傲慢なウィザード #2

ACT.08 一度限りの美男子

 四月下旬となると、新しい環境にも慣れ、余裕が出てくる。来週からはゴールデンウィークであり、緋姫のスケジュールにもいくつか約束事が入っていた。

 連休が明ければ、中間テストを経て、体育祭が開催される。

体育の授業は『一組と四組』『二組と三組』で合同となっており、それが紅白のチーム分けにもなった。

 紅組に当たる二年一組は御神楽緋姫、九条沙耶、周防哲平。三年一組は愛煌=J=コートナー。三年四組はクロード=ニスケイア、比良坂紫月。

 白組に当たる一年三組はミユキ=フランベル、二年二組はリィン=セツナ、二年三組はヤクモ=キーニッツ。それから中等部の二年二組にシオン=チコリスもいる。

 奇しくも第六部隊と第十三部隊で敵同士となった。

 放課後のクラス会議は、体育祭の出場種目について。緋姫と沙耶は女子リレーに参加することになってしまった。

「ねえー、四組は男クラだから、あとふたりいるんじゃないの?」

「あ、そっか。もう美香でいいじゃん、陸上部だし」

 相方の四組には女子がいないため、一組の女子は体育の授業でゆとりがある一方、体育祭での負担が大きい。ひとりにつき三種目まで、という制限も課せられなかった。

「それじゃ、解散~」

 大体の出場種目も決まり、お開きとなる。

 緋姫はスポーツバッグを抱え、恒例の水泳部に向かうことにした。沙耶のほうは手芸部に行くはずで、部員の友達とすでに合流している。

「頑張ってくださいね、緋姫さん」

「沙耶もね。新入生が入ってきたんでしょ?」

 ところが廊下に出るや、面倒くさい相手に行く手を阻まれてしまった。

「やあ、プリンセス。カフェにでも付き合ってくれないかな」

 その人物とは隣の二組の、リィン=セツナ。こうして一組に足しげく通っては、御神楽緋姫に熱烈なアプローチを掛けてくる。

「……お金がないって、言ってなかった?」

 おかげで想像力の豊かな噂も立った。数年ぶりに再会を果たした幼馴染みだとか、親が勝手に結婚を決めてしまったとか。リィンは何かと『結婚』に結びつけたがる。

「ちゃんと勉強してきたよ。結婚したら、男が稼ぐものなんでしょ? あの仕事だけじゃと思って、バイトも始めたから」

「そ、そう。割と真面目なタイプなのね、あなたって」

 彼の熱視線を避けるように、緋姫は顔を背けた。

「いたいたっ! ヒメちゃ~んっ!」

 そこへミユキがどたどたと駆け込んでくる。生活指導には散々注意されたにもかかわらず、今日も制服にアンダースカートやベストを重ね、注目度を上げていた。

「バレー部の見学に行きたいんだけどぉ、場所、教えてー?」

「それなら同じ方向ね。いきましょうか」

 緋姫は二つ返事を返し、ミユキと一緒にリィンの求愛をやり過ごす。

「あっ、プリンセス?」

 別れ際、ミユキはリィンにアッカンベーをお見舞いした。

 リィンのアプローチは時と場合を一切考慮してくれないため、実はミユキに、こうして意図的に邪魔してもらっている。

「助かったわ。ありがと」

「どーいたしまして。ミユキもあいつ、嫌いだしさあ」

 リィンに悪いと思わなくもないが、緋姫にも都合というものがあった。クラスメートの前で毎日のように口説かれては、居づらくもなる。

「そっちは体育祭、準備できてるの?」

「さあ? ミユキ、体育祭ってわかんないし。ガッコー通うのも初めてだもん」

 ミユキはあっけらかんと暴露しながら、ヘッドフォンをセットした。

 あえて緋姫は追求せず、当たり障りのないほうへと流す。

「また先生に怒られるわよ。それ」

「だいじょーぶ、だいじょーぶ! それより部活、早く決めないとなー」

「自分で洋服作ったりするんでしょ。沙耶の手芸部は?」

「それもアリかなぁ。でもやっぱ、一通り見てから決めたいの」

 ミユキの洒落た風貌には、誰もが目を引かれた。長い髪は緩やかにウェーブが掛かっており、ほのかにシャンプーの香りを漂わせる。

 おかしいわね……あたしも同じシャンプーのはず、なんだけど?

 さり気なく緋姫もボブカットの髪をかきあげてみた。しかし誰の視線も来ない。

 

 女としての敗北を感じつつ、緋姫は部活のあと、地下のケイウォルス司令部を訪れた。目の前で金髪の美男子が跪き、一輪のバラを差し出してくる。

「僕はなんて愚かなんだろう……生命に限りある花を、摘み取ってしまった。お姫様、君は受け取ってくれるかい? 儚くも美しい、この紅蓮のバラを……」

 緋姫の肩からスポーツバッグがずり落ちた。

「……絶好調ね、クロード」

「そりゃそうさ。リィン=セツナの好きにさせたくはないからね」

 司令部にはクロードのほかに紫月と、オペレーターの哲平もいる。ところが哲平は一面のスクリーンで新作のアニメを観賞していた。

「哲平くんもちょっと、ネジが緩んできたんじゃない?」

「春アニメですごく忙しいんですよ。ついに待望の二期も始まりましたし」

 紫月は参考書を広げ、黙々と勉強中。

「そろそろ気を引き締めて臨まんと、痛い目を見るぞ? 中間考査だってあるんだ」

「それもそうだね。無様な点取ったりしたら、愛煌さんになんて言われるか」

 緋姫も空いた席について、宿題を片付けることにする。

「で、哲平くん? 街の様子はどうなの」

「やはりレイの目撃情報なんかが増えてきてますね」

 スクリーンのアニメが、ARCらしいデータの表示に切り替わった。

迷宮はどこにもないのに、レイだけが突発的に出現する。先週も緋姫たちは二回、街の中で戦闘を繰り広げた。第四部隊や第十三部隊の成果も合わせると、この一ヶ月で、実に十体以上の大型レイを撃破しただろう。

「……図体の割に、そこまで強くはないのよね」

「カイーナの外では、レイは弱体化する傾向にありますから」

 一連の事件はニュースでも取り沙汰にされ、街にはマスコミまで入り込んでいる状態だった。何かしらの対策を取るべきだと、ARCは頭を悩ませている。

「この調子だと、連休の間も要請があるかもしれません」

「はあ……バイクの免許、取ろうかしら」

 緋姫はテキストに溜息を落としつつ、手慰みにシャーペンをまわした。

「ほら、司令部と現場を行ったり来たり、面倒くさいじゃない?」

「家が同じ方向なら、僕が乗せてってあげるんだけどねえ」

「この中では俺が一番遠いんだぞ。まあ確かに、要救助者がいては一刻を争うか……」

 クロードや紫月とは知り合ってから、じきに一年になる。

 それだけに緋姫もリラックスしていられた。『お姫様』という恥ずかしい呼び名にも、前ほど抵抗を感じない。

 リィンたちとも上手くやっていけるのかしら……。

去年の出来事を順々に思い出すうち、あることを閃いた。

「そういえば……前にクロードの彼女のフリ、したことがあったわね」

「懐かしいねえ。お姫様が酷い恰好で出てきて、眩暈がしたものさ」

 クロードは去年、縁談を破談にするため、恋人として緋姫を連れていったことがある。それと同じ手法が、今回も使えそうだった。

「あたしに恋人がいたら、リィンも諦めるんじゃない?」

「男女の機微というやつは、俺にはよくわからんが……まわりくどいことはせず、きっぱり断ったほうがいいと思うぞ」

「もう何度もストレートに断ってるのよ。でも彼、全然、引きさがってくれなくて」

 確かに紫月の言う通り、手段としては『下』ではある。しかしこうも連日、リィンにアプローチを続けられては、疲れも溜まった。

 クロードが腰をあげようとする。

「しょうがないね。じゃあ、ここは僕が……」

「あなたはだめよ。リィンと会うたび、演技しなくちゃいけないでしょ」

「毎回やればいいじゃないか。なんなら、本当の恋人同士になってもいいし?」

 クロードの色気づいた冗談を、紫月が軽く窘めた。

「まったく。お前はさっさと、一昨日もらった恋文の返事を書け」

「ちょっ、紫月? それは秘密!」

「了承した憶えはない。……つまり、姫様、リィンと二度会うことのない男子に、一日だけ彼氏のフリをしてもらいたい、というわけだな」

 慌てふためく色男など放って、緋姫は紫月と意見をすりあわせていく。

「そんな都合のいいひと、いないんでしょうけど……どう?」

「学園の生徒では、廊下でばったり、なんてこともあるだろうしな。ふむ……うちの門下生にでも頼んでみるか?」

 などと、話し込んでいると、愛煌が司令部まで降りてきた。

「待たせたわね。生徒会が長引いちゃって」

「あぁ、愛煌。お疲れさ……」

 緋姫と紫月の視線が、彼女ないし『彼』に集中する。

「……ど、どうしたのよ、そんなに見て? 私の顔になんかついてる?」

 都合のいい人材がいた。

 

 

 連休に入ってすぐ、緋姫は行動を開始した。

「あれぇ、ヒメちゃん、お出かけ?」

「うん。ちょっと遅くなりそうだから、先に沙耶とご飯食べてて」

 今日のことはミユキや沙耶にも伏せてある。

 その目的とは、恋人を見せつけ、リィンに自分を諦めてもらうこと。強情な恋人役ともどうにか話をつけ、本日の『偽デート』が決まった。

 リィンとの合流場所には直行せず、先に愛煌のコートナー邸に寄っていく。

 デートの代償として愛煌には、ある条件を言い渡されてしまった。そのためにコートナー邸を訪れると、メイドに裏口へと案内される。

「お待ちしておりました、御神楽様。どうぞ、こちらへ」

「え、ええ……」

 コートナー邸には問題のリィンも住んでいた。ここで鉢合わせになっては、今日の作戦に支障をきたすため、こっそりと出入りする。

 今日一日、愛煌のコーディネイトで過ごすことが、彼からの条件だった。

 更衣室でメイドが意気揚々と広げたのは、ゴシックフリルのコルセットスカート。緋姫は呆気に取られ、両方の目を点にする。

「う……うそでしょ?」

「お嬢様から『必ず着せるように』と申しつかっておりますので」

 ひとつしかないドアには鍵を掛けられ、逃げようもなかった。

 ベースとなる黒のドレスに着替えたら、空いた襟元にはレースのチョーカーを当てる。リストカバーにも花を飾る凝りようで、髪には銀製のヘアバンドを差し込まれた。

 自前のものといったら、ストッキングしか残っていない。

 靴はアンクルストラップのついた、厚底のブーツが用意された。

「サイズも問題ないようですね。お似合いですよ」

「は、はあ」

 姿見に自分とは思えない、漆黒の令嬢が映り込む。

 愛煌の趣味ってほんと偏ってるわね……。

 恥ずかしいが、今回は自分が言い出したことでもあるため、我慢するほかなかった。

 更衣室を出たところで、端正な顔立ちの青年と、はたと目が合う。彼は緋姫のドレス姿をしげしげと眺め、満足げに頷いた。

「上出来ね。あなたにしては、なかなか決まってるじゃない、緋姫」

 緋姫は目を丸々と見開いて、初対面ではないらしい『彼』の顔つきを凝視する。

「へ? ……まっ、まさか、あなた……あ、愛煌っ?」

「そうよ。あなたのリクエスト通り、男の恰好してあげたの」

 愛煌=J=コートナーは持ち前の器量のよさを駆使し、大変身を遂げていた。不機嫌そうに眉を顰めつつも、紳士然とした気品を醸し出す。

 長い髪はひとまとめにして、左肩の前へと流していた。

 厚底のブーツを履いた緋姫より、少し背も高い。クロードや紫月の身長が高すぎるのであって、愛煌の体格は高校生の男子として、充分に発育している。

「パンツ穿くのなんて久しぶりだわ」

「えっ、穿いてなかったの?」

「……そっちじゃなくて。ズボンのことに決まってるでしょ」

 女子力においても、おそらく緋姫は愛煌に負けていた。

 愛煌お嬢様の美男子ぶりに、メイドたちがうっとりと見惚れる。

「はあ……お嬢様、とっても素敵……!」

「お嬢様が男子のお姿で、女の子とデートだなんて……今夜はお赤飯です!」

 コートナー邸でも女装は疑問視されていたらしい。

「もう男になったら?」

「あなたが私より可愛くなったら、考えてあげてもいいわ」

 緋姫と愛煌はコートナー邸をあとにして、車に乗り込んだ。歓楽街のほうまで走り、公園の手前で降ろしてもらう。

「リィンのやつは……まだ来てないみたいね」

「ねえ、愛煌。そのしゃべり方、どうかならない?」

「……しょうがないわね。ええと」

 愛煌は緋姫の手を取って、そこに小さな口づけを落とした。

「今日は『僕』の恋人でいてもらうよ、緋姫」

 緋姫の顔がかあっと赤らむ。

「ちょ、ちょっと?」

「恋人同士ってのを見せつけるんだろ。お前もしっかり演技してくれ」

 クロードの優男ぶりと、紫月の不愛想ぶりを、足して二で割ったかのような印象だった。愛煌が緋姫の肩へと手をまわしながら、囁きを近づけてくる。

「……どうした? 急にしおらしくなって」

「そ、そりゃあ、びっくりしちゃって……なんていうか」

 胸がどきどきと高鳴った。恋愛事には関心がなかったつもりでも、こればかりは調子が狂いそうになる。不慣れなゴスロリファッションも緋姫の四肢を硬くした。

 オカマの変態のくせに、こいつ……!

 待ち合わせの十時半を五分ほど過ぎて、ようやくリィンが姿を現す。

「おはよう、プリンセス」

ところが休日に愛しの女性と会うにしては、だらしないスタイルだった。ロンTは裾が長いというより、くたびれてしまっている。

 これではジーンズのユーズド加工も、本当に使い古したようにしか見えなかった。

 しかしリィンは自分の恰好に頓着せず、嬉しそうに緋姫を見詰める。

「今日はすごく可愛いね! もしかして、ぼくのために?」

「ち、違うったら。学校で話したでしょ? ちゃんと彼氏を紹介する、って……」

 リィンの一途さに戸惑いながらも、緋姫は『彼氏』に前に出るよう促した。

「お前が緋姫にちょっかい掛けてるってやつ?」

「……へえ、きみが」

 愛煌とリィンの視線が真っ向からぶつかって、火花を散らす。

「紹介するわ。あ、あたしと一年ほど付き合ってる男の子で……エイジっていうの」

 偽名は愛煌の『J』をもじってみた。

 愛煌ことエイジが、我がもののように緋姫を抱き寄せる。

「お前もわざわざ、僕を見せつけることないだろ?」

「で、でも、このひとが諦めてくれないから」

 さすが普段は女子に徹しているだけあって、なかなかの悪役ぶりだった。緋姫もリィンに悪いとは思いつつ、調子を合わせる。

(ちょっと、愛煌? 近すぎるってば、それにどこ触って……)

(演技ってばれたら、おしまいでしょ? あなたからもくっつきなさい)

 水面下での言い争いは別として、傍目には、恋人同士で寄り添うポーズとなった。

「ぼくのプリンセスが……?」

 さしものリィンも顔色を変える。何せ想いを寄せている女の子が、彼氏とともに現れ、いちゃいちゃし始めたのだから。

 しかしリィンの瞳は感情的な怒りよりも、冷静な疑惑を秘めていた。

「きみ……どこかで会ったことなかったかな?」

「い、いや、僕はお前なんて知らないが」

 緋姫と愛煌は一緒になって、ぎくりとする。ぎこちなさがリィンにも伝わってしまっているのだろう。公園を散歩するほかのカップルのように、自然体とはいかない。

(お弁当くらい、作ってきたほうがよかったかしら)

(あなたの手料理って、栄養ばっか重視で、味と見た目はいまいちよ?)

(そこはほら、沙耶に作ってもらうとか……)

 もう少し入念に作戦を練ってから、実行に移すべきだった。

 リィンが平然と仕切り出す。

「じゃあ、行こうか。ここで突っ立ってても、仕方ないでしょ」

「え? あの、あたしたち、今からデートなんだけど」

「プリンセスが本当にそのひとに愛されてるか、見極めさせてもらうよ。それとも、ぼくが一緒だったら、都合が悪いのかい?」

 どうやら完全に疑われていた。緋姫と愛煌はこっそりと溜息を重ねる。

(やるしかなさそうね。頼んだわよ、愛煌)

(ひと任せにしないで。あなたの問題でしょ、これは)

 リィンを後ろに連れながら、愛煌とのデートが始まった。

 

 ランチタイムになるまで、ゲームセンターで遊ぶことにする。

 いつものように緋姫は筐体にコインを投入し、慣れた手つきでレバーを取った。先月もスコアでランクインした、得意のシューティングゲームに全神経を集中する。

 ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ……。

「何やってんのよ、ばかっ!」

 愛煌にすぱんと頭を叩かれてしまった。

「彼氏放ったらかしにして、ひとりでゲーム始める女、いるわけないでしょ! デートでゲーセンっていたら、もっとほかにあるじゃない?」

「あれ、そうだっけ?」

 本気でとぼける緋姫に、愛煌の熱烈な指導が入る。

「例えば、プリントメート一緒に撮るとか、クレーンゲームでおねだりするとか……」

 ちょうどデート中らしい一組の男女が、クレーンゲームに張りついていた。

「ダーリンちゃん、あれ! あれが欲しい~!」

 ところが、そこにもうひとり女子が加わり、修羅場と化す。

「ちょっと、ダーリン? それ、わたしが取ってって、お願いしたやつじゃない」

「い、いや、さっきは取りにくい位置にあったからで」

 見覚えのある面々だった。

相変わらず女の子と一緒なのね、あのスケベは……。

「ところで、こっちのリィンはどこに?」

「え? そういえば……ゲーセン入った時は、いたはずなんだけど」

 ゲームセンターの中を探すうち、メダルコーナーでリィン=セツナを見つける。彼は数人で対戦できるパズルゲームで席につき、適当にメダルを賭けていた。

「……あなた、こういうのが好きなの?」

「地獄のカジノでちょくちょく遊んでたからね。プリンセスもやってみる?」

 緋姫は愛煌とアイコンタクトを取り、空いた席に腰を降ろす。

(こいつをボロ負けにしてやればいいのよ。恰好つかなくなって、帰るんじゃない?)

(そう上手くいくものかしら……ほかのお客さんだって、いるのよ)

 愛煌のほうはやる気満々になっていた。

 同じゲームには、サングラスを掛けた黒服の男もふたり、参加している。

「……………」

緋姫は携帯を出し、試しに比良坂紫月に掛けてみた。

すると黒服の片方が動じつつ、電話に出る。

『も、もしもし? 姫様のほうから掛けてくるなんて、珍しいな』

「そうねえ。あなたは今、忙しいのかしら」

 黒服たちの正体は、紫月とクロードで間違いなかった。緋姫と愛煌のデートをわざわざ観察に来たらしい。

「あなたのことだから、連休は家で稽古と勉強だと、思ってたのに……はあ」

『う。しかし、だな……俺は姫様のことが心配で……』

 ひとしきり紫月を責めてから、次はクロードにも掛けてみた。もう一方の黒服が待ちかねていたように電話を取り、ほくそ笑む。

『やあ、お姫様。フフフ』

「フフフ、じゃないわよ。紫月まで巻き込んでくれちゃって」

 悪びれた様子もなく、クロードはしれっとしていた。怒るのも馬鹿馬鹿しくなる。

『それにしても愛煌さんの男装には驚いたねえ』

「男装じゃないってば。まあ、男の子としても充分、通用するわよね」

 愛煌はエイジという仮の姿で、すでにゲームを始めていた。向かいの席にクロードと紫月がいることには、まだ気付いていないらしい。

「いつまで電話してんのよ……じゃなかった、してるんだ? 差が開くよ」

「ごめんなさい。あっ、ルールの確認だけでも、させて」

 改めて緋姫もゲームに向かい、メダルを投入した。

 実のところ、ゲームのルールはよくわかっていない。同じ色を揃えれば、メダルが返ってくるようで、愛煌は着々と枚数を増やしている。

 リィンのほうもポーカーフェイスを気取りながら、ハイペースで稼いでいた。

 こういうギャンブル性の強いゲームって、苦手なのよね……。

 緋姫はじわじわと枚数を減らす。

「このメダルって、たくさん集めたら、何かもらえたりするの?」

「あれだよ、プリンセス」

 リィンが指差した景品コーナーには、沙耶の好きそうなヌイグルミが展示されていた。ほかにはお菓子やアクセサリ、カー用品なども陳列してある。

 エイジ(愛煌)が勝利を宣言した。

「このターンで僕の勝ちだな! リィン、もう諦めろ」

「ふふっ、勝負はこれからさ。君がそう来るんなら、こっちはこれで……」

 だんだん男の子同士の子どもっぽい勝負になる。

緋姫のメダルは早くも底をつき、退屈になってしまった。

 何よ、愛煌のやつ。自分は彼女を放って、遊んでていいわけ?

 さっきのシューティングゲームで憂さ晴らしもしたくなる。しかしここで席を離れるわけにもいかず、緋姫は何気なしに愛煌の横顔を眺めていた。

 男子にしては睫毛が長く、唇には艶がある。キスもしたことがある――と思うと、動揺とともに気恥ずかしさが込みあげてきた。

 不意にゲーム筐体がぐらっと揺れる。

「あれ? 今……」

 直後、ガラスの割れる音が鳴り響いた。ゲームセンターの中は騒然として、あちこちで悲鳴が飛び交う。緋姫と愛煌は顔を引き締め、頷きあった。

 携帯が緊急のコールを鳴らす。

『お休み中にすみません! 応答、願います!』

「哲平くん! レイが出たんでしょ? 今、ちょうど現場にいるから」

『本当ですかっ? と、とにかく詳細データを送ります!』

 緋姫はアーロンダイトを握り締め、ひとの流れに逆行した。ゲームセンターを出て、歩道橋に巻きつく、二匹の巨大な蛇を睨みつける。

 すぐに愛煌も追ってきて、アルテミスを構えようとした。

「だめよ。まだ、ひとが多すぎるわ」

「くっ……ひと払いが先決ね」

 戦おうと思えば、戦える。だが、今は民間人の避難が最優先だった。幸い、今回のレイは威嚇を繰り返すのみで、ひとびとに襲い掛かる動きはない。

 緋姫たちに遅れて、リィンも駆けつけてきた。

「ぼくらで片付けよう、プリンセス! そっちのきみは、さがってて」

「は? 私だって――」

 慌てて緋姫は、開きかけた愛煌の口を手で塞ぐ。

(まずいわ! ここでアルテミスなんて出したら、リィンに正体がばれちゃう)

(そ、そんなこと言ったって……)

 変装しているのが仇となった。リィンの前で、今の愛煌が戦列に加わってはおかしい。

 とはいえ愛煌が抜ける穴は、ほかのメンバーですぐに埋まった。

「俺も手を貸すぞ、姫様!」

「避難誘導はばっちり警察に任せてきたよ」

紫月とクロードが合流し、緋姫を守るように陣取る。

「ナイスタイミングね。さっさと片付けて、お昼ご飯にするわよっ!」

緋姫はアイスボルトを放ち、クロードのアイギスを凍りつかせた。大きな氷塊となったそれを、クロードが一匹目の頭部に目掛けて、振りおろす。

「こういう使い方も、あるよねぇ!」

「上手いぞ、クロード!」

 敵が激痛でのたうち、のけぞったところを、紫月の朝霧が追撃に入った。大蛇の胴体を巻き寿司のように斬って、ばらばらにする。

 もう一匹のほうは牙を剥き、クロードを噛み砕こうとした。

 その大口に、緋姫が射撃系のスペルアーツを叩き込む。

「ストンスパイクっ!」

 化け物は顎が外れそうなサイズの岩を噛まされ、目を血走らせた。それを噛みきることも、飲み込むこともできず、苦しそうにもがく。

「とどめはオレに任せてくれ、御神楽!」

 歩道橋をとんとん拍子に駆けあがって、大剣を振りかざすイレイザーがいた。

渾身の一撃が、蛇の脳天にめり込むほどクリーンヒットする。

「輪っ! やるじゃない!」

「……え? ぼくと同じ名前?」

 戦いの一部始終を、リィンは呆然と眺めているだけだった。

レイは二匹とも消滅し、ひとまず現場の安全が確保される。輪は紫月たちとともに戻ってきて、気さくな笑みを浮かべた。

「クラスが別になったら、会うこともなくなるもんだな」

「あなたが司令部にあまり顔、出さないからでしょ」

 第四部隊のリーダー、真井舵輪。戦力としては『下の上』程度だが、アーツに不文律がないなど、緋姫と同じく規格外の力を有しているらしい。

「また第四部隊の子とデート?」

「……それを言うなら、お前もそうだったんだろ」

 輪の人差し指が緋姫のドレスを指した。

「気合入ってるじゃねえか」

「まっ、まあね? あたしにだって、そ、そういうひとがいるわけだし……」

 はらはらしながらも、勢いで誤魔化してやる。

 輪はエイジ(愛煌)やリィンの顔を一瞥すると、ぽろっと口を滑らせた。

「へえー。あぁ、オカマはいないんだな」

 恐ろしいことに、目の前にいるのが愛煌=J=コートナーだと、気付いていない。

「オカマって、あなたねえ……か、可愛いと思わない? ねえ?」

 緋姫の『フォローして』という視線を受け、クロードと紫月は息を合わせた。

「男子にはファンも多いみたいだし、僕はもう慣れたよ」

「きついところはあるが、それも生徒会長としての素養だろう」

 それでも輪は愛煌をけなすのを、やめない。

「あっはっは! 褒めすぎだって。っと、連れがいるんだった。また学校でな」

 命知らずが立ち去っても、愛煌はまだ青筋を立てていた。

「あいつ、あとで殺すわ」

「まあまあ。それより、お昼ご飯にしない? クロードたちも一緒に」

 緋姫は苦手なりに笑顔を作って、フォローに掛かる。

「どっから見てたのか、聞かなきゃだし……」

「お、お手柔らかに頼むよ、お姫様?」

 しかしリィンは背を向け、踵を返そうとした。

「……ぼくがプリンセスを守ってあげるつもりだったんだけど、な」

「リィン? お昼、行かないの?」

 声を掛けてから、緋姫は彼を騙している最中だったのを思い出す。

「今日はやめておくよ。プリンセスには忠実なナイトが多いみたいだからね。地獄に招待するのは、また今度にするよ。……愛煌さんも、それじゃ」

 愛煌は彼氏のふりをやめ、肩を竦めた。正体を明かすようにロングヘアを解く。

「気付いてたのね、あなた」

「ふふっ……」

 リィンの背中に一瞬、真っ赤な炎が揺らめいて見えた。そんな気がしただけだが、何かしらの危機が去ったかのように、緊迫感から解放される。

 あたしを地獄に連れていく……?

緋姫は胸に手を当て、己の鼓動を確かめた。

 

週が明けてから学校に行くと、やたらと注目される。

「なんだか……緋姫さん、見られてませんか?」

「あたしなわけ? これ」

最初は派手なミユキかと思ったが、どうやら沙耶でもなかった。ミユキはさして気にしていないのか、ご機嫌にスキップを弾ませる。

「今日は授業、お昼までなんでしょ? ラッキーだよねっ」

「テスト期間ってだけよ。ちゃんと勉強しないと……あれ、何かしら?」

 廊下の掲示板ではひとだかりができていた。新聞部の号外が出たらしいが、背の低い緋姫は背伸びしても、よく見えない。

 ところが皆、緋姫に気付くと、優先的に道を空けてくれた。

 掲示板の号外を見て、緋姫は目を丸くしたうえ、あんぐりと開口する。

「……は?」

 そこには大きな見出しで『二年の御神楽、謎の美男子と交際中!』とあった。週末のデートのショットがでかでかと掲載されている。

 しかもデート中の御神楽緋姫はゴスロリ風のファッションで。

「へえー、御神楽さん、彼氏の前だとあんななんだ?」

「こっちの彼氏、学校のやつじゃないよなあ」

 相手の美男子が愛煌=J=コートナーであることには、誰も気付かない。

「~~~~~っ!」

声が声にならなかった。

事情を知らない沙耶が顔を赤らめ、はしゃぐ。

「緋姫さんったら! わたしに内緒で、デートだったんですかあ? きゃあ~!」

ミユキも面白半分に緋姫をからかった。

「ふぅーん? わざわざ余所で着替えて、デートに行ったわけ? べっつにぃ、ヒメちゃんがどこの誰とぉ、付き合ってたってぇ、ミユキはいいんだけどお」

「話してくれるのが友達ですよねー、ミユキちゃん」

「そおそお! 自分だけいい思いしちゃって、やっらし~!」

 緋姫は羞恥心を燃えあがらせて、顔を真っ赤にする。

「ちち、ちょっと、新聞部に行ってくるわっ!」

 もう殴り込みに行くしかなかった。

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