ダーリンのにゃんにゃん大作戦!

第1話

 

 今日から一泊二日の遊園地。

 モノレールに揺られること十五分、輪は第四部隊とともに離島へと辿り着いた。入場ゲートの向こうには幻想の世界が広がっている。

「うわあ……!」

 閑が爛々と笑みを輝かせた。黒江や沙織も瞳をきらきらさせる。

「ついに、この時が来た」

「圧倒されますわね。すごいスケールですわ」

 何しろ離島が丸ごとアミューズメントパークになっているほど。まだ開園からさほど時間が経っていないにもかかわらず、蒸し暑い中、大勢の客で賑わっていた。

 エンタメランドの妖精、タメにゃんが手を振っている。

「見てください! タメにゃんです!」

 大喜びで声を弾ませたのは、意外にも澪だった。全員の視線が集まる。

「澪ったら……」

「ち、違うんですよ? こういうのは初めてでして……」

 うろたえる澪の手元から、ぱさりと何かが落ちた。拾った輪は目を丸くする。

「なんだ、これ?」

 それはエンタメランドの最新ガイドブックだった。とことん読み込んだらしく、付箋がいくつも挟んである。大事な記事はマジックで囲ってあった。

輪は本を閉じ、埃を払ってから、澪に返す。

「楽しみにしてたんだな、五月道」

「~~~っ!」

 澪は真っ赤になって、声にならない声をあげた。

 一足先に買い物を済ませてきたらしい優希が、得意満面にネコ耳を被る。

「じゃ~ん! やっぱ、これを着けないとね」

「タメにゃんと握手するなら、着けとかないと、だめなんだっけ」

「本当でしてっ?」

 沙織は澪からガイドブックを借り、目を血走らせた。横から黒江も覗き込む。

「大丈夫。ネコ耳のひとが優先ってだけ」

「まあ……そういうことでしたの」

 冷静なようで、黒江もうずうずと落ち着かない様子だった。

 リーダーの閑が号令を放つ。

「今日は遊ぶわよ!」

「お~っ!」

 メンバーの心は今、ひとつになった。しかし輪だけ一歩さがる。

「そんじゃ、オレ、四時前には合流するからさ」

「蘭さんと蓮ちゃんによろしくね」

 一日目の今日は、まず姉のグループを、続いて蓮のグループを迎える予定だった。しかし実はフットワークを軽くするための嘘だったりする。

(やるしかないよな……)

 目配せすると、澪も、優希も、黒江も、沙織も、含みを込めて頷いた。

 ほかのメンバーには悟られないように、ひとつずつ無難に約束を果たす。それが、輪が生き残るための、唯一の手段だった。

「みんなの分もこれ、買おうよー。閑ちゃん」

「そうね。行きましょ!」

 輪を残し、閑たちは先にエンタメランドの冒険へと出掛ける。

「はあ……約束の時間まで、どっかで一服するか」

 手頃な店を探していると、偶然にも御神楽を見かけた。等身大のタメにゃんと見詰めあい、陶然としている。凶暴なお姫様も可愛いものには免疫がないらしい。

「あいつも好きなんだなぁ、こういうの」

 とりあえず、輪もタメにゃんと握手しておくことに。

 

 十時半をまわったら、園内地図の前まで急ぐ。澪は目立たないように柱の陰で待っていた。さっきの優希と同じネコ耳が、ぴんと立つ。

「輪くん! ごめんなさい、付き合わせてしまって……」

「気にすんなって。これくらい、お安い御用さ」

 本日の五月道澪は彼女らしい、機能的でシックなコーディネイトだった。

 涼しげな花柄のブラウスとプリーツスカートという、女の子に定番の組み合わせだからこそ、器量のよさが際立つ。左手で鞄を持ちなおすと、ブレスレットが煌いた。

(割とおしゃれなんだな、五月道も)

 それでも任務のため、中にスクール水着を着ているのだろう。

「そんじゃ、行くか」

 輪は澪と一緒にグッズショップへと向かった。ひとの流れに乗りつつ、混雑を抜ける。

「ところで、蘭さんのほうはいいんですか?」

「五月道と約束してるってこと、姉さんには話してあるからさ。……と、姉さんにも伏せといたほうがよかったかな」

「いえ。蘭さんでしたら、構いませんよ」

 グッズショップにはカップル限定商品の告知が貼ってあった。店内にいる間、ずっと手を繋いでいることが条件らしい。

「まじでか……」

 躊躇いがちに輪はパートナーに視線を送った。

 ここまで来た以上、引くに引けないのか、澪が腹を括る。

「い、いいですよ。ほら」

 緊張しながらも、ふたりはぎこちない調子で手を繋いだ。柔らかい手が怯えたり、意識的に力を抜いたりするのが、伝わってくる。

「さ、さっさと済ませるとすっか」

「待ってください。せっかくですし、ほかのも見ていきましょう」

 今だけの『彼女』は頬を染め、楽しそうにはにかんだ。

「涼しいですね、中は」

「外が暑すぎるんだって。今日は特に」

 ふたりで店内を練り歩き、手を繋いだまま、目についたグッズを覗き込む。フォトスタンドや水時計など、グッズは実用的なものから趣味の雑貨まで、豊富に揃っていた。

 澪のお勧めはマグカップ。

「輪くんもひとつ、どうですか? 可愛いですよ」

「可愛いとは思うけど……男が持つのはイメージと違うっつーか、さあ」

 むしろ女の子同士で来たほうが盛りあがれそうな、華やかな雰囲気のファンシーショップで、輪としては場違い感がいたたまれない。

「そういや、五月道はなんて言って、抜けてきたんだ?」

「ひとりで見たいところがありますから、と……沙織さんや優希さんも、あとで別行動を取りたいとかで、了解してくれました」

 ぎくりとしつつも、輪は努めて空笑いを浮かべた。

「ま、まあ、この広さだもんな? みんなとずっと一緒じゃ、ってことだろ」

「そうですね。黒江さんも個人的な用件があるみたいですし」

閑たちはそれぞれ単独行動の機会を設け、お互いに不干渉と決めているらしい。こちらがぼろを出さなければ、誤魔化し通せそうだった。

「お? そっちのハンカチ、いいじゃん」

「あっ、気付きませんでした! キングの柄のも、割といいですね」

 目新しいグッズを見つけては、ふたり一緒に顔を近づける。

 そうこうするうち、お目当てのストラップのコーナーへとやってきた。別のカップルが限定商品を受け取り、レジへと進む。

「お客様もこちらのストラップをお求めですか?」

「え、ええと……はい、こっ、恋人仕様のタメにゃんを、く……」

 嘘とはいえ、澪はしどろもどろになってしまった。

代わって、輪が繋いだ手を店員に見せつける。

「オレたち、こういうわけだからさ。カップルのやつ、持ってっていいかな」

「はい、どうぞ! お買い上げありがとうございます」

 店員は疑いもせず、カップル限定のストラップをワンセット、すんなりと差し出してくれた。ほかの似たような商品に比べ、若干値段が高い気はする。

 恋人の唇からやるせない溜息が落ちた。

「輪くんの恋人と思われるなんて……はあ」

「考えすぎだろ、そりゃ」

 彼氏のほうは肩を竦め、繋ぎっ放しだった手を離す。

 店としても、男女のペアが本当に恋仲かどうかは、問題ではないようだった。赤面してばかりの澪を連れ、レジで支払いを済ませる。

「あ、ごめんなさい! あたしの買い物ですから、お金はあたしが……」

「これくらい、いいって。今日くらいプレゼントさせてくれよ」

 輪は少し得意になって、彼氏用と彼女用のストラップをふたつとも、澪に手渡した。

「……いいんですか?」

「気にすんなって。ふたつでセットなんだしさ」

「でしたら、お言葉に甘えて……ありがとうございます、輪くん」

 律儀な澪は喜びながら、プレゼントを鞄に仕舞い込む。

 グッズショップを出たタイミングで、遊園地の空に風船が舞った。夏の太陽がぎらぎらと輝いて、ひとごみの熱気を揺らめかせる。

「どっかでジュースでも……」

 自販機を探していると、別のものを澪が指差した。

「輪くん! あれ、一緒に撮りませんか」

 その先にあるのはエンタメランド仕様のプリントメート。ちょうど、今しがた先客の撮影が終わったところで、空きができる。

「五月道もああいうのやるんだな」

「どういう意味です? た、確かに……一度もやったことないんですけど……」

 ばつが悪そうな澪の表情ひとつで、なんとなく事情は把握できた。

 プリントメートの経験がないのは、女子高生では珍しい。閑らには言い出しにくいはずで、このチャンスに慣れておきたいのだろう。

「オレも蓮と何度か撮ったくらいだよ。試しにやってみっか」

「は、はい! お願いします」

 ふたりはプリントメートのボックスに入り、ここは澪がコインを投入した。スクリーンに輪たちの姿が、コマ飛ばしのスローモーションとなって浮かびあがる。

「これでフレームを選ぶんだ。ほら」

「えぇと……」

 こちらも詳しくないせいで、手探り感はあった。どうにか撮影の様式を整える。

「こういうの、女子はピースして撮るんだぜ、五月道」

「そ、そうなんですか?」

 初心者の澪は冗談さえ鵜呑みにして、おずおずとピースを決めた。撮影が終わっても、ピースは輪が止めるまで、黙々と続く。

(ほんとに慣れてないんだなあ)

 やがてプリントが現像され、取り出し口に落ちてきた。プリントの澪は表情がやや硬いものの、ネコ耳のおかげもあって、抜群に愛らしく決まっている。

 輪の隣で、それこそ恋人のように。

「半分ずつ、な」

「こんなふうに撮るんですね。勉強になりました」

 プリントをしげしげと眺め、澪は感心しきっていた。 

 そろそろ時間も気になってくる。輪は腕時計を確認するふりで切りあげた。

「さて、と……遅くなって、みんなに疑われても面倒だし」

「もうそんな時間ですか? 夕方になったら、また合流しましょう」

 澪と別れ、次の相手を待つ。

 

 ゲームミュージアムのロビーで待つこと十五分、黒江が小走りで駆け込んできた。

「早いね、りん」

「涼んでようと思ってさ。それじゃ、行くか」

 ふたり揃ったところで、一緒にミュージアムへと踏み込む。

 黒江の目的は限定仕様のテーマとやらだった。それを携帯にインストールすることで、タメにゃんをナビゲーターにできるらしい。

「カップル限定のだと、一般のと、どう違うんだ?」

「可愛い」

 言いきられてしまった。

「……オレも使ってみようかな」

「りんの『ガールズトラブル』のやつ、私としては悪くないと思う」

「なんで、ひとのケータイの中身、知ってんだよ」

 情報戦では誤魔化しの利かない相手に、輪は白旗をあげる。

(それにしても……黒江の私服ってのも、珍しいな)

 今日の二景黒江は今時の女子高生らしい、夏のコーディネイトが決まっていた。

 上はシャツにキャミソールを重ね、可愛らしさを演出しつつ、下はスキニーパンツで脚線を綺麗に引き締めてある。ふわふわのネコ耳はタメにゃんのもの。

「……私の顔が、どうかした?」

「いや、なんでも」

 この美少女が普段はスクール水着にジャージを羽織っていたりするのだから、もったいない話だった。沙織がやかましくなるのも、わかる。

 輪たちは限定テーマのもとへ直行せず、ミュージアムを見てまわることにした。タメにゃんのグローブを嵌めてのパンチングマシーンなど、ユニークなものが目立つ。

「りん、これ」

 モグラ叩きの前で、黒江が足を止めた。

 穴から出てくるのは、眼帯が妙に凛々しい、海賊風のタメにゃん。ふたりで協力プレイのほか、左右に分かれての対戦も可能になっている。

「いいぜ。勝負するか」

「うん」

 ぴこぴこハンマーを猟師さながらに構え、黒江は目を光らせた。

ゲームスタートの合図とともに、海賊タメにゃんがあちこちで飛び出す。

「おっと! もう始まってんのか」

 出遅れつつ、輪もぴこぴこハンマーでタメにゃんを追った。序盤は単調なくらいに簡単だったものの、BGMのテンポが早くなるにつれ、タメにゃんの動きも俊敏になる。

 にもかかわらず、黒江のハンマーは正確無比にタメにゃんを叩いていた。

「なんとなく読めてきた。……ん、いける」

 みるみる点差が開いていく。

(闇雲に追いかけても無駄だな。よし、ここは……)

 全部を叩くことは諦め、輪は前の二列だけにターゲットを絞った。その甲斐あって、おめおめと取り逃がすことは少なくなる。

「えいっ!」

「これでどうだっ?」

 最後の一匹は、輪も黒江も同時に叩いた。

 黒江のほうで点数が『WIN』の文字に変わり、ファンファーレを鳴らす。

「……私の勝ち」

 淡々とVサインを決めつつ、彼女は口元を緩ませた。

「完敗だったよ。上手いじゃないか」

「この手のゲームには、プレイヤーの意表を突く飛び出しかたっていうのが、あるの。それを読めば、ちょっと手が遅くても、高得点が出せる」

「そんなことができるのは、お前だけだろ……」

 輪はハンマーで軽く黒江のおでこを叩く。

「そろそろ行こ、りん」

「お、おう」

 黒江は飄々と向きを変え、本来の目的である配信コーナーへと立ち寄った。半ば強引に輪と腕を組んで、係員に見せつける。

「カップル限定のタメにゃんのテーマ、ください」

「はい! 少々お待ちくださいませー」

 その間、輪は緊張気味に背筋を伸びきらせていた。左腕に黒江の柔らかさを感じ、胸を高鳴らせては、息を飲む。

(黒江のほうは抵抗ないのか?)

 タメにゃんのテーマとやらはあっさりと入手できた。

「ゲット」

「え? これって、どうやって見りゃいいんだ」

 携帯で早速、データの受信を確認していると、後ろから声を掛けられる。

「アニキ、見ーっけ!」

「……れ、蓮?」

 中学二年生の妹、蓮だった。友達も何人か一緒にいる。

「ひひひ! こっちで会えるかと思って、アニキたちと日程、合わせたんだ~」

 蓮の発言に黒江が首を傾げた。

「お昼から、りんと合流するんじゃ……?」

 はらはらしつつ、輪は口から出まかせを押し通す。

「そっ、そうそう! こいつがオレに昼飯奢らせるってんで、被せてきて……姉貴との予定もあったから、ほら、一日目はこうなっちまったんだよな」

「なるほど。おっけ」

 ひとまず黒江も納得してくれた。とはいえ今は単に、タメにゃんのテーマの設定で頭がいっぱいなだけ、かもしれない。

 彼女には悟られないよう、輪はアイコンタクトで蓮に伝えた。

(頼む! オレに合わせてくれ!)

 勘のよい妹がにやにやと不敵な笑みを浮かべる。

「あたしぃ、てっきりぃ、アニキはお姉ちゃんと一緒かと……だから、お昼は家族みんなでって思ったんだけどなあ。まさか、黒江さんとデートだったなんて」

「黒江は閑たちと来てるんだよ。なっ!」

 辛くも蓮の機転に救われる形となってしまった。ただし余計な一言も付け足される。

「ちゃんとリードできてんの? アニキ。グッズ買ってあげるとか、一緒にプリメ撮るとかさあ……黒江さんを退屈させたりしないでよ」

「だから、そういうんじゃ……はあ」

 顔をあげた拍子に、黒江がネコ耳をぴこっと立てた。

「撮ろ、りん」

「プリントメートを、か?」

 こくりと頷きながら、輪の袖を引っ張る。

「そんじゃー、アニキ、あとでね」

「ああ。……っと、そんなに引っ張んなくっても、やるって」

 蓮のグループと別れ、輪は黒江と一緒にプリントメートのボックスに入った。

(さっき澪と撮ったばかりなんだけどなあ……)

 筐体のスクリーンと自分の携帯を見比べながら、黒江がてきぱきとフレームを選ぶ。

一応、輪も一緒という体裁ではあるものの、黒江にとってはもはや『タメにゃんのナビゲーター』との記念撮影だった。筐体に携帯を向け、Vサインで瞳を輝かせる。

「任務、完了」

 しばらくして、黒江とのプリントメートも仕上がった。

 輪の携帯には妹からの催促が届く。

『で、奢ってくれるんでしょ? みんなの分も』

 蓮の周到さに呆れつつ、輪は黒江とのデートを切りあげた。

「じゃあ、オレ、蓮たちと合流するからさ」

「ありがと」

 ご満悦の黒江を見送っていると、遊園地に正午のチャイムが鳴り響く。

 

 ランチタイムは妹のグループに同席することになってしまった。イレイザーの仕事でバイト以上に稼いでいると、知られてしまったのが運の尽き。

 上機嫌に蓮がパスタを頬張る。

「んぐんぐ……アニキってば、面白いことやってんじゃん。本日は五股ってわけ?」

「流れでこうなっちまったんだよ。まあ、さっきは助かったぜ」

 さっきは危ない場面だったが、ひとまず無難な嘘で誤魔化すことができた。黒江も単独行動のため、閑たちに細かい経緯を伝えはしないだろう。

 妹の友達らが面白がって、はしゃぐ。

「きゃー! お兄さんったら、やっらしー!」

「いい思いしてんだから、アニキにはデザートも奢ってもらわないとね」

 案の定、あれもこれも支払わされる羽目になった。

 蓮が興味津々に探りを入れてくる。

「チャンスじゃん、アニキ。思いきって閑さんにアタックしちゃえば、さあ……」

「そればっかりだな、お前」

 相手にせず、輪は頬杖でそっぽを向いた。それでも妹のお節介は止まらない。

「嫌われてはいないっしょ。さっさとツバつけとかないと、後悔するかもよ? ひひひ」

「嫌な言い方すんなよ。そういうお前は、まだ彼氏できねえのか」

 気のないふりをしつつ、頭の中は閑のことでいっぱいになってしまった。

 イレイザーとなった輪をARCへと導いてくれた、一之瀬閑。ひとつ年上で、お姉さんぶっている割に、天然も入っていて。今や輪にとって特別な存在になりつつある。

(閑との約束は最後だったな)

 実のところ、この遊園地で一勝負、とは思っていた。

 優希との約束に備え、昼食は軽めに済ませておく。

「そっちは今日だけで帰るんだろ?」

「きゃー! お泊まりだなんて、お兄さんったら、やっらしー!」

「わ、わかったから、騒ぐな」

 女子中学生の勢いに押され、輪は逃げるようにグループを離れた。次の予定まで小一時間ほど、先ほどのゲームミュージアムで過ごす。

 

 先に喫茶店に入って、窓際の席を確保する。

 約束の二時を少し過ぎてから、優希が窓の向こうに現れた。小走りで店の中へとまわり込んできて、相席につく。

「お待たせ、ダーリンちゃん!」

 ほかの客の視線が一斉に集まってきた。輪は赤面しつつ、お冷に口をつける。

「その呼び方、外ではやめろって、言ってるだろ」

「カップル限定のパフェなんだから、このほうがいいってば」

 恋人向けのお品書きはウェイトレスが持ってきた。一杯のドリンクにしても、ストローがふたつ差さっているようなものばかりで、輪のほうは尻込みする。

「こ、こんなの食うのか?」

「それが目的なんでしょ。すみませ~ん!」

 しかし優希は照れもせず、タメにゃんのラブラブパフェを注文してしまった。

「午前中はどこ見てまわってたの? ダーリンちゃん」

「ゲームのミュージアムとか……さっきまで蓮と一緒だったんだ」

「ふーん。蓮ちゃん、ゲーム好きだもんねえ」

 雑談がてら、輪は優希のコーディネイトを何気なしに眺める。

 愛らしいネコ耳はタメにゃんの友達の証だった。スポーツブランドのTシャツとホットパンツで爽やかにまとめつつ、縞々のシャツを腰に巻き、カジュアルに決めている。

 顔つきを幼く感じるのは、幼馴染みだからかもしれない。

「そんでさぁ、沙織ちゃんが……」

「お? 来たぜ」

 やがてラブラブパフェとやらが運ばれてきた。優希の瞳が無邪気に輝く。

「可愛い~! 食べちゃう前に写真、撮ろ!」

パフェの天辺には、青とピンクのタメにゃんが仲良く並んでいる。青が男の子でミント味、ピンクが女の子でイチゴ味のアイスクリームらしい。

「えーとぉ、タメにゃんのラブラブパフェはご覧の有様、と……」

「実況なんてしたら、こっそり食べてるの、ばれるぜ」

「あ、そっか。危ない、危ない」

 優希が内緒にしたがるのは、カロリーの過剰な摂取を知られたくないため。格闘技も水泳も、もとはカロリーの消費が目的だったりする。

 ふたりはパフェを挟んで向かいあい、ホイップクリームから味見した。

「このウエハース、味がねえよなあ……」

「だからこうやって、クリーム乗っけて、食べるんでしょ」

「つーか、スプーンがひとつしかないぞ? すみません、ちょっとー」

 恋人仕様であることなど忘れ、お互い自分のペースでラブラブパフェを楽しむ。

「あっ? お前、オレがミント味好きなの、知ってるくせに!」

「えっへっへー」

 彼氏用のアイスクリームをごっそりと奪われ、輪は仕返しにイチゴ味を狙った。すると優希が不意に手を止め、顔を引き攣らせる。

「ダーリンちゃん、ボクが食べたとこばっか……」

「そーいうんじゃないっ!」

 ありもしない疑いを掛けられ、声のトーンがあがってしまった。

 優希の食べかけを自分が食べれば、ディープな関節キスになるかもしれない。しかし、そこまで変態に堕ちたつもりはなかった。

「ここまで食べて、今さら関節キスなんか気にするかよ」

「それもそうだね」

 ほかのカップルは『あーん』などして、いちゃついている。にもかかわらず、輪と優希のコンビはひたすらにパフェそのものを味わった。

 やがてパフェのグラスも空になる。

「なんだかんだで、がっつり食ってしまった……美味かったけどさ」

 ラブラブパフェの食べ方が間違っていることには、あとになって気付いた。

「ふー、お腹いっぱい」

「少し一服してから、行くか」

 満足そうな優希に相槌を打ちながら、輪はちらっと隣のテーブルに目を向ける。

 客はカップルや家族連れがほとんどなのに、ひとりで席についている女子がいた。しかもこの場でケイウォルス学園のブレザーを着ている。

「美味しそうじゃないの。こういう楽しみもないと、ね。いただきま……」

 輪も優希も唖然としてしまった。

「……何やってんだ、愛煌」

「げっ」

 生徒会長の愛煌=J=コートナーはぎくりと顔を強張らせる。その前にはビターな色合いのチョコレートパフェ。事情を察し、優希は生温かい同情を込めた。

「愛煌ちゃん、もしかして……ひとりで?」

「に、任務で来たのよ、知ってるでしょ! ちょっと休憩しようと思っただけ!」

 愛煌は真っ赤になって癇癪を起こす。極秘の任務にしては、声が大きい。

 仕事の合間に休憩というのは本当らしかった。エンタメランドは今、一部でカイーナ化が進行しており、ARCが厳重な警戒に当たっている。司令官の彼女(ないし彼)は何かと気を揉んでいるはずで、息抜きは欠かせないだろう。

「……で、あなたたちはデートってわけ? ほかの面子はどうしたの」

「別行動してるんだ。あ、ここでパフェ食ってたことは、秘密にしててくれ」

 優希と目配せしつつ、輪はおもむろに席を立った。

「オレたちはそろそろ行くぜ」

「愛煌ちゃんはどうぞ、ごゆっくり」

 司令が溜息を漏らす。

「そっちこそ、余計なこと、しゃべるんじゃないわよ? 特に御神楽には」

 御神楽に対するライバル意識をひしひしと感じた。ふたりが衝突しがちなのは、強情な愛煌のほうにも原因があり、その仲裁には輪も苦労させられている。

「へいへい。じゃあな」

 輪たちは会計を済ませて、喫茶店をあとにした。当然、ここも輪の奢り。

「ダーリンちゃん、あれ、撮ろうよー」

 優希が目をつけたのは、またもやプリントメートだった。

「さっきも黒……蓮と撮ったばかりなんだけど、オレ」

「まあまあ。せっかく遊園地まで来たのに、妹とだけじゃ、悲しいでしょ? パフェ付き合ってくれたお礼に、ボクが一緒してあげるから」

 躊躇うものの、強引に引っ張り込まれる。

(プリントメートって、どこにでもあるんだなあ……)

 意気揚々と優希はスクリーンにタメにゃんを登場させた。それも一匹や二匹と言わず、自分たちの顔が見えなくなるくらい、出しゃばりなタメにゃんで埋め尽くす。

「もう誰のプリメか、わかんねえぞ、これ」

「大丈夫、大丈夫! ほら、ダーリンちゃんはこっち」

 それこそ恋人のように輪にもたれかかって、優希は小粋なピースを決めた。輪もカメラに目線を送って、タメにゃんだらけの賑やかなプリントを仕上げる。

「これでよし、と。クッションカバー、もらえるかなあー」

「ん? どうしたって?」

「ううん、なんでも! パフェ、付き合ってくれてありがと、ダーリンちゃん」

 幼馴染みの言動には含みを感じずにいられなかった。

しかし輪は詮索せずに優希を見送る。

「夕飯までにお腹、空かせてろよ」

「えへへ、まだまだ遊ぶから! じゃあねえー」

 次の沙織との合流まで、まだ三十分近くもあった。真夏の日差しを避けながら、これまでのプリントメートを眺めて、午後を過ごす。

「性格が出るもんだなあ……」

 とりあえず試しに撮ってみただけの澪。

 成果の報告として撮影した黒江。

 オプションで遊びまくって、もはやプリントの体を成していない優希。

(それにしても……五月道も黒江も、なんだってプリントメートをしたがったんだ?)

 あとは沙織、それから閑との約束が控えていた。

 

 午後の三時になったら、中央広場の時計塔へと急ぐ。

 五階のホールは大勢のカップルで賑わっていた。男女のペアでしか入場できないため、輪はゲートの前で沙織を待つことに。

 しばらくして、沙織がいそいそと駆け込んでくる。

「お待たせしてしまって、ごめんなさい!」

「階段であがってきたのか? ゆっくりエレベーターでも、よかったのに」

「遅れたりしたら、オルゴールを見逃してしまいますもの」

 黒江や優希と同じネコ耳でも、沙織のものは貴族然とした気高さを醸し出していた。緩やかにウェーブの掛かったロングヘアが波打ち、優美な煌きを振りまく。

 フレアワンピースはスリーブがメッシュになっており、黒バラの模様が美麗に描かれていた。スカートはウエストを高めにあげ、その左寄りに大きな結び目を作っている。

「やっぱ沙織は、どんなの着ても似合うな」

 率直に呟くと、沙織に額の熱を測られてしまった。

「輪さんが女性のファッションを褒めるなんて、どうかしたんですの?」

「オレだって、それくらいの感性はあるっつーの……」

 内心、図星を突かれてしまった気がして、輪は肩を落とす。

彼女の言う通り、澪にも黒江にも優希にも、服については一言も褒めなかった。ネコ耳も『可愛い』と思いつつ、口には出していない。

 沙織は人差し指を立て、はにかんだ。

「褒めるにしても、もっと感情を込めて、上手に言ってあげませんと」

「……善処するさ」

 年上で聡明な彼女には、頭が上がりそうにない。

 輪たちはペア限定のゲートをくぐり、時計塔のメインホールへと足を踏み入れた。

外と同じ意匠の大時計が、内側でも時を数えている。間もなく三時、長針は真上に差し掛かろうとしていた。

上のほうで鐘が鳴り、微弱な振動となって、塔の全体に伝わっていく。

「もうすぐでしてよ、輪さん!」

同時に歯車が一斉に稼働を始めた。

時計の前で円形のステージがせりあがってきて、人形劇の幕を開ける。楽隊の演奏に合わせて、くるくるとまわるのは、王子様と王女様のペアだった。

 玩具たちの愉快な舞踏会に、沙織はうっとりと酔いしれる。

「くるみ割り人形みたいですわ……はあ」

「オレはメリーゴーランドとか、そういう印象かな」

 輪は携帯のカメラを構えた。しかし、沙織に横目で釘を刺される。

「なんでもかんでも撮影しようとするのは、感心しませんわね」

「蓮にも見せてやろうと思ってさ」

 やがて楽隊は演奏を終えた。王子様と王女様がお辞儀して、舞台ごと引っ込む。

 沙織は余韻に浸り、まだ惚けていた。

「素敵でしたわ。お人形の衣装も凝ってて……」

「そういや蓮も、小さい頃は、ああいう人形持ってたっけ。優希は昔っから、ヌイグルミばっかだったしなあ」

 彼女の感動に水を差さないよう、輪は踵を返さずに待つ。 

(女は好きなんだなあ、人形)

 ほかのカップルはホールを出たところで、パンフレットに記念のスタンプを押してもらっていた。輪たちもスタンプを獲得してから、時計塔を降りる。

 沙織が不自然に声を上擦らせた。

「そ、そうですわ、輪さん。あちらのプリントメート、ご一緒しませんこと?」

「へ? ああ、いいけど」

 本日だけで四度目となるお誘いに、輪は首を傾げる。

「プリメがなんかと交換できるのか?」

「あら、ご存知でしたの? 確か、パンフレットのこのあたりに……」

 適当に言ってみたところ、大正解だった。

 男女がペアのプリントメートで抽選に応募できるらしい。景品はタメにゃんの特製クッションカバーとのこと。

(なるほど……それで五月道や黒江もプリメしたがったのか)

 黒江や優希ならまだしも、澪や沙織まで欲しがるタメにゃんの魔力には、恐ろしいものを感じた。そして今、全員がライバル関係にある。

「みなさんには秘密にしておいてください。その……抽選ですので」

「自分だけ当たったら、気まずいもんな」

 相槌を打ちながら、輪は沙織と一緒にプリントメートの筐体に入った。操作がわからないらしい彼女に代わって、無難なフレームで準備を整える。

「ちょっと、近すぎませんこと?」

「ふたりとも映ってないと、応募できないだろ」

 カウントに合わせて、沙織は緊張気味に背筋を伸ばした。輪のピースを真似て、ぎこちないピースを、指で編むように作る。

「……はあ。慣れないことを無理にするものではありませんわね」

「プリメが? ピースが?」

「……両方ですわ」

 彼女の唇からやけに重たい溜息が漏れた。ふと、ひとりめの恋人と印象がだぶる。

「五月道と同じ顔してるぜ」

「え? 澪さんが、どうかしまして?」

「あ、いや……そろそろ戻ったほうが、いいんじゃないか」

 ぼろが出そうになったところで、輪は半ば強引にデートを切りあげた。

「お夕飯はみんなで一緒でしてよ」

「わかってるって」

 沙織と次の合流を確認してから、それぞれ方向を変える。

(いよいよ大詰めだな)

 あとは閑との約束を残すのみ。この調子なら、ひとりずつ順番にデートしていることは誤魔化せそうだった。念のため、ストラップやパンフレットは鞄の奥に仕舞っておく。

 

 午後四時になったら、観覧車のもとへ。

 夕焼け色に染まった遊園地を眺めるのが定番らしいが、夏の日は長い。まだ空は青々と澄み渡っていた。案内ボードの前で待つこと数分、閑がやってくる。

「待たせちゃったかしら?」

「いいや。こっちも五分前に来たとこ」

 俄かに胸を高鳴らせながらも、輪は平静を装った。ここで余裕のなさを晒しては、また閑にお姉さんぶられて、リードを許すことになりかねない。

 一之瀬閑は薄手のシャツにキャミソールのワンピースを重ねていた。ネコ耳のため、帽子は鞄に掛けてある。風が吹くと、ストレートヘアがふわりと波打った。

(そうだ。さっき沙織にも言われたんだし……)

 輪は口を開けてから、コメントに迷う。

「あー、と……なんつーか、今日の閑、いい感じだなあ」

 まどろっこしい言い方しかできなかった。それでも閑は顔を赤らめ、照れる。

「どうしたのよ? 輪ったら」

「ほ、本当にそう思ったんだって。別にいいだろ」

 掴みは上々、手応えはあった。それでも手は閑のほうから繋いでもらう。

「さあ行きましょ!」

「おう。空いてるうちに乗ろうぜ」

 ふたりはさながら恋人同士のように観覧車のゲートをくぐった。

 夕暮れ時は混雑するらしい観覧車も、四時過ぎなら長々と並ぶ必要もない。順番が来たら、閑の手を引きつつ、ゴンドラに乗り込む。

「気をつけろよ」

「ええ」

 少しずつゴンドラが浮きあがった。輪と閑は手を離し、向かいあって腰を降ろす。

「観覧車はね、明日、みんなで乗るんだけど。澪が高所恐怖症だっていうの」

「そういや、そんなことも言ってたっけ」

 この観覧車はカップル限定というわけでもなかった。わざわざ秘密の約束をしてまで、相席に自分を選んでくれたことの意味が知りたい。

「だったら、オレと乗るのも、別に明日でよかったんじゃないか?」

「いいじゃない。たまにはこうやって、ふたりで過ごすのも」

 それきり会話は続かなくなってしまったが、緊張感がかえって心地よいムードになってきた。目が合うだけで、気恥ずかしさが込みあげて、お互い外の景色に目を逸らす。

「……いい眺めだな」

「そうね」

 この高さなら、離島の端まで見渡せた。

ミニチュアのサイズとなった遊園地が、宝石色の輝きを放つ。本当にファンタジーの世界へとやってきたようにさえ思えて、今だけは普段よりも勇気が出せた。

「また一緒に映画でも行こうぜ、閑」

「あら、映画だけなの?」

「ほ、ほかに思いつかないんだよ。気の利いたのが……」

 輪は赤らんだ顔を背けながら、口ごもる。

 お姉さんが小さな笑みを零した。

「お祭りなんてどうかしら。夏の夜といったら、花火でしょ」

「ああ、そっか。海とかプールとか、そういうのばかり考えててさ」

 口をついて出てしまった言葉を、深読みされる。閑の視線が冷ややかになった。

「……相変わらずね」

「そんなふうに思われるから、誘わなかったんだよ!」

 まるで彼女の水着を期待するかのような流れになってしまう。

「み……水着なら、いつも見てるじゃないの」

 恥じらいつつも、おずおずと閑がワンピースのスカートを掴んだ。その裾を上げ、フトモモの上にある真っ白な薄生地を、少しだけ覗かせる。

 それこそがケイウォルス学園のスクール水着。

「み、見せなくていいって!」

 見ている輪も赤面し、たじろいだ。

 ふたりとも口を噤んで、反対方向の景色を眺める。しかし意識はパートナーに向かってばかりで、胸の鼓動も一向に鎮まらない。

(……だめだ。もう何話せばいいのか、わかんねえ)

 やがてゴンドラは天辺を過ぎ、緩やかに降下を始めた。だんだん遊園地の全景が低くなり、青空が遠ざかっていく。輪は先に席を立ち、閑に手を差し伸べた。

「いい眺めだったな」

「ええ。乗ってよかったわね」

 今度はこちらから手を繋いで、リードを掴む。

 さっきまでの気恥ずかしさも、地上の賑やかな空気に紛れた。

「そうだ! プリメをペアで撮るとさ、抽選で景品がもらえるんだよ。やろうぜ」

「知らなかったわ。当たるとは思わないけど、寄っていきましょうか」

 観覧車の傍にプリントメートを見つけ、ふたりで入る。

「そっちのほうが可愛いんじゃない?」

「タメにゃんも一匹くらい、いて欲しいよな」

 五回目のプリントメートにして、初めてパートナーとまともな相談ができた。澪と沙織は輪に任せきりだったし、黒江と優希は自分本位に進めてしまったわけで。

(デートっぽいな、これ)

 閑の横顔を見詰めながら、輪は胸が疼くような高揚感を堪えた。

 閑とはお互い一匹ずつタメにゃんを並べ、シャッターを待つ。棒立ちでいる輪の分も合わせて、閑は両手でダブルピースを決めた。

「できたわよ! はい」

 プリントメートには恋人同士らしいふたりが映っている。

「えーと、どこで投稿するんだっけ……」

「ねえ、景品ってどんなの?」

 ところが俄かに空気の質が変わった。

まるでカイーナにでも迷い込んでしまったかのように、おぞましい殺気に囲まれる。

(……げえっ!)

 恋人たちの仁王立ちは輪の心胆を寒からしめた。

「輪くん? 閑さんとふたりきりで、一体、何をしてたんです?」

「まさか一日で、全員を攻略しようなんて……」

 澪が、黒江が、不埒な男に疑惑の視線を投げつける。

「ボクたちを手玉に取って遊んでたんだ? へえー。ふーん」

「こんな真似をなさるなんて……覚悟はできていらっしゃるのかしら?」

 優希も、沙織も、こめかみに青筋を立てていた。

 閑は状況を把握できておらず、ぱちぱちと瞳を瞬かせる。

「どうしたの? みんな、そんなに怖い顔して……輪と一緒に観覧車に乗るの、黙ってたのは、悪いと思うけど……」

「これですっ!」

 ほかの四人が一斉にプリントメートをかざした。どれもこれも、真井舵輪という男が彼氏面で、女の子と仲良く映っている。

「どういうことですの? ダーリンさん!」

「説明して、だーりん」

 あてつけのように『ダーリン』と罵られてしまった。

「あたしたちを取っ替え引っ替えしてた、ってことですよね、ダーリンくん!」

「今回のはちょおっと、ボクも許せないなあ……」

 輪はおろおろと慌てふためき、腰の引けた恰好であとずさる。

「ま、待て! 付き合ってくれって言ったのは、お前らのほうだろっ?」

 まるで『オレに惚れたのはそっちだから』という身勝手な男の台詞になってしまった。それが彼女らの逆鱗に触れたらしい。

 とうとう閑まで、わなわなと肩を震わせる。

「少しは王子様に近づいたと思ったら……ほかの子にも同じことを」

 五人の美少女は殺気を放ちながら、輪をぐるりと包囲した。

 そこを通りかかったのは、御神楽緋姫のご一行。

「あんなにモテるひと、いるんですねー」

「そのうち刺されるんじゃない?」

 すれ違いざま、御神楽が女たらしをぎろっと睨みつける。

「み、御神楽……」

 閑たちの怒りはピークに達した。

「ちょっと、ダーリン! まさか、ほかにも?」

「あたしたちを馬鹿にしてっ! 洗いざらい白状してもらいますから!」

「おっおい? 囲むな、蹴るな! 御神楽、助け……」

 色男への袋叩きが始まる。

「あのひと、お知り合いですか? 緋姫さん」

「さあ?」

 御神楽は助けてなどくれなかった。

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