ダーリンのおぱんちゅ大作戦!

第三話

 秋も深まり、いよいよ学園祭のシーズンが近づいてきた。

 中等部も高等部と同日の開催となっており、生徒の行き来も頻繁にあるらしい。三年一組は射的の模擬店を出すことに決まり、放課後は準備に追われた。

 よりによって、澪と同じ班になってしまう。

パンツの一件があってから、彼女は輪をやたらと警戒するようになった。

「射的のライフルって、こんな感じでいいのか?」

「……あたしに聞かないでください」

 ところがクラスメートは輪と澪の関係を、意味深なものと誤解し、何かと囃し立てる。

「あのふたりってさあ、やっぱり付き合ってるんじゃないの?」

「高等部にライバルがいるらしいよー」

 この手の話題は、男子と女子で温度差もあった。クラスの男子は澪の存在など度外視して、輪に気さくに声を掛けてくる。

「なあ、真井舵ってN中だったよな。校長が捕まったって、まじで?」

「そうらしいな。あんま生徒と接点ない校長だったから、実感はねえんだけど」

 N中学の校長は、ある女教師に付きまとっていたことが発覚し、警察沙汰にまでなってしまった。噂によれば、スクール水着を着たうえで、パンツを被っていたところを、現行犯で逮捕されたという。

(それはオレなんだけどな……)

 この件に関し、ARCから輪たちには何ら説明はなかった。

 犯罪者がフロアキーパーとなって、カイーナを作り出す。現時点では単なる推測に過ぎないが、輪はこれを確信しつつあった。

 事実であれば、フロアキーパーを倒すことは、人間を殺すことと同じになる。

 イレイザーが躊躇しないよう、あえてARCが伏せている可能性もあった。輪たちには疑問だけが残っている。

「……でさあ、おれも記事で見つけて、びっくりしてさあ」

「ああ。変態だったっていう話だろ?」

 どうやら校長は前々からブルマなんぞを下着代わりに使っていたようで、警察の取り調べに対し、『ブルマを穿いたケツを、彼女に蹴って欲しかった』などと供述した。

 変態としてはまだまだ初心者の輪に、共感できるはずもない。

「すげえよな、N中の校長。でも、うちの学園長も結構アレらしいぜ?」

「そうなのか?」

「フェチだよ、フェチ。女子の体操着だけブルマと選択制にしてあるのって、学園理事の意向だっていうし。でもさあ、理事長の孫娘ってのが、すっげえ可愛いんだよなー」

 男子中学生らしい下世話な話題になると、澪が顔を顰めた。

 輪はクラスメートをあしらいつつ、作り笑いで澪にフォローを入れる。

「そ、そういや、閑のクラスはビンゴゲームなんだってな」

「輪くん、最近、閑さんのお話ばっかりですね」

 澪の瞳が半目がちになって、じとっと輪を睨みつけた。

「……そうかな?」

「この間もお詫びだとか言って、ハンカチ、プレゼントしてましたしね。あの美人で聡明な閑さんに、あなた程度のひとでは釣りあわないと思いますけど……」

 輪は開きなおり、お前には関係ないだろ、とそっぽを向く。

「い、いいだろ? ちょっと憧れるくらいさ」

「へえ、憧れてるんですか」

 などと、牽制し合っていると、クラスの女子が興味津々に騒ぎ立てた。

「痴話喧嘩だよね、あれ。くっついたら面白いのに」

「えー? 真井舵くんはフラれるのがオチじゃない? スペック的にさあ」

 恋愛に関しては、女子のほうが現実的で容赦ない。真井舵輪は美少女たちと、あくまで縁があるだけであって、色っぽい進展の気配はなかった。

 輪のことを、閑は『可愛い年下』としか思っていないようで。

 沙織は『便利なパシリ』扱いし、しょっちゅう夜間のコンビニまで走らせる。

 黒江は『スケベの生態』などと題して、輪を観察対象にする始末。

 優希は相変わらず『アウトオブ眼中の幼馴染み』として、ドライに接してくれた。

 そして目の前の澪は、輪を『ヘンタイ』と警戒するばかり。

「男の子ってほんと、何を考えてるんだか」

「日がな一日、えろいこと考えてるわけじゃねえって」

「……はあ。一日じゅうではなくても、考えてるってことじゃないですか」

 この扱いにも慣れてきた。

 こちらから下手に踏み込んで、関係を悪化させることもない。それよりも輪は、閑との学園祭に少なからず期待していた。

(中等部の出し物なんて、閑は見に来てくれるのかな? まあ五月道もいるんだし)

 来週の週末こそ、正念場。

「……ふん」

 上機嫌ににやける輪を、澪は不愉快そうに一瞥した。

 

 

 ケイウォルス司令部のトレーニングルームに、第四部隊のメンバーが集合する。週に一度は皆で体力作りやアーツの訓練を実施するのが、恒例となっていた。今までは新米イレイザー用の特別メニューに専念していた輪も、今日から参加することに。

「んもう……男の子だっているのに」

 閑たちは白色のスクール水着をベースにして、バトルユニフォームを構成した。魅惑のプロポーションに薄生地が際どく食い込む。

 ところが輪のバトルユニフォームは、男女兼用の無難なデザインだった。胸元には頑丈なプロテクターがついており、下はスパッツ状になっている。

 優希が不満の声をあげた。

「ダーリンちゃんだけ、ずるい! そういうのも、あるんじゃない!」

「え? でもこれ、旧式のやつで、効果はいまいちらしいぞ」

 情報通の黒江が輪に照準を合わせて、分析を始める。

「……確かに旧式。でも、使ってるイレイザーも多い。難点は私たちのと同じで、ベースを着てなきゃいけないってこと、くらい」

「こっちのほうがいいってば! なんで第四部隊には実装されてないのぉ?」

 黒江の声が露骨にトーンを落とした。

「おっぱいが邪魔……」

 旧式のバトルユニフォームは、胸の位置にメカニズムが集中していた。大抵の者なら着用に問題ないが、閑や沙織のサイズになると、胸が入らない。

 スクール水着が恥ずかしいのか、優希はもじもじとフトモモを擦り合わせた。

「いいなあ、ダーリンちゃん……」

「優希たちのも、リデザインしてもらうとか、ないのか?」

 同じ恰好の沙織が嘆息する。

「それが申請しても、通りませんの。優先度は低い、などと難癖をつけられまして」

「そいつは酷いなあ。いつまで水着で戦わせるんだよ」

 何気なく呟いただけのつもりが、沙織たちは一様に疑惑を浮かべた。

「輪さんがフェミニストみたいな発言を……?」

「女の子のパンツ被って、ハッスルできるようなヘンタイですから。信用できませんね」

 澪の一言は相変わらず、きつい。

 しかし彼女らに『ヘンタイ』と罵られることにも、慣れてしまった。むしろ可愛い声で罵倒されることに、奇妙な快感さえ芽生えつつある。

(こんなにヘンタイヘンタイ言われてるやつ、いないよなあ……)

 ある種の優越感だった。

「おしゃべりはそこまでよ。準備運動から始めましょ」

 リーダーの閑が仕切りなおし、トレーニングを開始する。

手始めに柔軟体操で身体をほぐすことになった。格闘技に精通している優希がブリッジを決め、スクール水着を股布まで逸らす。

「うんしょ、っと」

 無防備かつ大胆なポーズに、思わず輪は見入ってしまった。幼馴染みの身体つきは魅惑的に発育し、水着姿でこそ、豊満なプロポーションを見せつけてくれる。

 沙織や澪も綺麗なブリッジを決め、巨乳を身体の上に乗せた。

「これくらい、なんともありませんわ」

「さぼってたら、すぐに硬くなっちゃうんですよ」

黒江はやや硬いものの、苦悶の声を漏らしながら、懸命に身体を反らせる。

「う、うぅ~ん」

 閑も加わって、美少女たちのあられもないブリッジが、横一列に並んだ。フトモモを付け根まで惜しみなく晒して、柔肌をほの赤く染める。

(ここっ、これ、いいのか?)

 輪には刺激の強すぎる光景だった。ブリッジなどしていられず『前のめり』になる。

「じゃあ、次はウサギ跳びで十周ね」

 続いておこなわれたのは、体力作りの一環としてのウサギ跳び。

純白のスクール水着をむちむちボディで引き伸ばす美少女たちが、お尻を浮かせ、フトモモを水平に広げる。腕で反動をつけないように、両手は頭の上で『お耳』となった。

 ウサギさんたちがフトモモと腰だけで、前に跳ねる。

「はあっ……んはぁ!」

 つらい姿勢のせいで、早くも息が乱れた。

ぴょんっと弾むごとに、ふくよかな胸が揺れ、彼女らに負担を掛ける。

「な、なあ? ウサギ跳びってのは、腕を後ろに組んで……いや、普通にスクワットとかでも、いいんじゃないのか?」

「これが第四部隊の、っはあ、メニューなんです。んっ、我慢してください」

 別の意味で我慢できる自信がなかった。

 閑が、沙織が、黒江が、優希が、澪が、巨乳の揺れに苦悶しながら、腰を弾ませる。水平近くにまで開いたフトモモも、徐々に汗ばんで、湿っているらしい潤沢を帯びた。

「ぁふあ……はぁ! あん、はあっ」

「ンッ、もっと、ひはあ! きっ、きつぃの、これえ……っ!」

 疲労による吐息が蔓延して、色っぽいにおいを漂わせる。

(オレ、どうにかなりそう……!)

 ウサギさんごっこに混じって、輪もぎこちないジャンプを繰り返した。

やってみると思いのほかハードで、すぐに息が切れる。

「ふうっ、ふぅ……ちょっとだけ休憩させてくれ」

輪はウサギの列を抜け、水筒を手に取った。ところがメンバーの中でも体力のない黒江が、ふらつき、不意にもたれかかってくる。

「き、きつ……みんな、体力……ありすぎ、だって、ば」

「おわっ?」

「ち、ちょっと? きゃああ!」

 澪も巻き込まれ、輪を下敷きに。水筒が宙でひっくり返り、お茶をばらまく。

 黒江と澪はそれぞれ、輪の膝に跨る姿勢で、うつ伏せに倒れた。両手をお耳にしていたせいで受け身も取れず、巨乳をクッションにする。

(ひええええっ!)

 起きあがろうにも動けなかった。下手に脚を動かせば、スクール水着のフロントデルタに膝を擦りつける、いかがわしい悪戯にもなりかねない。

「うぅ……転んじゃった」

「つめたっ? ん……もう、黒江さんったら、さぼってばかりいるからですよ」

 おまけにどちらのスクール水着も、腰から下がお茶で濡れてしまった。お尻の食い込みで薄生地が搾られるせいか、股布のあたりでじわっと冷たいものが滲む。フトモモまで雫が伝うと、澪も黒江も敏感そうに震えながら、悩ましい吐息を漏らした。

「「あはぁ……」」

窮屈な体勢のままで身を捩り、計よっつの巨乳を輪の顔面へと押しつけてくる。

(どっ、どっ、どど、どうしてこんなことにぃ?)

 スクール水着の内側に閉じ込められているはずの、温もりやにおいが伝わってきた。ふたりを抱き締めてしまいたい衝動に駆られ、輪は歯を食い縛ってでも堪える。

「は、早くどいてくれっ!」

「やっ、やだ! 輪くん、いつの間に下になったんですか?」

「最初からだよ!」

 輪のラッキースケベを逃れた沙織や優希は、むっと唇を曲げた。

「ほんっと、お上手ですこと。事故に見せかけて、また女の子に痴漢行為を……」

「そういうの、ボク、いけないと思うなぁ」

 閑のまなざしも冷たい。

「……誰でもいいのね、あなた」

「違うって! そもそも、なんでこの恰好でウサギ跳びなんだよっ!」

 黒江たちの股座から膝を抜き、なんとか輪は立ちあがった。しかし胸の鼓動は少しも鎮まらず、彼女らの水着姿に興奮してしまっているのが、わかる。

 もはや訓練どころではなかった。

「やっぱバトルユニフォーム、新調してもらおうぜ! 司令に相談してくっから!」

 適当に理由をつけ、トレーニングルームから逃げ出す。

(あんな柔らかいの反則だって! オレもう……!)

 中学三年生には魅力的であることを通り越し、脅威でさえあった。スクール水着の女の子に囲まれていれば、熱も出る。

 

 そんな輪にバトルユニフォームの新調を懇願されたものの、愛煌は却下した。

 オペレーターの哲平は輪を気の毒に思ったようで、上司に進言する。

「真井舵さんの言うことは、もっともだと思いますけど……」

「ふん。気に入らないのよ」

 それでも愛煌=J=コートナーは、第四部隊のユニフォーム変更を認めなかった。

「これみよがしに揺らしてくれちゃって……なんのつもりよ、巨乳ばっかり!」

 オンナの僻みが爆発する。

 哲平は呆れ、知られざる真実を囁いた。

「何、対抗してるんです? 愛煌司令は男じゃないですか、お、と、こ」

「うるさい」

 第四部隊のバトルユニフォームがスクール水着なのは、ペチャパイ司令の嫌がらせ。

「次期生徒会長がオカマだなんて、はあ……」

 ケイウォルス学園は今、乱れているのかもしれない。

 

 

 学園祭を明日に控えた放課後、寮に戻ると、客が待っていた。たまたま澪と一緒に帰宅していた輪は、その人物を見つけ、三メートルもあとずさる。

「げえっ!」

「……どうしたんですか? 輪くん」

 輪を待ちかねていたのは、姉の真井舵蘭だった。不在がちな両親に代わって、輪の面倒を『一応』は見てくれている。

 蘭は不敵な笑みを浮かべ、弟をなじった。

「あらあら、久しぶりにお姉さんに会ったっていうのに、つれないわねえ」

「大学生ってそんなに暇なのか? 何しにきたんだよ……」

 輪は諦め、姉との再会を受け入れる。

 姉は澪をまじまじと見詰め、とんでもない想像を口走った。

「輪の彼女? ああ、だから急にケイウォルスに行く、なんて言い出したのね。ひとり暮らしなのをいいことに連れ込んで、今夜もお楽しみ?」

「そそそっ、そんなわけありませんってば!」

 澪が怒って鞄を振りまわし、輪の顔面を平たくぶつ。

「ぶふぉっ?」

 しかし蘭は輪の苦悶など意に介さず、弟の彼女(勘違い)を煽った。

「照れなくっても……私、理解はあるつもりよ。でも勉強もしなくちゃだから、一日二回くらいにしておいて、ね」

「さっきから、なんの話ですかっ!」

 輪は鼻が痛むのを押さえつつ、いきり立つ澪を宥める。

「姉貴はいつもこういうノリなんだよ。本気にするだけ、無駄だからさ」

「え……あ、お姉さん?」

 ようやく澪も、目の前の女性の素性を認識し、落ち着いてくれた。

 高等部の閑たちもぞろぞろと寮に戻ってくる。

「ダーリンちゃん、今日は澪ちゃんと一緒なんだ? 珍しいね」

「あらあら、優希ちゃんもいるじゃないの」

「……あっ、蘭ちゃんだ!」

幼馴染みの優希は輪の姉と面識があった。輪に代わって、得意げに紹介を始める。

「どなたなの?」

「ダーリンちゃんのお姉さんの、真井舵蘭っていうの。彼氏はいないけど、彼女持ち」

「……優希ちゃん? お姉さん、あとで話があるから」

 蘭の歓迎も兼ねて、寮のメンバーは102号室に集まることになった。

 さすがに一部屋に七人は狭い。カップの数も足らず、客人の蘭にだけ、お茶が入る。

「で、急にどうしたんだよ? 姉貴」

 弟に素っ気ない態度を取られ、蘭はむくれた。

「様子を見に来ちゃ、いけないわけ? ちゃんと生活してるのかって、お母さんたちも心配してるのよ。実際に来てみれば、こんな有様だし……」

 姉の視線が寮の女の子たちを一瞥する。

「五人の女の子と同じ寮で生活? いやねえ……洗濯物が紛れ込んだとかいって、パンツ盗んだりしてるんじゃないの?」

まだ記憶に新しい事件を、偶然にも掘り返されてしまった。

閑は黙りこくって顔を赤らめ、澪は眉を顰める。

「……え、えぇと……」

「お姉さんのほうから、もっと厳しく言ってください! 輪くん、あたしたちのパンツを被って、遊んだりするんですよ」

「ちっ、ちが!」

 事実だけに否定しきれないのが悔しかった。姉がしたり顔ではにかむ。

「パンツ好きなのは許してあげてね。何しろ、輪は……」

 爆弾発言が投下されてしまった。

「下着デザイナーの卵だから」

 女の子たちが目を点にして、問題の男子を凝視する。

「し……下着のデザイナーって、一体、どういうことですの?」

「ぱんつとか、ぶらじゃー、とか……?」

 輪は全力でかぶりを振った。

「真に受けないでくれっ! オレ、そっちの道には進む気ねえし――」

「こっちよ? 輪~」

 慌てふためく弟の目の前で、蘭が五円玉をぶらさげる。

「……うっ?」

 途端に意識が遠のいた。

 

 輪は虚ろな目をして、それきり反論をやめる。

「あ、あの……蘭さん? 輪に何をしたんですか?」

 心配そうに閑が尋ねた。しかし蘭はけらけらと笑い飛ばす。

「ちょっとした催眠術よ。この子、こういうのに免疫ないものだから」

「にしたって、かかりやすすぎ……」

 黒江はむしろ催眠術のほうに興味があるようで、少し前のめりになった。

 優希はさして驚かない。

「なんかね、蘭さんの催眠術だけ、ころっと掛かっちゃうの」

「その極意、ぜひとも教えていただきたいですわ」

 沙織は輪の、意識がないらしい表情を覗き込んで、ほうと感心する。

「スケベをやめさせる暗示はないんですか?」

「まあまあ、焦らないで。下着デザイナーのこと、ちゃんと聞きたいでしょう?」

 澪の催促を流しつつ、蘭は弟の才能もとい性癖を暴露した。

「母親が名のあるデザイナーでね……あ、レディースの下着に限った話で。でも男の子のほうが、新境地も開けるんじゃないかって、輪に『お絵かきとして』教えたわけ」

 蘭の鞄からランジェリーの特集雑誌が出てくる。

「だけど、今は描こうとしないから、こんなふうに催眠術で引っ張りだすの。で、この子のデザインをメインにしてるのが……これこれ、おぱんちゅシリーズね」

「お、おぱんちゅ……」

開かれたページには、可憐なものから優美なものまで、色鮮やかなブラジャーやショーツが掲載されていた。閑が『まさか』と口元を押さえる。

「やだ、可愛い」

 沙織や澪も目を見張った。

「こ、これを……本当に輪さんがデザインしましたの?」

「そうよお。こういうのなら、着けてみたいでしょ」

 優希がブレザーを半脱ぎして、ブラジャーをちらりと覗かせる。

「えへへ、ボクのはいつも、このシリーズなんだよ。蘭さんが融通してくれるし」

「優希の、可愛いと思ったら、そういう……」

 黒江も珍しく瞳を輝かせながら、記事を眺めた。

 彼女たちが人一倍、下着に関心を向けるのには、理由がある。閑は頬を染め、巨乳ならではの悩みを打ち明けた。

「大きいブラって、なんだか、こう……可愛いのがないんですよね」

「輪のデザインが優れてるのは、そこなの。EカップやFカップでも、均整の取れたデザインができてしまうのよ。行き当たりばったりのセンスだけで」

 さらに蘭はスケッチブックと色鉛筆を取り出し、輪に言い聞かせる。

「実際に描いてるとこ、見せてあげるわ。いーい? 輪」

「……なぁに? お姉ちゃん……」

「この子たちに一着ずつ、おぱんちゅを描いてあげなさい。ブラもセットでね」

 輪は頷くと、色鉛筆を手に取った。さらさらと慣れた手つきでラフを描く。

 その匠の技を、閑たちは固唾を飲んで見守った。最初に仕上がったものは、どうやら黒江のものらしいことが、クールなデザインから伝わってくる。

「りん、すごい……」

「わ、わたくしのも描いてくださらない?」

 続いて、美麗なランジェリーが描きあげられた。それは決して男の押しつけがましい妄想ではなく、三雲沙織のためだけに描かれた、至高の一枚。

「ヘンタイもこのレベルなら、尊敬に値しますわ……」

 その後も優希には快活な、澪には妖艶な、そして閑には清楚なランジェリーが描き起こされた。澪だけは不服そうに眉を顰める。

「……あたしの、なんだか破廉恥すぎませんか?」

「そうねえ。ひょっとして、あなた、輪の本命だったりするんじゃない?」

 澪の顔が俄かに赤らんだ。

「じっ、冗談言わないでください! 誰がこんなヘンタイと……」

「うふふっ。なんなら、本人に聞いてみましょうか? 確か澪ちゃん、だったわね」

 催眠状態にあって無抵抗の弟に、蘭が耳打ちする。

「ねえ、輪? こっちの澪ちゃんのこと、どう思ってるか、教えて?」

「五月道、は……」

 輪は焦点の合っていない目で澪を見詰め、ぼそぼそと呟いた。

「いつも真剣で、だから気が強くって……でも、一年留年してるとか、踏み込めない部分もあって……お節介かもしれないけど、力になりたいって、オレ……」

 それまで怒りを燻らせていた澪が、おとなしくなる。

「輪くん、あたしのこと、そんなふうに?」

 輪の本心を聞き出せる絶好のチャンスとなり、女の子たちは期待と不安を募らせた。

「スケベな本音が出てくるものと思いましたけど……ねえ? だったら、わたくしのことはどうですの? 白状なさい」

 輪の瞳が沙織を映し込む。

「とても綺麗で、品があって……あんまり見せたがらないけど、努力家で、よくトレーニングしてるんだ。オレの部屋、下だから、よく聞こえる」

「なあっ?」

 むしろ沙織のほうが図星を突かれ、素っ頓狂な声をあげた。

 幼馴染みの優希がここぞと身を乗り出す。

「次はボクの番だよ。ダーリンちゃん、ボクのことも教えてくれる?」

「優希……優希は、すごく女らしくなって、ドキドキする。だけどいつか、オレの知らない優希になりそうで……怖いんだ」

 次々と高評価が露わになった。スケベと思われた輪の、意外にも真摯な回答ぶりに、女の子たちは聴き入ってしまう。

「さっきの、録音しとけばよかったかも……」

「なるほど。……りん、私のことは、どう思ってる?」

 黒江は携帯で録音しつつ、輪の言葉を待った。

「目立つのは嫌いみたいだけど、よく気が利いて、いつもみんなのフォローに徹してる。でも、たまにはワガママのひとつくらい、通したっていいんじゃないかな」

「……ふむ。及第点」

 最後に閑の番がまわってくる。

「わ、わたしは別にいいわ。輪にだってプライバシーはあるし……」

「ここまで来て、それはないでしょう? 観念なさい」

 躊躇う閑を見詰め、輪はしばらく考え込んだ。ようやく口を開いて、沈黙を破る。

「憧れのひと、かな。一生懸命で、世話焼きで、優しくて、責任感が強くて。閑みたいな女の子が彼女だったらって思う。オレのほうが年下なのが、すげえ悔しい」

 黒江が最新の録音を再生した。

『閑みたいな女の子が彼女だったらって思う』

「これ、ほとんど告白……」

 閑は両手を頬に当て、湯気が立ちそうなくらい赤面する。

「あ、憧れってだけでしょ? 別に輪とわたしは、そういう関係じゃ」

 優希は改めて、閑のために輪がデザインした、ランジェリーのラフを眺めた。

「こういうの着けた閑ちゃんを、だ、抱きたい……とか、思ってるわけ?」

「だっだから、話を飛躍させないでったら!」

 姉の蘭は満足そうに頷いた。

「うちの弟もそういう年頃なのねえ。閑ちゃん、フってもいいけど、あんまり傷つけないであげてね? 長かった初恋も自然消滅しちゃって、免疫ないでしょうから」

「……初恋?」

 蘭の指がぴたりと優希を指す。

「小学生の頃はず~っと優希ちゃんのこと好きだったのに。あーあ」

 初恋の相手らしい優希は、あっけらかんと笑った。

「あの頃のダーリンちゃん、わかりやすかったなあ。えへへ、登校時間合わせたりして、アピールしてくるんだもん」

「そんな健気なりん、想像できない……」

 ひとしきり盛りあがったところで、蘭が締めに入る。

「そろそろ終わりにしましょうか。続きはまた次回、ね?」

 両手がパンッと合わさった。

 

 輪は我に返って、自分の部屋を見まわす。

「あれ? オレ……」

 目の前のお膳は、蘭のためのお茶請けまで片付けられていた。

「ど、どうかしたの? 輪」

「ぼーっとしてましたわよ。熱でもあるのではなくて?」

 いつもは氷のように冷たい彼女らのまなざしが、今は妙に生温かい。

 姉の蘭はにやにやと怪しい笑みを含んでいた。

「明日から学園祭でしょう? 今夜はお姉さんがご馳走してあげるわ。ふふっ」

「蘭ちゃん、ボク、駅前に新しくできたレストランがいいなー」

「賛成。データ収集、しなくちゃ」

 あれよあれよと外食することになる。

(おかしいな……もう一時間も話し込んでたっけ?)

 輪は時計を見て、不思議に思いながらも、席を立った。

ほかのメンバーも一旦、各々の部屋に戻っていく。ところが閑は自室に直行せず、無言で輪を見詰めていた。

「……………」

「早くしないと、置いてかれるぞ」

「えっ? あ、そうね。なんでもないのよ? ほんと、な、なんでもないからっ!」

 普段は落ち着き払っている彼女の、あからさまな慌てぶりが腑に落ちない。

「……まあいっか。それより腹、減ったなあ……」

 レストランでは賑やかな女子会となり、居たたまれなかった。

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