ダーリンのおぱぁい大作戦!

第1話

 102号室へと足を踏み入れ、閑たちは目を瞬かせた。

「……輪? いないの?」

 部屋そのものには何の変哲もない。照明は点きっ放しで、勉強机のテキストを黙々と照らしていた。しかし部屋の主が見当たらない。

「こっちです!」

 焦った調子で、澪が皆を呼ぶ。

 問題のカイーナは浴室で待ち構えていた。浴槽の底に大きな穴が空いて、まったく別の空間と繋がっている。第四のメンバーは顔を見合わせて、頷いた。

「入ってみるしかありませんわ。輪さんも、きっと中に……」

「黒江ちゃんもお部屋にいないし、ひょっとしたら、ダーリンちゃんと一緒かも」

 戦闘用のフォーム(白色のスクール水着)にチェンジして、前衛の沙織から順に、浴槽の穴へと飛び込む。優希のあとは閑で、最後尾は澪となった。

「どうして、こんなところにカイーナが……」

「周防くんの推察では、輪くんが作り出したってこと、らしいですけど」

 生活の場である寮がカイーナとなったことで、誰もが緊張感を孕ませていた。この迷宮を片付けることができなければ、スクールライフにも支障をきたすだろう。

 細長い回廊を進むにつれ、空気が蒸れてくる。

「……なんだか蒸せませんこと?」

冬にしては暑いほどで、沙織が眉を顰めた。

「体温調節の機能は切ったほうが、よさそうですね」

 第四部隊は防御系のスキルアーツを効率よく反映させるため、スクール水着を着用している。生地は薄いものの、レイの攻撃には鉄壁の守備力を発揮した。

 ところが、そのレイが一匹も出てこない。

「ここは本当にカイーナですの?」

 沙織と同じく前衛の優希は、構えるのを止め、頭上を見上げた。

「逆さまになってない気もするし……ねえ、澪ちゃん」

「それ、あたしも気になってたんです。これでは単なる迷路と言いますか……」

 澪は壁に触れ、首を傾げる。迷宮にしても、構造は一本道でしかなかった。

しばらく進むと、道が左右に開け、閑たちは目を見張る。

「……え?」

 目の前にはプールがあった。屋外のように明るく、水面がなみなみと煌く。プールサイドにはサマーベッドが並び、ビーチバレー用のネットまで張ってあった。

 澪が呆気に取られる。

「ど、どうして、ここだけ夏休みなんでしょうか」

 カイーナとは、フロアキーパーとなった『人間』が作り出したもの。その性格や嗜好が如実に反映され、時に独創的な迷宮を誕生させることはあった。つまり、このカイーナのフロアキーパーは、何かしらプールに興味を抱いている。

「ひゃああっ?」

 不意に甲高い悲鳴があがった。

「どうしたの、澪!」

「み……見てください。これ……」

パラソルのもとに掛けてある水着を引っ張り出し、澪は赤面する。

 それは水着にしても明らかに布地の面積が足りていなかった。サイドがなく、両肩からVの字に掛けるように着用するものらしい。人前で着るには、破廉恥すぎる。

(エッチに節操がない、この感じ……どこかで)

 スクール水着のレッグホールを調えてから、閑は皆に指示を送った。

「プールの調査はあとまわしにして、進みましょう。なんだか嫌な予感がするのよ」

「同感ですわ。まさか、とは思いますけど」

 沙織も同じものを感じ取ったようで、眉を顰める。

 第四のメンバーはプールサイドを通過し、次の扉をくぐった。逆さまになっているわけでもない、普通の階段を降りて、第二層のフロアへと突入する。

 その階段の半ばで、優希が立ち止まった。

「……なんなの? これ」

 下の通路は大量の風船で埋め尽くされている。色も鮮やかで、さながらテーマパークのような雰囲気を醸し出していた。

「ちょっと待ってください。危険がないか、調べますので」

 スカウト系の黒江がいないため、トラップの識別はアイテムが頼り。澪はペンデュラムを吊るし、罠のサーチを試みたが、反応はなかった。

 沙織が慎重に身体を腰まで、風船の波に沈める。

「大丈夫ですわ。落とし穴もないようですし」

「まごまごしてても、進めないものね。気を付けていきましょう」

 拾ってみても、風船は風船でしかなかった。優希に続き、後衛の閑と澪も風船のプールへと飛び込む。

「こういうの、前の学園祭でなかったっけ? ハートの風船を探せ、って」

「私、まだ中等部ですから……でも、ありそうですね」

 そんな話をしていたら、ハートの形の風船を見つけてしまった。バレーボールくらいのそれを両手で抱え、閑は瞳を瞬かせる。

「……水が入ってるのかしら?」

「こっちにもありましたわ。小さいですけど」

 沙織の拾ったものはソフトボールほどのサイズだった。そちらも水が入っている。

「よくわからないわね、このカイーナは。プールといい、この風船といい……」

 首を傾げていると、すぐ後ろで、また澪の悲鳴があがった。

「ひゃあっ? ……こ、これって……」

 何やら頬を赤らめて、困惑の表情を浮かべる。

「今度はどうしたの、み……きゃ!」

 おそらく同じものを、閑もお尻で感じ取った。ハート型の風船が角を上に向け、脚の付け根に挟まろうとする。そして、狙い澄ましたかのようなタイミングで割れた。

 冷たい水がスクール水着のお尻にじんわりと染み込む。

「くふぅん……! な、なんなのよ、もしかしてトラップだったの?」

 お尻の間だけが濡れるという恥ずかしい感触が、閑を戸惑わせた。なるべくフトモモをきつく閉じ、ハートの風船を警戒する。

 同じように澪もお尻を逃がそうと、腰をランダムに振った。

「こ、こんな嫌がらせ、誰が考えたんです?」

「ちょっと、澪? 慌てないで」

 しかし腰まで埋もれていては、下のほうの風船を視認できない。ふたりして悶えるように風船のプールをかきまわし、お尻とお尻をぶつける。

 優希や沙織はまだ状況を把握できずにいた。

「閑ちゃんも澪ちゃんも、急にどうしちゃったの? ねえ……」

「ハートのやつに注意して、優希っ!」

「へ? えっ、あ、あわわ!」

 隙だらけの優希に向かって、ハートの風船が突っ込んでいく。それは真正面からセーラー服の中へと飛び込むと、ぱんと割れた。

「ひゃあんっ!」

 おかげで、優希の双乳は水浸しに。

「つ、つめたぁ……なんで、はあ、風船がこんなこと?」

 セーラー服がしっとりと濡れ、スクール水着のラインが透けてしまう。優希は敏感そうに唇をわななかせて、灼けた吐息をにおわせた。

「そっちにもいるわよ、沙織!」

「え、ええ!」

 まだスクール水着を濡らされていない沙織は、階段まで引き返そうとする。しかしすでに遅かったのか、びくっと身体を震わせた。

「きゃあっ? あ……ふうっ、ん!」

目を瞑って耐えるものの、ありありと羞恥を浮かべながら、下唇を噛む。やや前屈みの姿勢で、両腕はおへその下へと向かっていた。濡らされた場所に想像がつく。

「ひょっとして、沙織?」

「お、おっしゃらないで……それより脱出しませんと」

 閑たちは背中合わせに集まって、ハートの風船に細心の注意を払った。

 だが、肝心のハート型はほかの風船に埋もれて、見えない。あとずさった拍子に閑と沙織は、ハートの風船をお尻でサンドイッチにしてしまった。

「ひゃあぁ? こ……こんなとこにも?」

 そこだけ体温を一時的に奪われ、寒気がする。堪えているつもりでも腰が震えた。

「と、とにもかくにも、っん……この風船地帯を突破するべきですわ」

「少しくらい濡れるのは、我慢するしかありませんね」

 ハートの風船を警戒しつつ、閑たちはおもむろに風船をかき分け、進む。

 単に濡れるだけ、と頭ではわかっていた。しかし濡らされる『場所』に意図的なものを深読みせずにいられない。

 小さなハートが閑のセーラー服にも飛び込んで、弾けた。

「ま、また? はあ……こんな、悪戯くらいで」

 気丈に振る舞ってみても、濡れる感触は無視できない。回数を重ねるごとに、スクール水着はしとど濡れ、身体にぺったりと張りついた。吸収しきれない分は雫となって、薄生地の脇腹を舐めるように伝い落ちる。

 ほかの風船も波を荒くして、胸の高さまでせりあがってきた。

「……けほっ! い、息が」

顔面で水を浴びる羽目になった澪が、片目を伏せて、咳き込む。一方、優希はファルシオンをこぶしに装着し、風船の群れを蹴散らそうとした。

「もう割っちゃおうよ! ボクに任せ……ひあ?」

 しかし攻撃の構えで脚を広げたために、そこを一斉に狙われる。続けざまにスクール水着の股座ばかり濡らされて、さしもの優希も赤面しつつ、身体を震わせた。

「なんで? んはあ、濡れるだけなのに」

「しっかりして、優希! こっちから割るのは、いい方法よ」

 閑は細身の剣・ジェダイトを召喚し、手当たり次第に大きい風船から貫く。沙織もハルバードのニーズホッグを振るい、風船を薙ぎ払った。

 だが、殲滅させるには数が多すぎる。

 後衛の澪は風船の波に飲まれているせいで、スペルアーツを詠唱する暇もなかった。それでも頭はまわるようで、丸い風船を手に取る。

「閑さん! 普通のを脚に挟んでおけば、守れるかもしれません」

「そ、それだわ! みんなも早く!」

 すかさず閑も手頃な風船を取って、フトモモで挟み込んだ。おかげで、ハートの風船の脅威から、多少は弱点を庇うことができる。

 ただし、そのせいで歩きにくくなってしまった。戦闘態勢もままならず、優希など、すっかり身体を小さくしている。

「うぅ……これじゃ、かえって不利になってない?」

 どうせ動けないのならと、閑は号令を放った。

「こうなったら……沙織、優希! 少しだけ澪をガードして! 澪のスペルアーツで一掃してもらいましょう!」

「了解ですわ!」

「うん! 澪ちゃんは真中にいてね」

 リーダーの指示に従い、沙織と優希が迅速に動く。

 閑も合わさって、澪の三方向を固める布陣が整った。風船の波に煽られながらも、中央の澪を死守し、詠唱の時間を稼ぐ。

「お待たせしました、さがってください! トルネード!」

 澪のてのひらから突風が巻き起こった。

 そのはずが、扇風機ほどの威力しか出ない。正面の風船を風にふわりと乗せるだけで、トルネードはかき消えてしまった。てのひらを突き出したまま、澪は唖然とする。

「な……どうして?」

「え、詠唱を間違えとか、アーツの構成が……」

 閑も、優希も、沙織もトルネードの不発に気を取られた。その隙にハートの風船がいくつも飛来し、メンバーの頭上を取る。

 それが連続して弾け、閑たちに頭から水を浴びせた。

「きゃあああああ!」

「いっ、いい加減になさい!」

 濡れた髪が、うなじや上腕に絡みつく。

 閑たちをひとしきり揉みくちゃにしてから、風船の群れは波を反転させた。ハートの風船がなくなったのか、一斉に引くように退散していく。

 やがて道が開けた。

「あたしのスペルアーツが発動しないなんて、こんなこと……」

「気にしないで、澪。わたしだって、ジェダイトをろくに使えなかったんだもの」

 全員、スクール水着はびしょ濡れ。セーラー服の生地を剥がすと、巨乳のラインに沿って、水滴が流れた。

 脚に挟んであった風船を、優希が軽く蹴り飛ばす。

「遊園地のアトラクションでも、こんなにエッチなのはないってば」

「風船ごときに手間取りましたわ」

 思わぬ苦戦には沙織も辟易としていた。 

 あくまで『濡れるだけ』であって、実害は少ない。だが、ハートの風船は胸やらお尻やらを執拗に狙ってきた。いやらしい目的が働いていると見て、間違いないだろう。

 ふと、澪がおかしなものを見つける。

「あれは……なんですか」

 トンボのような物体がホバリングしていた。

そこから視線を強烈に感じ、閑はずぶ濡れの我が身をかき抱く。

「まさか、誰かが見てたんじゃ……?」

 それは方向を変え、飛び去った。カメラの類であれば、閑たちが風船と戯れる一部始終を、何者かが観賞していたことになる。

 プライドの高い沙織は奮起し、ハルバードを握り締めた。

「絶対に許せませんわっ! わたくしが引導を渡して差しあげます」

「うんうん! ボクもアッタマきちゃった」

 優希の両手でもナックルが輝く。

(わたしたちのことを見てたなんて……一体、誰が?)

 真相を確かめるべく、第四のメンバーは探索を再開した。

 進むにつれ、道がだんだんと狭くなる。

「敵もいないし、わたしが前に出るわ。沙織はしんがりをお願い」

「撤退のルートを確保すれば、よろしいんでしょう? お任せになって」

 隊列は閑を先頭に、優希、澪、沙織の並びとなった。三番手の澪はスカウト系のアイテムを駆使し、黒江の不在をカバーする。

「やっぱり何の反応もありません。でも、あたしでは……」

「難しいものね、それ。マッピングだけで充分よ」

 ここに来て、黒江がいないのは痛かった。

 スカウト系のスペルアーツは代用品があるとはいえ、扱いが難しい。罠の解除やアーツ片の解析には、アイテムとは別に、専門的な技術と知識を要求される。

 司令部との通信にしても、使用回数が限られた。

「哲平くん、聞こえる? こちら、第四部隊」

『はい、司令部です。そちらの状況を教えてください』

「カイーナに入ったことは、入ったんだけど……どうもおかしいのよ。レイは一体も出てこないし、プールがあったりして」

『プール、ですか?』

 回線の向こうで哲平が疑問符を浮かべる。

『……了解しました。引き続き、調査をよろしくお願いします』

「わかったわ。黒江と連絡がついたら、すぐ教えて」

 通信を終え、閑たちは作戦を続行した。

道はさらに狭くなって、縦一列で進むのがやっと。両側の壁を撫で、隠し扉を探してはみるものの、手応えはない。

「本当にこの道で合ってるのかしら……」

「ほかに道なんてなかったよ? 窮屈だよね、ほんと」

 歩く速度を合わせるため、後ろの優希が閑の肩を掴んだ。少し離れて、澪はペンデュラムで罠の警戒に当たる。

「通れますか? 沙織さん」

「こう狭くっては、ニーズホッグはなおしておくしか、ありませんわね」

 最後尾の沙織はハルバードを引っ込め、移動に専念した。

 道は狭いうえ、床の中央が盛りあがってくる。最初のうちは気に留めるほどでもなかったが、それは徐々に高度をあげ、意外な形で閑たちの進行を妨げた。

「ね、ねえ、閑ちゃん……やばくないかなあ」

 二番手の優希が息を飲む。

 通路の中央はさながらアルファベットの『A』の形にまでせりあがっていた。左右の足場にも余裕がないせいで、脚を広げ、その三角形を跨ぐ格好にならざるを得ない。

「戻ったほうがいいかもしれないわね」

 嫌な予感がした。さっきの風船プールといい、いやらしい意図を感じる。

 不意に左右の足場がさがった。

「きゃああああっ!」

 反射的に爪先立ち、脚を伸びきらせるものの、三角形がスクール水着の底を直撃する。

 後ろの優希も同じ目に遭って、三角形の斜面に膝を擦りつけた。

「待ってってば! こんなの……無理っ、脚が……!」

「ち、ちょっと、優希? 手を離してっ!」

 優希に肩を掴まれているせいで、閑にも体重が掛かる。

 澪はペンデュラムを捨て、三角形に両手をついた。沙織もその角を持つことで、股座への加重をいくらか和らげる。

「落ち着いてください。こうやって腕も使えば、はあ、恥ずかしいことには……」

「あ、足だって着くでしょう? 焦っては、敵の思うつぼでしてよ」

 沙織の言う通り、爪先立ちで踏ん張れば、股間を浮かせていられた。だが三角形の高さは閑たちの脚よりも長いため、ぎりぎりのバランスを強いられる。

 次第に脚も痺れてきた。少しだけ休憩するつもりで、力を緩めると、スクール水着の股布に三角形が食い込む。

「だ……誰なんですか? こんなくだらないトラップ、んあ、考えたの!」

 澪は気丈に悪態をつくも、声に張りがなかった。この中ではもっとも運動神経のよい優希でさえ、早くも疲労の色を滲ませる。

「ど、どうするの、閑ちゃん? このままでも行く?」

「冷静にならなくちゃだめよ。ンッ、これ以外に……大した害はないんだから」

 肩越しに振り向きながら、閑は爪先に力を込めた。両手も使って、三角形の上を跨る格好で進んでいく。おかげで身体は火照り、スクール水着が蒸れるように感じられた。

 最後尾の沙織が恥ずかしさと怒りに震える。

「さっきのやつですわっ!」

 いつの間にか、飛行カメラが戻ってきていた。閑たちが三角形に跨って、色っぽく苦悶するさまを、まじまじと観察している。

 ねちっこい視線を感じ、羞恥心を燃えあがらせずにはいられなかった。

「ち、ちょっと? あなた、はあ、どこ見て……!」

 カメラが前方にまわり込んできて、閑の艶めかしい水着姿を遠慮なしに吟味する。

 純白のスクール水着は乾かず、豊満なプロポーションを今なお潤わせていた。むっちりとしたフトモモが付け根を晒しつつ、透明の雫にまみれる。

 優希のナックルでは射程が短すぎて、カメラに届かず、沙織のハルバードは振りまわせるだけのスペースがなかった。

「みんなはじっとしてて。くぅ、わたしのジェダイトで仕留めるわ」

 閑は剣を取り出し、痴漢じみたカメラに狙いを定める。

 するとカメラは高度をあげ、閑の射程外へと逃げてしまった。おまけに天井から水が流れ出し、最後尾の沙織から慌てる。

「今度はなんですの? 澪さん、はあっ、早くお進みになって」

「そ、そのつもりなんですよ? でも……!」

 三角形の斜面が濡れ、つるつると滑った。こうなっては、片手では体勢を保てず、閑は攻撃を諦める。しかし両手を使っても心許なかった。

 後ろの優希が閑の背中越しに声をあげる。

「見て! あと少しだよ!」

 幸い、この通路の出口が見えた。戻るよりも進むほうが近い。

 シャワーを浴びながら、閑たちはスクール水着をなるべく三角形に擦りつけないよう、慎重に前進した。だが、ここまで来て、さらに三角形の頂点が高くなる。

 食い込みに耐えきれず、先頭の閑がのけぞった。

「くふっ、あ、ふうぅん……!」

 その背中に優希がぶつかって、スクール水着のサイドを引っ掴む。

「ひゃあ? 閑ちゃん、はあ、いきなり止まらないでぇ?」

「そ、そっちこそ、あんっ! 押さないでったら」

 締まらない唇から、熱っぽい吐息が漏れた。

呼吸が激しくなるにつれ、鼓動も早くなる。火照った身体に冷たい水が流れると、背中や腰にぞくぞくと震えが走った。

三番手の澪も優希のスクール水着に掴まって、三角形の刺激を和らげようとする。

「ごめんなさい、優希さん! あっ、あたし、これ以上はもう……っ!」

「だっ、だめだってば! そんなに押されたら、やん、んふぅ」

澪の巨乳は優希の背中で、優希の巨乳は閑の背中で、むにゅうとひしゃげた。最後尾の沙織も押しあいへしあいに加わって、喘ぎの回数を競わせる。

「脚が攣ってきましたの……閑さん、んはぁ、やく……早く行ってください!」

「そんなこと言ったって、こっちもいっぱいいっぱい、なんだからぁ」

そう遠くない出口が、遥か彼方にも思えた。

閑は優希に引っ張られ、優希は澪に引っ張られ、澪は沙織に引っ張られて。全員が脚を引き攣らせながら、それでも爪先立ち、前の仲間に体重を掛ける。

「澪ちゃん、えひっ、引っ張っちゃだめ!」

「沙織さんが押してくるんです! 閑さん、ひはっあ、ま、まだですか?」

スクール水着はびしょびしょに濡れ、白い生地がぬらぬらと潤沢を帯びていた。

「んはあっ、あ、あと少しよ……みんな、ンッ、我慢してぇ!」

手前の仲間に柔乳を押しつけながら、後ろの仲間をお尻で遮る。フトモモも照り返るほどに濡れそぼって、濃厚な色気を充満させた。

(だめ……恥ずかしいのに、身体がぞくぞくしちゃって……!)

カメラの視線を意識すればするほど、敏感になる。無意識のうちに閑は弾みをつけ、スクール水着の中にある身体を刺激していた。

「ほんともう、らめだから……閑ちゃん、っあはぁ、早くぅ」

後ろの優希もいやいやと腰をくねらせて、抵抗にならない抵抗を続ける。呂律もまわらなくなってきて、眉にも唇にも力が入っていなかった。

澪さえ反抗していられず、半ば惚けている。

「おっ、押さないでくださいったら、沙織さん? 前が詰まっへ、えあっ、あぁ!」

「こっちだって必死ですの! 脚が……んあはぁ、つ、疲れへ……!」

顔は好調しきって、とろんとした瞳には、羞恥の涙を湛えていた。品格を重んじる沙織まで、自らの呼吸に溺れるかのように、舌をうねらせる。

とうとう左右の足場が落ちてしまった。三角形がスクール水着の股布を突きあげる。

「ひはあああッ? ……や、やだ、これ……れっ、えれぇえええぇええ!」

 悩ましく打ち震えながら、閑は嬌声を張りあげた。それを皮切りにして、優希も澪も沙織も前の仲間にしがみつき、限界に達する。

「ごめんなさい、あたっ、あたひ……んあああぁあ!」

「なんで? こんなのれ、ボク、ボクまへっ、へああぁああんっ!」

「し、失礼いたしますわ、わはっ、わたくしも、くふ……んふぅううううん!」

沙織だけは唇を噛んで、かろうじて叫ぶのを堪えた。しかし澪は口の中で舌を返し、優希など涎を垂らす始末。

強制された快感にもかかわらず、閑たちは半ば陶酔しつつあった。

(こんなの、初めて……!)

やがて張り詰めていたものが切れ、メンバーの四肢が弛緩する。息も絶え絶えで、もはや三角形の存在など忘れていた。頭上でシャワーが止まる。

左右の足場が戻ってくるとともに、問題の三角形が低くなった。ようやく解放され、閑たちは手前の仲間を下敷きにして、倒れ込む。

「あふぁ? はあ……あっ、んふう」

 その一部始終をカメラは余すことなく眺めていた。そこから何者かの声が聴こえる。

『……なんとか止まったみたいだな。助かったぜ、黒江』

『あ。音声がオンになってる』

 それを聞いて、最初に起きあがったのは、澪だった。

「今……輪くんの声がしませんでしたか?」

 沙織も優希もゆらりと立ちあがって、雫を滴らせる。声のトーンはやけに低い。

「わたくしも確かに聞きましたわ。黒江さんもご一緒のようですけど」

「さては……さては、ダーリンちゃんめえ……っ!」

 ハートの風船といい、三角形の通路といい、いやらしい目的によるものだった。温厚な閑さえ、今回ばかりはわなわなと震え、女の怒りを漲らせる。

「そういうことだったのね……心配してたのが、馬鹿みたいじゃないの。行くわよ、みんな! 今日という今日は許さないんだから!」

 カメラは大慌てで逃げていった。

 

 

 モニターの前で、輪は目をギンギンに血走らせる。

「や、やばいことになったぞ……?」

 最初のうちは、少し驚かせてやるだけのつもりだった。しかしカイーナを完全には制御できず、あれよあれよとスケベトラップがエスカレートしてしまった。

 おかげで、閑たちの悶えるさまも堪能できたのだが、輪はこわごわと頭を抱え込む。

(オレ……殺されるかも)

 今の閑たちがこのコントロールルームまで乗り込んできたら、十中八九、輪に死ぬような制裁をくだすだろう。グランドクロスをぶっ放されるかもしれない。

 ところが輪の苦悩を余所に、黒江は淡々と作業を進めていた。

「このカイーナ、りんがみんなにセクハラしてると、安定するみたい」

「どんなカイーナだよ! なんでオレ、さっき悪戯しようなんて思ったんだ?」

 彼女のパンツによって、魔力の暴走は抑えられているものの、感情の暴走までは制御しきれないらしい。

 作業がてら、黒江がお菓子を頬張る。

「もぐもぐ」

 輪は目を点にした。

「あのぉ……黒江さん? そんなもの、どっから?」

「あっち。私の部屋と繋がってるの」

 彼女の指すほうには、一台の冷蔵庫。まさかと思って、開けてみると、向こうは黒江の102号室だった。黒江の部屋の冷蔵庫が、こちらの冷蔵庫と繋がっている。

 窮屈だが、無理やり通れないこともなかった。

「待ってくれよ? じゃあ、いつでも脱出できたんじゃないか」

「うん。でも、今のりんが外に出るの、やめたほうがいい」

 輪は自分の恰好を再確認し、相槌を打つ。

「わかってきたぞ。街のみんなに影響を与えかねない状態なんだろ、これ」

 普通の人間が地獄の力をもろに受けたら、正常でいられるはずもなかった。そもそも露出が過剰なボンデージ風のスタイルで、外出など恥ずかしい。

「黒江は大丈夫なのか? そのためのユニフォームなんだろうけどさ」

 黒江も白いスクール水着にセーラー服という、摩訶不思議な恰好をしていた。第四部隊のイレイザーはアーツの力を最大限に活かすため、これを着用する。

「一応、着てるだけ。効果は十パーセントも出てない」

「なんだって……?」

 第三層のモニターが警報を鳴らした。

 閑たちが最後のフロアに辿り着いてしまったらしい。輪は顔面蒼白になって、コントロール用の席につく。

「と、とにかく防衛だ。今日のところは帰ってもらわねえと……」

 そんな輪のもとへ、黒江がお菓子を持ってきた。

「落ち着いて。食べる?」

「いいって……それより、黒江は脱出してもいいんだぞ? お前のおかげで、カイーナも大分、安定してきてるし……ここにいたら、オレと共犯扱いにされちまうぜ」

 これ以上、彼女を巻き込むつもりはない。不具合だらけだったカイーナを調整するなど、すでに充分な働きをしてくれている。

 にもかかわらず、黒江は輪の前に座って、足をばたばたさせた。

「まだ、りん、思い出してないから。もうちょっと一緒に遊ぼ」

「……黒江?」

 同じようなことが、昔もあった気がする。

 子どもの頃、よく一緒に遊んだのは、ひとつ年上で隣に住んでいた四葉優希。しかし優希には輪とは別に、仲のよい女の子の友達もいた。

 その子の名前はケイちゃん。

(ひょっとして……?)

 黒江の口元に小さな笑みが浮かんだ。

 

 

 閑たちの一行は第二層を突破し、さらに下のフロアへと降りた。階段が途中から梯子になっている奇妙な構造で、深さとしては四層に達する。

「一本道の割にひねくれてますこと」

「ダーリンちゃんが作った迷路って感じ、するかも……」

そこから次は上がって、第三層に入るらしい。ところが、ルートは天井に見えているにもかかわらず、そのための階段や梯子がなかった。

高さはおよそ六、七メートル。

「あれくらいなら、ジャンプで届かないかしら。誰かが台になって……」

イレイザーであれば、スキルアーツで身体能力が強化されるため、手が届かない高さでもない。しかし澪は思い詰めたような表情で、視線を落とす。

「さっきから、ずっと気になってたんですけど……あたしたちのステータス、普段とほとんど変わってないと思いませんか?」

 閑も優希もはっとして、スクール水着を撫でた。

「言われてみれば……」

「そ、そうだよ! さっきの罠にしたって、いつもの調子なら」

 バトルユニフォームを展開していてなお、三角形の廊下ではろくに抵抗できず、破廉恥な目に遭わされた。沙織は再びハルバードを構えるも、腕が震えて、安定しない。

「確かに『重たい』ですわ……。ど、どうしてですの?」

 閑たちのアーツはまるで性能を発揮していなかった。澪が確信を込める。

「あたしのトルネードが不発したのも、このせいです。おそらく……ここは完全なカイーナではありませんから、ARCのプロテクトも外れないんじゃないでしょうか」

 機密保持などのため、イレイザーのアーツにはARCによって厳重な制限が掛けられていた。それがカイーナにおいては解除される。

 しかし今回のカイーナは『逆さま』になっておらず、レイも出現しなかった。プロテクトがここをカイーナと認識しないために、アーツを発動できない。

「……なるほどね」

 自分の胸を抱えあげるように、閑は腕組みのポーズを取った。平常は、巨乳ぶりを強調しかねない仕草は避けるのだが、それだけ現状は悩ましい。

今は筋力も脚力も一般人と変わらないうえ、閑と澪に至っては、スペルアーツにも期待できなかった。

 だが、ここで引き返すわけにもいかない。三角形の廊下で悶絶するさまを、フロアキーパーにじっくりと観賞されてしまったのだから。

「あの向こうに輪がいるはず……」

 第三層への入口を見上げていると、何かが垂れるように降ってきた。

反射的に沙織と優希が構え、後衛の澪は胸を撫でおろす。

「なっ、なんですの?」

「大丈夫みたいです。とりあえずレイじゃありません」

 それは網目状に結ばれたロープだった。ロープ自体が太く、結び目もしっかりとしている。全員が一度によじ登っても、充分に耐えられるだろう。

「これで上に行けってこと、かなあ?」

 優希がロープに掛けようとした足を、引っ込める。

 嫌な予感は閑にもあった。何しろ、先ほども窮屈な三角形の廊下で、恥ずかしい思いをしたばかり。このアスレチックにもスケベな思惑があると見て、間違いない。

 閑は前に出て、沙織に目配せした。

「わたしと沙織で試しに登ってみましょう。優希と澪は待機してて」

この作戦なら、運動神経が抜きん出ている優希と、頭の回転が早い澪を温存し、万が一の状況にも対応できる。そこまで説明せずとも、沙織は納得してくれた。

「閑さんのおっしゃる通りにいたしますわ」

 優希と澪は一旦さがり、固唾を飲む。

「……ほんとに気をつけてね、閑ちゃん、沙織ちゃん」

「おふたりが動けない分は、あたしたちでフォローしますから」

 改めて閑はロープの網を仰ぎ見た。アスレチックとしては定番のコースで、至って健全なのが、かえって不安を煽る。

「じゃあ、わたしはこっちから行くわ」

「でしたら、わたくしは左のほうから……」

 右は閑、左は沙織のフォーメーションでアスレチックに挑む。

 片足だけでもロープに掛けると、思いのほか揺れた。沙織とペースを合わせないことには、振り落とされるかもしれない。

「焦ることはありませんわ。閑さん、もっとゆっくり」

「そ、そうね」

 慎重に体重を掛けながら、沙織と横並びになって上を目指す。

(そんなに難しくはない、けど……)

 登るためには、どうしても脚を開く必要があった。スクール水着がお尻に食い込む有様を、澪や優希に見せびらかすようで、恥ずかしい。

 もとより自分の身体つきにはコンプレックスがあった。しかも真っ白なスクール水着を満遍なく濡らしていては、はしたないことをしている気がして、顔も赤らむ。

「遅れてますわよ、閑さん」

「ごめんなさい。ちょっとスクール水着が、ね」

 脚を付け根から動かすうち、スクール水着の股布が拠れてきた。沙織がフロントのほうから手を差し込んで、器用に縁を調えなおす。

「あのカメラもいませんし、心配することはありませんわ」

「わたしの気にしすぎかしら」

 だんだんコツも掴めてきて、三メートルの高さまでは難なく進むことができた。単なるアスレチックらしいことに安堵し、閑は肩越しに振り向く。

「澪、優希! 大丈夫みたいだわ」

「あっ? お待ちになって、閑さん!」

 ところが、その拍子に縄が揺れ、沙織がバランスを崩してしまった。ロープがたわんだり跳ねたりして、閑のほうも振り落とされそうになる。

「とにかく揺れが収まるまで……きゃああっ?」

 言葉の途中で意図になく、俄かに甲高い声が溢れてしまった。

 あろうことか、ロープのやや横長の隙間に双乳が嵌まり、フィットする。縄は曲線の麓にみっちりと食い込んだ。

 左の沙織も同じ罠に捕まり、上半身をのけぞらせる。

「どどっ、どうなってますの? こんな真似、狙いでもしない限り……」

「う、動かないで、沙織! こっちまで揺れ、あふぅ!」

 両手でロープに掴まっていないと、豊乳に体重が掛かる状態に陥ってしまった。まさかの罠の正体に、閑たちは動揺するほかない。

「落ち着いてください! まずはロープから、その……胸を抜いて」

「え、ええ……ン! んむっ?」

 もがいたくらいでは、縄は解けなかった。むしろきつくなって、たわわな果実を苛烈に締め付けるようになる。これには沙織も汗が浮くほどに紅潮し、息を乱した。

「だ、だめですわ……これじゃロープまで一緒に、はあ、動いてしまいますもの」

「ほかの方法を考えないと……ど、どうしたの、優希?」

 何かを見つけたように優希が目を丸くする。

「……あれ。やばいんじゃない?」

 ロープ越しに反対側、閑たちの真正面に、奇妙なものが現れた。曲がりくねったホースの群れが、どうやら閑と沙織をターゲットにしている。

「ま、まさか……」

 閑はぎくりと顔を強張らせた。

 ホースの先端から勢いよく水が噴き、ふたりのイレイザーを直撃する。

「きゃあああ! な、なんですの、これ?」

「わからないってば! だ……誰か、んあっ、とめてぇ!」

 沙織も閑も混乱しながら、シャワーを巨乳に浴びた。噴射の勢いだけでセーラー服が捲れ、スクール水着のラインが露わになる。

 細長いしぶきは執拗に柔乳を『狙って』きた。

(こんなの変よ、身体が……!)

 力んで耐えるのは難しい。むしろ、快感の類で肩の力が抜けそうになる。

 いやいやと腰を捻っても、噴水攻撃からは逃れられなかった。

「だ……大丈夫? 沙織、ふぅ、そっちは」

「た、ただの水ではありませんの。これくらいのことで……」

 せめて脚を閉じ、スクール水着の股底に水が流れ込むのを、堰き止める。ただし、脚を閉じては踏ん張りが利かず、余計に豊乳へと体重が乗ってしまった。

「最低ですね……これも輪くんの発想なんでしょうか」

 さながら蜘蛛の巣じみた罠の正体を、澪は舌を吐くほどに軽蔑する。一方、子どもの頃から犯人について知る優希は、首を傾げた。

「ダーリンちゃんって、パンツより、水着のほうが興奮しちゃうのかなあ」

「冷静に分析してないでっ!」

 その間にも水は噴射し続け、閑と沙織の巨乳を弄ぶ。

冷たい水が純白のスクール水着を潤わせて、柔肌にぺったりと吸いつかせた。フロントデルタにも直撃を受け、閑は一気に赤面する。

「そんなとこまで? もっ、もういや……あん、水着濡らしちゃ、だめえ!」

 恥ずかしさが極まって、瞳に涙が滲んだ。なのに身体はすっかり敏感になって、しぶきを受け入れつつあるのが悔しい。

 ナンデ、キモチ、イイノ? そんな疑問が脳裏に忍び寄る。

 気高さを信条とする沙織も、悪趣味な責め苦に翻弄されていた。慌てふためき、アスレチックのロープを揺らす。

「みっ、見てないで、早く助けてくださいまし! あはぁん、優希さん、澪さん!」

 行動を起こしてくれたのは、澪だった。

「任せてください! あたしのセイレーンで水を受ければ……!」

 スキルアーツ『セイレーン』をロープの向こう側に召喚する。

 セイレーンとは、目隠しをされた女性の顔を模したもので、本来はスペルアーツを補助するためのものだった。その口で澪と同時に、別のスペルを唱えたりできる。

 今はアーツの力が万全ではないとはいえ、大きく口を開けば、閑のデルタくらいは水鉄砲から守れた。しかし澪が急に咳き込む。

「……けほっ! み、水の感触が」

 セイレーンの口は澪の口と感覚を共有していた。そのうえでは、澪が水を飲むのと変わらず、セイレーンのほうもあっぷあっぷする。

「無理しないで、澪!」

「はあ、大丈夫です……本当に飲んだわけじゃ、ありませんから」

 まだ閑は澪に身体を張ってもらえるものの、沙織は直撃に晒されていた。痺れたらしい脚を開いて、姿勢を少しは楽にしながらも、噴水を股座でもろに受ける。

「か、身体が、んあっふ、おかしくなっへしまいますわ……!」

 自慢の美貌は眉を八の字に曲げ、唇も締まらなかった。舌がうねって言葉を妨げる。

 ふと、澪がロープの向こう側に一本のレバーを見つけた。ホースの群れの中央で、わざわざ『STOP』と札が掛けられている。

「あれを切り替えれば、止まるんじゃないですか?」

「ま、待って、澪ちゃん! あんなの、どう見たって罠だよ、絶対!」

 怪しさ満点のレバーを目の当たりにして、優希はうろたえた。しかし澪は意を決し、ロープのアスレチックへと足を掛ける。

「やってみましょう! さっきの廊下でも、最後には開放されましたから、このトラップも攻略法があると思います」

「ええっ? ボクはないと思うけど……」

 閑や沙織の二の舞にならないよう、彼女は双乳を庇いながら、アスレチックを登っていった。すでに閑と沙織の体重が掛かっているため、中央は揺れも少ない。

 ところが、急に澪の身体が硬直した。らしくもなく青ざめ、かちかちと歯を鳴らす。

「……澪?」

「ご、ごめんなさい……あたし、高いところは苦手で……!」

 まさかの高所恐怖症だった。背筋を不自然に曲げ、竦む。

 そうやって躊躇しているうちに、澪まで胸を捕縛されてしまった。横長の穴が双乳の麓に食い込んで、苛烈に引っ張りあげられる。

「しっかりして、澪!」

「んくぅう……こ、こんなにきついんですか? あっ、あぁはあ!」

 ホースは澪の胸にも狙いを定め、水の勢いだけでセーラー服を剥がした。露わになった柔らかな曲線に、水しぶきが飛びかかる。とうとう閑たちの高さまで登れなかった。

しかしレバーは目の前にあり、腕を伸ばしさえすれば、届くかもしれない。

「はぁ……はあ、まだです。沙織さん、少し我慢してください」

「は? ちち、ちょっと? おやめになって!」

 猛烈なシャワーに抗いつつ、澪は左手で沙織のスクール水着に掴まった。お尻の生地が伸び、裏側に溜まっていた水を、フトモモに吐き出す。

 そうしてバランスを取りながら、右手は閑のお尻の、下へ。

「へあっ? あ……んふぁあ!」

 閑は目を見開いて、刺激の始まった場所に驚いた。ぎりぎりの力で閉じあわせていたフトモモの間を、澪の手が通り抜けようとする。

 その先には例のレバーがあった。

「ごめんなさい、閑さん……はっふ、す、すぐに終わりますから……!」

「そ、そんなこと言ったって、だめったら!」

途中で指が股布の脇に引っ掛かり、捲れそうになる。

恥ずかしいのを堪え、閑は唇を噛んだ。ようやく澪の右手が閑の下をくぐり抜け、レバーに指先が触れるところまで近づく。

だが、レバーは土台ごと動き、遠ざかってしまった。

「あ? こら、待ちなさい!」

「もっ、もういいから! 動かさないでぇ!」

澪が手を伸ばそうと、閑のスクール水着が余計にお尻に食い込むだけ。

おかげで閑も沙織もすっかり疲弊し、熱っぽい吐息を散らした。

「れ、冷静になりましょ? えあっ、単純な罠には、あん、違いないんだもの」

「さっきから何を、んあっ、なさってるの? こんなの、澪さんらしくありませんわ」

 同じく動けなくなった澪も息を切らせる。

「どうかしてました、あたし……あはぁ、助けなくちゃと、お、思っれえ」

 スクール水着はびっしょりと濡れ、フトモモに無数の雫を連ねた。それぞれ巨乳を締めつけられながら、シャワーで快感を強制される。

 このままでは埒が明かなかった。閑と沙織が同じことを閃き、声を揃える。

「ゆ……優希っ! あなただけが頼りだわ」

「わたくしたちの身体を登って、上にお行きなさい!」

 ロープに触れる回数を抑えたうえで突破する方法が、ひとつだけあった。澪や沙織の背中をよじ登って進めば、攻略できるかもしれない。

 わかっていても、優希はたじろいだ。

「で、でも、ボク……」

 仲間を犠牲にする作戦に戸惑っているらしい。しかし澪も必死に声をあげる。

「優希さんの運動神経なら、きっと……し、信じてますからっ!」

 噴射は勢いを強め、閑たちの柔乳をなお責め続けた。デルタにも命中し、身体の感度にまるで自制が利かなくなってくる。

「早く、優希! じゃないと、わたし、また……へえぁあ!」

 快感で喘ぐなど初めてのことなのに、甲高い嬌声はお腹の底から出てしまった。そのたび、いやらしい身体の才能を強烈に自覚させられる。

 優希は力強く決心してくれた。

「わかったよ。ボクが上まで登って、ダーリンちゃんを止めればいいんだね」

 思いきりのよい助走をつけ、まずは澪の背中に飛び移る。

「ごめんね、澪ちゃん!」

「あくっ? も、問題ありません。そのまま……!」

 アーツの力がなくとも前衛だけあって、アクロバティックな動きに慣れていた。澪の背を足場にて、閑と沙織の肩に手を掛け、軽々とロープを登っていく。

「その調子よ、優希!」

「うん! もうちょっとだけ待ってて、みんな」

 足場となった閑たちは唇を引き結んで、正面からの水流に耐えた。

「上まで、あっく、まだ三メートルほどありましてよ? んふぁ、焦らないで」

「こ、この水鉄砲、最低です……エッチなとこばっかり!」

 あとから加わった澪も、閉じるに閉じられない脚の付け根を、激しい噴射に晒される。スクール水着をしとど濡らしつつ、魅惑の身体は敏感そうに打ち震えた。

 不意に背後からも噴射が襲ってくる。

「……ひゃあっ?」

 背中に奇襲を受け、途端に優希がバランスを失った。とうとう彼女の巨乳まで罠の餌食にされ、水鉄砲が殺到する。

「ちょちょ、ちょっとぉ? だめっ、やん、やめてってばあ!」

 腕や脚を拘束されるのとは違い、胸を押さえられては、重心を保つことも難しかった。その顔が真っ赤な恥ずかしさを浮かべ、瞳に涙を滲ませる。

 ロープがたわんだ分、優希の位置がさがった。

「待ってください、優希さ……んむうっ?」

脚を開いていたせいもあって、真下にいた澪の顔面にスクール水着の股座を押しつける羽目に。澪のほうも拘束状態ではかわしきれず、呼吸のために口を開ける。

「ご、ごめん、澪ちゃん!」

「んんん~っ! しずは、はん! なんふぉかひて、くらはい!」

 澪がもがくたび、沙織はスクール水着をぐいぐいと引っ張られた。閑もお尻の下で右手を抜き差しされ、気を動転させる。

「じっ、じっとなさって、澪さん! わたくしの水着が!」

「そんなにかきまわしちゃ……ひはっ、らめ……へぇあ、すごいの来ちゃうからぁ!」

 濡れそぼったスクール水着が摩擦に巻き込まれ、じゅくじゅくと水音を立てた。

 かろうじて自由に動けるのは、澪のセイレーンだけ。それでレバーを引こうと、澪は必死に首を捻りながら、唇で吸い付くのを繰り返す。

「ろめんなさぃ、優希さん……ンッ、せーれーんへ、ぷはっ、あれを」

 スクール水着の股布などを食まれ、優希は露骨に赤面した。

「や、やだやだ! やめてったら、澪ちゃ……あぁ? そんなとこ、えあぁ!」

 フトモモで澪の頭を挟んで、抵抗しつつ、全身に甘い痺れを漲らせる。

「位置を教えへくらはい、閑さん……どっちれす?」

「もう少し右よ! 右……だめ、行き過ぎたわ、あっ、あと上!」

 澪が奮闘した甲斐あって、セイレーンはどうにかレバーを咥えた。しかし澪自身、息も絶え絶えで、切り替えるだけの力が顎に入らない。

「後ろをご覧になって! こ……こいつら、ひふぅ、まさか……わたくしたちを」

 まごまごするうち、背後からもホースの群れが距離を詰めてくる。

 四方八方からシャワーが噴いた。閑、沙織、澪の三人はお尻を水流で削るように刺激され、反射的に腰で跳ねる。

「はあああんっ! とめて、これ……じゃないと、わたっ、わたひ……!」

「変な声を、もお、お出しにならないで? わたくしまで、おぉ、おかしくなっへ!」

 その動きに追いすがるように巨乳も弾んだ。

 優希のお尻には澪が顔を埋め、不可抗力のキスを押し込む。

「んんっんぅ、んぐっ、あむぅ!」

「こ、こんなの……ボク、もっ、もうらめぇえええっ!」

 閑たちの嬌声がひとつに合わさった。

「あはぁあああぁぁぁああああ~~~~~ッ!」

 スクール水着をびしょ濡れにしながら、全員がバイブレーションを極める。

 

 その誘惑的な一部始終を、カメラはステルス状態で目撃していた。

モニターの前で輪はぼたぼたと鼻血を垂らす。

「……す、すげえな」

 黒江のパンツを被っていても、いかがわしい興奮は制御できなかった。閑たちの、快感を拒絶しながらも恍惚とした表情が、網膜に焼きつく。

(感じてるんだよな? これ……)

 悪いと思いつつ、輪はごくりと生唾を飲んだ。

 水鉄砲で追い返すだけのつもりだったのに、もはや収拾のつけようがない。閑らの抵抗と合わさって、今回の罠は想像を絶するほどのスケベトラップへと、変貌を遂げた。

 隣の黒江も呆気に取られ、食べかけのお菓子を落とす。

「なんで……こうなったの?」

「オレが聞きたいって! と、とにかく水を止めて、それから……」

 そんな黒江を見た途端、衝動が走った。

閑たちにもひけを取らない蠱惑的なプロポーションが、純白のスクール水着で引き締められている。それが手に届く距離にあるだけで、今は狂おしい。

 輪は額を強く押さえ、かろうじて理性を保った。

「く、黒江……逃げてくれ。オレ、なんつーか、はあ、もうムラムラしちまって」

 その獣じみた息の荒さに、クールな黒江もぎくりとする。

「大丈夫? りん」

「早くっ! このままじゃオレ、お前に何するか、わかんねえから!」

 輪がにじり寄った分、彼女はあとずさった。

「早く、オレの前から……!」

 こうやって迫るのは、魔性が暴走しているせいかもしれない。だが、黒江に触れたい、抱き締めたいという正直な欲求も込みあげ、自制などままならなかった。

 黒江が檻のひとつに入って、鉄格子の扉を閉ざす。

「な、何やってんだよ、黒江? 冷蔵庫ならあっちだぞ」

「りんを見捨てて行けない……下手したら、カイーナが深刻なレベルになるかもだし」

 彼女の気持ちは嬉しかった。だからこそ、これ以上は付き合わせられない。

 輪は鉄格子を掴んで、声を荒らげた。

「オレのことはいいって! 黒江が逃げたあとで、何とかする!」

「で、でも……」

 その時、コントロールルームのドアが、ばんと開け放たれた。ずぶ濡れになりながら、ついに第四部隊のメンバーがここまで辿り着いたらしい。

「み、みんな! よかった、無事だったのか?」

 優希が力みすぎたこぶしを震わせる。

「無事だったのか、じゃないでしょ? ダーリンちゃん……」

「ダーリンさんにお話がありますの。ちょお~っと、よろしいかしら?」

 沙織もこめかみに青筋を立てていた。今までになく激怒している。

 澪はぎょっとして、人差し指を変態に向けた。

「な、なななっ……何をしてるんですか! 輪くん!」

 輪は今、パンツなんぞを被って、顔は鼻血まみれ。しかも黒江を檻に閉じ込め、何やらがなっている最中だったのだから。おまけに黒江は怯えたように小さくなっている。

 これでは弁解のしようがなかった。

「ち……違っ! これは!」

輪は慌てふためき、閑たちに両手を突っ返す。

 リーダーの閑は司令室と通信していた。

『お待たせしました。先ほど、みなさんのプロテクトを解除できましたので』

「ありがとう、周防くん。これでやっと戦えるわ」

 朗らかな笑顔のようで、閑の目は少しも笑っていない。アーツのプロテクトが解除されたことで、彼女の剣が光のエネルギーを高めだした。

「……覚悟はいいかしら? ダーリン」

 あの優しい閑に脅しを掛けられ、輪は悪寒を禁じえない。

「し、閑……?」

「何も言わないで、ダーリン。あなたのこと、ちゃんと、わかってるつもりだから」

 閑のジェダイトは今、本来の輝きを放っていた。沙織のニーズホッグも、優希のファルシオンも、澪のセイレーンも、百パーセントの性能を発揮する。

「黒江さんをどうするつもりでしたの? ダーリンさん」

「おしおきじゃ済まさないよ? ダーリンちゃん」

「女の子をオモチャにして、許せません! 死刑を執行します!」

邪悪なものを倒すために。

「まままっ、待て! そ……そうだ、オレ、そろそろ勉強しないと……」

「勉強ならさせてあげるわよ。わたしが、ね」

 閑のジェダイトが十字を切った。膨大な量の光が一点に集中し、爆発を起こす。

「グランドクロス!」

 光の大波が輪を飲み込んだ。

「アアアアアアアアアアア~ッ!」

 打ちあげられた輪の身体から、ボンデージ風の黒衣が剥がれていく。

 かくして戦いは終わった。黒江も救出され、事なきを得る。

「大丈夫だった? 黒江ちゃん。ダーリンちゃんに触られたりしなかった?」

「えぇと……その、そういうわけじゃ」

「言いづらいことでしたら、無理しないでください。もう変態は始末しましたので」

 コントロールルームから撤収しようとして、ふと沙織が気付いた。

「……あら、あのかたは?」

 第二層の監視モニターに、奇妙な風貌の女性が映っている。

 褐色の肌に黒衣をまとった、その女も、スケベトラップで散々な目に遭ったらしい。ひっくり返って、目をまわしていた。

『マイダーリンの力、恐るべし……き、今日のところは、出直すとするわ……』

 閑たちは一様に首を傾げる。

「誰かしら? とりあえず救助に向かったほうが……」

「あれ、もういなくなりましたよ?」

 それがセプテントリオンとのファーストコンタクトだった。

 

 

 二月十四日、聖バレンタインデー。

 無論、高等部への内部受験を控えた真井舵輪には、バレンタインにうつつを抜かす余裕などなかった。今日も朝から勉強に没頭している。

 しかし集中のほどは今ひとつ。

(はあ……。なんで、あんなことになっちまったんだろ)

 一昨日、輪はフロアキーパーとなって、浴室をカイーナに変貌させた。今なお迷宮は存在し、数々のスケベトラップが獲物を待ち構えている。

 おかげで閑たちは大激怒。評価を地の底まで落とした輪に、バレンタインのチョコレートなど、あるはずもなかった。

 ただ、黒江だけは輪に協力的で、勉強を見てくれている。

「採点、終わった。まずまず……」

「数学は大分、ましになってきたよな」

 彼女なりに今回の件には責任を感じているらしい。おかげで、理系の教科はしっかりとサポートしてもらえた。

 一服のついでに、輪は黒江に問いかけてみる。

「ところでさ、お前って『ケイちゃん』、なんだろ?」

「……ふ」

 彼女の口元が緩んだ。

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