忘れられたBAD・END
第-3話
フランドールの大穴で雨が続き、冒険者たちはグランツで足止めを余儀なくされる。
悪天候のもとで秘境を歩きまわるのは、自殺行為に等しい。画廊の氷壁は猛吹雪となるため言うに及ばず、秘境までの行き来やキャンプでも大雨に晒される。
白金旅団も探検を延期し、グランツに留まっていた。
おかげでシズたちはサフィーユとともにアスガルド宮へ挑むことができる。
「こっちは雨とか降らねえのかな」
「どっちみちお城の中だし、関係ないよねー」
探索の前に、クロード団は例の石板でアスガルド宮の地図を確認した。踏破済みのエリアしか表示されないようだが、ミスの余地がないため信用できる。
正面のルートを除けば、エントランスからの分岐はよっつ。
「こないだの部屋ももう少し調べたほうがよくない?」
「おう。そいつは帰りにするとして……」
方角がわからないため、便宜上、正面のルートを『北』とした。
イーニアのコンパスは北東、北西、南西の方角に強く引かれている。ひとまず南東のルートは除外し、当てずっぽうで進行ルートを決めることに。
「私は北東が……なんとなくですけど」
「わたしは南西! そっちが怪しい気がすんだよね」
「私は北西だと思うわ。反応のない南東とは逆方向だもの」
早くも全員の意見が分かれてしまった。シズはぽりぽりと頭を掻く。
「……となりゃ、クロードに決めてもらうか。クロード、お前はどこがいいんだ?」
リスのクロードはシズの懐から飛び降り、クロード団の女子メンバーを仰いだ。サフィーユは期待の表情で手を差し伸べ、彼を待つ。
「おいで、クロード! うんと甘えていいのよ?」
しかしクロードは怖気づき、ティキのほうへ顔を向けた。
「わたしが一番? だよね、だよね~! クロードもわかってんじゃん」
が、これもそっちのけでイーニアを見上げ、おねだり上手な鳴き声をあげる。
「私ですか? ふふっ」
「え~? なんでよ、クロードぉ」
クロードを胸に抱え、イーニアは満足そうに笑った。
(イーニアとはもう一ヶ月くらい一緒だもんな)
クロード団は北東のルートから探索を始めることに。
回廊を進むうち、アスガルド宮の構造もだんだんと迷路然としたものになってきた。石板の正確な地図を頼りにして、少しずつ迷宮を解き明かしていく。
「モンスターだ! 構えろ!」
フォーメーションは前衛がティキとサフィーユ、中衛はシズ、そして後衛はイーニアとなった。影のような魔物を、ティキの戦斧が真横に引き裂く。
「ええーいっ!」
「さすがドワーフ、大した腕力ね。でも!」
負けじとサフィーユも大剣を振るい、二体の影をまとめて薙ぎ倒した。
シズはシルバーソードに魔法力を込め、熱線を放つ。威力は低いものの、モンスターの足を止めるくらいはできる。
「ティキ、サフィーユ、あとは私に任せてください!」
その間にもイーニアが詠唱を終え、竜巻を放り込んだ。魔物の群れはことごとく切り刻まれ、消滅する。
サフィーユは剣を背中に掛け、ふうと息をついた。
「死骸が残らないのも妙ね……」
「あっ! じゃあさ、牙とか爪とか集められないってこと?」
武器屋の娘は肩を落とす。
モンスターの牙や皮には使い道もあった。錬金の調合などにも用いることができる。とはいえ並みのモンスターでは価値もたかが知れており、収入源とするには難しい。
それ以前にシズたちには『剥ぎ取る』技量もなかった。
今後の探索にシズは不安を感じる。
「城じゃあ、薬草や鉱石なんかもなさそうだし……」
「マジックオーブや魔導書あたりは期待してもいいんじゃないかしら」
一方、サフィーユは秘境を歩き慣れているだけあり、結論を急がなかった。アスガルド宮の探索はまだ序の口、エントランスから少し出たに過ぎない。
「宝箱はどうですか?」
と、イーニアが暢気な声をあげる。
「……それこそ見つかるほうが変じゃないの? ねえ、シズ」
「いやまあ、なくはねえけど……」
一部のモンスターには物品を集める習性があった。例えば、ゴブリンは拾えるものは何でも集め、ダイブイーグルは宝石などの光り物を好む。
それらの巣を叩けば、(大抵はゴミにしても)アイテムを奪えることはある。
しかしアスガルド宮のモンスターは『生物』タイプではなかった。生活も繁殖もせず、侵入者に対して即座に攻撃を仕掛けてくる、ゴーレムのような印象が強い。
(ただのモンスターじゃねえぞ? なんだってんだ、この城は……)
考え込んでいると、今度はティキが間の抜けた声をあげた。
「……宝箱」
「期待すんなっての。んなもん……?」
それを目の当たりにして、シズも目を点にする。
部屋の奥には、これみよがしに宝箱が置いてあったのだ。ティキはつぶらな瞳をきらきらさせて喜び、イーニアは真正面からおもむろに近づこうとする。
「ラッキーじゃん、これ! 開けてみよー」
「そうですね。じゃあ……」
「待て待て! ミミックかもしれねえんだからさ」
警戒心のないメンバーを制しつつ、シズは宝箱に疑惑のまなざしを向けた。
貴重なアイテムがわざわざ宝箱に入っているなど、いくらなんでも不自然すぎる。シズのような新米でも、ミミックの可能性を疑わずにいられなかった。
ところがサフィーユは宝箱への期待を仄めかす。
「前人未到の秘境なら、ありえることよ。氷壁でも宝物庫みたいなものはあったわ。モンスターでなければ、お城の誰かが……」
「ここに宝だけ置いて、どっか行っちまったってか?」
どうにも腑に落ちなかった。それでも白金旅団の天才少女は肯定の立場を取る。
「栄光と灰の迷宮だと、モンスターが必ずと言っていいほど宝箱を抱えてるのよ。そっちのほうがおかしいでしょう?」
などと議論に興じていると、ティキが痺れを切らせてしまった。
「まあまあ。とにかく調べてみりゃいーじゃん」
「それもそうだな。頼んだぜ、クロード」
トレジャーハンターことリスのクロードが、とことこと宝箱に近づく。彼はどこからともなく盗賊御用達のツールを取り出し、カチャカチャと宝箱を弄りだした。
(こいつも摩訶不思議なやつだよなあ……何者なんだろ)
しばらくして、宝箱が素直に開く。
「うわあ~っ!」
「すごいですね。こんなに」
ティキは大興奮、イーニアもまじまじと宝箱の中を物色した。
中身は魔法のスクロールが数枚と、青い宝石がひとつ。
「呪われてる可能性もあるから、あんまり触っちゃだめよ? 街で鑑定しないと」
「サフィーユでもわかんねえのか」
「武器なら得意分野なんだけどな~。どお? イーニア」
スクロールを広げ、エルフの魔法使いが頷く。
「未使用のものばかりです。こっちのはファイアーボールで、十回分……」
「イーニアは火属性の魔法が使えねえから、ちょうどいいな」
ほかに怪我を治療するヒールなど、なかなか有用なものが手に入った。これなら、正体不明の宝石にも期待できる。
「もっともっと探そーよ! シズ」
「おう! クロードがいりゃ、罠に掛かる心配もねえしな」
幸先よし。クロード団の快進撃が始まった。
「ひゃああああ~っ?」
かに思えたが、次の宝箱はミミックだった。胴体は箱の蜘蛛という奇怪な姿で、ティキに噛みつこうと襲い掛かってくる。
「させないわよ!」
間一髪、それを真横からサフィーユが仕留めてくれた。
ミミックはひしゃげ、半壊した宝箱だけが残る。
「やっぱりモンスターは消滅しちまうのか」
「さっきのミミックも、秘境で遭遇するのとは違ってたわ」
ミミックの正体は『ひとの形を維持できなくなったゾンビが入った』という説が有力だった。中身が腐食していたり、神聖魔法で撃退できる点とも辻褄は合う。
しかし先ほどのミミックは明らかに風体が違った。
「こっちのモンスターとあっちのモンスターは、まったくの別物なのかもな」
「私も同じ意見よ。従来の常識は通用しないと思ったほうがいいわね」
考えようによっては、シズたちは『正体不明の敵』に囲まれていることになる。
敵はすべて未知のもので、どんな攻撃をしてくるかわからない。武器や魔法がどれだけ通用するのかも、実際に試してみないことにはわからなかった。
「この迷路だって、どこに落とし穴があるとも知れないわ」
「クロードがいるんだから、落ちないってー」
「……そういう意味じゃねえっての。知らず知らず一方通行なんかを通っちまったら、帰れなくなるって話だよ」
「落とし穴も同じだと思いますけど……」
敵は未知、迷宮も未知。サフィーユの懸念は当然と言える。
「まだ城の全貌も見えてねえし……お宝があるからって油断せず、慎重に行こうぜ。特に誰とは言わねえけど」
「うるさいなあ……こっちはシズよりたくさんやっつけてんのに」
ティキは愛用の戦斧を肩で担ぎ、ブー垂れた。
宝探しはそこそこにして、帰り道を確かめておく。
「このホールから西に出りゃいいんだっけ」
「南に突っ切るほうが早いかもしれませんよ。多分、道が繋がって……」
「帰りは安全が最優先よ。知ってる道で行きましょ」
ティキの頭の上で不意にクロードが威嚇の声をあげた。
「ひゃっ?」
「どうした、クロード!」
グランツへ来るまでの道中も、幾度となくクロードの感知能力に救われている。シズは剣を抜き、クロードの目線を追った。
「……あらあら。驚かせちゃったようね」
柱の陰からひとりの女性がゆらりと姿を現す。
豊満なプロポーションをミニのタイトスカートで引き締めた、見るからに艶めかしい美女だった。さしものシズもどきりとして、剣を降ろしそうになる。
「あ……あんたは?」
「名乗れば、そっちも自己紹介してもらえるのかしら?」
警戒しながらも、シズたちは目線で頷きあった。
(まさかオレたちのほかにも、アスガルド宮にひとがいたなんてな……)
(おそらく冒険者だわ。でもグランツで見かけた憶えはないわね)
美女らしい風貌とは裏腹に、マントの裏には魔導杖や短剣を忍ばせている。白金旅団のサフィーユが知らないことから、グランツに来たばかりの冒険者だろう。
おずおずとイーニアが名乗り出る。
「あの……私はイーニアです」
緊迫感をぶった切られ、シズも相手も目を丸くした。
「度胸があるんだか、単に鈍いんだか……私はメルメダよ。大魔導士にして一流のトレジャーハンター、メルメダとは私のこと」
ティキがはっとする。
「もしかして、あの『西のザルカン』の一番弟子っていう?」
「うふふっ。そっちのお嬢ちゃんは物知りみたいねぇ」
この大陸には高名な魔導士がふたり存在した。東のアニエスタと、西のザルカン。そしてイーニアは東のアニエスタに育てられている。
「先生に聞いたことがあります。西のザルカン……攻撃魔法のエキスパートで、四大属性すべての極大魔法を編み出したと……」
メルメダが眉をあげた。
「……先生って?」
「アニエスタ先生です。ご存知なんですか?」
イーニアが首を傾げると、甲高い笑い声が響き渡る。
「アハハハッ! まさかとは思ったけど、やっぱりね。アニエスタがハーフエルフを保護したって話は、こっちにも届いてるのよ。なるほど……あなたが、例の」
その言葉は嘲笑の響きを伴っていた。クロードが唸り、メルメダを睨みつける。
「オレはシズで、こっちがティキ……で、そっちのがサフィーユだ」
「ご丁寧にどうも」
ひとまず剣を下げつつも、シズは神経を尖らせた。
「……メルメダとか言ったな。あんた、どうやってアスガルド宮に入ってきたんだ?」
クロード団はコンパスと不思議な泉の力を借りて、この次元へ転移している。ところがメルメダはコンパスも持たず、水に濡れた様子もない。
わざとらしい溜息が落ちた。
「ちょっと正直すぎるわね、あなた。こういう時はカマのひとつでも掛けないと」
メルメダにからかわれ、サフィーユが苛立つ。
「質問に答えなさい! 目的は何? あなたもタリス――」
しかし口を滑らせそうになり、ぎくりと強張る。
「リス……そーそー、このリスはクロードってゆーんだよねー」
「誤魔化せてないわよ? うふふ……『タリスマン』と言いたかったの?」
メルメダはほくそ笑んで、妖艶な唇をつうっとなぞった。
(このひと、タリスマンを知ってんのか?)
シズもイーニアも驚きを隠せず、あとずさる。
「あ、あなたもタリスマンを求めて、このフランドールの大穴へ……?」
「そんなところよ。大いなる力を秘めしタリスマン! ……ゾクゾクするでしょう?」
自分たちのほかにもタリスマンを探す者がいた。そのうえ、もしかすると彼女はシズたちよりも多くのことを知っているのかもしれない。
アスガルド宮とは、そしてタリスマンとは何なのか――。
しかしイーニアは空気を読まなかった。
「えぇと……じゃあ、一緒に探してくれるんですか?」
メルメダが噴き出す。
「うふふっ! まさか。タリスマンは私のものよ、あなたたちには渡さないわ」
その手が触媒を宙に散らし、魔方陣を浮かべた。
「手を引くなら今のうちよ? 怖い目に遭いたくないのなら、ね」
魔方陣から異形のモンスターが這い出てくる。
「召喚術までっ?」
「少しだけ遊んであげるわ。行きなさい、ドゥームトード!」
身の丈が三メートルほどもある蛙の化け物が、涎まみれの長い舌を振りたくった。男子のシズでも、その気色の悪さに鳥肌が立つ。
「ま、待てよ! こっちはあんたと戦う気なんて……」
「ぎゃああああ~っ!」
悲鳴をあげたのはティキだった。サフィーユの背中に隠れ、顔面蒼白になる。
「わっわわ、わたし、あっあ、あーいうヌルヌルのはだめなんだってば!」
「あぁ、ナメクジとかか?」
「言わないでよ! そんなの、名前も聞きたくないッ!」
身の毛がよだつほど、ヌルヌルは大の苦手らしい。
「だったら、ティキはさがってて。シズ、私とあなたでやるわよ!」
「おう! 舐められっ放しじゃいられないもんな」
シズとサフィーユは前に立ち、ドゥームトードと相対した。
イーニアは後ろで魔法の詠唱に入る。
「させないわよ。サイレンス」
「……っ?」
ところがメルメダが軽く手をかざすだけで、イーニアの詠唱は途切れた。ぱくぱくと口を開け閉めするも、声が出ない。
「まるで無防備ねぇ。魔法使いなら、魔法封じはもっと警戒しなくっちゃ」
メルメダとの力量差を肌で感じ、シズは息を飲んだ。
(強ぇぞ、このひと……!)
サイレンス(魔法封じ)にしても、彼女はほとんど詠唱していない。触媒もあらかじめ魔法ごとに調合したものを、弾薬のように腰のスロットに差していた。
ドゥームトードが唸り声をあげる。
「とにかくモンスターが先よ! シズ、構えて!」
「わ、わかった! いくぞ!」
シズとサフィーユはドゥームトードの両サイドにまわり込み、次々と仕掛ける。
サフィーユの大剣がモンスターの舌を横に薙いだ。
「てやっ!」
だが舌はさらに伸び、剣閃をすり抜ける。
シズのシルバーソードは皮膚を狙うも、蛙の油で滑ってしまった。
「き、斬れねえぞ? こいつ……」
「っ! さがって、シズ!」
俄かにドゥームトードが膨れあがり、紫色の煙を吐き出す。
「獲物を捕らえるための痺れガスよ。うふふ、いつまで逃げきれるかしら」
シズとサフィーユは後退を余儀なくされ、イーニアたちを守る体勢で構えなおした。
「まずいわね……こっちは半分の戦力なのに」
「しっかりしてくれ、ティキ! あんなの、ただのデカい蛙だろ?」
「そのでっかいのが問題なんだってば! ……うぅ~」
まだティキは戦線に復帰できず、イーニアは魔法を封じられている。
(なんとかメルメダのほうに……いや、無理だな)
召喚士と召喚モンスターを倒すなら、召喚士本人を狙うのがセオリーだった。召喚の術式が弱まれば、モンスターは帰るか、召喚士を狙うかする。
しかしメルメダはおそらく単独でも強い。間合いもドーゥムトード越しに離れており、彼女の魔法が優位に立っていた。
「女の子はこういうの、嫌でしょう? ヌルヌルのネトネトにしてあげるわ」
「ひい~っ!」
ティキは青ざめ、クロードにさえ縋りつく。
ふとイーニアと目が合った。
(シズ、チャンスを作ってください。ドゥームトードは私が)
(できるのか? ……わかったぜ)
シルバーソードを握り締め、シズはドゥームトードへ突撃する。
「うおおおっ!」
「ま、待って! あいつは毒ガスを……」
ドゥームトードが大口を開け、毒の息を吐き散らした。が、猛毒のブレスは障壁に阻まれ、シズまで届かない。
メルメダが驚いたように目を見開く。
「へえ……魔法剣ね」
「これなら、あんたの魔法封じも関係ねえだろ!」
得意の魔法剣でアンチドーテ(解毒)の結界を張ったのだ。ドゥームトードは意表を突かれ、口の中から顔面をシルバーソードでまっすぐに貫かれる。
「今だ、イーニア!」
「……ッ!」
すかさずイーニアがスクロールを広げた。
巻物からファイアーボールが放たれ、ドゥームトードに着弾する。それはモンスターの油に引火し、蛙の化け物はみるみる炎に包まれた。
メルメダが肩を竦める。
「ふぅん。意外にやるじゃないの」
「ど、どーよ! これがクロード団の実力なんだからっ!」
後ろで竦みあがっていただけのティキが、高らかに啖呵を切った。
(調子のいいやつだなあ……)
クロード団はドゥームトードを撃退し、イーニアの魔法封じも解ける。
「ごめんなさい、シズ。いきなり……」
「いや、おかげで裏をかけたよ。気にすんなって」
これで四対一、にもかかわらずメルメダは余裕の笑みを崩さなかった。燻り続けるドゥームトードの死骸を、青い炎で消し炭にする。
「挨拶はこれくらいにしておくわ。うふふ……クロード団、また会いましょう」
そして魔女は一瞬のうちに黒猫に姿を変え、走り去ってしまった。
見逃してもらえたらしいことに、シズはほっと安堵する。
「……行ってくれたか」
「戦ってたら、勝ち目はなかったでしょうね」
サフィーユは冷静かつ正確に分析する。
シズとてメルメダに勝てるとは思えなかった。まだ彼女は十分の一も実力を出していないはずで、敗北は目に見えている。
「何者だったんでしょうか、さっきの魔法使いは……」
「アスガルド宮やタリスマンのことを知ってる口振りだったな」
とりあえず『タリスマンの探求には強力なライバルが存在する』ことはわかった。
「アスガルド宮のことも、うっかり外で話したりしないほうがいいわね。私も白金旅団のみんなには悟られないよう、気をつけるから」
「ベテランの冒険者に嗅ぎつかれたら、オレたちの出る幕はねえってことか」
アスガルド宮での成果もクロード団で独占できるわけではない。思わぬ敵との競争が始まってしまった。
「まあいっか。今回はティキの苦手なもんもわかったし」
「いいじゃないの。女の子なら、フツーはああいうの、だめでしょ?」
涙目のティキを意に介さず、イーニアは平然と言ってのける。
「蛙もナメクジも可愛いですよ。先生も飼ってました」
「ギャ~~~!」
情けない悲鳴があがった。
前線都市グランツへと帰還し、白金旅団の屋敷の前で解散する。
「ここで解散すんのも考えものかもなあ。服もどっかで乾かさねえと、だし……」
「おいおい対策していきましょ。じゃあね、みんな」
「ばいば~い!」
サフィーユは屋敷に戻り、間もなくティキも武器屋のほうへ帰っていった。
シズとイーニアは本日の成果を抱え、帰路につく。
「魔法のスクロールか……ジョージさんも喜んでくれるぜ、多分」
「明日は宝石の鑑定に行きましょう。錬金でしたら、心得がありますので」
やがてジョージのエドモンド邸まで戻ってきた。そこでクロードが顔をあげ、やたらと後ろを警戒する。
「……シズ? 入らないんですか?」
「クロードがぐずってるんだ。先に行っててくれ」
シズも薄々勘付いていた。イーニアと別れ、こちらから後方の『追っ手』に近づく。
「……やっぱりあんたか」
「うふふ。気を悪くしたのなら、謝るわ」
メルメダは髪をかきあげ、唇の端を吊りあげた。
そしてシズの顎に人差し指を添え、誘惑めいた調子で囁く。
「シズだったわね。……どう? 私と手を組まない?」
「あ、あんたと……?」
緊張しつつ、シズは彼女の美貌を見上げた。今まで色恋沙汰とは無縁だった少年に、メルメダの成熟した色香は危なっかしい。
「タリスマンを探してるのだって、どうせ大した理由もないんでしょう? 手に入れたとしても、持て余すのがオチよ。あなたたちでは使いこなせない」
イーニアは偉大な師の命を受け、フランドールの大穴へやってきた。
タリスマンを探せ、と。
ただそれだけのことで、お手伝いのシズには何の利益もない。タリスマンを発見したところで、それはイーニアのものとなるのだから。
「私といい思いするほうが利口よ。ね? お互い有意義な取引になると思うけど……」
かといって、メルメダの甘言に乗せられるほど愚かなつもりもなかった。
「……その手には乗らねえよ。あんたに独り占めされちゃあ、それまでだしな」
「うふふ! まあ、ゆっくり考えてちょうだい。坊や」
「――っ!」
メルメダはシズの頬に口づけして、マントを翻す。
今度こそ魔女は去り、シズは肺の中身を一気に吐き出した。
「はあ~っ。厄介なやつに絡まれちまったな」
西のザルカンの一番弟子にして凄腕のトレジャーハンター、メルメダ。彼女はクロード団を出し抜き、タリスマンを奪取しようと企んでいる。
「……っと! オレも戻らねえと」
その後、ジョージ子爵は本日の戦利品に大喜び。未来の大冒険者と称賛され、イーニアとともにむず痒い気持ちになるのだった。
第-4話
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