ダーリンのだぁだぁ大作戦!
プロローグ
高校一年生の夏休みも残すところ、一週間。
中学時代と違い、夏休みの課題に追われることにはならなかった。同じ寮に住む上級生らが、何かと勉強を見てくれたおかげだ(もちろん四葉優希は別として)。
生真面目な五月道澪とも共通の課題のため、少々遅れることはあっても、停滞するほどではなかった。あとは選択科目が少し残っているだけ。
「だから余裕あるんだよ、オレ」
「暇なんですね。じゃあ、実験に付き合ってくれませんか」
そうして時間を持て余していたことで、おかしな任務を任されてしまった。ケイウォルス学園の地下にある、ARCの司令部にて、輪は久しぶりに出動の準備に入る。
真井舵輪の所属する『第六部隊』は、リーダーの御神楽緋姫が戦闘不能のため、当面は活動の休止が決まった。それもまた暇を持て余す理由となっている。
今回の作戦の立案者は、オペレーターの周防哲平だった。顔立ちはよい割にダサい眼鏡のせいで損をしている、というのが女子の寸評。それでもまだ『セクハラ大明神』などと軽蔑される輪より、ましかもしれない。
あの取っつきにくい御神楽と世間話ができる、稀有な男子生徒でもあった。
「新しいバトルユニフォームを真井舵さんに試用してもらいたいんです」
「へえ……こいつが」
メインモニターに開発中のバトルユニフォームとやらが表示される。
見たところ、特撮系のヒーローのような意匠が施されていた。哲平が自らデザインしたに違いない。ヘルメットはフルフェイスの仕様で顔を隠せる。
「これなら、要救助者に顔を覚えられる心配もありません。スカウト系のアーツで誤魔化すのも、限度がありますからね」
「なるほどなぁ」
輪は頬杖をつき、ヒーロー風のデザインを半ば呆然と眺めていた。
特撮は少年の通過儀礼というものの、輪には夢中になった記憶がない。その時間帯は姉と一緒にオーケストラの番組ばかり見ていた。
(なんか、怪人? ってのと戦ったりするんだっけ?)
まだ幼馴染みの優希のほうが、特撮には詳しい気がする。
「いつものアンダースーツは着ておいてください。それをベースに装着しますので」
「だったら新しいユニフォームが完成しても、閑たちは結局、スクール水着で今まで通りってことじゃねえか……」
ユニフォームのテストを輪が担当することには、暇のほかにも理由があった。
イレイザーの力『アーツ』にはARCによって厳重なプロテクトが掛けられている。しかし真井舵輪と御神楽緋姫だけは、このプロテクトが機能しなかった。わざわざ上層部と掛けあって、テストのためにプロテクトを解除する必要もない。
また哲平としても、バトルユニフォームの開発は水面下で進めたいのだろう。実際、開発の現場に上の意向が入ってくると、その時点で失敗が確定するらしい。
「トレーニングルームでやるのか?」
「そっちは今、メンテ中なんです。外に出てください」
バトルユニフォーム用のスキルアーツを受け取り、輪は地上へと戻った。ケイウォルス学園では、夏休み中でも部活が精力的におこなわれている。
(オレもどっか入部すればよかったかな)
大半のクラブはこの夏に大会を終えたはず。
器械体操部では、二景黒江が個人四位の健闘を見せた。一方、水泳部の四葉優希は平々凡々な結果に終わっている。
閑の調理部は食材が傷みやすいため、夏の間は活動を休止。
沙織の吹奏楽部もコンクールを終え、最近はお茶会ばかりとぼやいていた。
「あら? 輪くんじゃないですか」
「よう、五月道」
下駄箱を出たところで、五月道澪と鉢合わせになる。
これからチア部の練習のようで、澪はスポーツバッグを抱えていた。この前の遊園地で獲得した、恋人仕様のストラップを、彼氏の分までぶらさげている。
「ひょっとして、任務で? 何でしたら、お手伝いしますけど」
「ちょっとテストするだけなんだ、ひとりで充分だからさ。そっちはチア部だろ?」
「はい。任務の件、あとで教えてくださいね。それじゃ」
この一年で、頑固な彼女ともようやく打ち解けた。初対面にしてスカートの中に頭を突っ込んでしまったことが、懐かしい。
澪と別れ、輪はケイウォルス学園をあとにする。
(よし……ここでいいか)
とりあえず人目を避け、適当な路地に入った。アーツの力を解放し、哲平謹製のバトルユニフォームとやらをまとう。
「変身の呪文なんてあるのかよ? ええと……チェ、チェンジ、カイザー!」
瞬時のうちに制服が消え、ユニフォームが実体化した。
胸元に大きなリボンが現れ、背中のほうで帯が伸びる。フリル満載のミニスカートが捲れそうになり、見るに堪えない絶対領域を覗かせた。
頭には金色のティアラ。耳の下でハート型のイヤリングが煌く。
「なっ、ななな……なんだ、これえ~ッ?」
ヒーローに変身するつもりが、輪はさながら『魔法少女』となってしまった。鏡で見るまでもなく、気色の悪さに鳥肌が立つ。外見にさして取り柄のない輪では、美少女然とした男の娘、愛煌=J=コートナーのように可憐なスタイルになるはずもなかった。
「お、おい、哲平? ユニフォームが違ってんぞ!」
『あー、すみません。御神楽さん用のと間違えちゃったみたいです。あはは』
「笑いごとじゃねえっての!」
急いで元の恰好に戻ろうとするものの、アーツを再構成できない。輪はインカムを掴み寄せ、声を張りあげる。
「どうやって解除すんだよ? これ」
『え? いつものユニフォームと同じようにすれば……あぁ、そうか』
対し、哲平の声は落ち着き払っていた。
『とにかく司令部まで帰ってきてください。お気をつけて』
「ま、待てって! 『そうか』って、お前、何に納得したんだ?」
おそらく哲平のミス。輪は魔法少女のコスプレ同然の恰好で、ケイウォルス学園まで帰る羽目になる。三百メートルほどの道のりとはいえ、眩暈がした。
(オレが何をしたってんだ……)
アンダースーツは上下に分かれ、ブラジャーやショーツとなっている。恐る恐るスカートを捲って、覗き込むと、目が腐りそうになった。イチゴパンツは厳しい。
「こんなとこ、閑や沙織に見られたら、もう寮に帰れないぞ」
輪はスキルアーツを駆使して、物陰から物陰へと飛び移りながら、学園を目指した。
だが、どうしても大通りの横断は避けられない。ミニスカートを念入りに押さえ、へっぴり腰であたりの様子を窺う。
危機的状況にもかかわらず、多少は頭がまわった。
(信号が変わったら、一気に走るか?)
中学時代、白色のスクール水着(女子用)で公衆の面前に立たされた時に比べれば、まだ冷静でいられる。ただ、それも我ながらおかしな話だった。
横断歩道の信号が赤から青に変わる。すかさず輪は前のめりで駆け出した。
(……今だ!)
なるべく顔を隠しつつ、勘で通行人を避けていく。しかし視界が狭いせいで、向かいの女の子と肩をぶつけてしまった。
「あうっ?」
「わ、悪い! 急いでるんだ」
構わず、輪は横断歩道を渡りきる。
「……あいてえっ?」
そのつもりが、尖ったものを踏み、その場で跳びあがった。いつの間にか、輪の足元には忍者の武器『まきびし』が散乱している。
今しがたぶつかった女の子が、怒りを漲らせた。
「き、貴様……余所見どころか、なんて恰好をしてる! 恥を知れッ!」
「ちょ、待ってくれ! わっわわ!」
怒号とともに『手裏剣』なんぞを投げつけてくる。まさかの奇襲に輪は慌てふためき、歩道へと転がり込んだ。
ほかの通行人らもオカマの魔法少女に気付き、一様に顔を顰める。
「な、なんだ? あいつ……」
「夏には出るよねー、ああいうの」
彼らにとっては、銀髪の少女が鎖鎌を持ち出したことより、輪の風貌のほうが驚きの対象らしい。彼女は鎖鎌をぶんぶんと振りまわし、輪に目掛けて、その刃を放った。
「非常識なやつめ! ズタズタにしてやる!」
「どど、どっちが非常識なんだよ? これには訳が……」
輪は四つん這いになりながらも、鎌をかわし、逃げに徹する。学園から離れてしまったが、今は忍者のような女の子から身を守ることを、優先するほかなかった。
「おのれ、ちょこまかと!」
彼女が鎖鎌を苦無に持ち替え、前傾姿勢でみるみる距離を詰めてくる。スキルアーツで加速をつけているはずの輪よりも動きが俊敏で、早い。
輪はすっかり錯乱していた。
「てて、哲平! やばいぞ! 魔法少女になったせいで、忍者に追われてるんだ!」
『……何です? その、今時のラノベのタイトルみたいな状況は』
手裏剣が後ろから頬を掠め、インカムをへし折る。
「死ねッ! 変態め!」
「オ、オレが死んだら、お前は殺人犯……」
こうなっては、手段を選んでなどいられなかった。輪は右腕を真の姿――触手に変え、逆に彼女を捕縛に掛かる。
「な……なんだと?」
「ちょっとだけ我慢してもらうぜ」
触手の群れは剣をすり抜け、しゅるしゅると彼女の身体に巻きついた。先端が水鉄砲となって、生温かくて粘り気のあるエキスを、顔に浴びせる。
「うぷあっ?」
その一発で彼女は武器を落とし、蹲った。この隙に輪は全力疾走で距離を稼ぐ。
(もう二度と会うこともねえだろ。あとは学園まで……)
しかし逃げるうち、まったく別の場所に出てしまった。歓楽街の一角で、大勢の人間がごった返しになっている。
そこにオカマの魔法少女が登場したことで、大騒ぎになった。
「げえっ? や、やばいやつがいるぞ!」
「うっわ……コスプレ? もっと可愛い男の子がするなら、わかるけどさあ」
衆人環視の中、輪は真っ赤になってスカートを押さえる。
「ち、ちが! これは……」
しかも群衆の中には見知った顔もいた。御神楽緋姫と愛煌=J=コートナーが、魔法少女マジカルダーリンを見つけ、嫌そうに眉を顰める。
「……輪、あなた」
「だから違うんだ! 嵌められたんだ、オレは~!」
高校一年生の夏、心の傷が増えた。
結局、新しいバトルユニフォームの実装は見送ることに。マジカルプリンセスの衣装も御神楽緋姫に却下され、企画からの練りなおしとなる。
「要はデザインの問題だろ? スクール水着じゃなけりゃ、閑たちも……」
「まあまあ、真井舵さん。ちゃんと今回の報酬も用意してますから」
哲平は意味深な笑みを含め、輪にいかがわしいゲームを差し出してきた。可愛い妹たちにスクール水着を着せたうえで、撮影を楽しむゲームらしい。
「……あのなあ。こんなもん部屋にあったら、また誤解されるっての」
「これくらい、高校生の男子なら健全だと思いますけどねえ」
「お前に借りた、あの漫画……ガールズトラブルで、オレがどんな目に遭ったと」
男同士でぐだぐたとダベっていると、司令室に愛煌=J=コートナーがやってきた。
「来てたのね、真井舵。昨日のアレは何だったわけ?」
「……聞かないでくれ」
司令の愛煌も新ユニフォームの件にはノータッチ。つまり今回は哲平の趣味に付き合わされ、振りまわされただけのことだった。
「まあいいわ。あなたに頼みたいことがあるのよ、いいかしら」
「オレに?」
首を傾げる輪に、愛煌が企画書のファイルを向ける。
「二学期になったら、L女学院と交換授業をしようって話になって。あなた、確か向こうに知り合いがいたでしょ? セプテンなんとかっていう……」
「セプテントリオン、だな」
「そう、それよ。交換授業が始まったら、案内してあげて欲しいの」
L女学院。それはお嬢様学校としても有名な、女子の学び舎。
人気アイドルの松明屋杏(かがりやあんず)や有栖川刹那(ありすがわせつな)もいるとかで、注目度は群を抜いている。同時に徹底した『男子禁制』も話題になっていた。
「まあ、それくらいなら……たまにチハヤとも、メールくらいはしてるしさ」
「それなら問題ないわね。あとは哲平次第、だけど……」
哲平は両手で頭を抱え込む。
「まさか……来るんですか? あいつが」
「ええ。だから、あなたと真井舵で相手しなさい」
その時の輪はまだ、哲平が苦悩する意味を知らなかった。
(どうしたんだろうな、哲平のやつ)
自分には恐るべき再会が待っていることも。
その夜、チハヤとメールを繰り返していると、彼女のほうから電話が掛かってきた。
『ちまちま文字打つのも面倒くせえ。L女とそっちで交換授業? すんだってな』
「ああ。オレが案内することになってさ」
『そんなら、遠慮もいらねえな。……ほかの連中はどうしてんだ?』
彼女と出会ったのは、この夏。
セプテントリオンはほとんどのメンバーがL女学院に通っているらしい。これまでに輪はメグレズ、チハヤ=メラク、エミィ=フェクダの三人と会った。
『エミィも行くぜ? これ以上嫌われないようにしろよ』
「お、おう。挽回してみせるって」
男勝りのチハヤとは気が合うようで、こちらも肩の力を抜いていられる。
「ほかには誰が来るんだ?」
『あとはミザールと……そっちに着いたら、お前に紹介してやらぁ。それから生徒会の……スノーナントカってのが一緒だって、聞いたぜ』
「へえ~。……っと、閑が来たみたいだ。じゃあな、チハヤ」
電話を終え、輪は来客を迎えに出た。
上の階、201号室の一之瀬閑が、ドアの向こうから姿を現す。しかし今夜の彼女は不機嫌そうに頬を膨らませていた。
「随分と大きな声でおしゃべりしてたのね。また、チハヤさんと?」
「普通の友達だって……電話くらい、いいじゃねえか」
今夜は閑たちと一緒に、花火の残りを片付ける予定。まだ蒸し暑いものの、今年の夏も終わりを迎えつつある。
普段着の閑を見て、輪は何気なしに呟いた。
「……浴衣は着ないのか? 閑」
「え? ええ……」
「せっかく買ったのに、一度しか着てないんだろ? オレが撮ってやるからさ」
群青色の夜空には星々が瞬いている。
閑が頬を赤らめた。
「じ、じゃあ、ちょっと着替えてこようかしら」
「どうせなら、みんなも浴衣で、な。確か優希のがオレンジだっけ?」
しかし輪にいささか失言があったようで、彼女の照れ笑いは不満の表情に変わる。
「ダーリン? 王子様なんだから、もっとこう……あるでしょ?」
「オレは王子じゃねえっての」
このお姉さんには融通の利かないところがあった。
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