ダーリンのおぱんちゅ大作戦!
第五話
冬の寒さも厳しくなってきた、十二月の下旬。
二十四日の午前のうちに、ケイウォルス学園は二学期の終業式を終えた。学業からの解放感も合わさって、生徒らはクリスマスに浮かれている。
いつもなら寮の勉強机に直行する輪も、今日は足取りが軽かった。今月の中旬におこなわれた二学期末の定期試験で、そこそこの結果を出せたのが大きい。
「これなら高等部も大丈夫、だよな?」
「油断しちゃだめですよ。ですけど、今回はダーリンくん、よく頑張ったと思います」
同じクラスで同じ寮の澪とは、一緒に帰宅する機会も多くなった。以前ほど避けられてはおらず、勉強の相談にも親身に乗ってもらっている。
「高等部に入ったら、オレもなんか、部活してみようかなあ……」
「いいんじゃないですか? あたしも候補とか、いろいろ考えてるんです」
間もなく寮に着き、203号室の澪は階段を上がっていった。
「今夜はクリスマスパーティーですけど、羽目は外さないでくださいね? 偶然を装ったいつものアレも禁止ですから」
「装ってねえって! まったく……」
下手に見上げれば、スカートの中が覗けてしまうため、輪は水平に目を逸らす。
101号室の黒江は先に戻っていたようで、ドアから顔を出してきた。
「だーりん、荷物。届いてた」
「出てくれたのか? サンキュー」
102号室の前には小包が置かれている。
大きさの割に軽いそれを抱え、輪は102号室へと入った。暖房を点け、てきぱきと着替えを済ませる。
「ネクタイも慣れたな……っと、これ、姉貴からか」
小包の差出人は姉の蘭だった。
あの楽観的な姉が、弟に生活物資などを送ってくれたことは、一度もない。また、クリスマスだからといって、プレゼントを奮発してくれるような姉でもなかった。
開けてみると、中にはさらに五つの包みが入っていた。それぞれリボンでラッピングされ、メッセージカードが添えられている。
『プレゼント、用意してないんでしょう? これをあげるといいわ。姉より』
最近は試験勉強が忙しくて、プレゼントを買いに行く暇などなかった。何やら怪しい気もするが、今日は姉の厚意に甘えておく。
「にしても……なんだろうな、これ」
綺麗にラッピングされているため、中身は確認できなかった。
やがて冬の陽も暮れ、夜空で星々が瞬く。
クリスマスのパーティー会場には、輪の部屋が使われることになった。案の定、隠しておいたグラビア誌は優希に見つかり、没収される羽目に。
「ダーリンちゃんって、ほんとエッチなんだから」
「男の部屋にはあるんだよ、普通。……いいじゃねえか、雑誌くらい」
しかし優希らの目がグラビア誌に行く一方で、黒江は鋭い洞察力を発揮した。
「簡単に見つけられるのは、フェイクの可能性。おそらく……本命は別のところに?」
「そ、そんな手の込んだこと、してねえって」
図星を突かれ、ひやりとさせられる。
エプロン姿の閑と沙織が、102号室へとご馳走を運んできた。
「手伝ってったら、ふたりとも」
「はぁーい」
優希と黒江も腰をあげ、手伝いを始める。
「それじゃ、オレも……」
「ダーリンさんはお部屋を提供してくださってますから、構いませんけど」
「そうか? じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな」
沙織のフォローには助かった。さすがに女子の部屋を出入りするのは、気が引ける。
しばらくして、テーブルにクリスマスらしいご馳走が出揃った。グリルのチキンに、クリームシチュー、手製のピザまである。
「ふふっ。ダーリンくん、誰がどれを作ったか、わかりますか?」
「まだ言わないでくれよ? うーん……シチューは閑で、チキンは澪だろ」
シチューを分けながら、閑は照れ笑いを浮かべた。
「どうしてわかったの? すごいわ」
「あてずっぽうだって。沙織は派手なやつで来るとは、思ってたけど」
三、四か月も同じ寮で暮らしていれば、彼女らの傾向や趣向も読めてくる。
黒江と遊んでいたはずの優希も、自室から焼き立てのクッキーを持ってきた。さっきは焼きあがるのを待っていただけらしい。
「じゃじゃ~ん! こういうお菓子も必要でしょ?」
「パーティーらしくなりましたね! 優希さん、ありがとうございます」
ろくに料理のできない黒江は、むすっと頬を膨らませた。だが、彼女の協力がないことには、クリスマスパーティーは始まらない。
「黒江、ケーキ担当だろ? 一緒に注文しに行ったじゃねえか」
「別に……私の、自分で作ったんじゃないし? 冷蔵庫で冷やしてるだけだし?」
ケーキのため、閑たちはあの手この手で黒江の機嫌を取った。
「すごく人気あるお店のケーキなんでしょう? 楽しみにしてたんですから」
「そうそう! ボク、黒江ちゃんと食べさせあいっこ、したいなあ~」
澪がおだて、優希はせっせと肩を揉む。
黒江がほんのりと頬を染めた。
「……持ってくる」
ゴージャスなケーキが登場したところで、乾杯する。音頭は閑が取った。
「それじゃあ……クリスマス・イヴと、ダーリンの定期試験の結果を祝って、乾杯!」
人数分のグラスが中央で集まり、チンと音を鳴らす。
(女子会になっちまったら、逃げようがねえな。オレの部屋だし……)
不安もあったが、自然と肩の力が抜けてきた。隣の優希には気兼ねもいらない。
「ダーリンちゃんとクリスマスパーティーなんて、もう何年ぶりだろーね」
「懐かしいなあ。ツリーがないだので、誰かさんが拗ねたりな」
沙織は黒江にナイフとフォークの使い方を教えていた。練習のせいでチキンがみるみる細切れになっていく。
「切りやすい向きがありますのよ。こんなふうに」
「……こお?」
閑と澪は何やら牽制しあっていた。ふたりの間だけ、空気がぴりぴりする。
「ダ、ダーリンくん、ピザも食べてみたらどうですかっ?」
「あっ、澪? それはわたしが……!」
ふたり同時にピザのピースを取り、輪のもとまで運ぼうとした。
「はい、ダーリンちゃん。あーん」
「こ、子どもじゃねえんだからさ? あーん……」
ところが輪の口には、先に優希がクッキーを放り込む。
「ボクの手作り、美味しい?」
「ま、まあまあかな。昔はよく黒焦げにしてたくせに……ひいっ!」
幼馴染みとばかりいちゃいちゃしていると、閑にも澪にも睨まれてしまった。澪のほうは眉を吊りあげ、何が何でも輪にピザを食べさせようとする。
「わかってますよね、ダーリンくん。あーんしないなら、スケベ罪で逮捕しますので」
「す、するする! 食べるって!」
閑はふてくされ、ピザを齧りながら、視線を逸らした。
「いつも優希とばっかり……あら、これは?」
その際に、輪が用意していた(姉に用意してもらった)プレゼントを見つける。
「ああ、そいつは……その、オレから、みんなにと思ってさ」
姉からのものであることは伏せた。クリスマスくらい、格好つけたい。
「ダーリンさんが、わたくしに? うふふっ、いい心がけですわ」
「嬉しい誤算。私の、どれ?」
「ボクのはこれかあ。黒江ちゃんのはこっち、こっち」
彼女らは感激し、喜々として自分宛ての包みを手に取った。沙織や優希には遠慮がない一方で、澪は躊躇いがちにプレゼントを受け取る。
「い、いいのかしら? あたし、ダーリンくんに何も用意してないのに……」
「ご馳走作ってくれたし、いつも勉強、見てもらってるからさ。ほら」
「じゃあ、わたしももらっちゃうわね? ダーリン」
全員の手元にプレゼントが行き渡った。輪は手応えを感じつつ、ジュースで一服する。
(ありがとうな、姉貴)
そのはずが、彼女らの表情から、一様に喜びの色が失せた。
閑が青ざめながら、口角を引き攣らせる。
「あなた、これって……」
「げえっ?」
プレゼントの正体は、ブラジャーとショーツのセットだった。澪も、黒江も、優希も、沙織も、際どい三角形を両手で広げ、ぎょっとする。
「こ、これって、新手のセクハラなんですか?」
「男の子に下着もらった時って、ど、どうすればいいの……」
皆、混乱していた。仮に彼氏からのプレゼントだったとしても、おかしい。
しかもプレゼントのランジェリーは、どれも見覚えがある気がしてならなかった。
(姉貴のやつ! また催眠術で、オレに?)
輪がデザインしたものらしく、フリルやレースを積極的に盛り込む、いかがしい嗜好が如実に反映されてしまっている。
今夜こそ殺されるかもしれなかった。全身から血の気が引いて、寒くなる。
ところが閑は、まんざらでもなさそうに囁いた。
「こういうの、着けて欲しいのね。い……いいわよ? ちょっとだけなら」
「ボクも着けてみよっかな。だって、すっごく可愛いんだもん」
優希まで乗り気になって、ほかのメンバーを煽り出す。
「し、仕方ありませんわね。ダーリンさんには目隠しでもさせるとしまして……」
「今だけ追い出したほうが、早くない?」
輪は念入りに目隠しされ、視界を塞がれた。
「え? えっ? 待ってくれよ、ここで着替えるのか?」
衣擦れの音が聞こえる。この目隠しの向こうで、誰かが今『脱いでいる』のは、間違いなかった。耳を澄ませると、彼女らの悩ましい息遣いまで、わかる気がする。
「やだ、ほんとに可愛いかも……」
「あ、あたしのだけ、破廉恥すぎませんか?」
下着の見せ合いっこ、という至高の女子会が幕を開けた。
「優希のも、なんかえろい」
「ボク、フトモモ太いから、恥ずかしいよぉ……」
「わ、悪くありませんわね。ショーツの穿き心地もいいですし」
彼女らの恥じらうような感想が、妄想に拍車を掛ける。目隠しに阻まれながらも、輪はそわそわと高揚感を禁じえなかった。
「お待たせ、ダーリンちゃん。ど、お、ぞ」
「おっ、おい? それはやば……」
その目隠しがするっと外れ、あられもない下着姿が一斉に両目に飛び込んでくる。
ところが恋人候補たちは、白色のスクール水着を着たうえで、ブラジャーとショーツを身に着けていた。あくまでも水着姿、という体面は成り立つ。
それでも澪は羞恥を怒りで誤魔化すように、全力で真っ赤になった。
「じっ、じろじろ見ないでください! ヘンタイ!」
蝶の模様が入った黒のブラジャーを隠したがって、我が身をかき抱くものの、かえって胸の谷間を強調してしまう。生地の少ないショーツにも妖艶な蝶がとまっていた。
「ごごっごめん! オレ、そういうつもりじゃ……なくて、その……」
際どい恰好の美少女らに囲まれては、無難な目のやり場もない。輪は次の黒江の、一見するとセミヌードのような水着姿を目撃してしまった。
さしもの黒江も頬を赤らめ、輪の熱い視線に耐えかねる。
「こっちも……見ちゃだめ」
消え入りそうな声は、かえって輪に誘いを投げかける、悩ましい吐息となった。浅草色のショーツを両手で隠すせいで、上腕が巨乳を脇腹から挟んで、押しあげる。
「わ、わたくしは往生際の悪いこと、しませんわよ?」
一方で沙織は、頭の後ろで腕を交差させることで、輪の視線に無防備となった。柳腰をくねらせて、プロポーションに流麗な波をつける。
紫色のランジェリーはありがちな紫色でありながら、あたかも高級なドレスのような気品を醸し出していた。ラメの輝きが、沙織の魅惑のボディに眩さを散りばめる。
「……いかがかしら? ダーリンさん」
それでいて挑発に徹しきれない初心な表情が、輪をそそった。
優希はもじもじとフトモモを擦り合わせつつ、胸元からおもむろに両手を剥がす。
「い、いいよ? ダーリンちゃん……ボクの、見ても」
いつもの天真爛漫なく口ぶりもなりを潜め、あからさまに声を上擦らせた。
胸はオレンジ色のブラジャーにゆったりと包まれながら、重力と均衡し、豊かな曲線を維持している。同色のショーツは左サイドの紐が解けそうになっていた。故意のものではないからこそ、幼馴染みの隙だらけの魅力に、輪は見入ってしまう。
そして閑も観念したように、スクール水着とともに純白の下着姿を披露してくれた。
「あなたがデザインしたのよ。……ど、どう?」
恥ずかしそうに顔を赤らめながらも、艶めかしい手つきでスクール水着を撫で、輪の視線を釘付けにする。
閑のランジェリーは清楚な白色を基調とし、花のようなフリルをまとっていた。
ブラジャーには生地にゆとりがある一方で、ショーツはデルタの面積が小さく、スクール水着と一緒にお尻に食い込んでしまっている。
スクール水着の健全な存在感が間に入ることで、恋人候補らの下着姿は、かえって扇情的な倒錯感をまとっていた。
むしろスクール水着のおかげで、じっくりと観賞できる。
「似合ってるよ。みんな、す、すげえ可愛くて……!」
身体がむずむずと疼くのを堪えきれなかった。鼓動が跳ねあがって、熱く興奮した血液を全身に駆け巡らせる。
優希と黒江がベッドに腰掛け、中央を空けた。
「こっちに来て? ダーリンちゃん。パーティーはこれからだよ」
「だーりん、恥ずかしいから……焦らすのなしで」
期待と躊躇の境界線をふらふらと行き来しながら、輪はそこに腰を降ろす。
背中には沙織が抱きつき、ふくよかな感触を押しつけてきた。
「うふふっ、ダーリンさんったら、緊張なさってるの? 肩に力が入りすぎですわ」
右足には閑、左足には澪が絡みついてきて、健気な上目遣いを瞬きで潤わせる。ふたりの股座は輪の膝へと乗りあがって、もどかしそうにショーツを擦りつけた。
「お姉さんと夜更かし、するんでしょ? ダーリン……」
「ここっ、今夜だけですよ? ダーリンくん。だ、抱き締めてもいいのは……」
獣の衝動が輪を突き動かす。両隣の優希と黒江が、急に色っぽい吐息を近づけてきたのは、輪が強引に抱き寄せたせいだった。
「やんっ? んはあ、ダーリンちゃんってばぁ」
「や……優しくして? だーりん……」
後ろから沙織の手が、輪の服を脱がしに掛かる。
「まさか女性に恥をかかせるおつもりですの? いけませんわよ、ダーリンさん」
柔らかい感触が四方から迫ってきた。甘い誘惑が輪を包み込む。
とうとう輪の我慢も限界を超えた。たがが外れ、火がついてしまう。
「オ、オ……オレ、もうっ!」
可愛い恋人たちを、今夜は存分に抱き締めてやることにした。ショーツ越しにスクール水着を撫でまわしつつ、左右にある巨乳の弾力を、顔面で楽しむ。
「こらあ、ダーリンちゃん! イ、イタズラ、しないのっ!」
「だーりん、はぁ、いじわるぅ……これ、すごい……!」
そうする間にも、沙織が背中に抱きついてきた。
「じっとなさって? ダーリンさぁん」
それなりに発育した男子の胸に飛び込もうと、足元から閑と澪が這いあがってくる。
「だっ、だめですっ、ダーリンくん? こんなのヘンタイすぎて……んあぁ!」
「ダーリン! お姉さんの言うこと、っはあ、聞いてったらあ」
切ない喘ぎが、次々と湿った吐息を漏らした。
恋人たちは恥ずかしさに躊躇いながらも、熱っぽい身体を快感に震わせる。悶えるたびに柔肌は蒸れ、汗のものとは思えない、芳しい香りを漂わせた。
「はあっ、あ……あん! あ、あはぁん……ッ!」
クリスマスの夜はまだまだ始まったばかり。乱れつつあった美少女らの息遣いが、じきに激しい喘ぎの応酬となる。
☆
もうじきクリスマスパーティーだというのに、輪はまだ自室で眠りこけていた。様子を見に来た閑たちの前で、だらしのない寝顔を晒す。
「へへへ……こっちのも柔らかいなあ……」
澪が嫌そうに眉を顰めた。
「エッチな夢見てるんですよ、絶対。間違いありません」
「まったく……試験で少し結果を出せたからといって、気が抜けすぎですわ」
輪の寝顔の浅ましさには、沙織も呆れる。
「それよりパーティーの準備……」
「始まってから、起こしてあげればいいんじゃない? ダーリンちゃん、お料理作ったりしないんだし」
優希に指で額を弾かれると、輪は敏感そうに『アッ』と呻いた。
「ハア……す、すげえ気持ちいいよぉ」
黒江は怯え、優希の背に隠れて、青ざめる。
「きもちわるい」
「ま、まあまあ。勉強しっ放しで、疲れてるのよ。休ませておいてあげましょ」
閑だけはフォローしながらも、苦笑いを引き攣らせた。輪の怪しい寝顔から目を逸らした先で、人数分のクリスマスプレゼントを見つける。
「……あら? これって、もしかして……」
「プレゼントですわっ!」
沙織がころっと現金な笑みを弾ませた。メッセージカードには閑たちの名前と『真井舵輪より感謝を込めて』と記されている。
優希は喜々として、自分の分を抱き締めるように確保した。
「ダーリンちゃんったら、もうっ! ボクのも用意してくれてたんだ?」
「……もらえるものは、もらっとく」
黒江もまんざらではない表情で、プレゼントを手に取る。
しかし澪は、沙織や優希ほどてのひらを返しきれず、戸惑った。閑も照れるように頬を染めながら、皆に自制を促す。
「ちょっと、みなさん? まだパーティーは始まってませんし、輪くんも寝て……」
「そ、そうよね。輪だって、ちゃんと渡したいでしょうし」
沙織たちは素直にプレゼントを戻した。
「わたくしとしたことが……でも、輪さんにも殊勝なところがおありでしたのね。プレゼントのことは知らないふりをしてあげませんこと?」
「ボクも賛成! プレゼントの中身、すっごく気になるけど……」
「多分……みんな、同じもの?」
評価が急上昇しつつある輪は、恍惚の表情で寝息を立てている。
「すごく似合ってるぞ、みんなぁ……」
「手袋かマフラーでも入ってるのかしら? 寒いものね」
閑は嬉しそうに微笑んだ。
今夜は寮の皆でクリスマスパーティー。
真井舵輪は、こっそり処分しようとしていたプレゼントに勘付かれ、一度は恋人候補らを喜ばせる。だが、中身を知った彼女たちによって、地獄へと落とされるのだった。
「信っじられない! 女の子にパンツ贈るとか、ダーリンちゃんのバカァ!」
「ま、まさか、好みのパンツを穿かせてから、被るおつもり? いいっ異常ですわ!」
「……りん、なんで胸のサイズ、知ってるの?」
「バカ! スケベ! ヘンタイ! サイッテーです、もう死刑ですっ!」
「こういうところがなければ、わたしだって……ねえ?」
可愛い声で散々に罵られながら――。
エピローグ
高等部へと無事に進学も果たし、時間的には余裕ができた。
しかし精神的には少し落ち込んでいる。
「……はあ。オレの独り相撲なのかな、やっぱ」
受験勉強を見てくれたお礼も兼ねて、閑を映画に誘ったものの、断られてしまったのは今朝のこと。友人に貰った映画のペアチケットは、ただの紙切れになりつつある。
沙織や優希はもう見終わった映画のようで、黒江には『興味ない』と一蹴された。澪には『暗がりであなたとふたりになるのは……』などと敬遠されている。
このままチケットを無駄にすまいと、輪は半ば自棄で、映画館を訪れた。
話題の新作とやらが季節外れのホラーだったのが、悪かったのかもしれない。日曜日にしては空席が目立ち、あまり流行っていないように見受けられた。
(この客入りで話題、なあ……)
適当な席に腰を降ろし、上映を待つ。
前方には同じ一年一組の女子もいた。やたらと髪が長いため、後ろ姿だけでわかる。
(あいつも映画とか見るんだな。なんて名前だっけ)
間もなく映画が始まり、ホラーだけあって、おどろおどろしいシーンばかりが流れた。閑に断られるのも当然の内容で、輪はスクリーンに照らされながら、苦笑を噛む。
やがて映画も中盤に差し掛かった。
「……ん?」
スクリーンがあたかも沸騰でもするかのように、もこもこと膨らむ。中央で大きな泡が弾け、『何か』が飛び出してきた。館内は俄かにパニックに陥る。
「きゃあああああ!」
「なっ、なんだ? どうなってんだ!」
その魔影は獰猛な奇声をあげながら、スクリーンを易々と引き裂いた。
(ありゃレイじゃねえか!)
空間が歪みつつあるのを直感し、輪は声を張りあげる。
「すぐにここを出ろ! 閉じ込められるぞっ!」
客の避難を促すとともに、ブロードソードを右手に呼び出す。
輪の初動が功を奏したのか、客はほぼ逃げきってくれた。しかしひとりだけ、同じ学園の女子生徒が取り残されている。
(あの子を連れて、オレも脱出しねえと……やばい、間に合わないか?)
彼女を逃がす暇もなく、空間が歪みきってしまった。天井と床は逆さまとなり、急な落下のために着地し損ねて、足を軽く捻ってしまう。
それでも要救助者を庇うように、輪は前に出て、フロアキーパーらしい魔影を睨みつけた。敵の動向に注意を払いながら、背中越しに指示を出す。
「いいか? 合図をしたら、向こうの出口まで全力で走れ! オレもすぐに行く!」
「……あなたは?」
「説明してられる状況じゃねえんだ。チャンスは一回だけだぞ!」
フロアキーパーは見るからに悪魔の姿となって、一対の羽根を広げた。
できることなら、怪物と化した人間も助けてやりたい。だが、たったひとりで要救助者を守りながら、フロアキーパーを浄化させるのは、不可能だった。
要救助者とともに撤退し、閑たちと出なおすのが最善だろう。
(足止めさえできれば……)
要救助者に不安を与えないためにも、言葉を飲み込む。
しかし悪魔は襲ってこず、何やら怯えている様子だった。頭を抱え、羽根を畳む。
『イヤダァ……コワイ、コロサレルゥ!』
輪は驚き、ブロードソードを構えていることも忘れた。会話が通じるかもしれない相手に、あくまで慎重に近づく。
「……どうしたんだ? おい、オレの言ってること、わかるか?」
『シニタクナイ! タスケテ……タスケテクレェ!』
魔物は錯乱し、無茶苦茶に爪を振りまわした。
さして強度があるわけでもない、輪のブロードソードがへし折れる。
「くっ! よ、よくわかんねえけど、おい、走るぞ!」
すかさず輪は逃走を決め、要救助者の彼女にも合図を送った。
にもかかわらず、彼女は走ろうとしない。恐怖で動けないにしては、表情を引き締め、化け物をまっすぐに見据えていた。
「あたしがやるわ。どいて」
その目元にバイザーが浮かび、ターゲットの分析を始める。
黒江と同じスカウト系のスペルアーツに違いなかった。
「まさか、お前……?」
さらに彼女は右手に火炎を、左手に冷気を浮かべる。
「マジシャン系アーツの同時詠唱だってえっ?」
「静かにして。集中してるんだから」
凍てつくほどの冷気が足元を這い、ターゲットへと忍び寄った。瞬く間に悪魔の両足が氷漬けとなり、尻尾もつららで固定される。
『コロサナイデ! コロ、サ……』
悪魔の悲痛な叫びが、彼女には聞こえていないようだった。容赦なしに炎もばらまき、羽根の皮膜を焼き尽くす。
「スペル・電撃」
とどめに彼女は雷球を放った。青白い閃光が炸裂し、輪の目も眩む。
怒涛の雷撃は悪魔を一瞬にして蒸発させてしまい、影しか残らなかった。思いもよらない成り行きに輪は呆然として、尻餅をつく。
「あら? 怪我してるじゃないの」
さっき捻った足首に、彼女の手が触れた。閑と同じヒーラー系のスペルアーツまで使いこなせるようで、痛みが消える。
フロアキーパーを失ったことで、やがて映画館は正常な空間へと戻った。
立ち去ろうとする彼女の長い髪を見て、輪は我を取り戻す。
「ま、待ってくれ! お前もイレイザーなのか? オレと同じクラス、だよな?」
「……そうだったかしら」
彼女が今しがたアーツの力に目覚めたのであれば、先輩イレイザーとして、輪には彼女をARCに導く義務があった。輪自身、閑にARCへと誘われている。
「オレは真井舵。お前、名前は?」
「同じクラスじゃなかったわけ? あたしは……」
彼女は肩を竦め、白状するように口を開いた。
「御神楽緋姫、よ」
その名はいずれ、輪たちの記憶に深く刻まれることになる。
これより始まる御神楽緋姫の戦いは、真井舵輪の戦いでもあった。
TO BE CONTINUED ~ Love and Abyss 4 傲慢なウィザード ~
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