ダーリンのぴょんぴょん大作戦!
第3話
日曜日、チハヤとエミィは一緒にショッピングへ。
「……なんで、てめえもついてくんだよ?」
「行き先がおんなじってだけデス。気にしないでクダサ~イ」
そのはずが今日はゾフィーも同行していた。エミィが友達感覚で誘ったに違いない。
「ケイウォルスのお話も聞きたかったし、いいでしょ? チハヤちゃん」
「別に構わねえけどよぉ。結局、あれは何だったんだ?」
ケイウォルス高等学園の学園祭で起こった事件について、チハヤたちは何も聞かされていなかった。メグレズの指示を受け、街を警戒してまわったに過ぎない。
「てめえは現場にいたんだろ」
「そうデスヨ。あの夜は肝が冷えマシタ……」
ゾフィーにしても真相に迫ったわけではないらしかった。そうでなければ、おしゃべりな口がとっくに洗いざらい吐いている。
「Darlingとメグレズはカイーナ級の魔王とやりあったそうデスけど」
「マジかよっ? くぅ~! オレも暴れてやりたかったぜ」
チハヤは握りこぶしをパンッと受け止め、悔しがった。
エミィはほっと胸を撫でおろす。
「ケイウォルスが無事でよかったあ……。魔王を撃退しちゃうなんて、すごいね」
「第四部隊の連中の総合力は侮れマセン。チームワークで二倍にも三倍にもなりマス」
「へえ……オレたちとは大違いだなァ」
あの夜、セプテントリオンでメグレズの指示に従ったのは、チハヤ=メラク、エミィ=フェクダ、ツバサ=ミザールの半数だけだった。サツキ=ベネトナシュは戦力外のため仕方ないが、残りのふたりは緊急事態にもかかわらず、知らぬ存ぜぬを通している。
「気に入らねえんだよなあ。特にキャロルはよお」
「まあまあ。漫画のお仕事で大変みたいだし」
「いつも言ってんじゃねえか、それ。面倒くさい時は『締め切り』なんだよ、全部」
キャロル=ドゥベは大罪の『怠惰』を司るだけに、さぼりの常習犯だった。これで漫画の原稿を落とさずにいられるのが不思議でならない。
「そんなことより今日は遊ぼ? 冬服も色々出てるみたいだよ、ほら」
「服なんて、どれでも一緒だろ……」
休日のチハヤは決まってジーンズを穿き、パーカーの袖を捲っていた。支度にしてもエミィの半分も掛かっておらず、髪には寝癖が残っている始末。それでも不格好にならず、傍目には抜群のセンスで着こなすふうに見えてしまった。
本日のエミィはワンピースで清楚に決め、奥ゆかしさを醸し出す。チハヤとは対照的なセンスのおかげで、互いの魅力を引き立てあっていた。自前のネコ耳はご愛敬。
そしてゾフィーは今日も帽子を被り、ロングスカートを翻した。
「新しい帽子が欲しいんデス。見に行きマショウ」
「うんうんっ! ゾフィーちゃんのトレードマークだもんね」
「暢気なやつらだなぁ」
チハヤたちは気の赴くままに繁華街を練り歩く。
チハヤやエミィ、ツバサは、セプテントリオンの中でも地上に出たのが遅かった。その点では、もともと普通の人間だったサツキが、もっともキャリアが長い。
「サツキちゃんも来ればよかったのに」
「あいつが来るかよ。あれのひと嫌いは筋金入りだぜ」
次に長いのはメグレズで、キャロルとアリラトが同時期で続く。
「そろそろご飯にしまセンカ? も~ぺこぺこデス」
この秋になってから出てきたゾフィーのほうが、よほど地上の生活に馴染んでいた。
「ワタシはスパゲティがいいデス!」
「いいぜ。エミィ、スカートはあとにしろって」
「んもう……こんなに可愛いお洋服がたくさんあるのに、ふたりとも……」
エミィのお腹がきゅうっと鳴る。途端に彼女は赤面した。
チハヤとゾフィーが笑い声を揃える。
「ハハハッ! おまえの腹は、嘘はつけねえってさ」
「女は男より食べたい生き物なんデス。さあ、美味しいパスタを堪能しマショウ!」
ショッピングは一休みにして、レストランへ。
「……たまには悪くねえな」
紅葉もすっかり色づいていた。
☆
キャロル=ドゥベのゲームはまだまだ始まったばかり。
「お次はバニー叩きぃ~!」
輪たちの目の前に、いくつか穴の空いたガラス壁がせりあがってくる。穴は人間が通り抜けられるほどのサイズで、向こうまでよく見えた。
今度も身体を張るタイプのゲームらしい。バニー叩きなどという名前からして、嫌な予感しかしなかった。閑ウサギや黒江ウサギは輪の傍で声を潜める。
「どうするの? 輪」
「付き合うしかねえだろ……魔眼にも睨まれてんだし」
「ゲーム自体に危険はない。チャンスを待つべき」
一方で、沙織ウサギは余裕たっぷりに構えていた。悠々とロングヘアをかきあげ、ウサギのお耳をささやかに揺らす。
「気持ちで負けていては、いけませんわ。どうせなら、存分に楽しんでやりませんと」
輪たちは今、不本意な形でバニーガールの恰好をさせられたうえ、奇天烈なゲームを余儀なくされていた。だが、いつまでも相手のペースに乗せられてはいられない。
「そうだねー。ダーリンちゃんとデートってのは別として、豪華景品もあるんだし」
「でも、あたし、罰ゲームは絶対に嫌です」
報酬や罰ゲームを用意したのも、キャロルの作戦だろう。優希にしろ、澪にしろ、これからのゲームには全力で挑むことになる。
「さあさあ! ゲームの説明するから、集まってくんなきゃ」
キャロルが取り出したのは、二色のピコピコハンマーだった。ピンク色のハンマーにはハートのマークが、黒色のハンマーにはドクロのマークがついている。
「ウサギさんたちはこっからお尻を出すの。で、アタシとダーリン氏が叩くワケ」
「はあ? オ、オレが?」
輪にはピンク色のほうが手渡された。
「そっちのハートハンマーなら、ヒット数が1アップ! けど、アタシのドクロハンマーで叩かれちゃったら、ヒット数が2もダウンすんの」
バニーガールたちの表情が苦虫を噛み潰したようになる。
「……要するに、輪にぶたれろってこと?」
「制限時間は五分間! ヒット数に応じて、ポイント進呈してあげちゃうゾ」
先ほどのクレーンゲームにもひけを取らない、珍妙なゲームだった。ヒット数は輪のハンマーで叩かれることでアップし、キャロルのハンマーで叩かれることでダウンする。ヒット数を稼ぐためには、キャロルを遠ざけつつ、輪を誘う必要があった。
「ハートハンマーは気持ちいいよー? んで、ドクロは痛いの。こんなふうにね」
キャロルがドクロハンマーで輪のお尻をぶつ。
「あいてえっ?」
その瞬間、激しい痛みが走った。玩具のピコピコハンマーとは思えない、鞭で打たれたような錯覚さえする。
「痛いってだけで、身体にはまったく影響ないからサ」
「とんでもねえゴーモン道具だな、そりゃ……」
こうなっては、輪が積極的に皆のお尻を叩き、ドクロハンマーから守ってやらなくてはならなかった。女の子をぶつことに抵抗はあるとはいえ、痛い思いはさせたくない。
(キャロルのやつ……アホに見えっけど、上手いこと考えてやがるぜ)
閑たちは戸惑いつつ、壁の反対側へとまわり込む。
「こ……ここから、お尻を出すの?」
「ちゃんとウサギさんの尻尾が見えるまでねー。でないと、得点になんないから」
穴は全部で五つ。その中央から、閑ウサギがおずおずとお尻を覗かせた。
「こ、こんな感じかしら……」
恥ずかしいようで、なかなかお尻が上向きにならない。
その隣で黒江、沙織もお尻を突き出してきた。
「キャロルが来たら、引っ込めて……輪が来たら、こうやって出す」
「出しっ放しでも、引っ込めたままでも、だめってことですのね」
壁はガラス製のため、バニーガールたちの様子が手に取るようにわかる。左右の端にはそれぞれ優希と澪がつき、愛らしいお尻をスタンバイさせた。
「ねえー! これって、端っこは損じゃない?」
「で、ですけど……真中とか恥ずかしすぎますから」
「ちょっと、澪? わたしが恥ずかしいみたいに言わないでったら……」
五人のバニーガールにお尻を向けられ、輪はごくりと唾を飲む。
(これはこれで、すげえ眺めだなあ)
食べ頃の桃のような形のお尻が五つ、谷間にボディースーツを挟み込んでいる。網タイツも巻き込まれ、白い肌を妖艶な色合いで覆っていた。単純な裸よりも流麗かつ挑発的に脚線を引き締め、輪の視線を釘づけにする。
「……どこ見てるの? りん」
熱いまなざしを察したのか、黒江はもどかしそうにお尻を引っ込めた。恥ずかしがり屋の澪や閑は両手でお尻を隠そうとするものの、かえってその曲線を強調するポーズに。
「みっ、見てない! 見てねえから!」
初心な輪は真っ赤になりながらも、ハートハンマーを構えた。
キャロル=ドゥベが高らかに言い放つ。
「そんじゃ、ゲームスタート!」
同時に、彼女はドクロハンマーを優希のお尻に目掛け、振りおろした。突然の奇襲に優希は対応できず、ウサギのお尻をぶたれてしまう。
「いったあ~~~ッ!」
色気のない正直な悲鳴があがった。優希のお尻は慌てて引っ込む。
「ちょ、ちょっと待って? ほんとに痛いよ、それ?」
「だから『痛い』って言ってんじゃん。さあさあ、どんどん行っちゃうゾ~!」
右端の優希から順に、沙織、閑もドクロハンマーの洗礼を受けてしまった。
「んくうっ?」
「きゃあ! オシリが……あ、熱いわ!」
その次の黒江は回避するも、澪はおたおたするばかり。
「こっ、来ないで!」
「りん! ぼーっとしてないで、キャロルを」
「おっと! わかった、任せろ!」
輪は我に返り、キャロルの猛攻にハートハンマーを割り込ませようとした。ところがキャロルに炎のスペルアーツをまかれ、アチチと反射的に後退する。
「ひひひっ! そうはさせないよーだ」
「うわ! こんなのアリか?」
キャロルはスペルアーツを詠唱しつつ、やにさがった。
「ダーリン氏もアタシを邪魔していいんだよ? ほらほら、早くしないと」
澪のお尻にもドクロハンマーが炸裂する。
「あうぅ! り、輪くん……なんとかしてください!」
しかも手すりに掴まった拍子に、バニーガールたちは両手を拘束されてしまった。これではお尻を出すか、引っ込めるしかできず、どれも穴の中に逃げていく。
「言っとくけど、ヒット数が0以下のウサギさんは、やる気なしってことでペナルティも用意してっからサ。ダーリン氏にたくさん、ぶってもらわなきゃ」
「そんな……輪にぶたれろ、だなんて」
彼女らのお尻を叩くことには、依然として抵抗があった。閑たちのほうもゲームの内容に困惑し、しなやかなはずの身体を硬くする。
しかし皆を守るためにも、あえて輪は切り札を投入した。
「……待っててくれ。こうなったら、とことんやってやるぜ!」
優希のパンツを頭に被って、俊敏性を底上げする。
パンツの持ち主が声を荒らげた。
「ってえ、ダーリンちゃん? だからって、パンツエクスタシー使っちゃうのぉ?」
「しょ、しょうがねえだろ? さっさとマイナス分を取り戻すぞ!」
奇怪な風貌となってしまったものの、バトルユニフォームがなくとも、これでキャロルの妨害をかわせる。輪は横跳びで方向を変え、キャロルの脇をすり抜けた。
「はやっ? これがダーリン氏の……?」
ハートハンマーが優希のお尻にクリーンヒット。
すると、優希の声が露骨に裏返った。
「んあぁ?」
その声を自覚するように赤面し、唇をわななかせる。お尻も小刻みに震え、フトモモの網タイツをしきりに擦りあわせた。
「なんなの、これぇ? んはあ、び、びりびりってえ……!」
「だ、大丈夫なんだろ? みんなも行くぞ!」
優希の感じやすさにどぎまぎしつつ、輪は中央の閑、その隣の黒江にもハートハンマーをお見舞いする。閑は唇を噛んで、ハイヒールの踵をふるふると浮かせた。
「ちょっと、輪? 叩くふりして、んふぅ、触ったんじゃないの?」
「んなことするかっ!」
普段は声のトーンが控えめの黒江さえ、喘ぎを堪えきれない。
「んはぁあ……ドクロのより、か、覚悟いるかも」
さすがに叩くに叩けなくなってきた。しかし手をこまねいている間にも、キャロルはドクロハンマーでバニーガールのお尻を狙う。
「いただきっ!」
「ひっ?」
かろうじて澪はお尻を引っ込め、それをかわした。
「さ、させるか! みんな、隙を見て、お尻をこっちに出してくれ!」
「どさくさに紛れて、セクハラしないでくださいってば!」
バニーガールたちは両方のハンマーに戸惑いながらも、だんだんとお尻を機敏に動かすようになってくる。
キャロルが左端の澪に気を取られているうちに、沙織がアピールしてきた。
「こちらでしてよ、輪さん? ……あぁ!」
ハートハンマーを当てると、彼女のお尻も敏感そうに打ち震える。
「そんな撫でるみたいになさっては、はあ、わたくし……!」
「な、撫でてねえっての! ハンマーだからな?」
輪がお尻を叩くにつれ、バニーガールたちの息は乱れた。熱っぽい吐息を散らしては、お尻から強烈に色香を漂わせる。それを突き出す姿勢のため、巨乳もよく弾んだ。
中央の閑が不安定なりに爪先立って、マゾヒスティックに身悶える。
「はあぁん! こ、こら、輪?」
「変な声、出すなって……し、しまった!」
だが、一匹のウサギに拘っていると、ほかのウサギをキャロルにぶたれてしまった。黒江が眉を顰め、いやいやと腰を捻る。
「あくぅ……りん、お願い……マイナスにはしないで」
「ボ、ボクも! みんな、しっかりして! 止まっちゃだめ!」
右端の優希はあえてお尻をたっぷりと突き出した。そうやって充分にキャロルを引きつけたところで、ぎりぎり引っ込め、時間を稼ぐ。
その隙に輪は左側の黒江、澪のお尻を叩きまくった。
「待って? 連発しちゃ、あっあぁ!」
「んひぃいっ? な、なんなんですか、これ……おぉ、お尻が勝手に!」
澪もハートハンマーの意外な心地よさに屈し、しどけない表情を浮かべる。最初は緊張で強張っていたはずのバニーガールたちは、徐々に快感に馴染んで唇を弛めていった。
彼女らのお尻を叩き損ねながらも、キャロルは意地悪な笑みを絶やさない。
「ひっひっひ! わかってきたみたいだねぇー」
奇しくもモグラ叩きらしい展開になってきた。左のほうで黒江や澪がキャロルに後ろを取られ、お尻を引っ込めたら、右のほうで沙織と優希のお尻がすかさず出てくる。
「今ですわ、輪さん!」
「早く早くっ! ダーリンちゃ……んっ、はぁあ!」
第四部隊の息はぴったり。次第に輪にも彼女らの動きが読めてきた。
問題は中央の閑で、輪にとって狙いやすい分、キャロルにも狙われやすい。輪はハートハンマーで先にキャロルのドクロハンマーを押さえ、閑にチャンスを作ってやった。
「あれっ、ダーリン氏?」
「怖がらずにお尻を出すんだ、閑!」
「え? ええ……」
閑が腰を返し、お尻を懸命に跳ねあげる。
そこにハートハンマーが命中するや、ウサギさんは艶めかしい声を響かせた。
「はああぁんっ! だめよ、こんなの……れ、連発しちゃ、やあっ!」
「んなこと言われても……オレだって、力が入っちまって」
バニーガールたちの悩ましい痴態にあてられ、心ならずも興奮してくる。輪はハートハンマーをしっかりと握り締め、目についたお尻を叩きまくった。
「こ、これはゲームだから! ゲームだからな?」
後ろめたさを振りきるためにも、言い訳しつつ、彼女らにヒット数を与えていく。
「そーはさせないっての、ダーリン氏!」
「ひはあっ? 輪さん、はぁ、何とかしてくださいまし……!」
輪の手がまわりきらないところを、キャロルに急襲されてしまった。負けじと輪もハートハンマーを振るって、ウサギさんのお尻に悪戯を続ける。
「五月道、さっきから、ずっと引っ込んだままだぞ?」
「ね、狙ってるんじゃないですか、スケベ!」
意固地な澪は顔を真っ赤にしながらも、おずおずとお尻を差し出してきた。その顔つきもハンマーの一撃で蕩けそうになり、堪えきれない調子で唇を噛む。
「んくふう……っ!」
「澪ちゃんばっか、ずるいよ? さっきのクレーンゲームでも高得点だったのに」
「イチャイチャポイントのことですか? あ、あれは言いがかりで……!」
現在の順位のことなど、すっかり忘れていた。
(っと! お尻なんかに夢中になってる場合じゃなかったぜ)
黒江と澪はほかよりリードしつつある一方で、沙織はまだカラオケの5ポイントしか獲得していない。ここは沙織を重点的にフォローしてやるべきだろう。
お尻を叩きまくってやることで。
キャロルの動きを妨害しつつ、輪は沙織に指示を飛ばす。
「沙織っ! 叩いてやるから、お尻をこっちに!」
彼女の身体が一瞬、びくっと震えた。
「か……かしこまりましたわ、ダーリンさま」
偶然にも『ご主人様の命令』となって、メイドスイッチがオンになったらしい。ヒット数を稼ぐためではなく、ご主人様にぶってもらうため、肉感的なお尻を手前に運ぶ。
その献身的なさまを目の当たりにして、ご主人様も情動を抑えきれなかった。
「い、行くぞ? 沙織!」
邪魔なキャロルを押しのけ、沙織ウサギのお尻を滅多打ちにする。
「ひあぁ? あっ、へぇあ……ダーリンさま、そんなに激しくなさっへはぁ……!」
ぶたれるたび、沙織はお尻を健気に振りあげた。おしおきをおねだりするようなポーズには、隣の閑が赤面しつつ息を飲む。
「沙織ったら、すっごい気持ちよさそうな顔……」
「お、おっしゃらないで? わたくしだって、んはぁ、恥ずかしいんですからあ」
優希も尻尾つきのお尻を差し出してきた。
「ダーリンちゃん? ボクにも、その……ほら、ゲームだから」
「さ、沙織にばかり、つらい思いはさせられないわ。輪、わたしにも!」
次々と勢いよくお尻が飛び出してきて、キャロルを跳ねのける。
「ぎゃふっ?」
「ま、任せろ。みんなで高得点だっ!」
輪のハンマーが唸った。バニーガールたちはお尻をぶたれるたび、のけぞって、マゾヒスティックな快感に翻弄される。
彼女らの快感は、ハートハンマーのせいだけではないのかもしれなかった。お尻をぶたれることそのもので感じているような気がして、さらなる興奮を触発される。
(す、すげえな)
とりわけ沙織ウサギは甲高い嬌声を響かせた。
「いけませんわ、もう……わたくし、あっ、はああぁあああーーーッ!」
何かに達したように全身でバイブレーションを極め、限界まで爪先立つ。蒸れまくったお尻の谷間からは透明の蜜(注:汗です)が滲み出て、網タイツを濡らした。
「あ……んふぁあ?」
それ以上は立ってもいられず、くずおれる。
ちょうど制限時間も切れ、バニー叩きゲームは終わった。
「ちぇー。思ったより稼がれちゃったなあ」
後半は逃げに徹してしまった澪だけ、多少の余裕はあるものの、ほかのバニーガールたちは背中に汗を浮かべている。
「はあ、はあ……お、終わったの?」
「こんなゲーム、間違ってます……みなさん、し、しっかりしてくださいったら」
しかし澪の言葉はほかの面子に届いていなかった。沙織など、突っ伏しながらもお尻を上に向け、まだご主人様のおしおきを待ち侘びている始末。
「あの、ダーリンさま……?」
「そんじゃ、結果発表~」
このバニー叩きによって、メンバーの得点にも変動があった。
輪8、閑12、黒江11、沙織12、優希12、澪9。
沙織は当然として、その両隣だった閑と優希の追加点は大きい。逆に消極的なプレイに終始してしまった澪は、無得点となってしまった。似顔絵の表情も苦くなる。
「だから言っただろ、五月道。もっとお尻を出せって」
「いい加減にしてください! 怒りますよっ?」
しかし今回のゲーム、輪には腑に落ちない点もあった。
「なあ……オレだけ、ポイントを獲得する機会すらなかったんだけどさ」
思い出したようにキャロルが手で槌を打つ。
「あ、そっか。じゃあ、ダーリン氏にもチャンスをあげないとね」
今度は輪がガラスの向こう側で拘束されてしまった。しかも、お尻を引っ込められないように、腰の位置でも固められる。
「……あれ? あのぅ、キャロルさん……?」
愛しのバニーガールたちは攻撃サイドにまわって、ハンマーを手に取った。
全員、ドクロのほうのハンマーを。
「ボーナスタ~イム! なんとダーリン氏に逆転のチャンスぅ?」
「ぎゃ、逆襲のチャンスの間違いだろ……」
優希のパンツを被ったまま、輪は背後の恐怖に震える。
メイドの沙織も正気に戻って、ドクロハンマーを高々と掲げた。
「エッチなダーリンさんにはおしおきが必要ですわ。ねえ? みなさん」
「ま、待ってくれ……ぎゃ~~~!」
輪のお尻にウサギさんたちのハンマーが殺到する。
怪我こそないものの、しばらく輪は立ちあがれず、ぴくぴくとのたうちまわっていた。
「残念。ダーリン氏は得点ナシね」
「ぜえ、ぜえ……これじゃ、オレだけゲームになってねえぞ?」
それでも顔をあげ、ゲームマスターに訴える。
「報酬のデートだって、オレが一位になっちまったら、どうするつもりだよ?」
そこまで考えていないらしいキャロルは、他人事のように首を傾げた。
「えーとぉ……その時は二位のウサギさんとデートってことで」
「そ、それじゃあ、二位も罰ゲームみたいなものじゃないですかっ!」
澪が声を荒らげ、異を唱える。
「……あ。いえ、別に輪くんが嫌ってわけじゃ……」
「もういいって。オレの評価なんて所詮、その程度だしさ」
あとになってからフォローされても、虚しいだけだった。今日はキャロル=ドゥベのもと、理不尽な目に遭わされるのがオチらしい。
しかしキャロルはこそっと輪に耳打ちしてきた。
「まあまあ。ゲームにかこつけて、エッチなイタズラができるんだしさあ。ウサギさんたちにあんなことやこんなことも……ひひひ、悪い話じゃないっしょ?」
本心を見透かされたような気がする。
輪は立ちあがり、きっぱりと姿勢を正した。
「オレは紳士なんだぜ? さっきも仕方なく、だな……」
「ハイハイ。言ってなって」
幸い、さっきタコ殴りにされたことで、興奮も鎮まっている。
「ご希望なら、もっとエッチなゲームにしてあげても、いいんだけどなあ~」
「聞こえてるわよ? 輪。おしおきが足らなかったのかしら」
今日が自分の命日にならないことを祈った。
☆
その頃、愛煌たちはボーリングに興じていた。
紫月の一球は右端のほうのピンを数本、倒しただけで終わる。
「フォームはさまになってきたよ、紫月。すぐにできるようになるさ」
「うむ。すまんな、未経験で」
「それを言ったら、あたしだって今日が初めてよ? 思ったより難しいわね」
御神楽もレーンを見据えるものの、まだまだフォームがぎこちなかった。手元が狂い、球はガターを転がっていく。
「あちゃあ……」
「慣れよ、慣れ。大丈夫、私が取り返すから」
クロードと紫月、愛煌と御神楽の2チームに分かれての勝負は、序盤のうちから拮抗した。それぞれ紫月と御神楽が初心者のため、クロードと愛煌はハンデを負うのと同じ。
二年四組の男子たちもゲームを楽しみながら、その勝負を見守っていた。
「リラックスしろよ、紫月。腕力は充分あるんだしさ」
「お姫さまも頑張って!」
一方で、メグレズはタロットカードを広げ、占いを披露している。
「妹さんは今、とても強運に恵まれてるわ。応援してあげもいいんじゃないかしら」
「だとよ。シンジ、お前はシスコンすぎんだって」
タロット占いは男子にも好評。
ゲームを終え、愛煌と御神楽は彼女のもとで休憩に入った。
「惜しかったわね。緋姫なら、もう少しやってくれると思ったんだけど」
「紫月ったら、あたしより断然、飲み込みが早いんだもの」
待ちかねていたようにメグレズが不敵にはにかむ。
「聞きたいことがあるようね、ふたりとも」
御神楽のほうはかぶりを振った。
「あたしは別に……あなた、第四をどうこうしようってわけじゃないんでしょ?」
「そのあたりを、今日はちゃんと聞かせてもらうわよ。メグレズ」
しかし愛煌はタロットカードを一枚抜き取り、メグレズを挑発する。
それは『星』のカードだった。
「私たちにもセプテントリオンと事を構えるつもりはないわ。けど、降りかかる火の粉は振り払わないといけないから。まずはひとりずつメンバーについて話しなさい」
今のところ、メグレズの目的だけははっきりとしていた。真井舵輪を旧魔界ニブルヘイムへと連れていき、王とすること。そのことに関与するつもりはない。
だが、それはあくまでメグレズ個人の思惑に過ぎなかった。セプテントリオンは全部で七人おり、必ずしもメグレズに従わない、へそ曲がりもいるらしい。
「そうねえ……いいわ、紹介だけなら」
メグレズは星のカードをデッキに戻し、シャッフルを始めた。そこから一枚のカードが弾き出され、愛煌たちの目の前で表を向ける。
「タロットで言うなら、チハヤは『戦車』でしょうね」
チハヤ=メラク(憤怒)。男勝りの荒くれ者で、ケンカが大好き。その分さっぱりとした性格で、セプテントリオンの中では比較的、輪と友好的な関係を築いていた。バトルスタイルは接近戦に特化し、ガントレットの『イフリート』で炎を操ることもできる。
「あの美人さんね。麗人っていうの?」
「L女で下級生に告白されたこともあるそうよ。将来が楽しみね」
続いて『恋人』のカードが現れた。
エミィ=フェクダ(嫉妬)。少々引っ込み思案なところがあり、動物を愛する、心優しい女の子。それだけに、変態にはとことん手厳しかった。
「マイダーリンとは割といい雰囲気だったんだけど……ねえ」
「あいつが一之瀬たちとお風呂入ってるのを見て、激怒したんでしょう?」
「え? 輪って、そんなことまでしてたわけ?」
バトルスタイルは後衛で治療や補助を専門とし、イレイザーならヒーラーに当たる。
「ふぅん。じゃあ、ゾフィーは?」
「あの子はセプテントリオンじゃないのよ。ほかには……」
ゾフィーの素性には言及せず、メグレズは『調停者』のカードを見せつけた。
ツバサ=ミザール(色欲)。L女学院では風紀委員を務め、模範を信条としている。その割に抜けている部分も多く、『今のは悪い見本だ』と取り繕うこともしばしば。また、自作のポエムは壮絶な破壊力を有していた。
自前のミザール忍法とやらで、スカウト系の能力に長ける。輪とは子どもの世話や迷宮での共闘を通じ、友人くらいのポジションを保っていた。
「……まあ、チハヤとかエミィ、ツバサあたりは、さして問題なさそうね」
「あとの三人に比べたら可愛いものよ。ほかは何を考えてるんだか」
次は『隠者』のカードが久留間皐月を指し示す。
サツキ=ベネトナシュ(暴食)。もとは普通の人間でありながら、中学生の頃、セプテントリオンとして覚醒した。現行のセプテントリオンには最後に加わっている。
学業成績こそ優秀でも、性格は陰湿で陰険。アーツさえ使えないため、戦力には数えられないが、膨大な魔導の知識を持つ。特に呪法に関して、右に出る者はいなかった。
「七十年前のセプテントリオンも、ベネトナシュだけ人間だったのよ。ノア人……といっても、あなたたちにはわからないでしょうけど」
愛煌と御神楽は顔を見合わせて、同じ疑問符を浮かべた。
「世界大戦の前はノアって国があったの? それとも民族のことかしら」
「あまり聞かない言葉よね、愛煌。『~~人』だなんて」
メグレズが神妙な面持ちで人差し指を立てる。
「それよ、ミカグラヒメ。あなたたち人間……地上の人類には、七十年前、当時のセプテントリオンによって大きな変革がもたらされたの。あの大戦を繰り返さないように」
愛煌たちの住む、この東の果ての島国にも『ヒナタ』という国名があった。だが、滅多なことでは誰も『ヒナタ人』などという言葉を使わない。
学校の授業で学ぶ『英語』にしても、グランディバイド大英帝国の言語というだけで、それ以上の意味はなかった。
「かつては国や民族の違いが諍いを生んで、大きな戦争をもたらしたのよ。くろがねの世界大戦にしても、最初はノア人の蜂起を鎮圧するだけの、些事に過ぎなったわ」
メグレズの話が、愛煌たちにはぴんと来ない。
ただ、七十年前のくろがねの世界大戦をターニングポイントとして、人類が根本的に変わったらしいことはわかった。小競り合いは別にしても、この七十年の間、大きな戦争は起こっていない。見栄だけの軍備増強が延々と続いている。
「……話が逸れたわね。サツキ=ベネトナシュのことは、それくらいにしましょう」
「そろそろキャロルについて聞かせて欲しいわね」
メグレズの人差し指と中指が『魔術師』のカードを挟み取った。
キャロル=ドゥベ(怠惰)。逸早く地上へと出て、今や大人気の漫画家として不動の地位を獲得している。代表作は連載中の『ガールズトラブル』で、熱烈に支持されていた。L女学院の二年生ではあるものの、授業はさぼりがち。
バトルスタイルはマジシャンのものだが、スカウト系のようなトラップも駆使する。
「どうにも、あの子は漫画以外、中途半端なのよ。器用貧乏というか……」
「そりゃあ同じマジシャン系のあなたからすれば、そうでしょうね。緋姫が五月道の戦いぶりを見ても、同じことを思うわ」
「五月道さんって、第四のマジシャンよね? セイレーンはすごいと思うけど」
続いて『愚者』のカードも提示された。
「私は今さら名乗ることもないかしら? フフフ」
セシリーヌ=メグレズ(傲慢)。年長者としてセプテントリオンを統べる、旧魔界の実力者とは、まさしく目の前の人物のことだった。その力は御神楽緋姫と互角に渡りあえるほどで、あの輪の心胆を寒からしめたこともある。
「私の目的はマイダーリンを魔界へ連れていくことだけ。彼が王になったら、地獄の死神サイドにも、正式な独立を認めて欲しいの」
「そんな権限、あたしにはないったら」
「でも、あなたはナンバー1……ルイビスでしょう? 無関係ではいられないわ」
御神楽は肩を竦め、素っ気ない視線を愛煌に投げた。
「ですって。過大評価してくれちゃって、もう」
「真井舵なら好きにして構わないわよ。でも、一之瀬たちとは話をつけることね。第四の女子は全員、真井舵にご執心みたいだから」
メグレズがしたり顔で微笑む。
「その心配なら無用よ。どのみち、王には七人の花嫁が必要なんだもの」
愛煌と御神楽の溜息が綺麗に重なった。
「げえぇ……七股交際?」
「誰かに刺されて、終わるんじゃないの? それ」
真井舵輪という変態には、今のうちに手を打つべきかもしれない。
そして最後に提示されたのは、不吉な『悪魔』のカードだった。セプテントリオンの七人目にして『強欲』を司るのは、アリラト。
メグレズの声がトーンを落とす。
「アリラトの腹の中は私にも読みきれないわ。この前の学園祭でも、私の要請には返事ひとつ返さなかったし……」
「あなたでも制御しきれないメンバーがいるってことね」
「あの子は私の次に強いもの」
さり気なくメグレズは『自分こそがセプテントリオンで最強』とにおわせた。
御神楽は頬杖をつき、その人差し指でこめかみをとんとんと叩く。
「アーツの調子も戻ってきてるし、いざって時は、あたしが手伝ってあげるわよ。この最強のイレイザー、御神楽緋姫様が、ね」
「うふふ、頼りにしてるわ」
ちょうど男子の面々もゲームを終え、戻ってきた。
「そろそろランチにしましょうか。ピザを用意してあるから」
「いいねえ! みんなでワイワイやるなら、ぴったりだ」
「ピザ、か……俺は食べたことがないんだが、作法なんかはあるのか?」
賑やかなパーティーは続く。
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