Slave To Passion ~妹たちは愛に濡れて~

SCENE 6

 ジェミニ王宮に隠された、異次元の迷宮。風、土、火のエリアを突破し、ついにあたしたちは水のエリアの最深部へと辿り着いた。

 水路に入ったりするからって、スクール水着で戦うのもこれまでね。

「……………」

「何考えてるのよ? お兄様」

「あっ、いや! ちょっともったいないなあ、と……」

 発案したのはアリスだけど、いの一番に乗ったのはお兄様。おかげで、あたしたちは珍妙な恰好で探索する羽目になっちゃって。

「アニキも同じの着れば、よかったのに~。ひとりだけホットパンツってさぁ」

「これも水着だって! 仕方ないじゃないか、このエリアは」

 さすがに水に浸かるたび、下着を替えてもいられないでしょ。あたしたちはスクール水着に防御系の魔法を張り、それなりの防具としても使った。

「鎧なんかにルーン文字を刻んだりするより効率的でした。単純な形で身体にフィットするから、強化魔法と相性がいいんでしょう」

「意外な強みがあるものね……」

 雑談はそこまでにして、いよいよ終点のゲートへと踏み込む。

 水のエリアの最深部には水が張ってて、中央に円形の祭壇があった。四方から伸びてる吊り橋は位置が低いせいで、波に煽られてる。

 都市が空を飛ぶくらいだから、アスタリスクの文明は現行のものより遥かに高度だったはず。それにしてはこの迷宮、合理的とは程遠い、奇怪な構造なのよね。

 お兄様は足を止め、周囲に気を配った。

「お目覚めのようだな」

 俄かに水面が荒れ、ざぶざぶと波を立て始める。

 そこから大きな水柱が噴きあがった。あたしたちは水際から距離を取り、息を飲む。

「出たわね……このエリアの守護者!」

「ウォータードラゴン……いえ、水竜とでも呼びましょうか」

 水竜は長い胴をくねらせつつ咆哮を轟かせた。その音波だけでも水面に波が生じ、空気もびりびりと振動するの。

せっかちなシェラが大弓に矢を番えた。

「いっくわよぉ、紅蓮ッ!」

 その矢が紅い炎をまとい、ウォータードラゴンへと猛然と飛び掛かっていく。それに対し、ウォータードラゴンも口から水鉄砲を吐き出した。

 ……ううん、水鉄砲なんてレベルじゃないわ。一点集中で直線状に噴射することで、貫通力を高め、シェラの矢をことごとく叩き落とす。

しかも首を振るものだから、あたり一面が猛烈な水の砲撃に晒された。

 アリスが声を荒らげる。

「単純に物理的な威力が強すぎます! フィールドは耐物理のほうがベターですよ!」

「ええ! あたしが上に張るから、あなたは前を!」

 まずはあたしとアリスで防壁を張るのが恒例の戦法となってた。リーリエは単独で前に出て、敵の目をかく乱。そこにシェラが狙撃を重ね、相手の隙を誘うってわけ。

 お兄様もリーリエとの対角線上に水竜を捉え、神聖魔法を放った。

「おれの攻撃はあてにするなよ! アリス、『固めて』くれ!」

 ジェミニで修行できなかったせいで、お兄様の魔法は牽制にしかならない。

それでもお兄様の波状攻撃とリーリエのヒットアンドアウェイによって、水竜はたじろいだ。ブレスのインターバルを突き、シェラの矢も飛ぶ。

「いけるっしょ、これ!」

「油断はするなよ! こいつだって守護者だ!」

 かといって、あたしたちに油断はなかった。前回は火のエリアで痛い目に遭ったばかりだもの。あたしは今度こそ障壁に魔力を込め、ひとりでも水竜の水鉄砲を防ぎきる。

 不意に水面から別の水柱があがった。

「――尻尾が来るわよ、みんな!」

 あたしの警告で察してくれたのか、リーリエが間一髪で奇襲をかわす。

「とにかく時間を稼げ、シェラ、リーリエ! 深追いはするな!」

「了解よ、兄さん!」

 ウォータードラゴンが暴れるにつれ、フロアは水浸しになった。吊り橋の一本は水竜の体当たりで破壊され、もう一本も崩れつつある。

 ようやくアリスが詠唱を終えた。魔導杖を掲げ、青白い冷気の渦を起こす。

「お待たせしました! みなさん、さがってください!」

 氷結魔法のアイスストームが吹き荒れた。ものの数秒のうちに水面はびきびきと凍りつき、ウォータードラゴンは動けなくなる。

「今だわ! みんな!」

 すかさずシェラが矢を放ち、水竜の喉を真横から二点、貫いた。

「とどめはあげる、リーリエ!」

「それじゃあっ!」

リーリエが懐に飛び込んで、水竜の腹から喉笛をまっすぐに切り裂く。

 さしもの巨竜も絶命し、氷の上でくずおれた。こっちが優勢のうちに一気呵成に攻め立てたのは、正解だったみたいね。

 中央の祭壇からは目的の『石板』とやらも出てきた。

「これで四枚、揃ったわね」

「ああ。あとはセントラルエリアに行くだけか」

 あたしたちは武器を納め、一息つく。

「このまま行くのー? アニキ」

「今日を逃がしたら、アスタリスクが通り過ぎてしまうからな」

 ついでに、この足で迷宮の謎も解いてやることにした。せっかく揃えた石板をなくしても大変だものね。スクール水着は替えたいけど……。

 あたしたちは水のエリアをあとにして、再びセントラルエリアへ。

「魔力で刺激しないようにな」

「ええ」

お兄様からひとり一枚ずつ石板を預かり、摩訶不思議な制御盤へと向かう。

石板の力に耐えられるのは、ひとりひとつまで。このためにもお兄様にはあたしたちの協力が不可欠だった。

まずはアリスが土の石板を掲げ、その力を開放する。

「あれ? これは……?」

すると、彼女の身体が橙色の光に包まれた。

 お兄様はしたり顔でやにさがる。

「土の精霊の加護がついたのさ。ほかのみんなもやるといい」

 同じようにシェラは火の石板で、リーリエは風の石板で精霊の加護とやらを得た。最後にあたしも、入手したばかりの水の石板に祈りを込める。

 身体の奥底から不思議な力が沸きあがってくるのを感じた。

「……お兄様は知ってたの? このこと」

「王家のとある筋から聞いただけさ。おれ自身、今まで半信半疑だったんだが」

 これであたしたち四人は地水火風の強大な力を得たことにもなる。けど、あたしたちの目的はもっと別のところにあった。

 いよいよ制御盤を前にして、あたしは石板をその溝へと差し込む。

「本当にこんなので、アスタリスクが……?」

「そのはずだよ。あとは神のみぞ知るってやつさ」

 火の石板、風の石板、そして土の石板もきっちりと嵌まった。

『起動%ィスクを$#』

 どこからともなく声がして、あたしたちは周囲を見渡す。

「えっ、誰なの?」

『アスタリスクへ&下コ¥+を送*しました。し##くお待&くだ%い』

 言語のようだけど、その意味はわからない。

 真正面に巨大な魔方陣が浮かびあがり、俄かに迷宮が揺れ出した。

『アスタリスク、@下し¥+』

「ひょっとして、コレが喋ってるんでしょうか……?」

 やがて振動は鎮まるものの、魔方陣は無言で旋回を続けてる。

 お兄様は早々に踵を返した。

「もうここに用はないな。出るぞ」

「え?? ええ……」

 実感なんて何もないわ。あたしは首を傾げつつ、みんなとともに迷宮を脱出する。

 外は夕焼けの色に染まりつつあった。ちょうど西の海に陽が沈んでいく。

「……あ、あれは……?」

 ところが、その景色がいつもと違ってたの。

城下のひとびとは血相を変え、慌てふためいてる。

「あれが落ちてくるみたいだぞ! 逃げろ、離れるんだッ!」

「逃げろって、どこへ? 待ってったら!」

 西の空には今まさにアスタリスクが降下しつつあった。ジェミニの迷宮からのアクセスが成功したのね。あたしたちは頷きあい、三日月型の海岸線へと急ぐ。

「帝国も連合もいません。ジェミニが一番乗りです」

「お宝とかあったりして? ひひひ!」

 アリスやシェラはすっかり好奇心を触発され、瞳を輝かせてた。でも、あたしは期待より不安のほうが大きくて、リーリエも神妙な顔つきでいる。

「伝説の天上都市……これで終わるのかしら? スバル」

「わからないわ。もしかしたら終わるんじゃなくて、『始まる』のかもしれない」

 ジェミニは今、大陸をも統べる絶大な力を前にしていた。アスタリスクが伝説の通りの空中要塞なら、ジェミニの再興はもちろん、お兄様の復讐だって叶うわ。

 そうさせないためにここまで来たけど……止められる自信はない。

 すでに西の海にはアスタリスクが降りていた。幸いにして港に影響はないようだけど、波は荒れ、停泊中の漁船が煽られてる。

 天上都市っていうより、もはや『島』ね。

 港も大混乱に陥ってて、あたしのフォローどころじゃないわ。

「あれに渡りたいの! 船を出してもらえないかしら?」

「スバル様の頼みでしても、すぐには……波が落ち着くまで、どうかお待ちに……」

 ただ、墜落はしてこなかったから、徐々に落ち着きを取り戻しつつはあった。

「私に任せてください」

 アリスが岬に立って、アスタリスクを臨む。

 彼女の魔導杖が輝くと、足元に浮遊の魔方陣が浮かびあがった。

「さっきの石板の力があれば、これくらい造作もないです」

「……そうなの?」

 きょとんとしながらも、あたしたちはアリスの魔法でアスタリスクを目指す。

 アスタリスク――それは大陸で国家の歴史が始まる以前から、この空を漂っていた。地上を一方的に支配したほどの力が、そこには眠ってる。

 タウラス帝国やキャンサー連合はそれを求め、ジェミニで覇権を争った。十年前にジェミニのお城が焼かれたのも、アスタリスクへの鍵が眠っていたせい。

 それだけのものがある、はずだった。

 夕焼けの色で照り返るほどに染まった天上都市を一望し、あたしは呆然と立ち竦む。

「ここが……アスタリスクなの?」

 確かに『都市』ではあったわ。区画は徹底的に整理され、高架道路なんてのもあり、高度な文明を思わせる。……廃墟でさえなければ、ね。

 アリスも言葉を失ってる。

「大陸を席巻した、あのアスタリスクが……こんな……」

「誰もいないわね。こんな有様で、魔導兵器なんてものが残ってるのかしら」

 リーリエは肩を竦め、シェラはつまらなさそうに足元の小石を投げた。

「これのどこがお宝なわけ? アニキ」

 しかしお兄様は驚きもせず、むしろ前から知っていたかのように淡々と呟くの。

「宝なんてものはないのさ。魔導兵器も、ここには何ひとつ」

廃墟は何も語らず、夕暮れ時の風に晒されるのみ。

「大陸を統べるほどの都市国家が、なぜ空へ消えた? ……おかしいとは思わないか」

 確かにお兄様の言う通り、アスタリスクの伝承には矛盾があった。

 絶大な力を有してるのなら、支配を続ければいい。にもかかわらず、アスタリスクは地上の勢力圏を放棄し、空の彼方へと去った。

 アリスがはっと顔をあげる。

「逃げたんでしょうか?」

「だろうね。おそらく彼らは追い詰められ、逃げるしかなかったんだ」

 シェラは半信半疑といった様子で、まだふてくされてた。

「魔導兵器ってやつでババーンとやっつければよかったじゃん」

「それができなかったとしたら? 兵器を奪取されたか、もしくは兵器そのものに問題があったか……いずれにせよ、天上都市は負けたのさ」

 あたしたちは廃墟を抜け、塔へと辿り着く。

 逸早くリーリエが構えるものの、『それ』は脚部が潰れ、動けずにいた。

「……兄さん、これは?」

「ここのガーディアンだろう。放っておけ」

 機械仕掛けのモンスターなのかしら? 一つ目を伸ばしたりして、あたしたちが横切るのを、じっと見守ってるの。

 塔のまわりはもともと庭園のようだった。しかし水は涸れ、草の一本も生えてない。

「寂しいところね。ここに住んでたひとは、どこへ……?」

「亡くなったのでしょう。空の上にあっては、水も食べ物もありませんから」

 プレートには見慣れない文字があった。

それに手をかざし、お兄様は物静かな調子で読みあげていく。

「この塔は墓のようだね。アスタリスクのひとびとが眠ってるんだと」

 そこには天上都市が滅ぶまでの経緯も綴られていた。

 アスタリスクが無敵の空中都市を建造し、大陸全土を統べたのは本当のこと。その魔導砲は地上の国家をことごとく殲滅し、アスタリスクの強大さを世に知らしめた。

 だけど、魔導砲にはリスクがあったの。それは魔物を際限なく生み出すとともに、活性化させてしまった。こうして支配圏はモンスターで溢れ返ることとなる。

 やがてモンスターたちは魔導砲の源を求め、アスタリスクへと一斉に進撃を開始した。魔導砲を使うに使えず、アスタリスクは消耗戦を強いられることに。さらには地上の国家も続々と反旗を翻し、天上都市へと迫ったの。

 アスタリスクは進退窮まり、ついに空の彼方へと逃げのびた。

 しかし大地を離れて、ひとが生きていけるはずもない。かといって地上に降りたら、総攻撃に晒される。アスタリスクの民は空の上で飢え、滅んでしまった。

 リーリエが嘆息する。

「……残酷なお話ね。羅刹のわたしが言うのも何だけど」

「伝説の真相にしては虚しすぎます。あまりにも」

 アリスの言葉もやるせないわ。

「バッカじゃない? 魔導砲がどうとか、アタシにはよくわかんないけどさぁ」

 シェラのざっくばらんな感想は、むしろ正鵠を射てる気もした。

 魔導兵器なんていう力を振りかざしたせいで、逃げ場を失い、滅亡してしまったアスタリスク。天上での裕福な日々は、一転して地獄と化したんでしょうね。

 タウラス帝国やキャンサー連合と同じよ。因果応報……彼らは暴力で何でもかんでも手に入れようとして、しかるべき報いを受けたの。

 でも、アスタリスクの民も『お墓を作って仲間を弔う』くらいには、人間らしい面があった。それを思うと、彼らの破滅にもせめて救いが欲しかった。

 帝国や連合の民だって今、同じ目に遭ってるんだもの。

「……泣いてるのか? スバル」

「え……?」

 いつの間にか、あたしの頬は涙で濡れてた。

 アスタリスクには何もなかった。そんなことのために、ジェミニは今まで辛酸を舐めさせられて……あたしはお兄様と生き別れになり、王女としての人生を奪われて。

 十年前には大勢の民も命を落としてる。

 その結末が『何もなかった』じゃ、誰も浮かばれないでしょ?

 さっきのシェラを真似て、お兄様も小石を塔に向かって投げつけた。

「……帰ろう。決着はついた」

紆余曲折を経たにもかかわらず、あたしたちは廃墟を見つけただけ。今後の調査次第では新しい発見があるかもしれないけど、期待はできなかった。

こんなに物悲しいお墓を目の当たりにしちゃってはね。

「アニキ! 夕飯は食べに行こーよぉ」

「私も賛成です。労ってください、お兄ちゃん」

 過去のお墓に背を向け、あたしたちは『今』のジェミニへと戻ることに。

「兄さん、あの……終わったからって、どこにも行ったりしない?」

「約束しただろ? ずっと一緒にいるって」

 お兄様はリーリエを宥めながら、あたしにも手を差し伸べる。

「スバルもな。みんなで帰るぞ」

「……うん!」

 きっと、あたしのもとには十年ぶりの平和が戻ってきた。

 

 その帰り道、自然と欲求が込みあげてきた。

「ねえ、お兄様。その……こ、今夜はふたりきりで。だめ……かしら?」

 小さな声だろうと振り絞って、お兄様に期待を投げかける。

 お兄様はあたしの肩を抱き寄せ、キスにもなりそうな耳打ちで囁いた。

「止まらないかもしれないぞ? おれ」

「……いいわよ。じゃあ、お部屋で待ってるわ」

 受け入れてもらえたのよね、これって。

 もうじき、あたしはお兄様の『妹』じゃなく『女』になる。初めてのセックスに不安はあったけど、その一線を越えないことには、この恋は前に進めないから。

「絶対よ? お兄様」

「ああ。とびっきり可愛いの着けて、待っててくれ」

 あたしたちは指切りで約束を交わし、お互いの視線に照れた。

 

 

天上都市アスタリスクの降下で一時は大騒ぎになったけど、夜には落ち着いたわ。

別に落ちてきたわけじゃないから、港が多少の被害を受けた程度。伯母様の迅速な対応もあって、さほど混乱には陥ってない。

今週のうちに段取りを決めて、本格的な調査が始まるのは来週かしら。ジェミニのひとびとはアスタリスクに宝物でもあるんじゃないかって噂してる。

いずれ帝国や連合も真相を知って、肩を落とすでしょうね。謎めいた天上都市に魔導兵器は残っておらず、お墓しかなかったんだもの。

その夜、あたしはお部屋でお兄様が来るのを待ってた。

「まだかしら……?」

数分おきには時計を見て、そわそわする。

なんたって、今夜はお兄様と初めてのセックス。あたしのほうから思いきって誘ってみたら、お兄様も了承してくれたの。

兄妹で一線を越え、男女として結ばれることに不安はある。

それでも、あたしはお兄様に抱かれたかった。今夜こそ十年分の想いを込めて。

しかし待てども、お兄様は一向にやってこない。約束の十時を過ぎ、部屋の灯かりが外に漏れるのも気になってきた。

ひょっとして、もうジェミニにはいない、なんてこと……。

ますます不安が膨らむ。

お兄様は以前、決着がついたらジェミニを出る、と言ってた。あたしやリーリエの傍にいると約束してくれたけど、それが本当って保証もない。

 アスタリスクの廃墟を漫然と眺めてた、お兄様の寂しげな横顔が脳裏をよぎった。

 十年ぶりにジェミニへと帰ってきてくれたはずなのに、実感できない時がある。あたしと一緒にいても、お兄様の瞳はまったく別のものを見てるの。

 寂しそうに、虚しそうに……。

不意に夜空の向こうで轟音が鳴り響く。

「っ! まさか……?」

嫌な予感がした。爆音の方向も海岸のほうで間違いない。

 あたしは急いで着替え、部屋を飛び出した。

「リーリエ! いないの? リーリエ!」

姉妹の姿もなく、あたしだけが置き去りにされたんだってことを痛感する。

 伯母様やメイドたちは飛び起き、おろおろしてた。

「スバル! これは何なの?」

「お兄様です! きっと、お兄様がアスタリスクで……」

お兄様の居場所にぴんとくる。

あたしは聖剣カストゥールを持って、夜間にも構わず馬に乗った。そして西の海岸へと急行し、海の上で炎が赤々と燃え広がってるのを見つける。

燃えているのはアスタリスクだわ!

近場で手頃なボートを借り、天上都市へと渡る。アリスのようには石板の力を使えないのが、もどかしかった。

天上都市のどこかでまた爆音が生じる。その反動で波も荒れに荒れた。

この爆発は魔法? ……ううん、もしかしたら……。

アスタリスクへと飛び移ったら、お墓の塔を目指し、夜の廃墟を駆け抜けていく。

「お、お兄様っ?」

 そこにお兄様はいた。アリスやシェラ、リーリエも一緒にいる。

「さすがに気付かれちゃいましたね。お兄ちゃん」

「ボヤボヤしてっからじゃん、もおー」

「気をつけて、スバル! アスタリスクの防衛システムはまだ生きてたのよ!」

 お兄様たちは奇怪な化け物と戦っていた。お墓の傍にいた機械仕掛けのモンスターと同類のようだけど、サイズはその比じゃない。

 大型の砲門をいくつも構え、熱線をばらまくの。廃墟はみるみる炎に焼かれ、夜空のもとで大きな焚き火となった。

 あたしはレジストファイアの障壁を張りつつ、みんなと合流する。

「お兄様! 何やってるのよ、どうして……」

「おれたちがアスタリスクの中枢部を破壊しようとしたら、こいつが出てきたんだ!」

 あたし抜きで中枢部を? 問い詰めたいけど、今はそれどころじゃない。

 シェラが弓を大剣のフォームに替え、跳躍した。

「こんのぉ! ガラクタの分際で!」

 ジャンプの勢いも乗せて、右上の砲門を叩き割る。続けざまにリーリエも跳び、左上の砲門を一刀両断に仕上げた。

「シェラちゃん、合わせて! 風車っ!」

 羅刹ならではの魔導符も投げつけ、竜巻を巻き起こす。

「オッケー! 紅蓮天翔~ッ!」

 そこをシェラの矢が掠め、火をつけた。

竜巻は真っ赤な業火となり、マシーンの上半分を包み込む。それを待っていたかのように、アリスが魔方陣を二重、三重にも展開した。

「ブラックホール!」

 地面が崩れ、暗黒の力場が現れる。それはマシーンの下半分を飲み込むとともに、一帯の瓦礫を引き寄せた。マシーンは建物や道路の破片で打ちのめされる。

「すごいわ、みんな……」

 あたしが障壁を張ってるうちにも、勝負はつきそう。

 しかしマシーンは猛攻に晒されながらも、新たな砲門を開いた。エネルギーをたわめ、あたしたちに目掛けて放とうとする。

 お兄様が血相を変え、叫んだ。

「さがれ、スバル! みんなも避けるんだッ!」

 あたしもその威力を察し、お兄様やアリスとともに射線を逃れる。

 次の瞬間、怒涛の光線がアスタリスクさえ貫いた。西の海面を直撃し、夜空の月にも届きそうなくらいのしぶきをあげる。これじゃ、まるで滝だわ。

「ウソでしょ?」

 壮絶な破壊力を前にして、あたしたちは震えずにいられなかった。アリスは青ざめ、砲撃の正体を口にする。

「ま、魔導砲……そうとしか」

 あれが東の城下に向いたらと思うだけで、ぞっとした。

 あたしは聖剣カストゥールを構え、忌まわしい破壊兵器を睨みつける。

「これを壊すんでしょ? お兄様! あたしも手伝うから!」

「すまない! 全部片付けて、終わらせるぞ!」

 お兄様の目的が今、わかった。

 天上都市の廃墟を調査すれば、どんどんと新しい技術が発見される。それこそ魔導兵器の作り方や制御の方法だってね。そうさせないため、すべてを葬ってしまうの。

「あれを街に向けてはだめよ、シェラ!」

「だったら、海のほうから攻めちゃえばいいっしょ!」

 シェラとリーリエは西の海を背にして、マシーンと対峙した。アリスはお兄様とともに北にまわり込み、魔法を連発する。

「おれたちは足止めできれば、それでいい! 撃ちまくれ、アリス!」

「了解です! アイススピア、連射モード!」

 氷の槍が交差し、マシーンの動きを封じに掛かった。

 マシーンは魔導砲のチャージに入るものの、体勢を維持できず、傾き始める。そこにリーリエとシェラが連携を重ねた。

「風よ、荒れ狂え! 風・神・剣!」

「もう一発ぅ! 紅・蓮・天・翔~ッ!」

 リーリエの刀が暴風をまとい、マシーンを押しあげる。その真下でシェラの矢が火柱をあげ、ついに機械仕掛けの巨体はひっくり返った。

 あたしはカストゥールに裂ぱくの気合を込め、敵を見据える。

「もう二度とジェミニを焼かせたりしないっ!」

 聖剣が力を貸してくれてるんだわ。さっきの魔導砲にも匹敵するほどのエネルギーが、あたしの意志に呼応し、カストゥールへと伝わっていく。

「みんな、伏せろ!」

 お兄様たちがさがるとともに、あたしは前へと踏み込んだ。

 ちっとも怖くないの。ここで止めなくちゃっていう使命感のほうが強いから。

聖剣を掲げると、金色の光が夜空まで伸びる。振りおろせば、それはあたかも稲妻のように落ちて、マシーンを引き千切った。

魔導砲は放たれず、マシーンは本体どころか、アスタリスクとともに真っ二つに。

聖剣の一撃は天上都市さえ引き裂いて、南北の海でしぶきをあげた。その衝撃で廃墟が揺れ、斜めにも傾いていく。

 あたしも立っていられなかった。間一髪、お兄様が駆けつけてくれる。

「こっちだ、スバル!」

「お兄様っ!」

 間もなく地中で大爆発が起こった。魔導砲のエネルギーが爆ぜたようね。天上都市は崩落し、半分以上が夜の海へ沈む。

やがて揺れはおさまり、海面の波も穏やかになった。

お墓の塔は傾きながらも、かろうじて残ってる。その前であたしとお兄様は呆然と立ち竦んでいた。聖剣カストゥールにひびが入り、ぱきんと折れる。

「ジェミニの宝剣が……」

「力を使い果たしたのさ。スバル、お前は何ともないか?」

「――っ!」

 おもむろに伸びてくるお兄様の手を、あたしは反射的に振り払ってしまった。

 ううん……そうじゃないわ。あたしがお兄様を平手打ちでぶったの。さっきの魔導兵器は全然怖くなかったのに、今は怖い。それと同じだけ怒りも湧いてくる。

「どうして……どうしてっ、あたしにだけ黙って!」

 だけど思うように言葉が出てこなかった。言いたいことは山ほどあっても、しきりに声が震え、涙も混じるの。

 お兄様と引き裂かれた、あの時のように。

『お兄様! 行かないで、お兄様! お兄様ぁ!』

「またいなくなっちゃったのかと……ひぐっ、思ったんだからぁ……!」

 その泣き声が今のあたしの声と重なる。

 お兄様の手が伸びてきたけど、今は抱かれたくなかった。 

「抱き締めて誤魔化そうとしないで」

 ここで妹扱いされたって、またすれ違うだけ。あたしは『恋人』でありたいところで、お兄様はあたしを『妹』扱いするのが、悔しい。

 それでもお兄様は妹のあたしを見詰め、苦悶の表情を浮かべた。

「……すまない。伯母様はアスタリスクの力にご執心だったからね。伯母様に悟られないよう、おまえを残して、アスタリスクのすべてを葬ってやるつもりだったんだ」

 その判断は正しいかもしれない。

 今夜じゅうにお兄様がアスタリスクを沈めるなんて、伯母様も思わなかったはず。隠密行動に長けてるリーリエはともかくとして、あたしじゃ気取られる可能性があった。

「それにおまえも一緒じゃ、あとで伯母様とやりにくくなるだろ?」

 アスタリスクを巡っては、あたしと伯母様で少なからず意見に相違もある。だから、お兄様はあえてあたしを外し、伯母様に咎められないように配慮してくれたの。

それでもあたしは納得できなかった。

「……どんな気持ちで、あたしが待ってたと思うの?」

 今夜こそお兄様に抱かれたくて……緊張のあまり落ち着かなくって、何度も姿見の前でヘアスタイルを調えてたわ。下着だってとっておきのお洒落なやつよ。

 なのにお兄様は恋人を置き去りにして、大義だか何だかのために戦っていた。おかげであたしは女として恥をかかされ、失望感に打ちのめされてる。

「妹扱いしないで」

 それがあたしの正直な気持ちだった。

 でも――お兄様はあたしの頭を撫でながら、恋人ではなく妹に言い聞かせるの。

「ごめんな。だけど、スバル……おまえは妹だから、ほかの誰よりも大切なんだよ。だから、おれの独りよがりな復讐や決着には巻き込みたくなかったんだ」

「もう充分巻き込まれてるわよ。お兄様がジェミニに帰ってきた時から……」

「……ハハッ。それもそうか」

 妹のあたしが我侭なのかしら。それともお兄様が大人ぶってるだけ? あたしたち兄妹は愛しあう一歩手前のところで足踏みしてた。

 お兄様があたしを真正面から抱き締め、腕に力を込める。

「先延ばしばっかで悪いな、スバル。……おれももう逃げたりしないからさ。ただの恋人じゃない。兄貴としても……おまえを抱かせてくれ」

「……信じられないわ、そんなの」

「困った妹だなぁ」

 悔しいはずの妹扱いが、この瞬間は心地よかった。

 やっぱりお兄様の妹なのね、あたし。お兄様の温もりに包まれてると、妹の部分が安心しちゃって、素直になれるの。

 やがてアリスやシェラも瓦礫を飛び越え、集まってきた。

「魔導砲を撃たれた時は、どうなることかと思いましたが……これにて作戦終了です」

「アタシにかかれば、ざっとこんなもんよ。にひひ!」

 リーリエは夜風と潮の香りに黄昏てる。

「あんな兵器だけが残るなんて、皮肉な話ね」

 帝国や連合が欲した魔導兵器……か。

だけど兵器に頼って、国が豊かになるはずもないわ。アスタリスクも結局は魔導兵器で自滅に至ってしまったのだから。

タウラス帝国やキャンサー連合にも気付いて欲しいわね、いつか。

お兄様は伸びをして、夜空の月を仰いだ。

「……さて、帰るか」

「城下はまた大騒ぎよ? どうするつもりよ、お兄様」

「ほとぼりが冷めるまで、カジノにでも隠れるさ」

 やっと肩の荷が降りたみたいで、いつになく笑顔も優しい。その微笑みが昔のお兄様とだぶって、無性に懐かしく思えた。

「今にして思えば、石板の力はあれと戦うためのものだったのかもしれません」

「小難しいのはパス、パス! それよかお腹減っちゃったなぁー」

「みんなでお夜食にしましょうか。ありあわせのもので作ってあげるわ」

 リーリエたちは一足先にお墓の塔をあとにする。

「暢気なんだから、んもう……?」

 あたしも立ち去ろうとすると、後ろからお兄様に抱きあげられた。

「おれはさ、もうひとりの妹……リーリエのことも放ってはおけないんだ。もちろんシェラや、アリスもな」

 恋人としてはいささか面白くない話よね。

 十年来もお兄様と一緒だったシェラは油断がならないし、アリスにしたっていつまでも懐いてるだけとは限らないでしょ。

 何よりリーリエはあたしの妹であって、最大のライバル。

「……あの子にも同じこと言ってるんじゃないの?」

「う。ま、まあ……浮気と言われても、否定はできないよな」

 この件については後々、じっくり検討しなくちゃ。

 滅んでしまったアスタリスクの真中で、あたしはお兄様と満天の星空を眺める。

「アスタリスクのひとびとには、あの星がもっと大きく見えてたのかしら?」

「かもな。だとしたら、ちょっと羨ましいね」

 恋人と一緒に彼方の星々へと想いを馳せる、素敵な夜。

 あたしとお兄様は繋いだ手を指切りにして――次こそ愛しあうのを誓った。

 

 

 

 

 

 アスタリスクの降下から半年が過ぎた。ジェミニ自治領は新年を迎え、今日も真っ白な雪が積もるほどに冷え込んでる。

 ……っと、もう『自治領』じゃないんだっけ。

 ジェミニは晴れて王国として再興し、スタートを切ったの。実に十年ぶりに国家としての権限を取り戻し、みんなもしがらみのない日々を満喫してるわ。

 国家元首は伯母様のエリザベート=フォン=ジェミニが務めることに。新生ジェミニの初代女王として早くも敏腕を振るってる。

 本当はあたしが女王にって話もあったんだけどね。指導者としての経験が豊富な伯母様のほうが、ジェミニの女王様に相応しいんじゃないかなって。

 苦難の十年をずっと最前線で乗り越えてきた、実力派の伯母様だもの。ジェミニの民も伯母様を信頼し、エリザベート女王の誕生を喜んだ。

 それに……お父様は内戦中の帝国で亡くなったらしくて。すでに王権も放棄していたため、あたしの即位には近隣の諸国から難癖をつけられる可能性があった。

 タウラス帝国の内戦は終結したものの、混乱は未だに尾を引いてる。支配圏も縮小を余儀なくされ、従来の強硬路線を改めるべく模索を続けていた。

 キャンサー連合も内戦の末に解体され、もう『連合』は存在しない。分裂後の足並みが揃うまで、まだまだ時間は掛かりそうだわ。

 羅刹は姿を消したけど……実は今日もあたしの隣の席にいたりする。

「やっと帰ってくるわね。スバル、言っておくけど、抜け駆けはなしよ?」

「あなたこそ。今日はあたしで、明日はあなたでしょ」

 あたしの妹でもあり、ライバルでもあり……お兄様のことでは衝突もするけど、やっぱり姉妹だからかしら? リーリエのことは嫌いになれない。

 むしろ最近は『好き』なくらいよ。

 授業の前にはクラスメートのみんなが一度、あたしの席へと集まってくる。

「お聞きになりまして? スバル様! 元連合の楽団がジェミニに来るそうですの!」

「みんなで公演を見に行きませんこと? 三月なのですけど……」

「いいわね! あたしも絶対に行くわ」

 あたしは今、自治警察のお仕事より学業を優先してた。お兄様がジェミニに残るうえであたしに与えた条件だったの。今後は皆勤で卒業すること、ってね。

 フェンリル団はお兄様の部隊だけジェミニに常駐することになった。モンスターの掃討を引き受けてくれるから、あたしのお仕事も減ったわけ。

 それにもう『自治警察』じゃない。ジェミニ王国が再興したんだから、自治警察はもとの王国騎士団として近々再編成される予定なの。

 あたしはお兄様と一緒に戦いたいし、このまま騎士になるわ。リーリエもね。

 とはいえ、あたしにとっては女学院を卒業してからのこと。当分はリーリエやアリスとともに学業に専念するつもりだった。

 シェラも女学院には正式に入学したんだけど、相変わらず勉強は苦手みたい。今もお兄様と一緒にモンスターの巣まで遠征に出ちゃってた。

 アリスは魔導士として早くも伯母様に見い出され、女学院に通いながら、魔法学の研究を始めるとか。天才肌のあの子のことだもの、要領よくやってくれるわ。

 やがて本日の授業を終え、放課後になる。

「じゃあね、スバル。またあとで」

 リーリエはレストランでお仕事のため、そそくさと教室を出ていった。一緒に住んでるけど、あたしの姉妹だって知ってるのは、屋敷でも伯母様だけ。

 ルークス王子が半年前に帰還したことも、民は知らない。お兄様は『フェンリル団のルークス隊長』と名乗り、素性を明かそうとはしなかった。伯母様の主導でジェミニは新しい時代を迎えたから、って……。

 ちょっと寂しい気もするわよね。もうひとりの王女は未だに秘匿され、王子様の生還もひた隠しにされて。けど、王家の血統でいたずらに騒ぎを起こしたくはなかった。

 あたしはもうお姫様じゃなくって、リーリエは友達で。

 お兄様は恋人で……あとはジェミニが平和なら、それでいいの。

 女学院をあとにして、あたしは城下を馬車で北へと向かった。その途中でジェミニ王宮の傍を通り抜ける。

 お城は再建中で、完成は再来年になるとのこと。

 それまでにはお母様がジェミニに帰ってくるはずで、リーリエとの関係が不安ではあった。お母様にとってリーリエは、お父様が不倫の末に設けた娘だもの。

 しかも当時、お母様は妊娠してたわけで……そのせいか、お父様が亡くなったと聞いても、あまり悲しいとは思えなかった。

 お兄様には、お父様のようにはなって欲しくないわね。けど、あたしとリーリエのふたりと交際中のうえ、近親……だから、すでに悪い意味でお父様を超えちゃってる。

 アリスやシェラまでその気になったらと思うと、末恐ろしいわ。

 城下の北門にはフェンリル団が帰ってきてた。

「おかえりなさい、おにぃ……ルーク!」

 つい『お兄様』って呼んじゃいそうになるの、いい加減に直さないと。

ルークス隊長はあたしに気付いて、誇らしげに歩み寄ってきた。

「ただいま、スバル」

「怪我はない? ……あら、シェラはどうしたの?」

「落ち着け、落ち着け。こっちはいつもの通り、何ともなかったさ」

 たった二日の遠征に過ぎなくても、再会は嬉しい。

 思えば、十年ぶりの再会はロマンスとは程遠かったのよね。それが今は当たり前のように抱きあって、キスだってするんだもん。

 こうしてお兄様と一緒にいるだけで、幸せな気持ちになれる。

「今夜はあたしとふたりっきりよ? お兄様」

「わかってるって。寒いから、あったかくしないとな」

 けれども、お兄様のほうはまだまだ『妹』相手に躊躇いがあるみたいで。女の子として抱いてもらうには、あの手この手でお兄様を誘惑しなくちゃいけないの。

 アリスが言ってたわね。お兄様はこう見えてヘタレだって。

「ねえお兄様。腕、組んでいい?」

「ああ。おいで」

 そんなお兄様のことが好き。大好き!

 でも『好き』じゃなくて『愛してる』って言えるように、あたしも頑張らなくちゃ。

いつまでも年下の妹じゃいられない。お兄様の恋人なんだから。

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