっくりのリアクションで、AVの山から距離を取った。その異常性には男子生徒さえドン引き。
「××××ばっか、何十枚持ってんだよ? あいつ」
「見ないでくれぇえ!」
彼氏は涙目になりながら、地面で這い蹲った。
ラブリーピースが余裕の笑みを浮かべる。
「恋愛ダークマターを消滅させるなら、別れさせるのが手っ取り早いでしょ? ほら、ダークモンスターはもう虫の息だわ」
確かに恋愛の感情が冷めることで、ダークマターは弱まった。しかし恋人同士の気持ちをないがしろにするやり方など、ラブリーミルクは我慢できない。
「しっかりしてください、彼氏さん! 大事なのは彼女さんのほうでしょ!」
「オ、オレが……?」
ラブリーミルクの剣が展開しつつ、エネルギーをたわめた。ダークモンスターではなくAVの山に照準を当て、ヒトヅマーブルスクリューを放つ。
問題のAVは綺麗に消し飛んだ。ラブリーピースが地団駄を踏む。
「ちょっと? 何すんのよ、あなた!」
「か、彼氏さんを助けただけです。魔法人妻として……」
モンスターと化した彼女の身体から、ダークマターが剥がれた。彼氏のAV趣味が相当ショックだったようで、呆然とうなだれる。
そんな彼女に彼氏が、意を決した表情で歩み寄った。
「聞いてくれ、カナコ。オレ……本当はお前の留学、応援したいんだ。離れ離れになるのは寂しいけど、頑張ってくれよ。な?」
「ナオヤ……!」
彼女が顔をあげ、涙を滲ませる。
「でも、ごめんなさい。××××モノが趣味のひととは、もう……」
ふたりは破局を迎えてしまったが、皆には拍手で称えられた。
ラブリーピースは不愉快そうに踵を返す。
「ふんっ! こんなの納得いかないわ。間違っても、あなたを認めたわけじゃないんだから。そこんとこ、ちゃんと憶えてなさいよ? ラブリーミルク」
「あ、あの、ちよさん……?」
「あと! 私の名前は『ちよ』じゃなくて、『せんや』って読むのっ! ……あ」
美玖にカマを掛けるつもりなどなかったが、彼女は簡単に引っ掛かってしまった。ラブリーピースの正体は隣人の啄木鳥千夜。
千夜はばつが悪そうに赤面しつつ、パートナーのチョキオとともに飛び去った。
「つつっ、次は絶対、こうはいかないんだからねっ!」
「またネ、ミルミル~!」
ラブリーミルクとミルミルは肩を竦める。
「……帰ろっか」
美玖も早々に引きあげ、大学の講義に滑り込むのだった。
その夜、帰ってきた旦那様が、嬉しそうに新妻の美玖を抱き寄せる。
「ラブリーミルクが大活躍だったんだって? みんなが知ってる人妻ヒロインが、僕の奥さんだなんて、幸せだなあ」
「んもう、あなたったら。ご飯にする? それとも、お風呂?」
「も・ち・ろ・ん……君だよ、ラブリーミルク!」
今夜も夫婦のニャンニャンタイムが始まった。
その頃、隣の家では啄木鳥千夜も、自分の旦那様の帰りを待つ。
「ダーリンってば、ほんと遅いんだから……あら?」
時計から目を離した拍子に、ふと回覧板を見つけた。忘れないうちに、次の若生美玖の家まで持っていく。そのついでに悪戯を閃いた。
(そーだ! お昼の借りもあるし……)
前に美玖から『夫婦間の空気がぎこちなくて』と相談を受けたことがある。ニャンニャンタイムも気遣わせる一方で、我慢させてばかりらしい。
(美玖とあっちの旦那が、どれくらい気まずい感じか、見てやろうっと)
千夜はラブリーピースに変身して、開いている窓から若生宅へと忍び込んだ。息を殺しつつ、興味津々に寝室を覗き込む。
「な……っ?」
思わず声を出してしまいそうになった。
妻が未成年のため、千夜と同様に『途中まで』とは聞いている。にもかかわらず、美玖はラブリーミルクの恰好で、とてもアグレッシブに××××……。
(うっ、嘘でしょ?)
千夜は真っ青になり、慌てて自宅へと逃げ帰る。
「……おとなしそうな顔してるくせに、あ、あの子ったら……」
敗北感で膝を折るなど、初めてのことだった。留守番のチョキオがきょとんとする。
「どーしたのサ? 千夜ちゃん」
「こ、こっちだって負けてらんないわ! 兄さ……ダーリンが帰ってきたら、今夜はうーんと甘えてやるんだから!」
「はいはイ。今夜こそ、思ってる通りにできるといいネ」
そんな夜に限って、旦那様の帰りは遅かった。
魔法少女ラブリーミルク 3
日曜日は美玖(ラブリーミルク)の家で作戦会議をすることになった。
「車検に出したら、すぐ帰ってくるよ。美玖」
「うん。いってらっしゃい、あなた」
旦那様を見送ったあと、入れ違いで隣の奥様がやってくる。啄木鳥千夜(ラブリーピース)は玄関で足を止め、あんぐりと口を開いた。
「……なんなの? それ」
本日の美玖は旦那様のリクエストにお応えして、高校時代のスクール水着に純白のエプロンを重ねていた。居候の妖精ミルミルが、美玖の肩からひょっこりと顔を出す。
「スク水メイドだネ! 美玖ちゃんもすっかり旦那さんとラブラブになっちゃっテ……」
「だ、だって……お兄ちゃんが『一生のお願い』っていうんだもん」
スク水メイドの若奥様は恥ずかしそうに、それ以上に嬉しそうに頬を染めた。ミルミルを抱き締めつつ、豊満なプロポーションをくねらせる。
そんな美玖のデレっぷりに千夜は呆れた。
「まったくもう。なんでもかんでも夫の言う通りにしてるだけじゃ、だめだってば。ダークマターに取り憑かれるわよ」
「え? 私たち、魔法人妻なのに?」
千夜の肩にはラブリーピースの相方、チョキオが乗っている。
「僕らが奥様を魔法使いにしたことには理由があるんダ。前は中学生くらいの女の子に、いわゆる『魔法少女』ってやつになってもらってたんだけド……なあ、ミルミル」
「恋愛面が未成熟なせいで、ダークマターに憑依されやすいんだヨ」
まるで自分が説明したかのように、千夜が胸を張った。美玖にもひけをとらないサイズのオパーイも、自慢げに揺れる。
「だからこそ、恋愛面の成熟した私たちが、魔法使いに選ばれたってわけ」
「ふぅーん……あ、ごめんね! お兄ちゃんからメール」
しかし美玖は、千夜たちには適当に頷くだけで、ラブメールのほうに笑みを綻ばせた。旦那様が帰ってきたら、今日もたっぷりとニャンニャンする予定。
「ほんっと、ラブラブね」
呆れ顔の千夜にチョキオがひそひそと囁きかける。
「そんなこと言って、羨ましいんでショ? せっかくの日曜日だし、千夜ちゃんも高校時代のスクール水着で、旦那様に……ムフフ」
「まっ、真似なんかしないわよ! 私は妻として、いつだって模範的に……」
不意にミルミルのお耳が邪悪な気配を感知し、伸びきった。
「ダークマターの反応ダ! 美玖ちゃん、千夜ちゃん、出動だゾ!」
「うんっ! 行こう、千夜ちゃん」
「ま、待ちなさいったら! まだ話は終わって……」
美玖たちは魔法人妻に変身して、ダークマターのもとへと急行する。
ダークマターに憑依されているのは、挙動不審の女性だった。数メートル先の男性に目を凝らし、あとをつけている。
「えっと……恥ずかしがり屋さん、かなあ?」
「どっから見てもストーカーでしょ!」
彼女を救う方法はふたつあった。ひとつはダークマターを実体化させたうえで撃破すること(第1話)。もうひとつは相手への関心を失わせること(第2話)。
男性が後ろのストーカーに気付き、血相を変える。
「ま、またお前か? オレのことは諦めてくれよ、ナツコ! オレには恋人が……」
「だから、その恋人に会わせて! 私のほうが絶対シンジに相応しいもの!」
女性の背後でダークマターが膨れあがった。しかしラブリーミルクもラブリーピースもまだ、それを刺激していない。
「え……?」
女性はモンスターと化し、獰猛な奇声をあげた。
「私のものになってえ、シンジィイ!」
「うわあああっ?」
相手が慌てふためいて逃げるのを、まるで肉食獣のように追っていく。
ラブリーミルクたちもスピードをあげた。
「ラブリーピース! どうして? ダークマターが勝手に」
「冷静になりなさいったら。……あいつだわ!」
ラブリーピースがヒトヅマテリアル・ガンで、モンスターではなく、電信柱の上にいたらしい『敵』に先制攻撃を放つ。
しかし彼女は瞬時に位置を変え、弾丸をやり過ごしてしまった。ラブリーピースが今度は別の電信柱に狙いをつけ、舌打ちする。
「あいつがダークマターを実体化させたみたいよ。気をつけなさい、ラブリーミルク」
「あ……あの子が?」
見たところ、中学生か高校生くらいの女の子だった。華やかなコスチュームをまとっていながら、その表情は真っ黒な憎悪に満ちている。
ミルミルが驚きの声をあげた。
「あれは……魔法少女デッドリーピンク!」
魔法少女に禍々しいプレッシャーを感じ、ラブリーミルクは息を飲む。
「デッドリーピンクって、もしかして……チョキオが話してた?」
さしものラブリーピースも慎重に間合いを取った。
「ちゃんと聞いてたのね、あんた。私たちもダークマターに囚われたら、多分、あんなふうになっちゃうんだわ」
デッドリーピンクが壊れかかったロッドを掲げる。それだけで、街の上空に衝撃波が広がった。ミルミルとチョキオは呆気なく吹き飛ばされる。
「ヒャア~ッ!」
「ミルミル? チョキオ!」
片目を伏せて踏ん張り、ラブリーミルクはヒトヅマテリアル・ソードを構えた。
「くうっ……でも今は魔法少女より、あっちのモンスターを止めなくっちゃ」
デッドリーピンクが魔法人妻に敵意を剥き出しにしているのは間違いない。ダークモンスターと魔法人妻の間に入って、こちらの行く手を遮ろうとする。
「だっ、誰か! 助けてくれえ~!」
「シンジィ! 私のものになってよぉ!」
すでにダークモンスターは男性の背中に迫りつつあった。
前に銃を向けながら、ラブリーピースが横目でラブリーミルクに指示を出す。
「あいつは私が足止めするわ。あんたはモンスターを片付けなさい!」
「わかった! お願い!」
ラブリーピースに射撃を浴びせられ、デッドリーピンクは防御結界を展開した。その隙にラブリーミルクが彼女の横をすり抜け、モンスターへと追いつく。
「ええーいっ!」
急降下の勢いも乗った一撃が、モンスターの背中に決まった。
だがモンスターは半ば女性の姿に戻りながらも、まだ牙を剥く。しかも、このタイミングで彼の恋人とやらが出てきてしまった。
「わかってくれ、ナツコ! 僕はこのひとと付き合ってるんだ!」
「に、逃げなさい! 話の通じる相手じゃ……」
デッドリーピンクと交戦しつつ、ラブリーピースが俄かに焦りを浮かべる。
ところが、ラブリーミルクも目を点にするほかなかった。彼の恋人とやらはツナギを着た、がっしりとした体格の『男性』だったのだから。
「待たせちまったな、シンジ。もう我慢できないってか?」
「あ、アベノさん……」
「男が『よくなる』コツは、男にしかわからねえ。そういうことだぜ、お嬢ちゃん」
ダークマターは消滅した。ライバルを蹴落とすつもりでいたらしいが、ショッキングな現実を突きつけられ、女性は呆然としている。
「……………」
「話もついたみてぇだし、そろそろ行くとするか」
「は、はい。よろしくお願いします……」
あまりにも意外な幕引きとなった。
デッドリーピンクは早々に見切りをつけ、飛び去ってしまう。
「あっ、こら! 待ちなさいったら! 魔法少女!」
呆気に取られていたせいで、ラブリーピースの追撃も間に合わなかった。ひとまずダークマターの脅威が去ったことに、ラブリーミルクはほっと胸を撫でおろす。
「私たちも帰ろ? ラブリーピース」
「……そうね。チョキオも回収してあげないと」
突如として現れた、魔法少女。
「誰だったのかな? あの子……ミルミルは知ってるみたいだったけど」
「デッドリーピンク……恋愛の暗黒面に堕ちた魔法少女ってわけね」
今日の出会いが新たな戦いの始まりであることを、魔法人妻たちは予感していた。
旦那様のいる自宅に帰ってすぐ、千夜はとっておきの衣装を引っ張り出す。
美玖がスクール水着なら、自分もと思った。負けていられない。
「あっちが上手くやってるからって、もウ」
「い、いいでしょ? 私だって、たまにはダーリンにサービスのひとつくらい……」
しかし単純な猿真似は千夜のプライドが許さなかった。だからこそ、レースクイーンのボディスーツを選ぶ。
(さすがに際どすぎるかしら? これ)
挑発が過ぎて、最後まで押しきられるのは怖かった。それでも千夜はレースクイーンの恰好となり、休憩中の旦那様のもとへ、おずおずとお誘いに向かう。
「ねえ、ダーリン? まだお昼だけど、その……」
「せ、千夜っ?」
レースクイーンの千夜を目の当たりにして、旦那様は前のめりになった。新妻の健気なコスプレが気に入ったようで、優しい笑みを弾ませる。
「僕のためにそんな恰好してくれるなんて、嬉しいよ。こっちにおいで」
「え? ち、ちょっと待って、兄さん……あっあああ!」
日曜日のお昼から、千夜は愛しの旦那様と。
一方、美玖のほうも旦那様とご奉仕プレイの真っ最中だった。妖精のミルミルとチョキオは屋根の上で合流し、やれやれと肩を竦める。
「千夜ちゃんってば、やっぱり美玖ちゃんに対抗しテ? クフフフ」
「新妻ならではのオチだネー」
この愛の形が、未成熟な魔法少女にわかるはずもなかった。
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