ダーリンのぴょんぴょん大作戦!

第2話

 週末、アミューズメント・ビルの周囲は厳重な警備態勢で固められていた。先日の魔女事件で大いに揺らいだARCも、平常のフットワークを取り戻しつつある。

 ビルに入った途端、重力の逆転が感じられた。

「うわっ? 大丈夫か、みんな」

「ええ。慣れてるもの」

にもかかわらず、天井は上、床は下にある。セプテントリオンの屋敷と同じで、内部は最初から逆さまになっていたようだった。

正面の扉は堅く閉ざされている。立て看板には『相応しい様式でご来店ください』と注意書きがあった。試しに押したり引いたりしてみたが、ドアは微動だにしない。

 これが迷宮でまれに見られるという入場制限なのだろう。

「そんじゃ、そろそろフォームチェンジすっか」

 輪たちはアーツの力を開放して、バトルユニフォームを生成する。

 閑や沙織のスクール水着が俄かにデルタの食い込みをきつくした。黒江や優希、澪も同じ刺激にお尻を奇襲され、声を上擦らせる。

「ひゃんっ?」

 それぞれ色違いのバニースーツが瞬く間に形となった。網タイツが脚線を引き締め、ハイヒールは踵を急角度に押しあげる。

 さしもの黒江もエナメル光沢の青いバニースーツには戸惑った。

「これは……恥ずかしいかも」

 普段は感情を表に出さない彼女さえ、言葉にせずにいられないほどらしい。フトモモを擦りあわせながら、今にも食み出しそうな巨乳をかき抱く。

 頭の上ではバニースーツと同色のお耳が揺れた。

 沙織も紫色のバニーガールとなって、お尻の食い込みをあからさまに意識する。

「あ、あんまりこっちを見ないでくださいまし? 輪さん」

 それでもウサギの尻尾は跳ねるように動き、輪の視線を釘づけにした。

(たまんねえな、これ……) 

巨乳にもトップにぎりぎり生地が届いているだけの有様で、アーツ製だから剥がれないとはいえ、心許ない。優希も能天気でいられず、お尻の食い込みに赤面した。彼女のバニースーツは赤色に染まり、愛らしいお耳を大きく揺らす。

「これ、小さいんじゃないのぉ? ダーリンちゃん」

「オ、オレに聞くなっての」

 感想を求められても困る。輪は目を逸らし、しどろもどろに答えるほかなかった。

「その……か、可愛いとは思うけどさ」

「こっ、こういう時だけ、褒めないでくださいったら!」

 横から澪の怒号が響く。

 彼女は左手で巨乳をかき抱くとともに、右手をハイレグカットに直行させた。恥ずかしいのを怒りで紛らわすのに必死で、初心な表情を真っ赤にする。

彼女のバニースーツは光沢に深みのある黒色だった。

そして閑は純白のバニーガールに変身。柔乳を両手で隠すものの、恥じらっているのか誘っているのか、どっちつかずのポーズになる。

「ど……どうかしら? 輪」

「え、ええと……」

 まさか正直に『興奮する』と言えるはずもなかった。しかし『可愛い』という言葉では意地っ張り屋の澪を逆撫でしたばかりで、ほかに台詞も思いつかない。

「その、フォローにもなんねえかもだけど……みんな、すげえ綺麗だからさ」

 綺麗。その一言が彼女らをリラックスさせた。

「んもう、輪ったら……上手に言ってくれちゃって」

「りんの努力に免じて、今日はエッチな目するの、特別に許してあげる」

 閑や黒江に続き、沙織や優希も豊かな胸から手を剥がす。

「し、しょうがありませんわね。輪さんも少しは紳士として、成長したようですし?」

「たまにはダーリンちゃんにもいい思い、させてあげよっかなぁ」

 観念したように澪もハイレグカットを披露した。それでも恥ずかしそうにフトモモを擦りあわせ、かえって輪の男心を煽ってくる。

「今日だけですよ? あ、明日になったら忘れてください?」

 男の子は生唾を飲みくださずにいられなかった。

(ごくり……)

 ボディスーツの艶めかしい光沢も、彼女らの豊満な身体つきを蠱惑的に引き立てる。

 どこまでが閑たちへの純粋な好意で、どこからか不謹慎な興味なのか、自分でもわからない。ただ、魅力的な彼女らに対し、誠実ではいたかった。

「それより、輪もフォームチェンジしたら?」

「そ、そうだな。じゃあ……」

 輪のシルエットも形が変わっていく。

「――はうっ?」

 ところが輪のボディスーツまで、閑たちと同じハイレグカットとなり、股間にぎゅっと食い込んだ。平らな胸肌の上で、ピンク色の蝶ネクタイが羽根を広げる。

 バニースーツは鮮やかなピンク色。脚はフリルつきのニータイツで包まれ、ハイヒールのせいもあって、滑稽な蟹股となった。

「なななっ、なんだ、これえ?」

 可愛いウサギのお耳が揺れる。想像をも絶する変態バニーが誕生してしまった。

澪や沙織はぎょっとして、飛び退くようにあとずさる。

「きゃあああっ! こっち向かないでください! ヘンタイ!」

「ひ、非常識でなくて? それはレディースのバニースーツでしょう?」

「待て待て! オレのせいじゃないっての!」

 大慌てで輪はハイレグカットを両手で隠しつつ、なるべくお尻を引っ込めた。

バニーガールたちの艶姿にあてられ、ニンジン(仮)は元気いっぱいになっている。それがボディスーツの生地に突っ張って、苦しい。

 黒江が淡々と説明してくれた。

「輪にも私たちと同じアーツが適用されてるだけ。見苦しいのは、我慢……」

「面白いけど、ちょっと……ねえ?」

 優希はけろっとしているものの、変態バニーを直視しようとはしない。

警戒のついでに軽蔑されているのは、もはや疑いようもなかった。いかに弁明したところで、この奇天烈な恰好には、女子を地平線まで遠ざけるだけの衝撃がある。

 閑に至っては輪の存在をシャットアウトしてしまった。

「そろそろ行きましょ」

「閑? 無視しないでくれ~!」

 バニー男の悲痛な叫びが響き渡る。

女子用のスクール水着や魔法少女のコスプレに続いて、また人生の汚点が増えた。

とりあえず、これで扉を開くことには成功する。その先のロビーでは愛煌=J=コートナーと御神楽緋姫が第六のメンバーを待っていた。

「あれ……愛煌さんと、御神楽さんも?」

「二手に分かれるって話したでしょ。私は第六と一緒に……」

 愛煌は深紅のドレスをまとい、優雅に髪をかきあげる。

 御神楽も黒のドレスでシックに決めていた。そんなご令嬢とバニーガールは真正面から顔を見合わせて、大きな瞬きを繰り返す。

 御神楽がぽつりと呟いた。

「ねえ、入場制限って……こういうフォーマルな服で来いってことじゃないの?」

「……エッ?」

 常識的な意見を突きつけられ、バニーガールたちは唇の端を引き攣らせる。

 確かに招待状にはバニーガールのシルエットが描かれていただけで、その恰好で来い、とは書いてなかった。

司令の愛煌がきょとんとする。

「でもバニーガールにして欲しいって言ったのは、一之瀬、あなたでしょう?」

「え? ……わ、わたし、そんなこと言わないってば!」

 身に覚えがないようで、閑はおたおたと狼狽した。

「いくら任務のためだからって、バ、バニーガールだなんて……」

「ほかのメンバーには秘密にしておいたほうがよかったの? ごめんなさい」

 閑と愛煌の会話がまるで噛みあわない。

 輪の脳裏に閃きが走った。

「閑も知らないってんなら……ヤツの仕業だ」

 先日、本屋で会った『五月道澪』と同じ犯人である可能性が高い。

「セプテントリオンに手品師みたいなのがいるんだよ。五月道に化けて、オレを騙そうとした。多分……愛煌も、閑に化けたあいつに騙されたんだ」

本物の澪が勢いあまって前に出る。

「ど、どういうことですか、それ? まさか、あたしの偽物が?」

「ころっと騙されたよ。恋愛小説を探してるとか言って……あ~~~っ!」

 今になって、輪も大変な事実に気付いてしまった。

犯人の名はキャロル=ドゥベ。今まではタチの悪い嫌がらせとして、輪に恥ずかしい抱き枕を持たせたものと思っていた。しかしガールズトラブルの作者のペンネームも『キャロル=D』で、キャロル=ドゥベとはまったくもって一致する。

「あの漫画、セプテントリオンが描いてたのか?」

 ヒロインが猫に変身したうえでお風呂という展開も、これで説明がついた。夏の出来事をチハヤから聞いて、ネタにしたのかもしれない。

『最新話ではいいネタ、提供してくれたっしょ? これはそのお礼ね~』

 輪は両手で頭を抱え、戦慄した。

 恐るべき敵が現れたと思って、間違いない。稀代のお色気漫画家・キャロル=ドゥベの狙いには予想もつく。

「あいつ、オレたちをネタにして、漫画にする気だ!」

「そ……それが、どうかしたの?」

 だが輪の焦燥感は、閑や沙織、澪には伝わらなかった。この三人はガールズトラブルを読んでいないため、これから『どんな目に遭わされる』のか、想像できないのだろう。

 一方で、黒江や優希はがたがたと震える。

「最新話はあの時の状況と同じだって、思ってた。キャロル=D……侮れない」

「ひょっとすると、ダーリンちゃんのスケベカイーナよりヤバいことになるんじゃ?」

 高等部に進学する前、輪の欲望が破廉恥なカイーナを生みだしたこともあった。今なお102号室の浴室はあの迷宮と繋がっている。そのせいで入浴には使えない。

 バニーガールの閑が愛煌お嬢様に食いついた。

「愛煌さんっ! あの、やっぱり情報収集はわたしたちのほうで……あなたたちなら、こんなの着なくても戦えるんでしょ?」

「制服じゃないと全力で戦えないのよ、こっちは」

 そもそも第四のメンバーはカイーナの入場をパスするとともに、戦闘可能なスタイルとして、バニーガールの恰好を余儀なくされている。

 第六のほうは入場を優先したため、今回、戦闘用のブレザーを着用できずにいた。

「……まあ、緋姫はそのドレスでも大して問題ないんでしょうけど」

「まだ本調子じゃないってば。戦う流れになったら、そっちの第四に任せるわ」

 愛煌と御神楽は揃って眉を顰め、輪の珍妙な恰好をねめつける。

「それはさておき……男子のバニーはエゲつないわね」

「夏のコスプレといい、いい加減にしたら?」

「御神楽はともかく、愛煌は知ってたんだろーが、これ!」

 輪は優希の背中に隠れ、羞恥心を怒りで誤魔化した。

「ボクを盾にしないでよ、ダーリンちゃん」

「だからって、こんな恰好、見せられないだろ? 何とかしてくれよぉ~」

 愛煌がやれやれと無線を繋ぐ。

「こんなことになるとは思ってたから、安心しなさい。……クロード? ふぅん、まだ渋滞ね……それより、真井舵の服も一応、持ってきてるでしょ?」

『バニーは厳しかったみたいだねえ』

「目が腐るわよ。こっちに着いたら、着替えさせてあげてちょうだい」

 愛煌たちのおかげで、バニー男子で一日を過ごすことは免れた。

「真井舵の戦力は落ちるでしょうけど、ほかの五人が健在なら、問題ないわね。戦いたくなったら、そのフォームにチェンジしてもいいんだし」

「だったら、最初から普通の恰好させろっての」

 輪は変身を解き、一旦カイーナから外に出る。十分ほど待ったところで、クロードの車がアミューズメント・ビルの前で停まった。

「やあ、お待たせ」

 紳士然とした出で立ちでクロード=ニスケイア、比良坂紫月が現れる。

「一週間ぶり……か、真井舵。もっと経ってる気もするが」

「学園祭では色々あったからな」

 運転手の老紳士にしても、ただならない品格を漂わせていた。

「お着替えでしたら車にございますよ、真井舵様。少々、窮屈ではございますが……」

「は、はあ。それじゃ」

 高級車のロイヤリティにも気後れしつつ、中でてきぱきと着替えを済ませる。

 最初から輪に着せるつもりだったようで、サイズぴったりの靴まで用意されていた。仕上げは執事のゼゼーナンが手伝ってくれる。

「髪もお揃えいたしましょう。真井舵様、どうぞこちらへ」

「そこまでしなくても……」

 月イチで散髪するだけの髪を、シャギーで丁寧に仕立てられた。

「ついでにメイクもしてやってくれ、ゼゼーナン」

「かしこまりました」

 鏡に映った自分の顔に違和感を覚える。

 それに『フォーマルな服装』としても首を傾げたくなった。これはカジノの店員が着るようなディーラー服であって、少なくとも客の恰好ではない。

(バニーガールに合わせたってことか)

 今回も愛煌の趣味なのか、哲平の仕業なのか。

「愛煌が早く来い、とさ。行くぞ」

「ま、待ってくれよ! ありがとうございました、ゼゼーナンさん」

「いえいえ。真井舵様もクロード様の大切なご学友ですので」

 輪はクロードらとともに改めてカイーナへと突入した。

「そういや……さ。御神楽って、たまにひとが変わったふうになったりしないか?」

 何気なく尋ねると、クロードが相槌を打つ。

「憑依レイのルイビスだね」

「姫様は知らんことだが、俺たちは何度か『彼女』と話したことがある」

 その名は輪の記憶にもあった。

 七十年前、くろがねの世界大戦によって古来の魔界が壊滅し、地獄となった時。七人の死神は総力を結集し、最終地獄ジュデッカに挑んだ。

その死神のリーダーにしてナンバー1と呼ばれたのが、ルイビス。

(確か莉磨さんの憑依レイがナンバー6だっけ)

 それほどの『霊』が憑依しているのだから、御神楽緋姫の驚異的な魔力やバトルセンスにも頷けた。学園祭の事件以降、めきめきと力を取り戻しているらしい。

「ルイビスってのと何の話をしたんだ?」

「あの子をよろしく、とな」

「憑依レイと話せるなんて、僕らには信じられないことだけどね」

 問題の入場ゲートをくぐり抜け、輪たちはロビーに到着した。

「着替えてきたぜ。入場もパスできたし、こんなもんだろ」

 爽やかなディーラーとなった輪を目の当たりにして、閑たちはほうと息を漏らす。

「……い、意外に似合ってるんじゃない? 輪」

「日頃から、それくらい容姿も意識してくださいませんと……ね、ねえ?」

 閑や沙織は俄かに頬を赤らめた。

澪も信じられないといった表情で、あんぐりと口を開く。

「見違えちゃいましたよ。それ、カジノの店員さんの服ですか?」

「だよなあ。オレだけズボン穿いちまって、悪いけど」

 黒江は自前のノートパソコンで真井舵輪のデータを更新していた。

「三枚目ってのは修正……条件つきで、二年四組のイケメン軍団にも遜色なし、と」

「今日のダーリンちゃん、ちょっといいかもっ」

 優希など遠慮なしに輪の腕にしがみつき、バニーガールの香りを近づけてくる。

「く、くっつくなって! 比良坂やクロードもいるんだし……」

 輪の中で、不意に黒い感情が波を立てた。

 閑や沙織たちの魅惑的なバニー姿を、ほかの男子には見せたくない。クロードと紫月のことは信用していたが、だからといって、彼らの熱視線を許せる余裕もなかった。

「今日は一段と綺麗だね。お姫様」

「これだけでも、来た甲斐があったな」

 ところがクロードも紫月も御神楽の前で跪き、すっかり下僕の立場に酔いしれている。熱いまなざしも御神楽のドレス姿にばかり注がれた。

 お姫様は素っ気ない調子で肩を竦める。

「はいはい。遊んでないで行くわよ、愛煌も」

「遅くなっちゃったわね。メグレズがお待ちかねよ、きっと」

 本当は男の子の愛煌にしても、バニーガールにはさして興味を示さなかった。

(あいつら、御神楽しか見てねえ……)

呆れるとともに安堵し、輪は胸を撫でおろす。

第六部隊を見送りながら、閑はやるせない溜息をついた。

「相変わらずね、御神楽さん。いつもお姫様扱いされちゃって……」

「住む世界が違うんだよ、あいつは」

 バニーガールだらけの第四部隊も下の階へ。

 

 その頃、入場ゲートの前ではひとりの少女が立ち尽くしていた。

「どういうこと? なんで入れないのぉ?」

 ケイウォルス高等学園の新聞部、進藤美景は腕組みのポーズで頭を悩ませる。

 今日は真井舵輪を張っていたところ、クロード=ニスケイア、比良坂紫月という二年四組のツートップが現れ、確信に至った。

 彼らの名は学園祭の怪事件で『昏倒しなかった』ほうのリストにある。生徒会の館林陽子もかろうじて真井舵輪を目撃しており、関連性が疑われた。

 そんなメンバーがパーティー向けの服装で、閉鎖中のアミューズメント・ビルを訪れたのだから、限りなく怪しい。

「ここまで来て、立ち往生だなんて~! 絶対、正体を暴いてやるんだからっ!」

 うら若き記者は真実の追及に燃えていた。

 

 

 御神楽たちの第六を待っていたのは、セプテントリオンのメグレズだった。フロアは丸ごと遊技場になっており、ビリヤードやダーツなどが一通り揃っている。

「ようこそ! ミカグラヒメ、アキラ=J=コートナー」

 客を迎える立場として、本日のメグレズはディーラーに扮していた。

 無論、御神楽や愛煌は彼女のすべてを信用していない。L女学院との交換授業で散々な目に遭わされことも、記憶に新しかった。

「わざわざ呼び出して、何の用かしら? メグレズ」

「そう構えないで。学園祭では場所は違えど、一緒に戦った仲間でしょう?」

 しかしメグレズには一週間ほど前、ケイウォルス学園を窮地から救ってもらっている。彼女の助力がなければ、魔王の猛攻は防ぎきれなかっただろう。

 愛煌はソファの中央に座って、頬杖をつく。

「そろそろ、あなたにも腹の内を明かして欲しいわね。相互利益にはまずもって相互理解が欠かせない、でしょう?」

「うふふっ! こちらとしても、マイダーリンを抜きで話したいことがあるの。ゲームでもしながら、ゆっくり話そうじゃない」

 メグレズがぱちんと指を鳴らすと、ホスト風の美男子がぞろぞろと出てきた。

クロードが歓喜の声をあげる。

「驚いたねえ! 君たち、どうしてこんなところに?」

「メグレズさんのお誘いでね。キングやお姫さまと遊べるっていうから」

 ケイウォルス学園でも有名な男子クラス、二年四組の面々だった。女性の御神楽と愛煌(彼らは愛煌の性別を知らない)を中央に据えて、歓迎ムードを盛りあげる。

 メグレズは不敵な笑みを浮かべていた。

「死神サイドとは友好関係でいたいのよ。魔界の独立に難癖つけられないように、ね」

「どうだかね。……まあ、いいわ」

 あくまで愛煌は疑惑のスタンスを崩さなかったが、妥協も見せ始めた。

「ただし、緋姫にはあまり近づくんじゃないわよ? あんたたち」

「あたしに近づくのに、なんであなたの許可がいるわけ?」

 クロードは早速、ドリンクのメニューを開く。

「君も寛ぎなよ、紫月。たまにはクラスのみんなと休日を過ごすのも、悪くないさ」

「う、うむ。こういう場所には慣れてないんだが……」

 紫月のほうは緊張で少し硬くなっていた。

 緋姫は気兼ねせず、イケメンホストらに平然と注文をつける。

「コーヒーはないの? ブラックで」

「お姫さまのために用意してあるとも。シンジ! ブラックコーヒーだ!」

「任せろ、トシ!」

 お姫様のオーダーを皮切りにホストたちも調子をあげた。

「あっちでボーリングできるし、カラオケもあるよ。オレとデュエットなんてどう?」

「そいつはおかしいだろ、トオル? まずはギタリストのオレが……」

「待ちなさいったら! 緋姫と歌うのは、私でしょーがっ!」

 愛煌が何やら癇癪を起こす。

「あたし……カラオケって初めてなんだけど」

「俺もだ。どうやって歌うんだ?」

「いい機会だし、僕が教えてあげるよ。紫月の場合は曲を知ってるか、だね」

 しかしメグレズさえカラオケが惨事を招くなど、この時は想像だにしていなかった。

 御神楽緋姫の破壊的な歌声に、全員が悶絶することを。

 

 

 第四部隊は愛煌たちとは別に、さらに下のフロアへと案内された。

バニーガールの優希がぼやく。

「あーあ。いいなあ、愛煌ちゃんたちは素敵なドレスで……」

 その隣で黒江がぴこぴことお耳を揺らした。

「気付いた? あきら司令、みかぐらさんのこと『緋姫』って呼んでた」

「そういえば、前は『御神楽』でしたよね」

 澪は読みきれなかったようだが、沙織は納得している。

「きっと御神楽さんと進展があったんですわ。今日のところは、愛煌さんに花を持たせてあげるとしませんこと?」

「ふふっ、そうね。ライバルも手強そうだし、愛煌さんには頑張ってもらわないと」

 閑も和やかな表情ではにかんだ。

 そんな雑談を交わしつつ、輪たちは大きな遊戯場へ。カジノさながらに色んなゲームが用意されており、カウンターの向こうにはドリンクも豊富に揃っている。

 その中央には大きなシルクハットがあった。

「ぱんぱかぱ~んっ!」

 それが紫色の煙を噴きだし、キャンディーをばらまく。

「うわあぁ?」

 煙が晴れた時には、シルクハットは消えていた。代わりに、いつぞやの手品師がステッキを旋回させて、得意満面にポーズを決める。

「キャロルの迷宮へよぉこそ! ダーリン氏とウサギさんたち~」

 キャロル=ドゥベのご登場だった。

 ばらまかれたキャンディーは猫のように退散していく。おそらくメグレズと同じような魔法の使い手で、手品師らしい風貌ともマッチしていた。

 豊かな胸が前のめりになった拍子に弾む。

「今日はめいっぱい楽しんでってねー。色んなゲーム、用意してるからサ」

「あ、ああ……」

 あからさまな敵意は感じられず、輪はつい頷いてしまった。

 もとよりセプテントリオンとは明確な敵対関係にない。メグレズが輪を魔界ニブルヘイムに連れていこうとしているだけで、ほかの面々とは友好的な関係でいられた。

 エミィやツバサに変態扱いされるのは別にしても。

 そのメグレズにしても、いざという時は手を貸してくれている。海上のカイーナでも、学園祭の事件でも、彼女には大いに助けられた。

「少し様子を見ましょう、輪。みんなも必要以上に構えないで」

「そうだな。なんとなくゾフィーと同類で、害はない気もするし……」

 輪たちはスキルアーツを実体化させず、あくまで客として、彼女と挨拶を交わす。

「前に会ったこともあるけど、初めまして、かな。オレは真井舵輪」

「私は二景黒江……よろしく」

 意外にも黒江が自己紹介で出張ってきた。それでも輪の背中に隠れ、バニーガールの恰好をあまり見せまいとする。

「あなたがガールズトラブルの作者、キャロル=D……?」

 キャロルはころっとあどけない笑みを弾ませた。

「そのとーりっ! みんな、アタシの漫画、読んでくれてるんだねー」

 今日のために澪や沙織もガールズトラブルを読破している。しかしお色気漫画だけに、その評価は散々だった。

「じ、女性があんなのを描いてるんですか?」

「面白くないとは言いませんけど、わたくしの好みには少々……」

 何しろ男子は主人公だけで、女の子たちは脱がされるか、触られるかするばかり。最新話でもヒロインが主人公と一緒にお風呂に入っていた。

「苦手なひとにはきついのかなあ? 少年誌だし、ソフトなのを心がけてるんだけど」

「健全エロってやつだね。ボクもこの機会に全巻、揃えちゃったんだー」

 優希はさして気にせず、プロの漫画家との対面を歓迎している。閑も優希に調子を合わせて、キャロル=ドゥベに歩み寄った。

「ごめんなさい。わたしはまだ最初のほうしか読んでなくて」

「いいって、いいって」

 キャロルが人差し指一本で、シルクハットをくるくるとまわす。

 だが彼女の狙いには予想がついていた。優希も戻ってきて、黒江と声を潜める。

「ダーリンちゃん、なんか……妙に見られてる感じしない? あの時みたいに」

「索敵とか走らせてるけど、エラーが出てる。ここ、やばいかも」

 これまでの経験上、優希の第六感はあてにできた。黒江のスカウト系アーツも不具合を起こしているのだから、このカジノが普通であるはずがない。

「それじゃ、始めよっか。……ひひひ!」

 不意にキャロルのステッキが眩い光を放った。

「きゃっ?」

 閑も黒江も、沙織も優希も、それを直視し、反射的に顔を背ける。しかし強烈な光は瞼の上からでも網膜に届き、輪たちの脳裏を真っ白に染めた。

 くらっと眩暈がする。

「うぅ……い、今のは……?」

「み、見てください! キャロルさんのステッキが」

 目を擦りながら、澪が声を荒らげた。

 手品師の愛らしかったステッキが、禍々しいものへと変貌を遂げている。既視感とともに怖気が込みあげ、輪たちは震えずにいられなかった。

「そいつは魔女の……!」

 魔眼の杖。レプリカとはいえ、魔女はこれで数々の災厄を引き起こしている。

 愛煌の話によれば、全部でみっつ存在し、ひとつは御神楽が破壊済みだった。もうひとつは行方不明で、あとのひとつは第四部隊が預かっている。

 その担当だった沙織が青ざめた。

「行方知れずの一本でなければ、まさか……黒江さん! 杖はどうしまして?」

「……何の話?」

 黒江はきょとんとして、ウサギのお耳ごと首を傾げる。

「あなたが調べるとおっしゃるから、お貸ししたではありませんか」

「知らない。危なっかしいから、触るつもりなんてなかったし」

 すでに一度痛い目に遭わされている輪には、すぐにわかった。キャロル=ドゥベが黒江に変装し、まんまと魔眼の杖をせしめたのだろう。

「やりやがったな、お前……」

「ひっひっひ! 今さら気付いたって、遅いよ~だっ」

 キャロルが杖を掲げるだけで、威圧的なプレッシャーが圧し掛かってくる。

「アタシには一切、攻撃禁止! ゲームのルールには絶対、従ってもらうかんねー」

 魔眼の力が輪たちのアーツを縛りつけた。

(やばいぞ? これじゃ、まともに戦えねえ!)

 第四部隊の面々は魔眼の支配下に置かれ、キャロルの命令には逆らえない。しかもプロテクトとは違い、輪のアーツにも制限を掛けているようだった。ブロードソードを生成できない右手が、わなわなと震える。

 魔眼のもとでキャロル=ドゥベはあっけらかんと笑った。

「大丈夫だってば。ゲームにはちゃんと豪華景品も用意してるからサ」

 その杖が掲示板の景品リストを指す。

 一位は輪と温泉旅行。二位は輪とプールで、三位も輪と遊園地となっていた。

「……なんで景品がオレなんだよ」

「温泉回とか水着回っていったら、定番じゃん? 萌え4コマだと、冬でも毎月、水着になってんのが何本もあるしー」

「答えになってねえぞ……はあ。今度のセプテントリオンはこういうヤツか」

 ますますゾフィー=エルベートと被ってくる。

 しかも景品一覧の下のほうには、いかがわしい罰ゲームまであった。

 輪とグラビア撮影、輪とパンツ交換。極めつけは輪の『触手』でおしおき。どれにせよ当事者となる輪は、頭を抱えて蹲った。

「オレは何位になっても、憎まれ役じゃねえか……」

「まーまー。ゲームが終わったら、全員、魔眼から解放してあげるって」

 こうなってはキャロル=ドゥベのゲームに付き合うほかない。

 幸い、今回の魔眼は安定しているようだった。キャロルに余計な刺激を与えない限り、学園祭の二の舞にはならないだろう。輪たちはアイコンタクトで意見を交わす。

(隙を見て奪えそうか? 優希)

(どうかなあ……手品で誤魔化されなけりゃ、多分)

(待って。制御できないと、意味ないから)

 キャロルがへそを曲げ始めた。

「どーすんのさあ? メグレズにも『歓迎しろ』って言われてるから、アタシとしても、アンタたちには楽しんでって欲しいんだけどー」

 輪はぎこちない笑みを作り、無理にでも盛りあげに掛かる。

「お、おう! ちょっと緊張してたんだよな? ほら、飲み物とかお菓子も揃ってんじゃねえか。黒江、見に行こうぜ」

「たけのこの山と、きのこの里……どっちにするか悩む」

 お菓子が好きな黒江に続いて、能天気な優希も素直にはしゃぎだす。

「あれって、カラオケ? キャロルちゃん、試してみていーい?」

「そうだねぇ、ゲームの前に一巡くらいしても……」

 奇しくもカラオケ大会となってしまったが、キャロルも乗ってきた。輪たちの視線は紫色のバニーガール、三雲沙織に集中する。

「吹奏楽部なら歌えるだろ? 聴かせてくれよ、沙織」

「わ、わたくしが? ですけど……」

「私、知ってる。さおりの歌はなかなかのもの」

 渋々といった調子で沙織はステージにあがり、マイクを手に取った。

「仕方ありませんわね。それでは」

 彼女の選んだ曲は、イントロからして聞き慣れない。それもそのはず、すべて英歌詞の洋楽だった。流暢な英語が旋律と一体となり、優雅に響き渡る。

 これにはキャロルも大喜び。

「すごい、すごぉい! やるじゃ~ん」

「ほ、褒めすぎでしてよ。これくらい、吹奏楽部では基礎のうちですもの」

 輪や優希も感激し、麗しい歌い手に拍手を贈った。

「英語はさっぱりだけど、雰囲気はすげえ出てたよなあ!」

「うんうん! 参ったなぁ~、次に歌うひとのハードル、あがっちゃったかも」

「……じゃあ、私が」

 照れる沙織に変わって、次は黒江が立つ。

 しかし黒江の歌は淡々と歌詞を読みあげるだけ。一応、音階に則した声は出ているものの、まるで抑揚がなかった。聴いているだけだった閑や澪が、ぽろっと零す。

「棒読みっていうのかしら? これ」

「黒江さんらしいといえば、らしい歌い方ですね」

 もしかすると、カラオケに今ひとつ乗れない面子のため、黒江が一肌脱いだのかもしれなかった。だが、単に気ままに歌いたかっただけの気もする。

 この間に輪たちはソファに座り、ドリンクを注文した。骸骨の人形がトリッキーな動きで飲み物を運んできてくれる。

 いつの間にか優希はキャロルと一緒になって、マラカスなんぞを振っていた。

「漫画家さんもこうやって遊ぶんだねー」

「モチのロンよ! 締め切りが明けたら、チハヤとか誘ってサ」

 優希にしても黒江と同じで、キャロルを油断させよう、などと考えているはずもない。とはいえ、このムードはこちらにとって追い風となりつつあった。

(オレも魔眼の支配下にあるってことは、多分……)

 魔導に詳しい姉によれば、輪が『プロテクト』の影響を受けなかったのは、魔眼が悪意によって用いられていたため。悪意あるものに対し、自分は抵抗力が強いらしい。

 その自分が魔眼の力に捕らわれたのだから、キャロルの思惑に悪意はない。それなら、いたずらに構えるより、平和的な解決を目指したかった。

「どーも。どーも」

 黒江の歌も終わり、ステージが空く。

 お次は誰が、というところで、こそこそと後ろにさがったのは澪だった。落ち着かない様子できょろきょろしては、困惑の表情を浮かべる。

「ひょっとして、五月道、カラオケって経験ないんじゃないか?」

「え? あ……はい。こういうのは初めてでして」

「へえー。てっきりチア部で行ってるのかと、思ってたけど」

 あえて輪は彼女の手を引き、舞台へとあがった。澪はマイクの前で慌てふためく。

「り、輪くん? あたし、そんな、歌ったりなんてできませんってば!」

「だろ? だから一緒に歌おうぜ。知ってる曲あるか?」

 赤面しつつ、彼女はひとつのデュエット曲を指し示した。一秒でも早く解放されたいようで、イントロの間からそわそわする。

 震えがちな澪の歌声に、輪の低いなりに渋い歌声が重なった。

「……あら? 輪さん、いい声が出てませんこと?」

 意外そうに沙織が目を丸くする。黒江や閑も感心しつつ聞き惚れていた。

「またデータの更新しないと……りん、五教科はアレでも、副教科はそこそこ強い」

「パンツだけど、絵だって上手だものね。多芸っていうのかしら」

 次第に澪の緊張も和らぐ。

「ふう……ありがとうございました、輪くん。でもカラオケって、恥ずかしいですね」

「五月道はガンガン歌うタイプじゃなさそうだもんな」

 待ちきれないのか、優希とキャロルがステージに駆けあがった。

「キャロルちゃん、NOAHとSPIRAL、どっちにする?」

「SPIRALは聞き飽きてっから、NOAHね!」

 初対面にもかかわらず、息ぴったりにハイトーンの歌声をはもらせる。

(やっぱり上手いな、優希のやつ)

 優希の歌声は綺麗なだけでなく張りがあった。水泳部だけあって、肺活量があるのだろう。下手に恥ずかしがらず、陽気に歌いあげるからこそ、よく響く。

 キャロルも踊りながら、優希に負けじとピースを決めた。

「ひひひ! やるじゃん、ユッキー」

「キャロルちゃんもね。あとでアドレス教えてー」

 盛りあがってきたところで、いよいよ第四部隊の真打に出番がまわってくる。輪たちは笑いを堪えつつ、あのアニメソングを催促した。

「キュッアキュア! キュッアキュア!」

 逃げ場もなく、閑は観念したように地団駄を踏む。

「わかったわよ! キュアキュア、歌えばいいんでしょっ?」

 今回は純白のバニーガールとしてステージにあがり、おずおずとマイクを握り締めた。猛烈な羞恥に駆られ、真っ赤になりながらも、たどたどしい歌声を紡いでいく。

 断然、見応えがあった。このパターンは歌のクオリティなど二の次で、本人の恥じらいぶりを堪能してこそ、面白い。

(こういうところが可愛いんだよなあ、閑は)

 そんなことを考えていると、横から澪に釘を刺された。

「ニヤニヤしないでください。スケベ」

「違うっての! 何でもかんでも、そっちに結びつけないでくれって」

 反論するも、傍目には『バニーガールを眺めてスケベ面』でしかない。ほかのメンバーの視線も冷ややかになった。

 カラオケが一巡したところで、キャロルが手帳に何かを書き込む。

「これ、これ! こういうの期待してたんだよねー」

 メインモニターには似顔絵つきでメンバーの成績が表示された。その似顔絵の出来栄えに黒江は瞳を輝かせる。

「キャロル=Dの直筆……!」

 輪も含め、六人全員に5ポイントが加算された。しかし澪だけ2ポイント多い。

「カラオケはゲームじゃないけど、盛りあがったからサ。んで、ミオちゃんのはボーナスね。ダーリン氏といい感じのウサギさんには、どんどん進呈しちゃうゾ!」

 ボーナス獲得となった澪が、抗議の声をあげる。

「ちょ、ちょっと、いい感じで何ですか!」

「だーかーらぁー、ダーリン氏とイチャイチャした子には、ボーナスってこと」

 キャロルは意地悪そうな笑みを浮かべ、チッチッと指を振った。

 つまりゲームでポイントを稼げなくとも、輪との仲を見せつけることで挽回できる。ただし、その判定もキャロルの気分ひとつだった。

(点数が低いウサギには、オレからアプローチを掛けろってことでもあるのか……)

 これから始まるらしいゲームに不安を禁じえない。魔眼の支配下にもあるため、キャロルのルールには従うほかなかった。

 ところが、不意に上のフロアから超音波が響いてくる。

「うおおっ? な、なんだ?」

「上でも愛煌さんたちがカラオケしてるんだわ。でも、これって……」

 キャロルさえ耳を塞ぎ、真っ青になった。

「ア、アタマぶっ壊れそう! どんだけ下手なのよぉ、コイツ!」

 おそらく女子の声。だが、音はでたらめに外れまくっており、歌声というより、もはや怨嗟か慟哭に近い。この声だけで、どんなラブソングもデスメタルになった。

 愛煌のチームに女子はひとりしかいない。

「まさか、御神楽の歌なのか……?」

キャロルの傍で浮いている魔眼の杖も、超音波のせいで軋んだ。

「すげえぞ? 御神楽のやつ。もっと歌ってくれりゃ、あの魔眼を破壊するのだって」

「無理……先に私たちが全滅」

 さしもの黒江もノートパソコンから手を離し、耳を塞ぐ。

 しばらくして怪音波は止んだ。その頃には、第四のバニーガールはひっくり返り、キャロルもかろうじて魔眼の杖にしがみつく有様。

「び、びっくりしたぁ……ナンバー1は完璧超人って聞いてたけど、あれで?」

「いや、御神楽はオレたちに負けず劣らずの変人だと思うぜ」

 改めてキャロルが仕切りなおす。

「……コホン。そ、それじゃあ、キャロル=ドゥベ主催のスペシャル・ゲーム~!」

 床の一部が開いた。その下には等身大のヌイグルミが山ほど積んである。

「あれはタメにゃんの……うわぁ?」

 覗き込んでいると、後ろから蹴られ、ヌイグルミの山へと落とされてしまった。おまけに、いつの間にやら両手を背中の側で拘束されている。

「な、なんだよ、これ? おい、キャロル!」

「最初のゲームはドッキリ・クレーン!」

 輪の叫びに耳を貸さず、キャロルはゲームの開始を宣言した。

「ルールは簡単! ウサギさんはそっちのクレーンに掴まって、ダーリン氏を拾いあげたら3ポイント! ほかのヌイグルミでも1ポイントあげるからねー」

 クレーンにはぶらさがるためのフックがついているだけ。

「操作は次のウサギさんにしてもらってネ!」

「……………」

 奇想天外なクレーンゲームを目の当たりにして、閑たちは唖然とした。その間も輪は動けず、ヌイグルミの群れに少しずつ押し潰されていく。

「や、やばい! 早く引きあげてくれ!」

「え? ……あっ、すぐに行くわ、輪! 沙織、あなたはクレーンを操作して」

 閑は我に返り、クレーンへとぶらさがった。魔眼の影響下にあるとはいえ、戦闘以外ではアーツの力が発動するようで、細い腕でもしっかりと掴まっていられる。

 むしろ操作担当の沙織のほうが戸惑っていた。

「え、ええと、どうするんですの?」

「わたしがやる」

 代わって黒江が操作盤につき、クレーンの動きを睨む。

 澪や優希ははらはらと見守っていた。

「エンタメランドにもありましたね、こういうの」

「黒江ちゃんなら行けるはず……」

 クレーンが右、続いて前へと進み、ドンピシャで輪の真上まで来る。

 しかし輪を拾いあげるには、クレーン係の閑が『脚』を駆使しなければならなかった。そのことに輪も閑も今になって気付き、同時に顔を赤らめる。

「ち、ちょっと、黒江! 降ろすの待って!」

「ごご、ごめん、閑!」

 恥ずかしそうに閑が脚を広げるのを、輪は真下からのアングルで目撃した。バニースーツがお尻のほうまで食い込んでいるのが、よく見える。

「あ、あんまり見ないで、輪……!」

 それが次第に近づいてきた。しかし黒江のクレーン操作にずれがあったのか、閑の脚は輪の胴ではなく、顔面を捕獲に掛かってくる。

「いっ、いやあぁああ~!」

「げふっ?」

 反射的に彼女が脚を閉じたせいで、輪の顔面に膝蹴りがクリーンヒットした。それでもクレーンは降下を続け、ウサギさんの股座に輪の頭が潜り込む。

(どんなクレーンゲームだよ、こいつは!)

 網タイツのフトモモが頬と擦れた。香水のものらしい女の香りが、輪を酔わせる。

「い、息を止めてて? 輪!」

「無茶言うなっへの、んむぐ……むふぅ!」

 息を継ぐたび、本能的な酔いがまわってしまった。閑は輪を拾うのも忘れ、いやいやと腰を捻ってばかり。クレーンが傾いた拍子に手を離し、落下する。

「きゃあっ? ……な、何よ、これ?」

 落ちた途端、閑の両手も背中の側で括られた。その恰好でヌイグルミの波に流されそうになり、輪は精一杯に身体をのけぞらせる。

「脚でオレに捕まれ!」

「え、ええ!」

 やむを得ず、閑は正面から輪の腰に両脚でしがみついた。弾力があって柔らかいフトモモの感触が、網タイツ越しに輪の下腹部を締めあげる。

(こ、これはさすがに……!)

 まさかの『だいしゅきホールド』が実現してしまった。

閑ウサギは顔を赤らめ、そっぽを向く。

「……輪のばか」

「オ、オレのせいなのか?」

 この非常時にもかかわらず、ニンジン(仮)はむくむくと膨張しつつあった。

キャロルが小憎らしいしたり顔でやにさがる。

「ダーリン氏~! ニンジンパワーがマックスになったら、お相手にもれなく10ポイントだから、頑張ってねえ~! ひひひ!」

「じじ、冗談じゃねえ!」

 輪は真っ赤になって、なるべく股間から力を抜いた。しかし閑の大胆な開脚のポーズを間近で見せつけられ、押しつけられては、正直な部分が鎮まるはずもない。

 上では澪や優希が首を傾げていた。

「ニンジンパワーって、何のことでしょうか?」

「それよりダーリンちゃんと閑ちゃんを助けなくっちゃ」

 閑も景品に加わったところで、今度は優希がクレーンに飛び移ろうとする。しかしゲームマスターのキャロルから制止が入った。

「だめだめ。順番でいったら、次はクロエちゃんなんだからサ」

 輪は閑とともにクレーンを見上げ、失敗に勘付く。

(しまった! これはまずいぞ)

 よりによって、もっともクレーンゲームが上手な黒江を最初に使ってしまった。優希はまだしも、沙織と澪ではクレーンの操作自体が難しいはず。

「黒江は沙織に動かしてもらえ! 優希は五月道に教えてやるんだ!」

「わ、わかりましたわ」

 改めて沙織が操作盤につき、黒江はクレーンにぶらさがる。

「黒江じゃなくても大丈夫かしら……」

「ボタンは二個だけなんだし、何とかなるさ」

 脚で輪にしがみつきながら、閑は不安そうな面持ちでクレーンを待った。輪も息を飲んで、沙織ならやってくれることを信じる。

「そんじゃー、クロエちゃんとサオリちゃんのコンビで、ゲームスタート!」

「一発勝負だよ、沙織ちゃん。ず~っと押し続けて!」

「え、ええ」

 優希のアドバイスも聞いて、沙織はクレーンをまずは右へとスライドさせた。上手い具合に止まり、次は前へと進んでくる。

「その調子、さおり。あとは二個取り、できるかどうか」

 クレーンの下で、黒江がおずおずと脚を開いた。張りのあるフトモモが網タイツを引き伸ばす。そのさまを呆然と眺めていると、正面の閑に睨まれた。

「……どこ見てるのよ、輪」

「そそ、そんなつもりじゃ! こっちだ、黒江~」

 黒江の脚がクレーンのアームとなって、仰向けの閑を確保に掛かる。

しかし掴んだのは腰ではなく巨乳だった。

「えっ、黒江? もうちょっと下よ!」

「操作してるのは私じゃないから……諦めて」

閑のふくよかな胸に黒江が跨る姿勢となり、輪には網タイツがぴったりのお尻を見せつける。下の閑が抵抗し、身じろぐたび、黒江のお尻がウサギの尻尾を揺らした。

(オレ、ものすごいもん見てるんじゃ?)

 濃厚な色気にあてられ、変な気分になってくる。

「しずか、りんを捕まえてて。一緒に持ちあげるから」

「え? ええと……」

 手を使えない以上、彼女らの連携に任せるしかなかった。黒江は閑(の巨乳)を、閑は輪を両脚で挟んだうえで、クレーンが戻るのを待つ。

 だが、その途中で不意に閑の力が緩んだ。

「あっ?」

「うわあぁ~!」

 輪だけ落下し、再びヌイグルミの群れに囲まれてしまう。

「ご、ごめんなさい! 輪」

 それでも閑は無事に救出され、黒江も帰還を果たした。景品を獲得した黒江には3ポイントが加算され、暫定的にトップとなる。

「さあさあ、残りは三人だねー」

「な、なあ? オレはそっちに参加できないのか?」

 次は沙織がクレーンとなる番だった。操作は優希が担当し、輪に狙いをつける。

「なるべく近づけてあげるから、沙織ちゃん、あとは頑張って!」

「了解ですわ。輪さん、もう少し待っててくださいまし」

 クレーンとともに沙織がヌイグルミの山を越えてきた。優希の操作が功を奏し、クレーンは好位置をキープする。

 しかし前に若干、進みすぎてしまった。沙織のお尻が顔面に落下してくる。

「ふむぐうっ?」

「ももっ、申し訳ありませんわ、輪さん!」

 桃のような形のお尻が輪の呼吸を妨げた。張りのある曲線が執拗に擦り寄ってくる。

(バニーガールもたまんねえかも……いやいや! しっかりしろ、オレ!)

 新たな嗜好に目覚めそうになりながらも、輪は精一杯に身体を逸らした。しかしお尻を脱出したところで、際どいハイレグカットに遭遇してしまう。

「いけませんったら、輪さん? そ……そこは!」

 沙織はびくっと身体を震わせ、見るからに強張った。脚で輪を捕まえる余裕もなく、クレーンとともに遠ざかっていく。

「どさくさに紛れて、信じられませんわ! 本当に変態でいらっしゃいますのね!」

 しかも羞恥で赤面しつつ、激怒もしていた。

「違うっての! オレは何も」

 閑たちは複雑な顔つきで輪を見下ろす。

「助けてあげたいけど……助けに行ったら、セクハラされるってことかしら?」

「輪くんことですから、この状況を楽しんでるに違いありません」

 えらい言われようだった。日頃のラッキースケベが、ここで輪の評価を暴落させる。

 それでも優希は危険なクレーン役を買って出た。

「ボク、思うんだけどさあ……こうやったら、手が使えるんじゃない?」

 逆さまになって、脚でクレーンにぶらさがり、両手をパーにする。

「危ないですよ? 優希さん」

「ヘーキ、ヘーキ。ダーリンちゃん、待っててね~」

 抜群の平衡感覚を持っている優希だからこそ、安定した。

「じ、じゃあ、動かしますよ? えぇと……」

「先に右から。クレーンをよく見て」

ところが操作の担当は澪で、たったふたつのボタンにも困惑する。黒江のフォローもあったものの、クレーンは理想のラインを大きく外れた。

 前進しても輪との距離は縮まらず、優希の手はヌイグルミしか掴めない。

「ダーリンちゃ~ん!」

「ゆ、優希~!」

 ふたりの想いは物理的にすれ違った。

代わりに優希は二体のヌイグルミを抱え、上まで戻っていく。

「ユキちゃん、2ポイント獲得ぅ! あとはミオちゃんだけど、どうするー?」

「うぅ……」

 輪のセクハラにもっとも手厳しい澪は、たじろいだ。

(……そうだ!)

 輪は身じろいで転がり、ヌイグルミの山でうつ伏せになる。

「五月道! これならいけるだろ?」

「あ、はい! 待っててくださいね、輪くん」

 クレーンには澪が掴まり、今度は閑がその操作を担当してくれた。何回もクレーンの挙動を見てきたおかげか、クレーンは輪の真上でぴったりと止まる。

「じ、じっとしててください?」

「五月道に任せるよ。どっからでもいいから、拾ってくれ」

 しかしクレーンが不意に揺れたせいで、澪の爪先が輪のお尻にめり込んでしまった。

「ひゃおっ?」

 輪は情けない声をあげ、ぷるぷると股間を震わせる。

「ご、ごめんなさい! えっと……きゃあ?」

 おまけにハイヒールの踵で踏みつけられた。全身に電撃のような快感が走る。

 痛いはずなのに、気持ちいい。

(オレ、五月道に蹴ってもらえた……?)

 本能的な悦楽は、自分ではどうしようもなかった。悔しいが、この身体は女の子からの暴力で興奮するようにできているらしい。

 それでも澪は責任を果たそうと、脚を伸ばした。

「り、輪く……きゃああっ?」

「ぐはあぁ!」

 その拍子にクレーンから手が剥がれ、輪の背中にドロップキックが炸裂する。

 それきり輪はヌイグルミの波に飲まれてしまった。そのはずが、操作盤の横からぽいっと放り出され、目を点にする。

「……あ、あれ?」

「輪! 無事だったのね!」

 キャロルはクレーンを指し、にやりと唇を曲げた。

「最後はダーリン氏の番、でしょ? 大丈夫! アタシが動かしてあげっからサ」

「オ、オレも?」

 ヌイグルミの山には代わりに澪が取り残されている。

「ごめんなさい、輪くん……その、手を貸してもらえませんか?」

 さっきは輪のセクハラを露骨に警戒したせいか、ばつが悪そうに縮こまっていた。両手は胸の前で拘束され、動けずにいる。

「できれば、黒江に操作して欲しいんだけど……」

「だーめ。ウサギさんはもう一巡してんだし」

 不安はあった。クレーンの操作がキャロルでは、何をされるかわからない。しかし澪を放ったらかしにもできず、腹を括る。

「ダーリンちゃんも逆さまでやってみたら? そっちのほうが」

「オレには無理だよ。この服はバトルユニフォームじゃねえからな」

 輪は慎重にクレーンへと掴まり、キャロルの操作を待った。

 おもむろにクレーンがスライドを始め、テンポよくL字に向きを変える。

「邪魔はしないから安心しなって。ひひひっ!」

 おかげで、澪の上まではすんなりと運んでもらえた。クレーンごと降下しつつ、輪は脚を広げ、黒色のバニーガールに狙いをつける。

「五月道も掴まってくれ! アーツなしのオレじゃ、持ちあげられるかどうか……」

「は、はい! それじゃあ」

 澪のほうも拘束中の手を必死に伸ばした。

その手が輪のとんでもないところを鷲掴みにする。

「あうっ?」

「輪くん? あの、大丈夫ですか?」

 よりにもよってズボンの中央。

(やばいって! さ、五月道がニギって……オレ、ニギられてる~ッ!)

バニーガールの色気にあてられ、元気いっぱいのニンジンを、ズボン越しにぎゅっと圧迫されてしまった。

「つ、掴まってろよ? はあ、五月道!」

 輪は息を乱しながら、どうにかクレーンにぶらさがり、澪を上まで拾いあげる。ふたりは床に転がり込んで、しばらく呼吸だけに専念していた。

「あ……ありがとうございました、輪くん。その、重たくありませんでしたか?」

「軽いもんだって。優希だったら落としてたかもしんねえけど……てえっ!」

 冗談が過ぎ、優希には足蹴にされる。

「失礼しちゃうなあ、もうっ」

「とにかく無事でよかったわ。沙織、飲み物を持ってきてあげて」

「ええ。輪さん、澪さん、少々お待ちを」

 キャロルは終始、含み笑いを浮かべていた。

「クレーンゲーム、終了~! ひひひ……ダーリン氏、どうだったぁ?」

「ぐ……さては、お前」

 澪の手を手前で拘束したのも、計算してのことらしい。初っ端からこの調子では、これから先、さらに(エロい意味で)ハードな展開になりそうだった。

(どこまで下がるんだ? オレの評価は)

 下手をすれば、閑のパンツを被った時のように、寮に帰れなくなるかもしれない。

 黒江はクレーンゲームの分析を終え、溜息をつく。

「大きいってだけで、不正の痕跡もなかった。ゲーム自体は正々堂々としてる」

「当たり前っしょ? そんじゃ、現時点の得点、発表~!」

 似顔絵付きのグラフが変動した。

 輪8、閑7、黒江8、沙織5、優希7、澪9。

 景品を獲得できたのは輪と黒江、それから優希。閑と澪には例のイチャイチャボーナスが加算されている。

「ヌイグルミは一個で1ポイントだもんねえ。次で挽回しなくちゃ」

「ま、待ってください! あたし、輪くんとイチャイチャなんかしてませんっ!」

 加点のなかった沙織は神妙な面持ちだった。

「まさかとは思いますけど、最下位になったら、罰ゲームで輪さんに……?」

「このゲーム……かなりまずいかも」

 黒江が大変な事実に気付く。

「上位の三人は輪とデートっぽい感じで済むけど、下位の三人は罰ゲームだから。自分が助かるためには、ほかのメンバーを蹴落とすことになる」

「だ、だめよ、そんなの!」

 閑は血相を変え、声を荒らげた。

 しかし黒江の懸念は事実で、上位の三名は下位の三名を見捨てることになる。そのうえゲームマスターのキャロルから警告も課せられた。

「自分が犠牲になるってのはNGだからねー。ひとりでも手を抜いたら、もれなく全員、ダーリン氏の触手を堪能してもらうってことで」

「お、おい? オレを脅しに使うなって」

 閑たちの視線が真井舵輪(触手モンスター)に集中する。

「……輪くんに最下位になってもらえば、触手は回避できますね」

「ダーリンちゃんを蹴落とすのは、満場一致って感じ?」

「恨みっこなし。次のゲームから本気、出す」

「わたくしも負けてられませんわ。すぐに順位を上げて、ご覧に入れましょう」

 閑だけが輪を励ましてくれた。

「り、輪? 罰ゲーム以外もちゃんと頑張るのよ」

「どういう意味だよ、それ!」

 問題の魔眼は明後日のほうを向いて、眠そうにしている。

「ひっひっひ! ガールズトラブルのネタ集めには、最高の面子ねー」

 バニーガールの真剣勝負は始まったばかりだった。

前へ     次へ

※ 当サイトの文章はすべて転載禁止です。