ダーリンのぴょんぴょん大作戦!

第1話

 あの夜から一週間が過ぎた。

 連日のように怪事件を報道していたマスコミも、徐々になりを潜め、街は平穏を取り戻しつつある。渦中にあったケイウォルス学園も、ようやく平常の授業を再開した。

 しかし事件の真相は未だ謎に包まれている。

 街の全域で停電が発生し、ラジオの電波も届かなくなった原因は?

 怪物を見たという話は本当なのか?

 ケイウォルス学園に至っては、後夜祭の最中に生徒の大半が昏倒してしまっている。そのうえ、彼らの携帯には奇妙なメールが届いていた。

『あなたの罪を見ています』

 薄気味悪いからと、ほとんどの生徒はそのメールを消去したらしい。

けれども新聞部の進藤美景は、これを手掛かりとして、さらなる情報を集めていた。放課後は部員を集め、怪事件の特集記事について検討する。

「生徒会の館林さんから貴重な証言が聞けたわ。あの夜……学校で倒れずにいたひとが何人かいたのは、間違いなさそうね」

 美景の手元には、事件の関係者と思われる面々のリストがあった。

「館林さんが見たのは、一年一組の真井舵輪と……いつぞやの新聞でネタにした、恋人疑惑の女子たち。ほかにも変わった風貌の女性がいたとか……そっちはわからないけど」

 真井舵輪については何度も記事にしたことがある。

 何しろこの男子といったら、同じ寮に住む女の子たちと五股交際を繰り広げるわ、魔法少女のコスプレで出歩くわ、交流先のL女学院で女子のスクール水着を着用するわ。すっかり『変態』として名を馳せてしまっている。 

 そんな彼が今回の事件に関わっている可能性は高かった。

「去年の学園祭でパンツ騒動って、あったでしょ? あの時も一枚、噛んでたみたいなのよねぇ。真井舵輪は絶対に何か知ってるはずだから、徹底的にマークして」

 部長の美景はホワイトボードの前をうろうろしながら、腕を組む。

「彼とともに怪しいのは、二年の一之瀬閑さん、二景黒江さん、三雲沙織さん、それから四葉優希さんと……あとは一年の五月道澪さんね。誰か、友達だったりしない?」

 この秋から新聞部に加わったばかりのゾフィー=エルベートが、陽気に手を挙げた。

「ハイッ! ソイツらのことなら、ばっちり調べてきマシタ」

「さすがね、大型新人! 早速、報告してちょうだい」

 秘密だらけらしいゾフィーの『旧魔界の手先ファイル』が開かれる。

 

 一之瀬閑、二年二組。調理部に所属。

 学業成績は上の中。英語や古文などの語学が得意で、数学はちょっぴり苦手。

 年下の輪には何かとお姉さんぶって見せたがるが、リードするほどの余裕もない。調理部であることを理由にして、頻繁に夕食を作ってあげている。

 恋愛面では早とちりや誤解が多いのが、玉にキズ。

 下着はホワイトやピンクが多め。

 

 部長の美景は感心気味に頷く。

「なるほど……真井舵輪との関係を重点的に洗ったってワケね」

「その通りデス。アイツらが夏に海に行ったのも、チェック済みデスヨ」

 ゾフィーはやにさがり、次々とページを読みあげた。

 

 二景黒江、二年二組。器械体操部に所属。

 数学や化学など理系のジャンルに強い。一方、文系は滅法弱いため、総合順位は中の中あたりが定位置となっている。体育は苦手ではないはずだが、さぼりがち。

 輪とはよくゲームセンターでデートしている模様。もっぱらビデオゲームだが、クレーンゲームで彼に景品をおねだりしていた、という目撃情報もあり。

 感情は淡泊なようで、輪を見詰める視線は意味深。

 下着は水色やライトグリーンなど、スポーティーな色合いがお好み。

 

 三雲沙織、二年三組。吹奏楽部に所属。

 英語のほか、世界史で上位をキープ。暗記科目が得意らしい。また、音楽と美術では稀有な才能を発揮し、いつもクラスメートを驚かせている。

 放課後は輪と一緒に食材の買い出しに行くところが、よく目撃される。一之瀬閑を差し置いて、家事全般の面倒を見ることもあるとか。

プライドの高いお嬢様といった印象だが、恋愛では尽くすタイプなのかも。

 下着は紫色が基本のスタイル。

 

 四葉優希、二年一組。水泳部に所属。

 勉強は苦手で、いつも赤点ぎりぎりのところで踏ん張っている。一方、運動神経や反射神経は抜群のため、数々のクラブから勧誘を受けた。ただし球技は難あり。

 真井舵輪とは幼馴染みで、彼のことを『ダーリンちゃん』と呼ぶ。輪にとって初恋の相手という噂は本当だが、小学生の頃の話。

いいムードになってもスルーしてしまうのは、照れ隠しではなく、ただの天然。

 下着は赤やオレンジなど、明るいものを愛用している。

 

 ゾフィーの報告に美景は何度も納得する。

「よく調べてくれたわね。例の五角関係、本当に怪しいのは五月道さんだけかと思ってたけど……ほら、中等部では同じクラスだったりしたんでしょ?」

「ミオは特に疑わしいデス」

 とうとう最後のページまで開かれてしまった。

 

 五月道澪、一年三組。チア部に所属。

 学業は五教科全般をそつなくこなす、典型的な優等生。高校からチア部に入ったのは、真井舵輪が影響してのことらしいが、詳細は掴めなかった。

 中等部の頃は真井舵輪と同じクラスで、何かとその関係を囁かれていた。彼のラッキースケベを『セクハラ』と罵りながらも、期待するような素振りには、マゾの疑惑も。

 下着は黒がほとんど。清純そうに見えても、嗜好はアレなので要注意。

 

 ホワイトボードを赤色のマーカーが横切った。

「真井舵輪の五角関係を徹底調査! 次回の特集はコレでいくわよ!」

 議題となっていたはずの『学園祭の怪事件に迫る!』は二重線で消される。ゾフィーも俄然やる気になり、声を揃えた。

「やりまショウ! Darlingの恋模様を赤裸々に暴露してやるんデス!」

「あなただと、そういう発音になるのね。よぉーし!」

 呆気に取られる部員たちを放って、ふたりはハイタッチを交わす。

「後夜祭のパーティーでイチャイチャしてるとこも、ちゃんと撮ってありマス。アイツらに言い訳はさせマセン」

「グッジョブ! あなたが新聞部に来てくれて、本当に嬉しいわ」

 真井舵輪の知らないところで、恐るべき計画が今、始まろうとしていた。

 

 ゾフィー=エルベート、一年一組。

この秋からケイウォルス学園に転入してきた留学生。なのに英語はさっぱりで、現国や古典に強かったりする。

趣味はゴルフだが、左利きなのでクラブ集めには苦労している。ケイウォルス学園にはゴルフ部がなかったため、新聞部に入った。現在はカメラを勉強中。

 古の王の復活を目論むも、任務そっちのけで遊び倒してばかりいる。一応、真井舵輪とは敵対関係にあるものの、本人はまったく気にしていない。

「これは新聞部を使った情報操作なんデス。魔女や魔王のことまで知られるわけにはいきマセン。……ということにしておけば、ワタシの評価もアップ間違いなしデスネ!」

 だが、その黒い思惑には関係者全員が気付いていた。

 

 

 少年誌に彗星のごとく現れ、圧倒的なお色気描写と奇想天外なラブコメディーで大人気の漫画があった。そのタイトルこそ『ガールズトラブル』。

この漫画は中高生の男子を巧みに刺激し、数々の嗜好に目覚めさせている。また、表向きは『健全な少年漫画』であることが、免罪符となるのも大きかった。

「毎週載ってるから、知ってるだけだって!」

「普通の少年漫画だろ? バトルシーンだってあるんだしさあ」

こういった言い訳が(たとえバレバレであっても)できるかどうかで、男子としての体裁はまったく違ってくる。エッチな本やビデオほど後ろめたくもないおかげで、手を出す中高生男子はあとを絶たなかった。

真井舵輪もその例に漏れず、ガールズトラブルにはお世話になっている。

「取材は終わりでいいだろ? あんま変なこと書くなよ、ゾフィー」

「しょうがないデスねえ。今日のところは勘弁してあげマス」

今週は最新刊が発売され、巷では早くも称賛の声が飛び交っていた。放課後、輪は人目を忍ぶように下校しつつ、行きつけの書店へと急ぐ。

(……誰もいない、よな?)

本日の目的は、寮の女の子たちには知られずに、最新刊を入手することだった。

輪がガールズトラブルを愛読していることは、閑たちにもとっくにばれている(おもに優希のせいで)。だからといって、堂々と買って帰れるものでもない。黒江や優希にはからかわれ、沙織や澪には眉を顰められることだろう。

何より閑には余計な誤解を与えかねない。スクール水着に興奮するようになったのも、どういうわけかガールズトラブルのせいにされてしまっていた。

(手に入れるまでは気が気じゃないぜ……)

 魔眼に『あなたの罪を見ています』と監視されているような錯覚さえする。

 わざわざ書店で危険を冒すくらいなら、通販という手もあった。漫画の一冊くらい、郵便受けに入れておいてもらえる。

しかし書店で購入しなければ、ヒロイン選挙の応募券が手に入らなかった。同時に特製クリアファイルも入手しなくてはならない。

委員長のミホちゃんがスクール水着のクリアファイル、を。

(こういうスリルがあってこそ、あの主人公に共感できるんだもんな。哲平もこれが醍醐味だって言ってたし……よし、行くぞ!)

 サブカルチャー専門のリンゴブックスはフロアごとに売り物や客層が異なる。

一階では最新のアニメグッズやブルーレイが販売されており、番宣ポスターもずらりと並べられていた。入口からしてこの雰囲気のため、利用者も限られてくる。

 閑や澪なら漫画を買うにしても、ほかの書店に行くだろう。ここで鉢合わせになる心配はなかった。ただし黒江には出くわす可能性がある。

(黒江だったら、向かいのゲームショップだもんな。うん)

 細心の注意を払いつつ、エスカレーターで二階へ。このフロアは女性向けで、ボーイズラブらしい、艶めかしいポスターも目につく。

「あ……あなたは」

 そこで、とある人物とばったりと遭遇してしまった。

 周防哲平の双子の姉にして、ボーイズラブが趣味の周防御守。何冊も買ったようで、お店の紙袋をさげている。

「よ、よう」

「まさか、ここであなたに会うなんて……」

 気まずい空気が流れた。秘密の買い物を目撃され、御守は戸惑っている。

 とはいえ彼女の趣味は前々から知っていた。輪は追求したりせず、当たり障りのない挨拶だけで済ませることにする。

「実はオレも、その……そっち系の買い物だからさ」

「……そ、そうね。お互い、今回は見なかったことにしましょう」

 双方ともに後ろめたいものを抱えていたため、話は簡単についた。周防御守とはそこで別れ、輪は三階の漫画コーナーを目指す。

(なんで一番客の多そうな漫画が、三階なんだ?)

 入口にはガールズトラブル最新刊のポップが貼られていた。

商品点数が豊富なおかげで、ほかの書店では買えないものも、ここではほぼ確実に手に入る。だが、それだけではない。このオタク全開の空間にいればこそ、ガールズトラブルの最新刊をレジに持っていくのも、恥ずかしくなかった。

 人気作のガールズトラブルなら、レジの前でも平積みになっている。下手に店内を歩きまわったりせず、最短でレジを抜け、店を出るのが理想だった。

ところが、レジの傍にいる一行の顔ぶれに、輪は目を強張らせる。

(ど、どうして、こんなところに……?)

よりにもよって黒江と優希、それから閑だった。

「こういうお店って商品が多すぎて、どれがどれだか、さっぱりわからないわ」

「恋愛小説はこっち。欲しいの、ハートフル文庫のやつでしょ」

「黒江ちゃんに任せておけば、ばっちりだね~」

会話の内容から察するに、どうやら黒江が閑を連れてきたらしい。

もっと早い時間帯だったら、水泳部の優希はシーズンオフにしても、黒江と閑にはクラブ活動があったはず。放課後にゾフィーに捕まったのが、いけなかった。

(あいつめ、取材だ何だのと……ん?)

 ふと、優希が平積みのガールズトラブル最新刊に気付く。

「あ。これ、ダーリンちゃんがこっそり読んでるやつ」

「あのエッチな漫画? ふぅん……最新刊って今週、出たばかりなのね」

 黒江はしたり顔で笑みを浮かべた。

「ここで買ったら、ヒロイン選挙の応募券つき。りんのことだから、きっと……」

 慌てて輪は本棚の陰に隠れ、音を立てまいと息まで止める。

(黒江のやつ! まさか、先まわりしたってのか?)

 彼女らは本棚の向こうで頷きあっていた。

「メインヒロインのシオリに投票する可能性、七十パーセント」

「えぇー? 幼馴染みのユナちゃんでしょ、絶対」

「女の子も読むものなの?」

ガールズトラブルの人気はケイウォルス学園でも留まるところを知らない。

(……なんだ、オレを待ち伏せしてるわけじゃないのか。そ……そうだよな。みんな、そこまで暇じゃねえか)

幸い、黒江はともかくとして、閑や優希は本誌の最新話までは把握していない様子だった。輪は息を潜めつつ、落ち着いてきた頭で反芻する。

(女の子たちが猫に変身して、お風呂に紛れ込んでくるってなあ……)

ガールズトラブルの主人公はどうも他人に思えなかった。

今年の夏、メグレズの陰謀によって、閑たちは無力な猫に変身させられている。それでも彼女らは知恵を絞り、入浴中の輪のもとまでやってきた。そこで人間に戻り、大乱交の様相を呈してしまったところを、チハヤやエミィに目撃されている。

 それとまったく同じ展開が、本誌の最新話でも繰り広げられた。それこそ、あの珍事の顛末をチハヤたちから聞いたとしか思えない。

 作者名は『キャロル=D』だった。

(キャロルって、最近もどっかで聞いたような……誰が言ってたんだっけ?)

ひとまず、輪は彼女らから適度に距離を取りつつ、客として店内をぶらつく。

 ガールズトラブルの最新刊は充分に数があるのだから、焦ることはなかった。じっくりとチャンスを窺い、タイミングよく目的を果たせばよいだけのこと。

そんな時に限って、不意に携帯電話が鳴りだした。

(げっ! マナーモードが切れてる?)

 閑たちに背を向け、輪は小声で応答に出る。

『もしもし、ダーリンさま? 今、どちらにいらっしゃいますの? お夕飯の買い出しをご一緒していただきたいのですけど……』

同じ第四部隊の三雲沙織だった。今日はメイドスイッチがオンになっている。

 わざわざ電話を掛けてきたあたり、日用品の買い出しも片付けたいのだろう。メイドであっても沙織は沙織、力仕事は忠実な下僕(素敵なご主人様)に任せたがる。

 とはいえ断る理由もなかった。

「ちょっと本屋にさ。なんなら、スーパーで合流するか」

『承知いたしましたわ。今夜も腕によりをかけて、ご馳走いたします』

ご主人様は専属メイドに二つ返事を返し、閑のほうには『今日の夕飯は沙織が作ってくれることになったから』とメールを入れておく。

本棚の向こう側で、閑も携帯を手に取った。

「あ……輪ったら、今夜は沙織にご馳走してもらうんですって」

 どことなく不満そうにも聞こえる。

「果報者だよねえ、ダーリンちゃん。お嫁さんがふたりもいるなんて~」

「で、お夕飯を作らないほうがデザートになって……ふ」

「ちょ、ちょっと、ふたりとも? からかわないでったら!」

 輪としてはこそばゆい話になってきた。ガールズトラブルのためには今の間合いを保つべきだが、会話の内容も気になり、ぎりぎりまで近づく。

「そういえばさぁ、澪ちゃんもなんか変わってきたよね。ダーリンちゃんとお出かけする時だけ、すっごいオシャレしたりして」

「それを一言も褒めない、りんに問題ある。だから進展しない……」

 女子の意見だからこそ、説得力を感じてしまった。

(夏に浴衣を褒めたきりだっけ。道理で、一緒に出歩くと、五月道が怒るわけだ)

閑たちは恋愛小説のコーナーへ。

「……あら? 女性向けは下の階じゃないわけ?」

「説明するのが難しい。一般の女性向けは、こっちで合ってる」

ボーイズラブのフロアとはまた違った男子禁制の雰囲気で、輪にとっては近寄り難い。

「どれ買うの? 閑ちゃん」

「えぇと……『蒼き海のストラトス』っていうやつよ。あぁ、これね」

「しずからしいチョイス。私も読んでみようか……」

 黒江や優希はほかのタイトルにも興味を引かれたようだった。

ガールズトラブルとは縁遠いジャンルのおかげで、今なら気付かれずに購入できる。輪はまわれ右して、きびきびとレジに向かった。

(レジも空いてるな。よし)

 ミッションは単純にして明快。ガールズトラブルの最新刊を一冊取って、レジで精算を済ませるだけ。ついでに特製クリアファイルも頂戴すれば、完璧だろう。

「……あ。輪くんじゃないですか」

「さっ、五月道っ?」

 ところが、その途中で五月道澪と出くわしてしまった。

まさか彼女がサブカルチャー系の書店に来るとは想像もできず、動揺させられる。とりあえずはありがちな嘘で誤魔化すことにした。

「奇遇だなあ! オレもその、探してるのが近場になくて、ここまで来てさ」

「あたしもなんです。チア部の友達に、ここならあるんじゃないか、と」

 澪は不慣れな様子で、きょろきょろしてばかりいる。

「女性向けですから、下の階だと思ったんですけど……なんだか違うみたいでして。普通の恋愛小説って、どこですか?」

「あー、そういうことか。こっちだぜ」

内心はらはらしながらも、輪は平静を装い、案内を始めた。なるべく遠まわりのコースで女性向けのコーナーに入り、閑たちがもういないことに安堵する。

(あいつらはレジだな。五月道だけなら、多分)

澪なら、輪の買い物に疑いを掛けてくる心配もなかった。

「ありました! 『蒼き海のストラトス』……ありがとうございます」

「通販でもよかったんじゃねえの?」

「本屋さんですぐに見つかると思ってましたから。ところで、輪くんのお買い物は?」

ガールズトラブルの最新刊は、ほかの漫画を被せてレジに持っていく。

しかしレジではまだ閑たちが会計の途中だった。ここで澪も一緒に鉢合わせになって、ガールズトラブルの最新刊に目をつけられては困る。

「っと、ついでにオレも小説、見てっていいか? 哲平のオススメがあって」

「いいですよ」

 かといって、あまり時間を掛けては、沙織を待たせてしまう恐れもあった。閑たちが店を出たのを見計らい、作戦を実行に移す。

「五月道は先に出ててくれ」

「わかりました。それじゃ、お言葉に甘えて」

 促されるまま、澪は先に清算を済ませた。その後ろに続く形で、輪はガールズトラブルの最新刊を購入し、念願のクリアファイルも手に入れる。

(さっさと鞄に入れちまえば……)

 澪はエスカレーターの傍で律儀に待っていた。

「悪い、待たせちまったな」

「いいえ。さあ、遅くならないうちに帰りましょう」

「それなんだけど、これから沙織とスーパーに行く予定でさ」

「でしたら、あたしも一緒でいいですか?」

 目的は果たしたのだから、焦ることはない。澪と本屋で一緒になったくらいで、まさか沙織がガールズトラブルの最新刊に勘付くこともないだろう。

 ちょうど沙織から電話が掛かってくる。

『あと五分ほどで着きますわ。ダーリンさまのほうもよろしいでしょうか?』

「オッケー。こっちもそんくらいになりそうだ」

外に出たところで澪が足を止めた。

「そうそう……輪くん、ガールズトラブルの新刊は買わなくてよかったんですか?」

 輪はぎくりとして、携帯を握ったまま息を飲む。

「さ、五月道? なんでそのことを……」

『もしもし? ダーリンさま?』

「知ってますよ、当然。アレはね、アタシが描いたんだからサ」

いつの間にか澪はグローブを嵌めていた。人差し指を立て、陽気にカウントを読む。

「キャロルちゃんのマジック、特別に見せたげる。ワン、ツー、スリー!」

「うわあっ!」

ぼんっと真っ白な煙が噴きあがった。反射的に輪は腰を抜かし、尻餅をつく。

突然のマジックには道行くひとびとも仰天した。

「なんだなんだ、火事か?」

「なんかのイベントっぽいよ。あの子、コスプレしてるし」

さっきまで五月道澪だったはずの彼女が、マジシャンのような風貌となって、シルクハットを高々とかざす。一瞬のうちに髪も派手なピンク色に染まった。

「ツバサから聞いてんのよ。アンタが噂のマイダリンってこと」

「ツバサが? じゃあ、お前も……」

「キャロル=ドゥベってんの。憶えといてねー」

目の前の彼女もまたセプテントリオンらしい。傲慢のメグレズ、憤怒のメラク、嫉妬のフェクダ、色欲のミザール、暴食のベネトナシュと来て、ついに六人目が現れた。

怠惰のドゥベ。

「最新話ではいいネタ、提供してくれたっしょ? これはそのお礼ね~」

「へ? 待てって、おい?」

またも煙が広がって、輪を包み込む。

それが晴れた時には、キャロル=ドゥベの姿は忽然と消えていた。周囲の皆も彼女を見失ったようで、首を傾げる。

一方、輪は大きなものを抱えさせられていた。

「……こ、こいつは」

ガールズトラブルでお馴染みの委員長、ミホちゃんの等身大抱き枕。しかもスクール水着の恰好で、意地を張りながらも赤面する表情まで、フルカラーで印刷されている。

 とんでもないプレゼントを押しつけられてしまった。

「ここっ、こんなもん、オレにどうしろってんだ? あいつ!」

おまけに騒ぎを聞きつけ、閑たちも戻ってくる。

「り、輪? どうしたのよ、それ」

「閑ぁ? 違うんだ! これにはわけが……」

いかがわしい抱き枕を抱えるさまを、黒江や優希にも目撃されてしまった。

「こんな近くに勇者がいたなんて。度胸は認めてあげる」

「それ、買ったのぉ? ダーリンちゃんってば~」

 悲痛な悲鳴が木霊する。

「話を聞いてくれっての! セプテントリオンに嵌められたんだ!」

 こうしてキャロル=ドゥベとの戦いは幕を開けた。それがガールズトラブルばりに破廉恥なバトルの応酬になることを、閑たちはまだ知らない。

 

 

 翌日、第四部隊はケイウォルス学園の地下にある、ARCの司令部へと集合した。司令官の愛煌=J=コートナー(男の子)がいつもの美少女スタイルで腕組みを深める。

「先週は本当にお疲れ様。あなたたちもよく戦ってくれたわね」

「お前こそ、大変な目に遭ったって聞いたぜ? もう大丈夫なのか」

「問題ないわ」

 学園祭では第四、第六ともに壮絶な死闘を繰り広げた。輪たちはカイーナ級の魔王ベルフェゴールに遭遇し、辛くもこれを撃破している。

「あんなのと戦ったなんて、信じられませんね……思い出すだけでも、ぞっとします」

「もっと胸を張るべきでしてよ。わたくしたちは学園を守り抜いたのですから」

 その甲斐あって、ケイウォルス学園は事なきを得た。しかしARCはプロジェクト=アークトゥルスが明るみに出たことで、ごたごたしているらしい。

「ところで愛煌さん、周防くんはまだ?」

「ええ……足を撃たれたものだから。姉のほうを誤魔化すのも一苦労よ」

 今日は愛煌がじきじきに端末に触れ、メインモニターに映像を立ちあげる。

「あなたたちにはいくつか話しておきたいことがあるの」

 まずは真井舵輪の異動について。この数ヶ月、第六部隊に加わってはいたものの、残念ながらメンバーとのレベル差は開く一方だった。御神楽緋姫もアーツの力を着々と取り戻しつつあり、今後はより高難度のカイーナを攻略することになる。

「何も戦力外通告ってわけじゃないから、誤解しないで。あなたは第四部隊にいるほうが力も発揮できるでしょうし……例のアレ」

 アレの意味を察したらしい澪が、視線に軽蔑を込めてきた。

「パンツエクスタシーですね。あんな真似して、恥ずかしくないんですか?」

「オレだって、好きでやってんじゃねえっての」

 能天気な優希は歓迎し、黒江もクールに流してくれる。

「まあまあ。ダーリンちゃん、おかえり~」

「今後ともよろしく……」

 次はアーツのプロテクトについて。魔女の力が及ばなくなったことで、イレイザーのアーツはプロテクトから解放された。アーツには『犯罪行為に使えない』という不文律も存在するため、私用の禁止に固執することもない。

 ただ、最低限の制限は設けるべきという意見も上がっていた。より解除の容易い『セーフティー』の実装が検討され、すでに開発が進められているとのこと。

「カイーナで自由に使えるのは、今までと同じね。それ以外で解除が必要になったら、私か、一之瀬閑、もしくはリーダーの真井舵に頼んでちょうだい」

 沙織が驚き、前のめりになる。

「お待ちになって? ひょっとして、輪さんが第四のリーダーになるんですの?」

「あら、言い忘れてたかしら。これまでの戦いで、真井舵の統率力と判断力は充分に実証されたでしょう? 適任だと思ってるわ」

「愛煌さんがそう言うなら、あたしも異論はありません」

「今のレベルでは『無理じゃない』ってだけ。これから、頑張らないと」

 澪や黒江にとっても意外な采配だったらしい。

(オレもまだまだってことか)

 何しろ輪のレベルは第四部隊で一番、低かった。澪に至っては輪の二倍近いレベルに達している。とはいえ、不満に思われているほどでもないようだった。

「あ……ごめんなさい。輪くんを信用してないわけじゃないんです。輪くんの指揮って、いつも頼もしいですから」

「夢中でやってるだけだよ、オレも。お互い精進しねえとな」

「前衛はりん、後衛はしずかがまとめる感じでやれば、いいと思う」

 沙織も反対せず、すんなりと認めてくれる。

「フォーメーションの調整が必要ですわね。あとで相談するのは、いかがかしら」

「そうしましょ。愛煌さん、ほかには?」

続いて、任務の話に入った。

 愛煌が大きなケースを開け、やたらと厳重な封を解く。

「これは私が今回の黒幕……ヤツの私設研究室で押収したモノよ。真井舵、あなたはエンタメランドで見たこともあるでしょう」

「そ、そいつは!」

 驚愕のあまり輪は顔を強張らせる。

 仮面の魔女が持っていた、あの『魔眼の杖』だった。閑たちも息を飲んで押し黙り、おぞましい杖を見詰める。

「差し押さえたデータによれば、これは魔眼のレプリカで、みっつ作られたらしいの。ひとつは御神楽が破壊して……もうひとつは行方知れずとなってるわ」

「じゃあ、これがみっつめか」

重たい溜息とともに、愛煌は淡々と指示をくだしてきた。

「あなたのほうで処分してちょうだい。真井舵」

「……へ? オレが?」

とんでもないものを唐突に押しつけられ、輪も閑も目を点にする。

「ど、どうしろってんだよ? 危ないんじゃねえのか、これ」

「処分って言われても……ねえ? 黒江なら、分析くらいはできるかもしれないけど」

黒江はノートパソコンを弄りつつ、かぶりを振った。

「無理。私たちの手に負える代物じゃない」

「あなたたちなら大丈夫よ。多分」

 にもかかわらず、司令の愛煌は命令を撤回しようとしない。

「多分ってなあ、お前……御神楽に任せたほうが、いいんじゃないのか?」

「これ以上、魔眼の件であの子に負担を掛けたくないの。ちゃんと謝礼は出すから」

 ひとまず、この場は引き受けることに。

「……しょうがねえな。姉貴か、メグレズにでも相談してみるか」

「だったら蘭さんね。メグレズには悪用されそうだもの」

 メインモニターに街の地図が浮かびあがった。

「それからもうひとつ、任務があるの。そのメグレズの件でね」

 歓楽街の中心にあるアミューズメント・ビルがピックアップされる。

 この中には映画館やボーリング場といった娯楽施設が集まっていた。ところが、一昨日あたりから急に業務を取りやめ、ビル自体も閉鎖されている。

 すでに澪は状況を把握していた。

「カイーナになったんですね」

「その通りよ。しかも招待状まで届いたわ」

 輪のもとに一通の手紙が差し出される。

 先に愛煌が中身を確認したようで、開封済みだった。差出人は『セプテントリオン』となっており、小奇麗なカードが六枚、同封されている。

 カードにはバニーガールのものらしいシルエットが描かれていた。

「……トリオンカジノを新装オープン、だって?」

 これはセプテントリオンからの招待状ではなく、挑戦状なのかもしれない。メグレズはアミューズメント・ビルを乗っ取り、輪たちを待ち構えていた。

 十中八九、罠に違いない。

 さらに愛煌も同じ招待状を取り出した。

「実を言うと、私も招待されてるの。御神楽の第六も、ね」

「どういうことだ?」

 招待状には一応、友好的なメッセージが綴られている。

 

 先日はお互い大変だったわね、マイダーリン。

 激闘の疲れを癒すためにも、カジノで遊んでみるのは、いかが?

 そうそう、相応しいスタイルでないと、入場できなくてよ。

 キャロル=ドゥベも待ってるわ。

 

 怪しすぎるお誘いだった。優希は警戒心を剥き出しにし、むすっと頬を膨らませる。

「やめやめっ! ろくなことになんないってば、絶対ー」

 かのメグレズには猫に変身させられるわ、幼児に逆行させられるわと、第四のメンバーは散々な目に遭ってきた。無視できるものなら、そうしてしまいたい。

 しかしアミューズメント・ビルを乗っ取られては、出動もやむを得なかった。愛煌が作戦の概要を詰めていく。

「私は第六と一緒に表向きは招待に応じるわ。御神楽はまだ本調子じゃないし、今回は哲平のフォローもないから、情報収集に徹するつもり」

「戦うことになったらオレたちの出番、か」

 敵の意識を分散させるためにも、第四と第六で二手に分かれることになった。第四部隊の優秀なブレーン、二景黒江が早くもメグレズの行動パターンを分析する。

「あのメグレズのことだから、こっちが悪巧みを暴いてやれば、退散してくれるはず」

「だな。チハヤやツバサはメグレズに協力しねえだろうし」

 メグレズの目的は第一に『真井舵輪を魔界へと連れていき、王とする』こと。これまでにも、くだらない手段でそれを果たそうとしてきた。

(別に魔界が嫌ってわけじゃねえんだけど、あいつの思い通りになるのも、なあ)

 これに対抗し、古の王とやらの復活を目論んでいるのがゾフィー。どちらにせよ、輪にとっては迷惑な話でしかなかった。

 沙織が招待状の意味深な一文に目を留める。

「相応しいスタイルでないと……というのは、どういうことでして?」

「おそらく入場制限のことです。カイーナではたまに、スカウトは侵入不可、なんていうトラップもありますから」

 いつぞやのデモンズウォールを思い出してしまったが、輪は口を噤んだ。

 招待状のシルエットを見て、閑は頬を赤らめる。

「つまり……こういう恰好で来いってこと?」

「その可能性はあるでしょうね。格式の高い店だと、客に様式を求めることもあるわ」

「……これ、格式っていうのぉ? なんだかなあ~」

優希は呆れ、肩を竦めた。

カイーナに突入するなら、バトルユニフォームが基本となる。しかしスクール水着の恰好でカジノに入場できるかは疑わしかった。

愛煌が笑みを含める。

「その件なら、対策を用意しておいたわ。ご期待の新ユニフォームでね」

「えええっ?」

「といっても、ベースはいつものスクール水着のままだけど」

閑たちのぬか喜びも、ほんの一瞬のことだった。

新ユニフォームのスタイルに勘付いたらしい澪が、口角をひくつかせる。

「ま、まさか……愛煌さん? 新しいバトルユニフォームって……」

「招待状の通りよ。それで入場はパスできるでしょ」

第四部隊にとって念願の新ユニフォームは、バニースーツとなってしまった。

閑は赤面しつつ、声を荒らげる。

「ま、待って! 第六部隊はブレザーで戦ってるじゃないの! わたしたちにも同じのを支給してちょうだいったら!」

しかし黒江は諦めたように声を落とした。

「みかぐらさんだからこそ、制服をベースにできたの。ボディラインにフィットするタイプのなら、まだしも……どんなふうにアーツを構成してるのか、私にもわからない」

 実際のところ、イレイザーのバトルユニフォームは水着にスパッツを足したようなものが基本となっている。そのためにベースとなるアンダーウェア(第四部隊の場合はスクール水着)を着用しておく必要もあった。

なのに、御神楽緋姫はアンダーウェアもなしに、学園の制服にアーツの力を反映させることに成功している。おかげで、第六のメンバーもブレザーで戦えた。

 愛煌のバトルユニフォームもブレザーであるのは、コートナー家の研究の賜物。

「不可能じゃないけど、普通にやったら、膨大なアーツ片が必要になるわ。御神楽に調整してもらうのが手っ取り早いでしょうね」

「そんなこと言われても……御神楽さんって、ちょっと取っつきにくいから」

 皆が視線を落とす中、優希だけは余裕を浮かべた。

「御神楽さんって水泳部の後輩なんだよね~。そこそこ仲良くなってきたし、今度、お願いしてみようかなあ」

「本当ですかっ? あの、優希さん、あたしのもお願いします!」

背に腹も替えられない顔で澪が食いつく。

それだけ、バトルユニフォームの件は第四部隊にとって由々しき問題だった。艶めかしい恰好を見せつけられ、輪もすっかりスクール水着の魅力には参っている。

(下着よりエロいんだよな、あれ。教育委員会には悪いけど)

しかもケイウォルス学園では、女子のスクール水着は白色。閑たちのグラマラスな身体つきによって、薄生地が限界まで伸びきるのも、たまらなかった。

だからこそ、新ユニフォームには皆も期待していたのだが、今回の任務のせいでバニースーツにされてしまう。

 愛煌が作戦会議のまとめに入った。

「とにかく、週末はメグレズの招待に応じるわよ。各自、準備しておきなさいね」

 司令からじきじきに命令されてしまっては、閑たちに反論の余地はない。

「はあ……」

 全員の溜息が重なった。

 

 その夜、輪は電話でツバサに探りを入れてみる。

『こんな夜分に何の用だ? 変態め』

「うぐ。まあ、話だけでも聞いてくれないか」

 L女学院の風紀委員だけあって、そこで痴態を晒した変態には手厳しい。しかしメグレズの陰謀については正直に話してくれた。

『キャロル=ドゥベか……厄介なやつに目をつけられたな、リン』

「どんなヤツなんだ?」

『メグレズと同じタイプで、貴様らイレイザーでいうなら、マジシャンだ。実力はある割におかしなことばかりするのも、メグレズと変わらん』

 ガチのバトルで我を通せるはずの実力者が、奇行に走ってくれる分には、まだましかもしれない。仮にメグレズと真正面からやりあえば、勝てる見込みは欠片もなかった。

 メグレズと御神楽の真剣勝負を思い出すだけで、鳥肌が立つ。

『クリムゾン・エクスプロード!』

『これ、カッコよすぎるから、恥ずかしいんだけど……スペル・氷結、全開ッ!』

 御神楽とはレベルに差がありすぎるため、第四へと出戻る羽目にもなってしまった。愛煌は『戦力外通告ではない』と言ったものの、力量不足は痛感させられる。

 しかも、その戦いは春の時点でのこと。御神楽はぐんぐんと成長し、今やARC最強のイレイザーとして名を馳せるほどになっていた。

 ただ、同じように輪も少しずつ成長している。今度のキャロル=ドゥベの戦いで、何かが掴めるかもしれない。

「……悪いな、ツバサ。こんな相談、できる立場でもねえのに」

『気にするな。こちらとしても事前にメグレズの計画が知れて、助かったぞ』

電話を終え、輪はベッドにごろんと寝転がった。

「もっと強く……か」

 イレイザーになってもう一年が過ぎている。

だが、未だに理想の自分とやらは想像もつかなかった。魔界の男性と人間の女性との間に生まれ、中途半端なまま、どっちつかずの能力を持て余している。

「……ん?」

ツバサと話している間にメールが届いたらしい。妹の蓮から週末の予定を一方的に伝えられてしまった。

『有栖川刹那にお食事、誘われちゃったんだ! これってすごくない? アニキ!』

「刹那? ……あぁ、SPIRALってやつのか」

 名門のL女学院には巷で人気のアイドルも通っている。

NOAHの松明屋杏(かがりやあんず)や朱鷺宮奏(ときみやかなで)のほか、SPIRALのリーダー、有栖川刹那(ありすがわせつな)も有名らしかった。

「オレはやっぱNOAHの結依ちゃんなんだけど……っと」

『SPIRALの新曲も聞いてみなって、アニキ! 絶対ハマるから!』

 本棚の隅に隠してあるガールズトラブルを見て、ふと疑問に思う。

 なぜアイドルのCDは気軽に買えるのに、お色気漫画は後ろめたいのか。それこそガールズトラブルの抱き枕など、その存在だけで抜群の背徳感を醸しだしていた。

「スクール水着のミホちゃんか……試してみっか」

 ためらいながらも、輪はミホちゃんの抱き枕をベッドに寝かせ、覆い被さってみる。

(こ、こいつは……!)

自分でもよくわからない感情がむらむらと込みあげてきた。後ろめたさと同等の強さで胸を躍らせるものが、輪の男心を突き動かす。

「抱き枕も悪くねえかもな。こんなとこ誰かに見られちまったら、おしまいだけど」

「ダーリンちゃ~ん! さっき、蓮ちゃんがメールでさ、あ……」

 よりにもよって、そのタイミングで優希が部屋に飛び込んできた。ベッドの上で抱き枕のミホちゃんに頬擦りする輪を見つけ、絶句する。

「ゆ、優希っ? ち、違うんだ、これは!」

「ほんとにハマってるんだね、ダーリンちゃん……や、優しくしてあげてね?」

 優希は気まずそうに扉を閉め、すごすごと退散していった。

輪は抱き枕ではなく頭を抱え、苦悩を極める。

「なんで鍵を掛けてなかったんだ~!」

 それでもミホちゃん(スクール水着)の抱き枕は気持ちよかった。

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