ダーリンのにゃんにゃん大作戦!

第2話

 夕飯のあと、輪にはペナルティが課せられた。

「遊園地に誘われるなんて、おかしいとは思ってたんだよ。はあ……」

 そもそも第四部隊は怪奇現象の調査に来たらしい。とはいえ怖いものだから、ボディーガードとして手頃な輪を連れてきた。

(酷いよなあ、あいつらも。オレ、そんなに悪いことしたか?)

 釈然としないものはある。ひとりずつ順番に用件をクリアしたのも、相手に『みんなには内緒で』と頼まれたからだった。しかし五対一で責められては、敵わない。

 問題のホラーハウスは不気味なほど静まり返っていた。

「……やるしかねえか」

 エンタメランドとしては、この稼ぎ時に、幽霊騒ぎでイメージダウンは避けたいのだろう。調査は深夜のうちに、と注文をつけられた。

「幽霊が出るってのに、昼間は営業してたんだよな、ここ。ったく、無茶しやがって」

 輪はスタッフ用の裏口にまわって、ホラーハウスへと足を踏み入れる。

 闇の中、懐中電灯だけが頼りだった。

「とりあえず照明をつけねえと」

スタッフに借りた鍵で制御室を開け、電源をオンにする。

だが蛍光灯は点灯しなかった。懐中電灯を上に向け、非常灯も機能していないことに気付く。手当たり次第に電源のスイッチを切り替えても、反応はない。

「ど、どうなってんだ?」

幽霊物件だけに、ぞっと寒気がする。

 ガシャン、とどこかで物音がした。輪は息を殺し、忍び足で制御室を出る。

(やばいな……誰かいるぞ)

 幽霊かもしれないとは思った。しかし不審者の線も否めない。

 幸い輪にはプロテクトとは無縁のアーツがあった。懐中電灯を左手に持ち替え、右手で愛用のブロードソードを取り出す。

(バトルフォームはまだいいか。レイじゃないようだし……)

 木造の階段がぎし、ぎしと音を立てた。地下には作りものとはいえ、本物さながらの薄気味悪い墓地が広がっている。蓋の開いた棺桶では、白骨死体が眠っていた。

 また物音が聞こえてくる。

 耳を澄ませながら、輪は慎重な足の運びで、音のほうへ向かった。

 うらぶれた墓地の中央で、ひとりの少女が膝をついている。

「ひっく……こんなの、無理だよぉ……」

 てっきり幽霊とやらを見てしまったものと、心臓が跳ねた。しかし相手も生きた人間のようで、こちらの懐中電灯に気付き、顔をあげる。

「だ、誰なの?」

「っと、脅かすつもりはなかったんだ」

 輪はブロードソードを消し、彼女のあたりをライトで照らした。

「立てるか?」

「あ……うん。大丈夫」

 少女がおもむろに立ちあがって、ネコ耳を起こす。

(ん? あぁ、タメにゃんのか)

 その足元には白骨が散乱していた。先ほどの物音はこれをひっくり返したものらしい。棺桶の蓋も外れ、傍で裏返っている。

「こんなところで、何やってたんだ? つーか、どうやって中に……」

「え、ええと……それは」

 聞きたいことは山ほどあった。

(懐中電灯も持たずに、ここまで入ってきたのか?)

 迷い込むにしても、ホテルからは遠すぎるうえ、夜間の園内に立ち入りできるはずもない。つまり彼女は何かしらの目的があって、このホラーハウスにいる。

「とりあえず、さっさと出るとすっか」

 輪は調査を切りあげ、懐中電灯の向きを変えた。

「……そうだ、オレの名前は真井舵輪。まいだ、りん、ってんだけど……お前は?」

「あの、私は……エ、エミィ=フェクダです……」

 エミィと名乗った彼女も、おずおずとあとを追ってくる。

(……フェクダだって?)

 どこかで聞いたことのある響きだった。前に黒江からセプテントリオンについて教えてもらった時、そんな名があった気がする。

 ホラーハウスを出ると、少しは明るくなった。夜空には満月が浮かんでいる。

「怖かったぁ……チハヤちゃんはいなくなるし、お化けは出るし……」

「ここまで来りゃ、もう大丈夫だって」

 エミィのネコ耳がくにゃっと折れた。見たところ、タメにゃんとはデザインが違う。

「なあ、その耳……」

「てっめえ!」

 不意に横から誰かが猛然と割り込んできた。エミィを抱え、輪から距離を取る。

「おれの連れを泣かせやがったなァ?」

「へ? いや、誤解だ!」

 輪はうろたえ、両手で『待った』を掛けた。

「わかりやすい嘘ついてんじゃねえよ。ざけやがって」

 粗暴なしゃべり方で輪を圧倒するのは、やや背の高い女の子。鋭い目つきで輪を睨みつけ、敵意を剥き出しにする。

「このチハヤ=メラク様の前でエミィに手ぇ出すなんざ、いい度胸してんじゃねえか」

 彼女の名前に今度こそ輪ははっとした。

「メラクって、まさか……お前ら、セプテントリオンなのか……?」

 チハヤ=メラクの顔色が変わる。

「知ってやがるのか、てめえ。だったら……なおさら生かしちゃおけねえな!」

 チハヤの右腕が炎をまとった。人間離れした跳躍力で、瞬く間に輪の頭上を取る。

「おれに会っちまったのが、運の尽きだぜ!」

「ぐうっ?」

 すかさず輪もブロードソードで応戦するものの、相手は女の子だけに躊躇した。その隙にソードを両方のこぶしで挟むように押さえ込まれ、動けなくなる。

「は、話を聞いてくれ! こっちは戦うつもりはないんだ!」

「おしゃべりの暇はねえぞ、おらあ!」

 力任せにチハヤはブロードソードをへし折ってしまった。

(強いぞ、こいつ?)

 これでは勝負にならない。輪は後ろにステップして、チハヤから離れる。

 しかしチハヤはむしろスピードを上げ、真っ向から飛びかかってきた。その右腕から炎が噴き荒れ、輪の顔を真っ赤に染める。

「短い人生だったなァ!」

「待って! チハヤちゃん!」

 荒ぶるチハヤを、横からエミィが体当たりで制した。チハヤの腰にしがみつき、突撃にブレーキを掛ける。それでもチハヤは前に出ようとして、すっ転んだ。

「うわああっ?」

 輪も巻き添えを食らって、押し倒される。

 チハヤを下敷きにして、エミィもひっくり返ってしまった。スカートの生地が丸ごと捲れ、逆さまのお尻が飛び出す。そこに輪は顔を押しつける構図になっていた。

(こ、これは……!)

 遊園地ではずっとなりを潜めていたラッキースケベが、発動してしまったらしい。

 その感触には憶えがあった。目の前には紺色の生地がある。

 ウェットスーツにも似た薄生地は、下着ではなくスクール水着のものだった。

「どいてくれ、えふぃっ、んんん~!」

息ができずにもがくと、両手がさわさわとお尻の丸みに触れてしまう。

「きゃあっ? リ、リンさん……そんなとこ触っちゃ!」

「ど、どけって、お前ら! でけえ胸が邪魔なんだよ、エミィ!」

 全員の体重が乗って、チハヤの巨乳もひしゃげた。

「んむぐっ!」

「うっ、動かないでください! も、ものすごいところに……ひあっ、当たってえ!」

「上からだ、上から! エミィ、お前がどいてくれねえと、動けねえだろ!」

 破廉恥なアクシデントを、また別の誰かが目の当たりにする。

「心配して、見に来てみれば……ダーリン?」

 一之瀬閑だった。エミィのお尻を越え、輪はぎょっと顔を強張らせる。

「しっ、しし、閑ぁ?」

 ようやくエミィが起きあがって、チハヤも身体を起こせた。あたかも情事を済ませたかのように服の乱れを調える。

「ったくよぉ、気が削がれたぜ。……ん、誰だ?」

「ひょっとして……リンさんの恋人?」

 昼間は五股で遊んだうえ、夜はふたりの女の子と一緒だった。そんな色男のワンシーンを前にして、閑はこめかみをぴくぴくさせる。

 怒号が弾けた。

「ダーリンのバカっ!」

「ひい!」

一瞬のうちに、輪の全身から血の気が引く。

 そのタイミングで、携帯に緊急の呼び出しが入った。エミィとチハヤはきょとんとする一方で、輪たちは我に返る。

「……エンタメキャッスルがカイーナに、だって? 閑!」

「え、ええ! お化け屋敷どころじゃないわ」

 大事件の幕開けだった。

 

 

 危惧されていた事態が、現実のものとなってしまった。離島の中央にあるエンタメキャッスルがカイーナと化し、今なお地下に影響力を広げつつある。

 第八部隊はエンタメキャッスルに突入したものの、それきり通信が途絶えた。

 真井舵輪は第六部隊の一員として、エンタメキャッスルのカイーナへ突入。第八部隊の救出に向かっている。

 その一方で、閑たちの第四部隊は、カイーナから溢れたレイの殲滅に当たっていた。黒江が索敵範囲を広げ、方向を指示する。

「外のレイは弱体化するから、そんなに問題ない」

「にしても、エンタメランドもそうですが、ARCもARCです」

 澪は苛立っていた。

 アーツのプロテクト解除をARCが渋ったため、第四部隊の出撃も遅れている。未だエンタメランドが宿泊客の避難誘導を始めないことも、隊員のモチベーションを妨げた。

 それを不満に思いながらも、閑はリーダーとして引き締める。

「愚痴はあとにして。今は民間人を守ることが、わたしたちの任務なんだから」

「閑さんのおっしゃる通りですわ。幸い、それほどレイは溢れていないようですけど」

 沙織と優希は前衛として、スキルアーツの出力を全開にしていた。

「ダーリンちゃんもお城で頑張ってるんだし、ボクらも任務に集中しよーよ」

「ありがとう、優希」

 夜も更け、時刻は二時となる。

 その瞬間、一条の光が夜空を貫いた。

「なんなのっ?」

 黒江のバイザーが謎の光線を捉え、正体を弾き出す。

「あれは……愛煌司令のアルテミス」

 光線は観覧車の真上からエンタメキャッスルまで伸びていた。城の最上階が玩具のように吹き飛ぶほどの破壊力に、澪は慄然とする。

「あ、あんなの、アーツで出せる威力なんですか?」

「違うと思う。アーツによく似てるけど……多分、魔具ってやつ」

 やがて光は消え、夜空に静寂が戻った。

 閑たちはエンタメキャッスルから目を離せず、息を飲む。しかし優希だけは物音を聞き逃さず、人影に気付いた。

「みんな! こっちに女の子が倒れてるよ!」

 草むらでは、ひとりの少女が力尽きたように眠っている。

「誰かしら……」

 御神楽緋姫と一緒に遊園地へと遊びに来た、九条沙耶という少女だった。

 エンタメキャッスルの最上階で大爆発が起こる。第六部隊は辛くもフロアキーパーを撃破し、エンタメランドの戦いは終結した。

 

 

 

 

 先日のエンタメランドで抽選に当たった。寮の201号室で、一之瀬閑はタメにゃんのクッションを抱き締める。

「輪とのプリメで本当に当たっちゃうなんて……」

 熾烈な戦いがあったため、エンタメランドの二日目はキャンセルとなってしまった。一日目のうちに彼と観覧車に乗っておいたのは、正解だったらしい。

「あれで、もうちょっと余裕があったら、ね」

 クッションのもふもふとした感触が病みつきになって、なかなか抜け出せない。そのせいで、黒江が部屋に入ってきたことにも気付かなかった。

「しずか、だいじょーぶ? あたま」

「ほ、放っといてったら……」

 ぐうの音も出ず、閑はタメにゃんのクッションで、真っ赤な顔を隠した。

 

 第四部隊は召集を受け、学園地下のケイウォルス司令部へと集まる。メンバーは誰しも神妙な面持ちで、司令の愛煌=J=コートナーを待った。

 何しろエンタメランドの一件で、第六部隊の御神楽緋姫が一時的に戦線を離脱。ケイウォルス司令部の戦力は大幅に低下している。

 第四部隊のミーティングだが、今回は真井舵輪も同席した。

「第六の分も働けってお話かなあ……ダーリンちゃん、何か聞いてる?」

「いや、オレも特には……」

 事件の当時はエンタメキャッスルにいた輪は、優希の質問をはぐらかす。

 実際のところ、損害は第六部隊だけに留まらなかった。第八部隊に至ってはほぼ全滅という、最悪に近い結果を迎えてしまっている。その事実を第四部隊の面々は知らない。

(愛煌のやつが伏せてんだろうな)

 心配そうに澪が呟いた。

「御神楽さんの具合はどうなんでしょうか……」

「愛煌さんが毎日欠かさず、様子を見に行ってるそうでしてよ」

 その過保護ぶりを、輪はあっけらかんと笑い飛ばす。

「あいつって、事あるごとに『御神楽、御神楽』言ってるんだぜ? なんで、あんなに御神楽にばっか、こだわるんだろーなあ?」

 閑たちは溜息とともに頭を垂れた。

「鈍いわね、ほんと」

「これが、りん。男の子なのに、男心がわかってない」

「……へ?」

 何やらバッシングに晒される。この流れに乗って、閑がたっぷりと含みを込めた。

「ところで……輪? 有耶無耶になってたけど、あの子たちは何だったの?」

「そ、そうだった!」

 大変なことを思い出し、輪はがたっと椅子を鳴らす。

「セプテントリオンがいたんだよ。ふたりも」

「え……?」

 閑のほうは、てっきり言い訳が始まるもの、と思っていたらしい。

 エンタメランドのホラーハウスで遭遇したのは、セプテントリオン。メグレズや黒江の話によれば、全部で七人いるはずだった。

 メグレズ、フェクダ、メラク、ドゥベ、ミザール、アリラト、ベネトナシュ。

遊園地ではフェクダ、メラクと名乗る女の子が現れた。

まだ事情を知らない沙織が、じとっと輪を睨む。

「信じられませんわ。あなた、あの一日で何人とデートしてましたの?」

「違うって! ホラーハウスの中で会ったんだ」

この手の疑いを掛けられるのは、それだけ輪の評価が低いため。

 澪は険しい顔つきで唇に指を添えた。

「そんなところで、セプテントリオンが集まって、何をしてたんでしょうか……」

「集まってたってふうじゃなかったぜ。メグレズもいなかったし」

 五月の下旬にはセプテントリオンのひとり、『傲慢のメグレズ』とやらが、輪に接触を試みている。輪には魔界の王となれる素質があるらしい。

「メグレズの目的も結局、はっきりとはしてないんだよな」

「そうだね。蓮ちゃんを保護してくれたから、悪いひとじゃなさそうだけど」

 優希や閑まで難しい顔で考え込んでしまった。

「ひょっとすると……エンタメキャッスルをカイーナに変えた、とか?」

「いや、あれをやったのは、もっとやばい感じのやつだった。仮面を着けてて、目ン玉みたいな杖を持っててさ」

 それらしい推測も出ず、沈黙が流れる。

 ようやく愛煌=J=コートナーが司令部へと降りてきた。

「揃ってるわね。エンタメランドではお疲れ様」

 輪たちは一様に姿勢を正す。

 しかし愛煌は珍しく和やかな笑みを綻ばせた。

「安心なさい。今日はあなたたちに個人的なお願いがあって、ね。夏休み、これといった予定もないんでしょう?」

「え、ええ……みんな、少し帰省するくらいじゃないかしら」

 本当に私的な用件のようで、今日はオペレーターの姿もない。愛煌は自ら端末に触れ、メインモニターに臨海区の地図を表示させる。

「毎年、私、このあたりのプライベートビーチで過ごすんだけど……今年は忙しいから、パスするつもりなのよ。でも、準備だけ進めちゃってたものだから」

 優希が前のめりになった。

「もしかしてっ?」

「エンタメランドじゃ、第四のフォローにも随分と助けられたし。私の代わりに一週間ほど、コートナー家の別荘で過ごしてみるのは、どう?」

 次々と喜びの声があがる。優希はもちろん、黒江も爛々と瞳を輝かせた。

「やったね! 楽しくなりそぉ~」

「スケジュールを変更。ゲームどころじゃない」

 沙織は乗り気でないふりをしつつも、声を弾ませる。

「し、しょうがありませんわね。司令からのじきじきのお話、ですし?」

「愛煌さんの都合がつかないのでしたら……そ、そうですね」

澪も嬉しさを誤魔化しきれていなかった。

「急な話で悪いわね。でも、体操部や水泳部の大会とは被ってないはずでしょう」

 第四部隊は一週間、愛煌の別荘で過ごすことに。

閑は喜々として立ちあがった。

「もう来週じゃないの。今のうちに買い出しに行かないと、間に合わないわね。これからみんなで、どうかしら」

「賛成! 新しい水着、買わなくっちゃ」

 優希や沙織も席を立つ。

 輪だけ頬杖をついていると、黒江に急かされた。

「……何やってんの? 荷物持ち」

「へ? オ、オレのことかよ」

 ショッピングには第六部隊の輪も数に入っているらしい。

 閑たちは一足先に司令室から出ていった。愛煌が輪の肩を叩く。

「あの子たちには第八の結末を伝えてないけど、少しは勘付いてると思うわ。この旅行でリフレッシュさせてあげてちょうだい」

「そういうことか。わかったぜ」

 最近、愛煌司令のスタンスが柔らかくなってきた。

 その後、輪は荷物持ちとして奔走する羽目に。閑たちが水着の試着をしようと、それを拝める機会など、与えられなかった。

 

 

 朝一の電車に乗り、九時頃にはコートナー家のプライベートビーチへと辿り着く。

 眩しいほどの砂浜がコバルトブルーの海に面していた。プライベートビーチだけのことはあり、輪たちのほかには誰もいない。

 いの一番に優希が歓声をあげた。

「すっごぉーい!」

 二階建ての別荘は豪邸そのもの。海とは別にプールまである。

 第四部隊の一行を迎えたのは、ひとりのメイドだった。

「ようこそ、いらっしゃいました。わたくし、コートナー家で給仕を務めております、麗河莉磨(うららかりま)と申しますの。以後、お見知りおきを」

 同業者の沙織がうずうずとする。

「お、お世話になりますわ」

「はい。どうぞ、ごゆるりとお楽しみくださいませ」

 早速、輪たちは部屋へと案内してもらった。二階の廊下には左右それぞれ、部屋が三つずつ並んでいる。

「あの、ひとり一部屋なんですか?」

「そうですよ。お部屋にあるものも、ご自由にお使いください」

 気後れしつつ、ひとまずメンバーは各々の部屋に荷物を置くことにした。奥の部屋から優希や黒江の嬉しそうな声が聞こえてくる。

「ベッドもおっきいし、ふっかふか! 景色もすごく綺麗だよね、黒江ちゃん!」

「オーシャンビュー。これはなかなか」

 輪も期待を胸に、余った部屋に入ろうとした。

「こいつは愛煌に感謝しないとな。じゃあ、オレもとっとと荷物を……」

それをメイドの莉磨が箒で妨げる。

「そこはわたくしのお部屋ですよ。男性はこちらです」

「……へ?」

 さっきまで礼儀正しかったメイドの態度が、露骨に冷たくなった。

(オ、オレ、なんかしたっけ?)

不安に駆られながらも輪は彼女に従い、来た道を戻っていく。

 中庭にはテントが張ってあった。

「真井舵様のお部屋です」

「いやいや……待ってくださいよ、麗河さん?」

 夏の強烈な日差しがじりじりと輪を焼く。

「申し訳ありませんが、昨日まで、男性のかたがいるとは知らなかったものでして。一之瀬様たちをお預かりする立場としては、やむを得ないことなんですの」

 確かに宿泊先で男女が一緒となっては、体裁がよろしくなかった。輪だけ別のホテルで宿泊するとなっても、納得できる。

 しかし、だからといって『庭のテント』は心外だった。

「お食事とお風呂は、時間になったらご案内いたしますので」

「ほ、本気で言ってるのか? こんなの、虫とか入ってくんだろ」

 莉磨はにっこりと微笑み、蚊取り線香に火をつける。

「くれぐれも火事にはお気をつけください」

「そうじゃなくって!」

 反論したところで、メイドの背中は頑なに輪の言い分をシャットアウトしていた。蒸し暑い中庭に輪はひとりぼっちで取り残される。

 今日から一週間、自分の寝床はテントになってしまった。

「……まあ、部屋が足りないんなら、しょうがねえか」

ふかふかのベッドなどあるはずもなく、粗末な寝袋が転がっているだけ。それでも電源があるのは、あのメイドなりの慈悲かもしれない。

 だが、これさえも、苛酷な夏の地獄のプレリュードに過ぎなかった。

 

 邪魔者をテントへと追いやって、メイドは口角を吊りあげる。

「悪く思わないでくださいまし、真井舵様……にひひ!」

 今回の仕事は面白くてたまらなかった。

 ご主人様の愛煌=J=コートナーには今、想い人がいるらしい。それがケイウォルス学園の女子生徒という情報も掴んだ。わざわざ愛煌が便宜を図ってまで別荘に呼んだのだから、あの五人の誰かが、愛煌の本命なのだろう。

「お嬢様もやっとまともな恋を……なんとしても、モノにして差しあげますわ!」

 今までにも莉磨は、クロード=ニスケイアと男同士でお見合いさせるなど、揺さぶりを掛けてきた。それもこれも、コートナー家の跡取りをボーイズラブに走らせないため。

閑たちにはめいっぱい楽しんでもらい、愛煌の印象を底上げしたい。

 ひとつ気掛かりなのは、真井舵輪の存在だった。莉磨の勘が、あの男は危険だ、女の敵だと警告を発している。

「悪い虫は一之瀬様たちから遠ざけておきませんと……」

 メイドの瞳がきらりと光った。

 

 一日目の午後、閑たちはイルカショーを見るため、近くの水族館へ。

「はあ……いいよなあ、イルカ」

 しかし輪はメイドから浴場の掃除を頼まれてしまった。

『ダーリンちゃん、なんで一緒に来ないの?』

優希からおかしなメールが届く。

 これが麗河莉磨の策謀であることは間違いなかった。何らかの目的を持って、彼女は輪を閑たちから引き離そうとしている。

(ここは女のほうが多いからな……しばらく様子を見るか)

 真実を訴えたところで、逆に立場が悪くなるのは読めていた。

 第四のメンバーとは、とにかく海で一緒に遊べたら、ほかは諦めもつく。輪とて年頃の男子高校生、彼女らの水着姿には大いに期待していた。

 あのサイズの巨乳にビキニが食い込むのを、想像するだけで、鼻の奥が熱くなる。

「気合入れて、ぴかぴかにしてやるぜ!」

 浜辺の一週間は始まったばかり。

 この時の輪はまだ、ビーチを満喫できるものと思っていた。

 

 

 翌朝、おかしなところで目が覚める。

「うぅーん……あ、あれ?」

 夜中に暑苦しくて脱ぎ捨てたはずの寝袋が、輪を首まで包んでいた。もぞもぞと芋虫のようにもがいて、どうにかファスナーを開く。

 タンクトップとショートパンツの恰好で、輪は呆然と立ち竦んだ。

「……………」

 中庭には違いないが、建物がまるで違う。目の前には古びた洋館が建っていた。空は黒ずんで、周囲には影のように黒い森が生い茂っている。

「まさか、カイーナなのか?」

 禍々しい気配をびりびりと感じ、怖気がした。

バトルフォームになるにしても、今は専用のアンダースーツを着ていない。何か使えるものはないかと、ポケットを探ると、一枚の紙切れが出てきた。

『夏の合宿と思って、レベルアップにでも励んでくださいまし。麗河より』

 頭が痛くなってくる。

「あのひと、オレたちがイレイザーだって知ってたのか……」

 どうやらこれも莉磨の仕業らしかった。しかし、ひとが寝ている間にカイーナへと放り込むなど、まともな神経では考えられない。

 館の扉がぎいっと開いた。

「……だ、誰だっ?」

輪はブロードソードだけでも構え、息を飲む。

「ん? おいおい、てめえ、この前のヘタレじゃねえの」

 現れたのはセプテントリオンのチハヤ=メラクだった。その後ろにエミィ=フェクダもおずおずとついてくる。

「リ、リンさん? どうしてここに……」

「いや、なんつーか……えぇと」

 混乱しつつも、輪はブロードソードを降ろした。

 ここで彼女らと敵対するつもりはない。それよりも今は情報が欲しかった。

「オレにも何が何だかさっぱりでさ。ここがどこかってだけでも、教えてくれないか」

チハヤは眉を顰めるも、エミィは館について教えてくれる。

「ここは私たち、セプテントリオンのお屋敷なんです。前は魔界にあったんだけど、みんなで地上に出るから、メグレズが……」

「てめえも面倒な時に来やがったなぁ。悪ぃが、案内はしてやれねえぜ」

 洋館は歪な気配を漂わせていた。

 彼女らの話によれば、セプテントリオンの館は今朝、何者かによって一部を制圧されてしまったという。チハヤとエミィはエントランスまで逃げ延び、対策を練っていた。

「ほかの面子はいないのか」

「ちょうど出払ってんだよ。メグレズも朝から見当たらねえし」

 これも莉磨の仕業かもしれなかった。しかしチハヤはほかに心当たりがあるらしい。

「ゾフィーのやつだぜ、こりゃあ。昨日もうろちょろしてやがったからな」

「やっぱりそうなのかなあ……」

「今日という今日こそ、ぶちのめしてやらあ」

 セプテントリオンのふたりは館の奪還を始めようとしていた。

「よりによってメグレズのエリアが奪われちまったんだ。このままじゃ、おれたち、外の世界にも戻れねえしな」

「異次元に閉じ込められたってことか」

 セプテントリオンの館がどうなろうと、輪には関係のないこと。

だが、ここにひとりで残ったところで、状況は何も変わらない。それにチハヤの話しぶりからして、館を奪還しないことには、帰ることもできないようだった。

「なあ、オレも一緒に行っていいかな。手伝わせてくれ」

「……てめえが?」

 協力を申し出ると、チハヤには首を傾げられる。

「弱ぇやつが何言ってんだ」

「待ってよ、チハヤちゃん。リンさん、迷い込んじゃって、出られないみたいだし」

 一方で、エミィはフォローしてくれた。本物らしいネコ耳がぴんと立つ。

(人間じゃないのか。そういや姉貴もツノがあったりするもんなあ)

 自分も『人間』ではないせいか、親近感が湧いた。

「ひとりでも多いほうが心強いよ。ね?」

「……しょうがねえなぁ。リン、だっけ。足引っ張んじゃねえぞ」

 エミィに押しきられ、チハヤも折れる。

「サンキュ! でも、少しはあてにしてくれって」

 輪はガッツポーズに気合を込めた。しかし寝間着のタンクトップでは締まらない。

「そんなカッコじゃ戦えねえだろ。こっち、ついてこい」

「お、おう」

 チハヤに連れられ、洋館の中へ。

 エントランスホールは二層構造で、左右対称に半円状の階段が伸びていた。一階の右奥は武器庫のようで、金属製の鎧などが散らかっている。

 エミィが重たそうに鎧の具足を抱えた。

「うんしょ……これ、どうですか?」

「そいつはオレには重すぎんじゃねえかな。もっと手頃なやつで……」

 どれも輪の体格では満足に扱えそうにない。武器にしても、鎖鎌など、ピーキーなものばかりが転がっていた。

チハヤがぱちんと指を鳴らす。

「マダラの末裔ってんなら、魔装くらい、できんじゃねえの?」

「魔装……あれのことかな」

 以前、輪の魔力が暴走し、102号室の風呂場を迷宮へと変貌させたことがあった。今なお迷宮は存在し、その趣味の悪さから、皆に『スケベカイーナ』と呼ばれている。

あの時の輪はアンダースーツがないにもかかわらず、無意識のうちに黒衣を生成した。しかし数ヶ月も前のことで、感覚を思い出せない。

「ちゃんとできっかなあ……あれ、よくわからないんだ」

「そんなら、エミィに手伝ってもらえよ」

 エミィが人差し指を輪の額に当てた。

「じゃあ……えぇと、目を瞑って、私の指の動きに集中してくれますか」

「ああ、わかった」

 輪は目を閉じ、額に描かれる魔印を読む。

 身体の奥底で魔力の滞留を感じた。それがイメージ通りに湧きあがってくる。

(この感じ……そうか、こいつか)

タンクトップは裂け、ボンデージ風の黒衣が浮かびあがった。後ろで尻尾が跳ねる。

「おっ? できたぜ! 久しぶりだなあ、この尻尾も」

 輪は軽く伸びをして、悪魔らしくなった全身に刺激を行き渡らせた。

 エミィがほっと胸を撫でおろす。

「よかったあ……本当にリンさん、魔界のひとだったんですね」

「あんま実感はないんだけどな」

 彼女のお尻からも尻尾が伸びた。そのせいでスカートが捲れそうになる。

「そんじゃ、オレたちもバトルフォームに替えとくか」

「う、うん」

 チハヤとエミィはブローチをかざし、何やら呪文を唱えた。すると、ふたりの姿が光に包まれ、みるみる形を変えていく。

 その光を吸い込んだのは、紺色のスクール水着だった。どことなく見覚えのあるセーラー服を重ね、中央をさっきのブローチで飾りつける。

 ふたりとも豊満な胸を弾ませた。第四部隊のサイズにも引けを取らない。

(め……目のやり場に困るなあ、これ)

 健全な色合いのスクール水着から、あられもないフトモモを惜しみなく晒す。

「だ、第四のバトルフォームとそっくりなんだな」

年頃の輪には少々、刺激が強すぎた。目を逸らすのもわざとらしくなってしまう。

エミィは恥ずかしそうにチハヤの背中に隠れ、顔だけを覗かせた。

「私たち、L女学院っていうところに通ってるんです。この制服も……」

「へえ。オレの妹もそこの中等部なんだよ」

 チハヤが紅いガントレットを嵌め、こぶしを突き合わせる。 

「こいつがおれの得物、イフリートだ。てめえにはお手本ってやつを見せてやらあ」

「わ、私はこれ……」

 その後ろでエミィは自信がなさそうに弓を構えた。

「ピースメーカーっていうんです」

 しかし輪だけ、大剣を紹介できない。何しろまだ名前がなかった。

「オレのは……ド、ドラゴンスレイヤーかな」

「えっ、まじでか!」

 急にチハヤの声がトーンをあげる。

「見た目じゃわかんねえもんだなあ。……でも、おれが折らなかったか? これ」

「マダラのも、本体は柄のとこだったらしいよ。刃にはいくつか形態があってね……」

 エミィまで一緒になって、大して攻撃力のないブロードソードに見惚れた。

 この大剣ときたら、見掛け倒しで、これまでに何回も折れている。修復が容易いのも、対応可能なアーツ片が大量に余っているためだった。

「お前らのもアーツ、なのか?」

「ちょいと違うぜ。まあ、処理が早いくらいで、あとは似たり寄ったりじゃねえ? おれは見ての通りの前衛タイプで、こいつはヒーラーな」

「た、戦うのは……苦手なんですけど」

 装備も整ったところで、輪たちはいよいよ館の奪還に挑む。

 セプテントリオンの洋館は七つの区画に分かれていた。そのうち、メグレズとチハヤのエリアが敵に占拠されたという。

「ゾフィー、だっけ? 屋敷を乗っ取ったってのは」

「ゾフィーちゃんのお家はね、古い王様の家来だったんです。新しい王様を迎えるのが嫌みたいで、こんなふうに意地悪を……」

 かつて魔界には偉大なる王がいた。

 だが、くろがねの世界大戦によって、魔界の大半は崩壊し、新たに『地獄』となった。そこでは死神たちが罪人の魂を清めるため、裁きを続けている。

 一方、わずかに残った魔界は、王を失い、不安定な状態にあった。魔界の大悪魔の末裔らしい輪は、次代の王として、セプテントリオンから勧誘を受けている。

「おれはまだ、てめえを認めたわけじゃねえけどな。血筋だけのボンボンはいらねえ」

「オレだって、王様になろうとは思ってないさ」

 やがて輪たちはメラクのエリアへと足を踏み入れた。

 真っ赤な溶岩が熱気を充満させる。向こうの足場までは石の橋が架かっていた。

「……こ、こんなに広いのか?」

 まさに大迷宮そのもので、もはや屋敷というスケールではない。

「気をつけろよ、リン。落ちたら一巻の終わりだぜ」

 マグマが湧きあがって火の粉を散らした。

 逆さまにはなっていないものの、カイーナであることは間違いない。そもそも逆さまの現象とは、地上の建築物が、地表の裏面にある地獄と、同じ向きになることで起こる。

 おそらくセプテントリオンの館は、地上ではない別の次元にあった。

「こんなとこじゃ、住めないだろ」

「だから乗っ取られて、モードを切り替えられちまったんだ」

 チハヤ自身も道がわからないようで、頭を捻る。

 橋の途中で立ち止まっていると、真っ黒なレイの群れが近づいてきた。後衛のエミィが輪たちの前にシールドを張って、防御を万全に整える。

「て、敵だよっ!」

「ヘッ! 面白くなってきたじゃねえか」

 チハヤのこぶしが炎に包まれた。輪もブロードソードを下段に構え、敵の出方を待つ。

「数の分じゃ、こっちが不利だ。橋の上に誘い込んで、各個撃破しよう」

「突っ込んじまえばいいだろ。あんなのザコだぜ」

 輪の作戦に眉を顰めながらも、チハヤは一歩、後ろにさがった。

「まっ、お手並み拝見といくか」

「お、おう!」

 代わって輪が前に立ち、レイを迎え撃つ。

 橋の上で迎撃という作戦は、正解だった。愚鈍なレイは橋の手前でおしくらまんじゅうとなり、足並みを乱す。その間に、こちらは正面の敵を一匹ずつ片付ければよい。

「こいつで最後だ、でやっ!」

 魔装の力も合わさって、輪はすべてのレイを斬り伏せた。

 チハヤがひゅうと口笛を鳴らす。

「ぎこちねえ感じすっけど、そこそこやるじゃねえの、てめえも」

「はあ、はあ……まあな」

 ハイレベルな第六部隊で揉まれたおかげだった。今までにない上達を感じる。

(ずっと第四じゃ、こうはいかなかったもんな。愛煌に感謝しねえと)

 次の橋でもレイの一団が待ち構えていた。

チハヤが意気揚々と歩み出る。

「さあって! 今度はおれがお手本ってのを見せてやらあ」

 獲物を見つけ、レイの群れは一斉に襲い掛かってきた。しかし狭い橋で足を取られ、団子になる。それをみすみすと逃すチハヤではなかった。

 右のこぶしを低めに構え、ストレートを放つ。

「おらあっ!」

 紅蓮の炎が巻き起こって、レイどもを包み込んだ。のみならず、直線状の衝撃が、連続して敵を何体も貫く。一番手前のレイなど四散してしまった。

「すげえな、チハヤ」

 チハヤが得意げに鼻の下を擦る。

「これくらいは基本のうちだぜ? そうだなあ……てめえの実力でも、二匹くらいはやれそうだし、教えてやらぁ」

「本当か? こうなったら、マスターしてやるか」

 早くも彼女とは意気投合できた。体育会系のさっぱりとした男子といった印象で、こちらとしても合わせやすい。一方、エミィはおどおどしていた。

「ね、ねえ、チハヤちゃん? なるべく温存していったほうが……三人だけなんだし」

「下手に手加減して、手間取っても、意味ねえだろ? 任せとけって」

 チハヤにはまだしも、輪に対しては抵抗があるようで、必要以上に怖気づく。スクール水着の恰好でいるのも恥ずかしいらしい。

(スケベな男って思われてんのかな、オレ……)

 正直なところ、女の子の水着姿には興味があった。今回の旅行も閑たちの水着には期待してしまっている。たとえ麗河莉磨に邪魔されようと、譲れなかった。

(あのメイドの思い通りになってたまるか。絶対に脱出して、みんなと遊ぶんだ!)

 逆境に立たされてこそ、輪の闘志(欲望)に火がつく。

 ところが、不意に足元の橋が崩れだした。

「おっ、おわぁ?」

「走れ! こいつはハズレだ!」

 輪たちは血相を変え、向こうの足場まで、命懸けの全力疾走を始める。

 

 

 コートナー家のプライベートビーチで、第四部隊のメンバーは一様に瞳を輝かせた。

「すっごく綺麗! 浜まで出ると、また違うわね」

「素晴らしい眺めですわ。これぞ夏、という感じでなくて?」

 閑も沙織も前のめりになって、コバルトブルーの海に酔いしれる。

 海の向こうには入道雲が浮かんでいた。真夏の太陽が空を真っ青に染めあげる。

 浜辺ではメイドの莉磨がパラソルを立てていた。

「足りないものがございましたら、何なりとお申しつけくださいませ」

「もう充分すぎるくらいですよ。ありがとうございます」

 律儀に頭をさげる澪の横を、優希と黒江が我先に走り抜ける。

「エヘヘ、一番乗り!」

「この時を待ってた……!」

 メンバーは皆、色とりどりのビキニをまとっていた。澪は挑発的なブラックで、閑は清純派らしいピュアホワイト。沙織は紫で決め、蠱惑的な色気を醸し出す。優希は色合いの明るいオレンジ、黒江は爽やかなライトブルーだった。

 閑たちのほかには誰もいないおかげで、胸をじろじろと見られる心配もない。

沙織は悠々自適にサマーベッドに寝そべって、サングラスを掛けた。

「みなさんも日焼け止めをお忘れなく」

「塗ってあげるわ、澪」

 澪も隣のサマーベッドでうつ伏せになり、背中のホックを外す。

「それじゃあ、お願いします。……ところで、輪くんは?」

「そういえば朝から、ずっといないのよね」

 メイドの莉磨が頬に手を添えた。

「真井舵様にはバーベキューの買い出しをお任せしておりますの。わたくしはお断りしたのですが、力仕事は男のやることだからと、おっしゃいまして」

「まあ……輪さんにもやっと、一端の紳士としての自覚が出てきましたのね」

 本日の輪は裏方に徹しているらしい。澪の機嫌も上々だった。

「まだ二日目ですし、一緒に遊べる機会はいくらでもありますよ。今日のところは輪くんに頑張ってもらいましょう」

「それもそうね。お料理はわたしたちでするとして」

 浜辺では優希と黒江がビーチボールを投げあっている。

「みんな~、ビーチバレーしようよ! 適当にペア組んで、さあ」

「残ったひとりが審判……人数もちょうど」

 優希の投げたボールが、風に乗り、閑の顔面に命中してしまった。

「や、やったわねえ、優希!」

 閑もその気になって、ビーチボールを抱えあげる。

「これをご覧になれば、愛煌お嬢様も男のさがにお目覚めに……にひひ!」

 こうして始まった、第四部隊のビーチバレー。撮影係として、莉磨は彼女らのおっぱいが揺れるさまを、じっくりとカメラに納めた。

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