ダーリンのにゃんにゃん大作戦!
第6話
逆さまの船内を突き進んで、最深部のパーティーホールへと辿り着く。
「……フロアキーパー、発見」
さすがスカウト系のスペシャリスト、二景黒江がいるおかげで、ここまでの道のりはスムーズだった。メンバーが多く、戦力も温存できている。
ターゲットは背丈が二メートルほどの蛙と化していた。フロアキーパーとしては小型に過ぎず、前衛の沙織がハルバードを構える。
「このくらいでしたら……」
「待ってくれ。相手は人間なんだ」
しかし輪はブロードソードをさげ、前に出た。
フロアキーパーとなった人間を救えるのは、真井舵輪というイレイザーだけ。過去に二度、その救出にも成功した。
危険な賭けになるため、閑や澪は心配そうに制止を掛ける。
「だめよ! 危険すぎるわ。今回もあなたが無事でいられる保証は……」
「閑さんの言う通りですよ! 倒すほうが確実です」
それでも輪は自信を浮かべた。
「オレだって無茶をするつもりはないさ」
フロアキーパーが獲物を輪に決め、舌を伸ばす。
咄嗟に輪はブロードソードを掲げ、その刀身に舌を巻きつかせた。逆にフロアキーパーの動きを封じつつ、間合いを詰める。
「だ、大丈夫なの? リンさん」
「エミィたちはさがっててくれ。……行くぞっ!」
輪のバトルフォームが魔装に変わった。全身が熱い魔力を帯びる。
ブロードソードを足元に突き刺してから、輪は正面きって突撃した。フロアキーパーは剣から舌を解けず、まごまごしている。まだ怪物の身体を使いこなせないらしい。
「お手伝いしますわ、輪さん!」
「こいつはバカだぜ! やっちまえ!」
さらに沙織のハルバードが魔物の舌を押さえに掛かった。それをチハヤがイフリートで殴りつけ、フロアキーパーの本体まで炎を伝わらせる。
炎に巻かれ、蛙の化け物はのたうちまわった。
「今だっ!」
すかさず輪はフロアキーパーの額に手をかざし、魔力を放つ。
怪物の背中から年配の女性が弾き出された。優希が素早く回収にまわる。
「生きてる……無事だよ、ダーリンちゃん!」
「へへっ、どんなもんだ」
確かな手応えがあった。力の制御に慣れてきたのを、実感する。
これも、第六部隊でハイレベルな任務を経験したり、セプテントリオンの館で連戦したおかげ、かもしれなかった。ところが、後ろの閑が俄かに血相を変える。
「輪! 離れて!」
「え? やっ、やべえ……!」
核となる人間を失っても、まだフロアキーパーは健在だった。苦し紛れに輪を捕まえ、丸飲みにしようとする。
(こいつは前と同じ……だめだ、同化しちまう!)
しかし逆に輪のほうが、黒い魔力を広げ、フロアキーパーを捕食してしまった。手足の感覚がまったく別のものになっていくのを、恐怖とともに感じる。
「みんな! 前みたいに、オレごとぶっ飛ばしてくれ!」
「わ、わかったわ!」
最後の要救助者はエミィに任せて、閑たちもずらりと臨戦態勢に入った。チハヤがイフリートの炎を燃えあがらせる。
「よくわかんねえけど、あいつをやっちまえば、いいんだろ?」
「はい。それしか、輪くんを助ける手立ては……」
黒江のバイザーが真っ赤に染まった。
「異常を検知。これ、前回とはパターンが違う。やばい」
「まさか? み、みんな、さがって!」
輪を中心にエネルギーが爆ぜ、閑たちの足元まで爆風を届かせる。
その威圧感に澪が青ざめた。優希も呆然と立ち竦む。
「な……?」
「ダーリンちゃん! しっかりしてってば!」
「どうやら、まだ制御しきれないようね」
メグレズがゾフィーを連れ、その場へやってきた。
「あなたたち、どうしてここへ?」
「Darlingの戦いぶりを見にきたんデスけど。なんだかヤバいみたいデスねえ」
メグレズの口元に不敵な笑みが浮かぶ。
「いいえ、これは目覚めだわ。あれこそがマイダーリンの、ニブルヘイムの王としての、真の姿……さあ! 王となった最高のあなたを、見せてちょうだい!」
おそらく彼女はこの時を待っていた。両手を広げ、魔界の王の誕生を歓迎する。
「あなた、このつもりでわたしたちに協力を……」
悔しそうに閑は唇を噛んだ。チハヤはやれやれと肩を竦める。
「趣味が悪いぜ、メグレズ。おれは気に入らねえなあ」
「ウフフ! これもニブルヘイムのためよ。悪く思わないで」
新たなフロアキーパーの影が急速に膨れあがった。パーティーホールの上下を圧迫するほどに肥大化し、無数の触手を振りたくる。
優希が口角を引き攣らせた。
「あ……あれが、ダーリンちゃんの真の姿なわけ?」
自信満々だったメグレズも、ぎょっとして、自慢の王様から間合いを取りたがる。
「そのはず、なんだけど……えぇと、ど、どういうことかしら……?」
真実は目の前にあった。黒江が淡々と恐ろしいことを語る。
「つまり……りんの正体は、触手モンスター」
触手がうねうねと蠢いた。
「さがれ、シズカ!」
「え、ええ……きゃあああ~っ!」
チハヤは後ろに跳んで回避できたものの、第四のメンバーはことごとく捕らわれてしまう。閑も、黒江も、沙織も、優希も、黒江も、触手の群れの餌食に。
触手はメンバーの手足に絡みつきながら、うぞうぞとスクール水着に向かった。抱えるように腰の括れに巻きついて、閑たちを宙づりにする。
優希や澪は逆さまのまま、苦悶した。
「こっ、こらぁ、ダーリンちゃん! はあ、気持ち悪いってばぁ」
「どこを狙ってるんですか! い、いや……やめてください、ヘンタイ!」
涙ぐむほどに赤面し、触手の動きに怯える。
輪の触手は沙織のフトモモを這いあがりつつ、黒江の脇腹をくぐり抜けた。さしもの沙織も狼狽し、羞恥を怒りで誤魔化す。
「どうなってますの? くうっ、さっきのフロアキーパーより、凶暴でしてよ?」
宙づりにされながらも、黒江は分析を続けた。
「この一週間、りんはビーチで遊べなかった……だから、女の子の水着に執着して、自制できなくなってる可能性あり」
「ど、どうして、そんな馬鹿げた推測に説得力があるのよおっ!」
触手の群れは決して、閑たちを乱暴に貪りはしない。だが、焦らすように、楽しむように、たっぷりと間を持たせて責めてくる。
輪の触手は閑を一番上に持ちあげた。仰向けにしたうえで、脚を広げに掛かる。
「ちょ、ちょっと、輪? 正気に戻って……やっ、いやあ!」
スクール水着のデルタがお尻のほうまで晒された。破廉恥なポーズを強制され、閑の顔が赤らむ。その視線の先、デルタの真上で、一本の触手がエキスを垂らした。
粘液が塊となって落ち、スクール水着の股底を舐めおろす。
「ひゃあっ? ん……んくぅ!」
エキスはスクール水着の股布を潤わせながら、さらに下へと滴り落ちた。それを沙織のお尻が受ける羽目になってしまい、敏感そうに身体をのけぞらせる。
「おおっ、おやめになって? そんなとこ、えへあぁ!」
メイド口調を交えながら、沙織も宙で身悶えた。
閑の下でメンバーが入れ替わり、次は優希が仰向けでデルタに粘液を浴びる。
「ダーリンちゃんってば、へあっ、ボクまでオモチャにしてえ……!」
強気に反抗しようにも、優希の声は弱々しく裏返っていた。恥ずかしさのあまり、瞳に初々しい涙を溜め込む。
黒江も運び込まれ、お尻へと、閑の股越しに粘液を落とされた。
「あぅうっ? やっぱり、りん……はぁ、スクール水着で、興奮してるのかも」
レジャー用の水着と違い、スクール水着には学校指定の『健全さ』という体裁が成り立つ。それでいて、女子生徒のボディラインをありのままに浮かびあがらせた。
こんな恰好で授業を受けているという倒錯感が、彼に獣欲をもたらす。
『すくーるみずぎ……すくーるみず、ぎ……!』
次に狙われた澪は、息を飲んだ。
「さ、最低です、こんなこと……女の子に、やっ、やめてえ!」
スクール水着越しに触手で巨乳を突っつかれ、いやいやとかぶりを振る。
「逃げて、澪……ひはっあぁ?」
「無理です、んはあ、もう雁字搦めで……あ? 待ってくださいってば、輪くん!」
そんな澪の恥ずかしい部分にも、閑のデルタから粘液がとろりと垂らされた。ぞくぞくと目に見えるほど震え、涙ぐむさまが、かえって触手を躍起にさせる。
輪の触手は柔肌よりもスクール水着に狙いをつけ、執拗に身を擦りつけた。閑に群がる触手はどんどん数が増え、喜々としてうねる。
「ひはあっ、助けて……チ、チハヤ! エミィ、お願い!」
悲痛な声も上擦っていた。
「チハヤちゃん、は、早く助けてあげなくっちゃ……」
「そのつもりなんだけどよ、カラダに、はあっ、力が入んねえんだ」
しかしエミィのみならず、チハヤまで竦んでしまって、動けない。メグレズも苦しそうに眉を顰め、熱っぽい吐息を散らした。
「シンクロしてるんだわ。もしかして、イ、イチノセシズカは……うくふぁ!」
膝をつき、いやらしい苦悶に身を委ねる。
まだ捕らわれていないゾフィーは、おろおろしていた。
「こ、これは恐ろしいデス……Darlingno欲望を侮ってマシタ」
触手の群れが閑たちを縦一列に積みあげる。まずは仰向けの澪にうつ伏せの黒江が重ねられた。ふたりの巨乳がぶつかりあって、ひしゃげる。
「んあっ? ご、ごめん、みお……」
「あたしは大丈夫ですから、それより、くうっ、みんなで脱出を」
澪はスペルアーツの詠唱を試みるものの、そのたびに触手に妨げられた。疲弊するとともに、触手の動きに対し、だんだん反射的な抵抗が働かなくなってくる。
黒江のお尻には優希のお尻が乗っかった。
「あんっ? ダーリンちゃん、な、何考えへ……」
黒江とは背中合わせで、仰向けとなった優希の上に、沙織がうつ伏せで被せられる。ふたりの豊乳もぶつかって、弾力のあるクッションとなった。
「なんとか輪さんを、んふぅ、正気に戻しませんと……そっ、そこは!」
沙織が露骨に赤面し、唇をわななかせる。
触手はスクール水着のレッグホールに引っ掛かり、薄生地をお尻の谷間へと力いっぱいに食い込ませた。同じ向きの体勢でいる黒江も、食い込みのきつさに喘ぐ。
「へぇあ、あ……そんな引っ張ったら、えひぃい?」
そして一番上には閑が仰向けで乗せられた。触手で脚を広げさせられ、涙を溜める。
「こんなの、やあっ! もうやめてったら、お願い、輪……っ!」
スクール水着のデルタに目掛けて、触手が粘液を垂らした。上の閑から順番に、沙織、優希、黒江、澪の際どい部分を、ねっとりと濡らしていく。
「なんて悪趣味ですの? ぇへあ、いつまで」
「だめだめ! そんなとこばっか……恥ずかしいからぁ!」
「ヘンタイすぎ……んふぁ、これが本当の、りん?」
「いい加減にしないと、し、死刑にしますよ? 輪く、ん……ひやぁん!」
回数をこなすにつれ、スクール水着にも充分にエキスが染み渡った。触手が興奮気味にうねって、閑たちの巨乳にまとわりつく。
また上から粘液が垂らされた。閑、沙織、優希、黒江、澪が嬌声をはもらせる。
「ああああぁああああああーっ!」
スクール水着を揉みくちゃにされ、第四のメンバーは一斉に全身を震わせた。かろうじて拒絶しながらも、恍惚の表情を浮かべる。
「り、輪の、ばかぁ……!」
瞳もとろんとして、嫌悪していたはずの触手に見惚れつつあった。
やがて全員が力を使い果たしたように、くたっと虚脱する。
「はあ……はあ……」
チハヤとエミィも消耗が激しく、くずおれた。
「ちっきしょ、カラダが、う……動かねえ」
「どうして? へあっ、見てるだけで、ぞ、ぞくぞくしちゃって……!」
メグレズは杖を支えにするものの、立ちあがれない。
「間違いないわ。このシンクロは……きゃあああっ?」
とうとう触手は彼女らにも伸びた。チハヤも、エミィも、メグレズも、四肢を絡め取られ、頭を逆さまに持ちあげられる。
たったひとり残されたゾフィーは、たじたじになった。
「こ、こいつはヤバすぎデス! このままじゃワタシまで触手プレイのエジキに……」
「あなただけでも、にっ、逃げなさい、ゾフィー!」
ゾフィーにも四方から触手が襲い掛かる。
スカートが乱暴に捲りあげられた。水玉模様のショーツが丸見えになる。
「ヒッ……!」
能天気なゾフィーでも赤面した。
ところが触手はそれ以上、近づこうとしない。手足を捕らえつつあった触手も緩む。
「……アレ? ど、どうしたんデショウか」
意識を取り戻したらしい優希が、掠れた声で呟いた。
「ダーリンちゃんは本当にパンツが好き、だから……手が出せないのかも」
「スクール水着にはこれだけ欲情しても、ぱんつには敬意、を……」
触手に巻かれながら、黒江も身じろぐ。
この窮地で、一筋の光明が見えた。沙織と澪がもがいて、ゾフィーを急かす。
「ゾフィーさん、あなただけが頼りでしてよ! お願いしますわっ!」
「手加減なんていりません! 女として、ヘンタイに鉄槌を!」
閑も触手の中央で叫んだ。
「輪を……輪をもとの男の子に戻してぇえ!」
触手の群れは今にも、彼女らのスクール水着へと潜り込もうとしている。
ゾフィーの唇がにやりと曲がった。
「わかりマシタ。ゾフィー=エルベート、行きマース!」
ミョルニルを高々と掲げ、触手モンスターの本体を見据える。ミョルニルはゾフィーの背丈以上もある大槌と化した。それを左利きで構え、敵の懐に飛び込む。
「エネルギー、マキシマムッ! トールハンマー!」
轟音が響き渡った。ホームランをかっ飛ばすかのように、モンスターをかちあげる。
「グハアアアアアッ!」
魔物の肉体は吹き飛び、輪の姿が露わになった。
閑たちも解放され、逆さまの天井に倒れ込む。立っているのはゾフィーだけ。
「フフン! 正義は勝つのデス」
しばらくしてメグレズやチハヤが起きあがってきた。エミィはまだ目をまわしている。
「助かったわ、ゾフィー。それにしても、恐るべきはマイダーリンね」
「あれがあいつの正体って、まじかよ? ……おーい、エミィ、起きろって」
第四部隊のメンバーも満身創痍ながら、立ちあがった。
「一時はどーなることかと……パンツの子がいて、よかったぁ」
「ありがとうございますわ、ゾフィーさん。ところで、輪さんは?」
「……あっち」
黒江の指差す先で、輪がぴくりと動く。
「う、うぅ~ん……」
澪とチハヤがはっとして、彼の傍まで駆け寄った。
「大丈夫ですか? 輪くん!」
「しっかりしやがれ! ったく、情けねえやつだな」
朦朧としつつ、輪はさっきの感触を思い出す。とても気持ちよかった。
「オ、オレは……?」
スクール水着の女の子を好き放題にまさぐることの興奮を、身体が憶えている。
「そうだ、もっとしたくて……はぁはぁ」
触手のつもりで、輪は手を伸ばした。右でも左でも膨らみを鷲掴みにして、弾むような柔らかさを、押し揉むことで堪能する。
「はぁ、は……あ、あれ?」
それは澪とチハヤの胸だった。ふたりとも、鬼どころか閻魔の形相で青筋を立てる。
「……知ってますか? セクハラって、刑法で罰せられる犯罪なんです」
「いい度胸してんじゃねえか、このドヘンタイがっ!」
強烈な平手打ちが二重に決まった。
「へぶうっ!」
いつものパターンに閑は幻滅。
「どうしてこう、エッチなことばかりするのかしら……はあ」
輪は鼻血を垂れていた。
☆
デッキの最後尾で、莉磨は仮面の少女と対峙する。
「今日のところはお引き取りください。われわれナンバーのいざこざに、真井舵様たちを巻き込むわけには、参りませんので」
少女は何も答えず、不気味な杖を掲げた。先端の巨大な目玉が、ぎょろっと転がる。
莉磨の周囲で次々と、同じ少女の姿が浮かびあがった。
「……退く気はなし、ですか。仕方ありませんね」
莉磨は動じもせず、箒を構える。
仮面の少女たちは無言のまま、一斉に飛び掛かってきた。しかし莉磨の俊敏な動きを捉えきれない。逆に莉磨の箒は寸分の狂いなく、彼女らの仮面をかち割っていく。
分身は消え、ひとりの本物だけが残った。
「お得意の幻術もチャチになったではありませんか。ナンバー2」
「……っ!」
本物の仮面にも小さな亀裂が入る。
莉磨は箒をさげ、エプロンをぱんぱんと払った。
「憑依レイはともかくとして、わたくしとあなたでは実力に差がありすぎますの。勝負になりませんわ。おとなしくさがりなさい」
黙りこくったまま、少女は海へと飛び込む。
大きな戦いはすでに始まっていた。エンタメランドの一件も、先ほどの『魔女』が引き起こした災厄のひとつに過ぎない。
鍵を握っているのは、この春からイレイザーとなった御神楽緋姫。
「じきに始まりそうですわね。ですけど、それも次代のナンバー1には必要なこと。わたくしとナンバー3は観戦させてもらうとしましょうか。うふふ」
誰もいない海に向かって、メイドは会釈を振舞った。
☆
海上のカイーナの攻略を果たし、閑たちはクルーザーでコートナー家の別荘へと戻ってきた。午後の四時を過ぎ、ビーチで遊ぶにはもう遅い。
まだ失神している輪は、莉磨に一任した。
「酷い目に遭ったわね、ほんと」
「犠牲者も出ませんでしたし、上出来ではありませんこと?」
閑たちは大浴場の更衣室で、着替えを始める。
愛煌の話によれば、今回のフロアキーパーも犯罪に手を染めている可能性が高かった。あの客船では今、過去に窃盗されたらしい美術品が続々と発見されている。
犯人は表向き健全な船上パーティーを装いつつ、新しい顧客を獲得しようとしていたのだろう。推測とはいえ、そう考えると、辻褄も合う。
もどかしそうに澪が呟いた。
「カイーナになって、初めて事件が明るみになるなんて、なんだか皮肉ですね」
「カイーナごと容疑者が消えるよりは、いいんじゃないかしら。それこそ事件が迷宮入りしちゃうわけでしょ」
黒江が無造作に上着を脱ぎ捨てる。
「先に容疑者を確保できれば、カイーナ化は防げるはず」
「それができるなら、最善の方法ですわね。っと……すっかり忘れてましたわ、これ」
沙織はロングヘアをかきあげ、チョーカーを外そうとした。
優希がネコ耳をぴこっと立てる。
「ねえねえっ! これねぇ、尻尾も動かせるんだよ。こんなふうに……」
そのお尻が小気味よく尻尾を振りつけた。
「遊んでないで、着替えなさいったら」
「えー? せっかくもらったんだしさあ、色々試してみようよぉ」
黒江も真似て、チョーカーを着けなおし、尻尾のアクションに挑戦する。
「……割と簡単。ゆき、自慢するほどのことじゃない」
「黒江ちゃんが器用なんだってば」
見ているうち、試してみたくなってきた。スクール水着だけの恰好で、閑もネコ耳モードとなり、尻尾を伸ばす。
「ええっと……こ、こんな感じかしら?」
しかしお尻を振るだけで、尻尾そのものは動かなかった。
沙織や澪も肩越しに振り向きながら、尻尾の動きに悪戦苦闘する。
「ど、どうやってますの? 綺麗に起きませんわ」
「んっ! ……はあ、だめです」
澪など、お尻をぷるぷるさせるばかりだった。
「変なとこに力が入っちゃってるんじゃない? もっと付け根を意識して……」
「こういうのが得意そうよね、優希は」
着替えることも忘れ、尻尾で遊んでしまう。
その尻尾が不意に毛を逆立てた。ネコ耳も反り返って、白い煙を放つ。
「きゃあああっ?」
わけもわからないまま、閑たちは咳き込んだ。
しばらくして煙は晴れ、視界も明瞭になってくる。しかし見えるものには強烈な違和感があった。更衣室の天井が高すぎる。
〔……あら?〕
手足の感覚もおかしい。やけに脚を広げて、床にお尻をつけていた。
目の前には猫が四匹。自分の顔を撫でようとして、閑はてのひらの肉球に気付く。
〔ま、まさか……ひょっとして、わ、わたしたち……?〕
〔どど、どーゆーこと? ボクたち、猫になっちゃったわけぇ?〕
猫に変身してしまったらしい。メンバーは慣れない身体で慌てふためく。
〔これじゃ着替えられませんよ!〕
〔それ以前の問題ですわ! 早く戻りませんと〕
混乱しつつ、五匹の猫はぐるぐると背中を追いあった。
猫になっても怜悧な黒江が、原因を見抜く。
〔このチョーカーが怪しい。耳と尻尾だけじゃなかった、とか〕
チョーカーは首輪となって、閑たちを猫の姿へと押し込んでいるようだった。
〔だったら、これさえ外せば、よろしいのでなくて? んくぅ……!〕
しかし猫の手で首輪を外すのは難しい。沙織や澪が『前足』でもがくものの、首の拘束具は解けなかった。優希は気力を失い、べしゃっとうつ伏せになる。
〔うぅ……ボクが尻尾で遊ぼう、なんて言ったから〕
〔優希のせいじゃないわよ。これは……〕
遥か頭上から、五匹の猫を見下ろす人物がいた。澪が鳴き声で威嚇する。
〔あ、あなたはメグレズ!〕
「あらあら、大変なことになってしまったようね」
メグレズは『してやったり』と不敵な笑みを浮かべた。
「どうやって全員に首輪を嵌めなおしたものかと、困ってたんだけど、手間が省けたわ。悪いけど、あなたたちには明日まで、その姿で過ごしてもらうから」
〔にゃ……にゃんですって?〕
メグレズを見上げ、閑は猫の瞳を強張らせる。
「マイダーリンの触手プレイで、あなたたちは激怒し、先に帰ったとしましょう。あとは私たちがゆっくり彼を篭絡すればよいだけのこと……ウフフフ!」
これこそがメグレズの狙いだった。
まずは閑たちを遠ざけ、輪を孤立させる。そのうえで輪を惑わせて、魔界へと引き込むつもりだろう。まんまと引っ掛かってしまったのが悔しい。
「あとはわたしたちに任せておきなさい」
メグレズは猫じゃらしをばらまき、すたすたと更衣室を出ていった。
〔ま、待ちなさ……〕
その背中を仰ぎ見ながら、閑は四本の足で駆けだす。
〔なんだか……変な気分です……〕
だが澪は走ろうとせず、猫じゃらしに目を奪われていた。黒江が踏んづけたことで起きあがった猫じゃらしには、優希が気持ちよさそうに頬擦りする。
〔にゃあ~。これ、いいかも〕
〔くすぐったいですわぁ~。んふふ〕
沙織まで一緒になって、猫じゃらしと戯れた。
閑が猫の毛を逆立てる。
〔しっかりして! メグレズを追いかけるのよ、みんな!〕
〔は、はい! 行きましょう!〕
閑たちは更衣室を飛び出し、廊下を駆け抜けた。
玄関ではちょうどメグレズと莉磨が挨拶を交わしている。
「……ええ。最後の夜くらい、わたしと夕食でも、と誘ったの。構わないでしょう?」
「助かりますわ。今から買い出しに行っては、お夕飯も遅くなりますから」
莉磨はメグレズの嘘を鵜呑みにしていた。
「こちらで部屋も用意してあるのよ。心配しないで」
「それじゃあ、お言葉に甘えさせていただきますね。うふふ」
メグレズはにやりと唇を曲げ、悠々と別荘を出ていく。
〔あのひとがいない今がチャンスです! 莉磨さんに助けてもらいましょう!〕
閑たちは莉磨の足元に群がり、猫の鳴き声で必死に訴えた。
〔騙されないで! わたしたちはここにいるの!〕
〔お願いだよ、莉磨さん、気付いて!〕
五匹の猫を見下ろし、莉磨は首を傾げる。
「こんなにたくさん、どこから入ったんでしょう? あら、飼い猫のようですね」
彼女は玄関のドアを開け、猫を一匹ずつ外に追いやった。
「気をつけて帰ってくださいまし」
〔ち、ちが……!〕
無情にもドアは閉めきられる。
猫の身体には大きすぎる扉を見上げ、閑たちは呆然とするほかなかった。すでに向こうに莉磨の気配はなく、蝉の鳴き声だけが響き渡る。
〔これから、どうすればいいの……?〕
〔……とりあえず、あっちで休も〕
中庭にテントが残っていたのは、不幸中の幸いだった。真夏の日光は凌げる。
〔もうだめ~〕
優希は脱力し、ぺたんと這い蹲った。黒江も半ば諦めた様子で、猫らしく横になる。
〔メグレズって、発想はアホっぽいのが救いかも〕
〔この力、使いようによっては、恐ろしいことになると思いますものね〕
ここで一晩を過ごせば、明日には人間に戻してもらえるだろう。だが、それではメグレズの思うつぼであって、我慢ならなかった。閑にも意地がある。
〔なんとかして、輪に状況を伝えないと……〕
ただし今の閑たちでは、人間と意思疎通を図ることができなかった。先ほどの莉磨にしても、閑の言葉を猫の鳴き声としか思わなかったらしい。
〔文字や絵で話せないでしょうか〕
〔こんな手ではペンも持てませんわよ〕
本物の猫さながら、優希は後ろ足で頬を掻いた。
〔この首輪さえ取れれば、もとに戻れるんじゃないかなあ〕
〔多分、それ〕
黒江がニャアと鳴き、みんなの注目を集める。
〔スクール水着も一緒に変化してるから、アーツに干渉してるみたい。りんの魔装とか、私たちのバトルフォームと、原理は同じだと思う〕
〔なるほど。さすが黒江さんですね〕
澪もすっかり尻尾を動かせるようになっていた。この調子で一晩も過ごしては、心まで猫になってしまう気がする。
〔とにかく別荘に戻って、輪を探しましょう。ここで悩んでても、埒が明かないわ〕
〔ボクも賛成! あれで意外にダーリンちゃん、鋭かったりするしさあ〕
作戦は決まった。閑たちはテントを出て、別荘の配管を一列によじ登っていく。
〔ひゃあっ?〕
〔澪、前足だけじゃなく、後ろ足も使って〕
不慣れとはいえ、猫の身体は思いのほか軽かった。
黒江の部屋のベランダへと辿り着き、全員で窓を開けに掛かる。施錠されていないおかげで、猫が通る分には開いてくれた。
〔不用心でしてよ? 黒江さん〕
〔結果オーライってことで〕
廊下のほうのドアは、優希が手頃な棚からレバーに飛びつき、まわす。
〔ダーリンちゃんは莉磨さんのお部屋かなあ?〕
〔失神してましたし、多分……あっ、莉磨さんです!〕
廊下ではメイドが掃き掃除をしていた。機嫌がよいのか、鼻唄を交えている。
「りんりん臨時収入~、ゆーゆー有給休暇~」
閑たちは息を潜め、彼女が階段を降りていくのを待った。
〔……変な歌〕
〔チャンスよ。みんな、今のうちに〕
猫の足で忍びつつ、部屋の前まで辿り着く。
しかし猫の身体では、扉を開けたくても開けられなかった。優希が台にできる足場も見当たらず、途方に暮れる。
〔ここまで来て……なんとかならないかしら?〕
〔輪くんに開けてもらうのを、待つしかありませんね〕
そんな中、沙織が扉へと近づいた。
〔何匹か……いいえ、何人かが台になれば、届くかもしれませんわ〕
〔なるほど。猫くらいの体重なら、できそう〕
相槌を打ちながら、黒江はドアレバーの高さを見上げる。
〔それなら、あたしが下になります!〕
高所恐怖症の澪が一段目の土台を買って出た。その背中に黒江がよじ登る。
〔三番手はわたくしにお任せになって。閑さんは次を〕
〔了解よ。……っと、揺れるわね〕
さらに沙織と閑が続いて、四段重ねとなった。メトロノームのように揺れながらも、ぎりぎりのところでバランスを保つ。
〔頼んだわよ、優希!〕
〔うん! もう少しだけ、我慢してて!〕
助走をつけ、優希は閑たちの『猫梯子』をとんとん拍子に駆けあがった。梯子は途中で崩れるも、懸命のジャンプがレバーまで届く。
〔えいっ!〕
身体を張った甲斐あって、何とかドアを開くことができた。
〔やったわ! みんな、今のうちに〕
閑たちは一列になって部屋へと潜り込む。
頼みの輪はひとりでベッドに腰掛け、肩を落としていた。溜息も重い。
「はあ……またやっちまったんだな、オレ。せっかくのバカンスだったってのに……」
一度は携帯を取り出すも、諦めた様子でベッドに放り込む。
「怒って、先に帰っちまうなんて……どうすりゃいいんだよ、オレ」
どうやら今しがたメグレズに『閑たちは帰った』と嘘を吹き込まれたようだった。
〔あのひと、ボクたちのこと、莉磨さんには『館に招待した』って……〕
〔メグレズの陰謀だって、輪に伝えないと!〕
閑たちは必死に鳴き声をあげる。
猫の一団を見つけ、輪は目を白黒させた。
「……なんだ? 四、五……五匹もこんなところまで、入ってきて」
〔あたしです! 輪くん!〕
〔三雲沙織ですわ! お願い、お気づきになって!〕
閑たちは輪の足元に群がって、助けを求め、とにかく頬擦りでアピールする。
「可愛いなあ。オレはタメにゃんより、本物のほうがいいな」
猫の閑を抱えあげ、輪は穏やかにはにかんだ。
「首輪がついてんのか。どこの飼い猫だ?」
〔わたしよ! 一之瀬閑!〕
「悪ぃけど、エサは持ってないんだ。猫が食えるものって、わからねえし……そうだな、あとで麗河さんにでも聞いてみるか」
猫ならではの愛くるしさは輪にも伝わったらしい。だが、それでは事態の解決には至らなかった。輪は閑を降ろし、シャツのボタンを外す。
「なんか、べとべとしてんなあ……あれか、触手モンスターってのになったから」
そしておもむろに立ちあがり、すたすたと部屋を出てしまった。
猫のため、ドアは開けておいてくれる。
「暗くならないうちに帰るんだぞ。さーて、風呂、風呂っと」
〔待ってってば、ダーリンちゃん!〕
〔……だめ。りんには、猫が鳴いてるふうにしか、聞こえてないから〕
やはり猫の鳴き声では意思疎通などできるはずもなかった。さしもの黒江もお手上げの様子で、持ってきたらしい猫じゃらしと戯れる。
〔どうしますの? 閑さん。これでは明日を待つしか……〕
〔あ、あたしは反対です! このままメグレズの筋書き通りになるなんて〕
閑の脳裏に閃きが走った。
〔……そうだわ。みんな、お風呂よ!〕
首輪を外してもらうにしても、飼い猫と間違えられていては難しい。しかし輪と一緒にお風呂に入れば、身体を洗うため、この拘束具を解いてもらえる算段があった。
起死回生のアイデアには優希や澪も乗る。
〔それ、いいかも! ボクたちもお風呂に行こう!〕
〔ほかに方法もありませんし。賭けに出るしかないと思います〕
閑たちは輪を追って、脱衣所へと飛び込んだ。
〔輪さん! わたくしたちもお風呂に入りたいんですの。ご一緒してもよろしくて?〕
「どうしたんだ、お前ら? ……もしかして、風呂に入りたいのか」
輪の言葉に猫は五匹とも頷く。
〔お願いします、輪くん! この首輪を外して欲しいんです〕
「……しょうがねえなあ。なら、一緒に入るか」
作戦は成功しつつあった。
ところが輪のストリップを目の当たりにして、閑たちは混乱を極める。
〔きゃああああっ? り、輪、前……前! 隠してったら!〕
反射的に閑は前足で目を覆った。黒江や優希も仰天し、もつれあった拍子に転ぶ。
〔※$☆%~ッ!〕
澪など、脱衣所の隅まで逃げ込み、全身の毛を逆立てた。
〔ヘヘ、ヘンタイ! なんてもの見せるんですか!〕
〔お、落ち着きなさい、あなたたち。それどころじゃないでしょう?〕
沙織だけは冷静なものの、さすがに男の子のシンボルは直視できずにいる。
「賑やかなやつらだなあ。行くぞー」
全裸となった輪は、タオルを肩に掛け、お風呂場へと入っていった。浴室にはもうもうと湯気が立ち込め、入浴剤のものらしい香りが充満している。
「猫って、濡れるのは嫌がるイメージだけど……お前らはそうでもないのか」
輪は軽くお湯を浴び、一息ついた。
閑たちも覚悟を決め、シャワーや石鹸を求める。
〔輪! 気付いて!〕
「わかった、わかった。そう焦るなって。それにしても、色んな機能がついてんだな」
試しに輪が適当なスイッチを押すと、湯舟の底でバブルが生じた。水面が泡立ち、大量のシャボン玉を漂わせる。
「さすが愛煌の別荘ってとこか。蓮も連れてきてやりたかったぜ」
〔れ、蓮ちゃんは妹なのよ? 輪!〕
〔何言ってんの? 閑ちゃん……そんなの、ダーリンちゃんもわかってるってば〕
まだ混乱気味の閑を差し置き、優希と澪は輪に抱っこを求めた。しきりに首輪を叩いて見せることで、輪が気付いたように眉をあげる。
「ああ、そっか。風呂ん時は外してやったほうがいいのか」
ひょいっと猫の澪が抱えあげられた。首輪に輪の指先が触れた途端、光を放つ。
「……うわっ?」
真っ白な煙が噴き出した。
「え? あ、戻れたようで、す……?」
輪に抱かれる形で、水着姿の澪が全身を強張らせる。お互い顔も近すぎた。
「きっ、ききき……きゃあああああああッ!」
動転した澪の平手打ちが、輪の横っ面を引っ叩く。
「セクハラはいい加減にしてください! な、なな、なんのつもりですか!」
「ま……待てっての! この状況でセクハラしてんのは、そっちだろ!」
輪にとっては猫と入浴していただけのこと。そこに澪がいきなり乱入したのだから、非は澪のほうにあった。しかもネコ耳をつけ、尻尾をくねらせて。
例の首輪はまだ澪の首筋にある。
「これは一体……そうです、黒江さんに聞けば!」
猫の黒江は万歳のポーズで輪を待っていた。
「まさか、この猫……閑たちなのか?」
事情を察したらしい輪が、黒江を持ちあげ、首輪に触れる。
すると、また煙が生じ、あたかも手品のようにスクール水着の黒江が姿を現した。輪に後ろから抱かれる恰好のまま、ぽんっと手で槌を打つ。
「わかった。これ、輪の魔力がメグレズの魔力を相殺してるみたい」
黒江の頭にもネコ耳が残っていた。
輪なら首輪を外すまでもなく、触れるだけで、閑たちをもとに戻せるらしい。沙織や優希も猫の身体で両手をあげ、懸命にアピールする。
〔輪さん! わたくしも戻してください!〕
〔ボクも、ボクも! 早くぅ〕
戸惑いつつ、輪は猫たちの首輪に触れた。煙の中、湯舟がどぼんと音を立てる。
「た、助かったあ~!」
「どうなることかと思いましたわ……」
優希も、沙織も、スクール水着の恰好でソープにまみれる。泡は彼女らのボディラインを舐めるように滑り落ち、甘い香りを漂わせた。尻尾がシャボン玉を弾く。
際どい恰好の美少女に囲まれ、中央の輪はたじたじに。
「な、な……何がどうなってんだ? つーか、こっちは裸なんだぞ?」
白色のスクール水着はどれもしっとりと濡れた。豊満な身体に吸いついて、お尻の谷間をくっきりと浮かびあがらせる。胸の薄生地もはちきれそうに伸びきっていた。
黒江も、澪も、湯船の中で押し合いへし合いする。
「……あれ、しずかは?」
「あ、いました! どうしたんですか? 逃げないでください!」
閑とて、もとの姿に戻りたくはあった。だからといって、素っ裸の輪と一緒にお風呂に入るわけにもいかず、尻込みする。
〔わっ、わたしはあとで……あとでいいから!〕
「恥ずかしがってる場合でして? 観念なさい、閑さん!」
猫の言葉は通じなくとも、沙織には一発で見抜かれた。
しかし猫の身体は閑が思った以上にすばしっこく、沙織の手をするりと逃れる。
〔心の準備くらいさせてってば~!〕
閑は風呂場を駆けまわり、シャンプーやリンスをひっくり返した。
それでも構わず、右に左に、前に後ろに走って、輪たちをかく乱してやる。
「待ってください、閑さ……きゃああっ?」
前屈みになった澪が、つるっと足を滑らせた。お湯に頭から突っ込んで、バスルームの天井まで、香りのよい泡を充満させる。
黒江は洗面器をかざし、閑を捕まえようとした。
「これなら……へ、へっくし!」
けれども閑の尻尾に鼻先をくすぐられ、くしゃみを響かせる。
「ど、どこに行きましたの? 閑さん!」
「上です! 上に……あら?」
その黒江の頭から、閑は沙織の、さらには澪の頭へとテンポよく飛び移った。
〔このまま窓から逃げちゃえば……〕
ところが、最後の踏み台にするつもりだった優希に、捕まってしまう。
「おとなしくしてったら! はい、ダーリンちゃん!」
「お、おう! とにかく戻してからだ!」
〔ま、待ってえぇ~!〕
輪の手が猫の首輪に触れた。
そのタイミングで、お風呂場にふたりの女の子が入ってくる。チハヤとエミィは紺色のスクール水着をまとった恰好で、湯気ではない魔法の煙をかき分けた。
「ったくよぉ、メグレズのやつ……リンの背中を流してやれ、だあ? 色仕掛けなら自分でやりやがれってんだ。なあ、エミィ」
「リンさんだって迷惑だろうから、その、すぐに出……よ?」
煙が晴れ、輪たちの『情事』が露わになる。
「げ! エミィに、チハヤ?」
ダーリンは恋人たちと濃厚なソーププレイの真っ最中だった。
黒江も、沙織も、優希も、澪も、輪に寄り添うか、しがみつくかして、泡にまみれている。大きなお風呂とはいえ、六人で一緒に入るには狭い。
おまけに閑は四つん這いのポーズで、後ろから輪にお尻を掴まれていた。
閑は真っ赤になって、否定に全力を注ぐ。
「ちっ、違うのよ? そうじゃなくて! こ、これにはわけが……」
しかし正面からでは、後×位の自主規制にしか見えなかった。
チハヤは度肝を抜かれたようで、目を見開く。
「おいおい、まじかよ? てめえら」
一方で、エミィは俯き、わなわなと肩を震わせた。
「信じらんない……リンさんが、こんなひとだったなんて」
「い、いや! オレは」
まずいものを直感し、輪は慌てふためいた。しかし急に動いたために、湯舟の底で足を滑らせ、手前の閑にもたれ掛かってしまう。
閑の嬌声が一段と高くなった。
「ひゃああっ? ち、ちょっと、輪!」
「じじっ、事故だって! お前らも押すな!」
エミィが涙の混じった瞳で、ダーリンをきっと睨みつけ、精一杯の罵倒を放つ。
「リンさんの……リンさんの、フケツっ!」
不潔。それは内気な彼女なりに嫌悪感を込めた、一撃だった。
これまでにない言葉で罵られたせいか、輪は感極まったように目をまわす。
「ふ、不潔って、オレが……?」
「もう知らないっ!」
エミィは洗面器を輪に投げつけ、早足で浴室を出ていった。
洗面器が上手い具合に顔面にヒットし、輪をノックダウンさせる。輪は湯舟の中央でひっくり返り、しぶきをあげた。
「……どうせ、メグレズがくだらねえ悪知恵、働かせたんだろ? 面倒くせえなァ」
チハヤは呆れた顔でエミィを追っていく。
事の成り行きに閑は呆然とした。
「閑さん? とりあえず、輪さんを起こして差しあげませんと」
「そ、そうね。しっかりしてったら、輪」
沙織の一言で我に返り、皆で、お湯の中から輪を引っ張りあげる。
「あら? なんですか、それ」
「ま、まさか……りんの最終兵器?」
「ダーリンちゃんのが……も、ものすごいことに……」
ところが、大変なものが起きあがってきた。男の子の『本気』を目の当たりにして、沙織も、優希も、黒江も、澪も、初心な顔を赤らめる。
閑の悲鳴も重なった。
「きゃああああ~~~っ!」
ダーリンは再び湯船へと投げ捨てられた。
エピローグ
激闘と鼻血の夏休みは終わり、二学期が始まった。一年一組の教室で、輪は久しぶりに第六部隊のリーダー、御神楽と再会する。
「よう。もう具合はいいのか」
「おかげさまでね。あなたにも迷惑掛けちゃって、ごめんなさい」
「気にすんなよ。まあ、無茶はこれっきりにしてくれ」
顔を会わせても、以前ほど険悪な雰囲気にはならなかった。エンタメランドで一緒に死地をくぐり抜けたのが大きい。
「久しぶりだなあ、真井舵! お前、部活もなしに、夏休みは何やってたんだ?」
「仕事……いや、バイトか。エンタメランドも行ってきたぜ」
「爆発事故があったらしいなー。休園してっから、おれ、行けなくてさあ」
クラスメートの話に相槌を打ちながら、輪はホームルームを待った。担任の世界史教師が気怠そうにやってきて、出席を取り始める。
「全員、揃ってるな。さて……実は今日から、このクラスに仲間が増えるんだ」
転入生がいると聞き、クラスメートたちはざわついた。
「先生~、どうして九月からなんですか?」
「留学生でな。向こうじゃ、九月に年度がスタートするんだよ。その都合で、こっちでは二学期からの参加となった。……おーい! 入ってきていいぞー」
輪は頬杖をつき、あくびを噛む。
「ふあ~あ……あ?」
しかし転入生の顔を見て、口を閉じるのを忘れた。
現れたのはブロンドの留学生。彼女が小気味よいカタコトで自己紹介をこなす。
「初めマシテ! ゾフィー=エルベート、デス!」
輪は度肝を抜かれ、反射的に立ちあがった。
「ゾ、ゾフィー?」
「Darling! フフフ、よろしくお願いしマ~ス」
ゾフィーが小粋なピースを決める。
クラスメートも一様に驚いた。女子には疑われ、男子には妬まれる羽目に。
「真井舵くんってば、また? どうせなんかの間違いでしょ?」
「白状しやがれ! お前ばっか、ずるいぞ!」
これからの学園生活を思うと、頭が痛くなってきた。
「そんなんじゃねえって……こいつとだけは間違いがあって、たまるか」
御神楽の視線も冷たい。
「そのうち刺されるんじゃないの?」
悩みの種がまたひとつ増えた。
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